【クリスマス特別篇】クリスマスイブは、何食べる?
これは函館旅行から数か月後、ハロウィンも過ぎて街の飾り付けがクリスマス一色になる頃の私と綸子のお話----。
「ねぇねぇ、ふーこは去年のクリスマスってどこのチキン食べたの?」
土曜日の昼下がり、今年最後の洗車に向かう車の中。
渋滞気味の信号待ちで綸子が唐突に聞いて来た。
(あー、さっきケンタの前通ったからかな?)
私は気付かれない程度にニヤっとする。
ニートお嬢様は、相変わらず分かりやすくて可愛い。
「……去年は、チキン食べてないかな」
私がそう答えると、綸子は、しまった、という顔になった。
「あ……そうだよね……」
「まぁ、一人になるとクリスマスなんてそんなものよ……でもクリスマスだし、それっぽい事は何かした……ような……えぇと、してると思う……」
慌ててフォローすると、綸子の表情が少し明るくなった。
「うんうん、何したの?」
いやいや、そんなキラキラした目で見詰められても困るんですけど。
「えーと、そうね……去年のクリスマスは……」
去年といえば、貰い火で焼け出されてその場で婚約者に電話で振られ、着の身着のままで怪しいシェアハウスに転がり込んでからのボロアパート暮らしだった。
なので、正直記憶がない。
というよりも、実のところは思い出さないようにしているのが半分なのだけど。
(とはいえ、クリスマスに何してたかくらいは思い出せるはずだよなぁ……)
ハンドルを握りながら、私は去年のクリスマスの思い出とやらを急いで引っ張り出そうとしていた。
「ええと……去年のクリスマスは……」
「うんうん、クリスマスは?」
信号が青に変わった。
(確かコンビニでケーキくらいは……って、あ……!)
そして、私は思い出す----去年のクリスマスは全国ニュースになるくらいの豪雪だった事を。
「……えーとね、クリスマスは吹雪いてて……夜じゅうチャンプ号の雪下ろしをしてた」
「……なんか……ゴメン」
再び綸子はシュンとなった。
「いやいやいや、別に謝るような事じゃないから!道民あるあるだから!?」
「……うん」
こくりと頷いたものの、少女からは盛大なやっちまった感が滲み出ている。
「別に去年は去年だし! そもそもリンコが謝る要素ないからね?」
「そうだけど……」
(クリスマスかぁ……早いなぁ……)
言われてみれば、今日は絶好の洗車日和の空だけど街路樹は葉を落としているし、日差しはもう確実に冬の陽射しになっている。
今度のクリスマスはどうする? というのはこの時期のカップルには定番中の定番の会話のはずだ。
(……って、何も考えてなかったわ……!)
「でも……ふーこが大変だった時に、なんだかんだで私は去年は家で、チキンとケーキを食べてたんだなって思うと……」
少女の語尾は今にも消え入りそうだ。
なんとかしてこの変な空気を払拭しなければ、という一心で私は話題を探す。
「あ、お父さんや鴨島さんと一緒に食べたんだ……?」
「……ううん、一人で……部屋の前に置いてくれたやつ……」
今度は私が慌てる番だった。
「ご、ゴメン……」
「大丈夫だよ、今年はふ―こと一緒だし!」
(うう……逆にフォローされてしまった……)
うんと距離が近くなったと思っていても、実はまだ互いに言ってない事は山ほどある。
歳の差とかは関係ない事も、こうして思い知ったりとか。
「……だからさ、今年は楽しいクリスマスにしよう!」
綸子が飛び切りの笑顔で笑う。
「そういう訳でイブはミニスカサンタでいいかな?」
「なぜそんな結論に……」
12月24日はあっという間にやってきた。
クリスマスケーキの注文は綸子に任せて、私はチキン担当だ。
「ではこれから予約していたチキンを取りに行きまーす!」
「おーっ!」
夕方、綸子の部屋の食卓には二人分のお皿やカトラリーが、いつもより少し格式ばって並べられている。
今年は家でパーティだと張り切る綸子が朝から気合十分で用意したのだ。
「ケーキも無事届いたし、これでチキンが揃えばバッチリ……って、あれ、どこ行くの?」
正面玄関からは出ずに駐車場に向かう私の後ろから、綸子が小走りで付いて来る。
「ケンタじゃないんだ?」
「違うよ?」
チャンプ号に乗り込んだ綸子は頭の上に「?」マークを浮かべたままだ。
「まずはローストビーフを取りに行きます」
「おお! 豪華じゃん!」
ニートお嬢様の頭の上から「?」マークが吹き飛んだ。
