23-7 飯塚清士郎 「食後の馬車」
気がつくと、隣のハビスゲアルは半分ほど食べていた。口を手で扇いでいる。イチジクを入れても辛いらしい。
そこへノロさんが、カップと水を持ってきた。今度は陶器のカップだった。飲んでやっぱり。水もカップも冷えている。湧き水で冷やしておいたのだろう。
「よく気がつく御仁ですな。古くからの使いで?」
ハビスゲアルは、水を飲みながらノロさんの後ろ姿を見ていた。そうか、こっちの世界だと下働きに見えるのか。
「いえ、ノロさんは友達です。28人、全部そうです」
「ほう、あの全てが」
ハビスゲアルは召喚の時を思い出したのか、クラスの面々に目をやった。
それで思い出した! 俺は近くにいた伯爵のほうに身体を向ける。
「伯爵」
「なんでしょう」
「さっきのあれ、どうやったんです?」
「さっき?」
「キングのスキルを使いました」
「あっ! そう、それそれ!」
キングも思い出したようだ。
「キング殿の能力を借りました」
「いや、そこがおかしい。スキルは一人に一つ。そうですよね?」
最後はハビスゲアルに向けて言った。
「いかにも。この世界の理をよくご存知ですな」
「ハビじい、それ自分で言ったじゃん?」
「キング殿に言いましたか?」
「いや、ゲスオに言ってたって。ほんっとに覚え悪いな」
俺は苦笑いをして、ヴァゼル