「その次にチキンを取りに行きます」
「うんうん!」
ローストビーフのお店も、チキンを引き取りに行くお店も、どちらも徒歩圏内ではあるけれど、冬場は車の方が便利だ。
最初に車を停めたレストランは、ステーキやローストビーフの専門店。
クリスマスの時期はディナーだけでなく、テイクアウトのお客さんも多い。
実はこのレストラン、昔クリスマスディナーに連れて来られた----というのは聞かれるまで言わないでおこう。
「おお、厚切りのローストビーフ……ずっしり重たい……!」
車に戻る綸子は涎を垂らさんばかりだ。
「でもでも、ふーこさん、このお店キラキラしてるし、お高かったですねぇ」
「お嬢様のためにちょっと奮発しました」
なんてやり取りをしていると、ちらほらと白いものが降って来た。
お店の前の駐車場で、私達は空を見上げる。
「雪だぁ……」
北海道で暮らしているとほぼ毎年ホワイトクリスマスだけれど、今年の雪は、どこか新鮮で。
それは二人共同じようだった。
「よし、次のお店いきますか」
「らじゃ!」
次のお店は、大きな交差点を越えて少し行った場所にある。
灯りが見えないとうっかり通り過ぎてしまいそうな、こじんまりとした店構えだ。
「……焼き鳥?」
お店の看板を見た綸子の頭上に再び「?」マークが点灯した。
「そう、今年のイブはここの焼き鳥をお持ち帰りします!」
「そっか、焼き鳥ってお持ち帰りできるのか……!」
そう、今年のチキンは、このお店の焼き鳥なのだ。
「はえー、結構混んでるんだぁ」
クリスマスは焼き鳥派、というお客さん達なのだろう。
入口からガラス越しに見える小上がりにもお客さんがいる。
「こんばんはー、テイクアウトお願いしてた麦原ですけどー」
引き戸を開けて中に入ると、タレの焦げる香ばしい匂いが迎えてくれた。
カウンターの向こうには、忙しく焼き鳥を焼いているご主人がいる。
「これが焼き鳥屋さん……初めて入った」
綸子が物珍しそうにきょろきょろしている間に、私は袋に入った焼き鳥を受け取る。
焼きたての焼き鳥は、これまたずっしりと重い。
「ありがとうございましたー!」
ご主人の声に送られて、私達は本格的に降り始めた雪の中を車に戻る。
「なんかすごい繁盛してたね」
「うん、私もよく知らないんだけど、あのお店前は夕張にあったらしいよ」
綸子が東京に行って夕食を作らなくていい時に、隣のドラッグストアで買い物をして何の気なしに入ったのがこのお店だ。
(たまに一人で酔っ払おうと思ったのは内緒にしておこう……)
「焼き鳥の種類はそれほどないんだけど、今まで食べた中ではかなり美味しいと思うの」
冷めてもふっくら柔らかいし、長ネギの代わりに差してある玉ねぎまで美味しい。
大きな声では言わないけれど、酔っ払って食べるには勿体ない味なのだ。
「そっかぁ、クリスマスに焼き鳥……こういうのもいいかも」
嬉しそうにしている綸子の横顔を見て、私はホッとする。
100点満点のクリスマスはできなくても、80点くらいにはできたんだろうか。
「うーん、匂いがたまらん……一本味見したい……」
「ダメです」
お持ち帰りの焼き鳥は、余裕がある時はひと手間かけてから食べるとなお美味しい。
帰ったらトースターで温め直して、その間にケーキを出して、ローストビーフを盛り付ければパーティの準備は完了だ。
「あっ、私の方もね、すごいケーキだからね!? 楽しみにしててね!?」
「もちろん、リンコがどんなケーキを選んだかすごく楽しみだよ?」
私がそう言うと、ウルフカットの少女は「えへへ」と笑った。
「なんか、こういうの、すごく……クリスマスって感じ」
「あー、確かに……」
うん、今年は人生で一番楽しいクリスマスかもしれない。
チャンプ号が雪に埋もれる心配もないし。
「メリークリスマス!」
何の真似だか分からないけど、助手席に乗り込んだ綸子が焼き鳥の袋を掲げてピースする。
私はその頭に乗った雪を手で払ってあげる。
「……メリークリスマス、ってちょっと早くない?」
「いいの! 今すごくそういう気分だから……!」
と、綸子が言った途端、そのお腹がぐぅと鳴って私達は笑い合う。
「ほら、早く戻らないと」
「わ、ちょっと待って! 私が先に戻るから! ふーこは、いいって言うまで部屋に入らないでね……!」
何を企んでいたのか、急に慌て始めた綸子の賑やかな声をBGMに、私はチャンプ号を走らせたのだった----。




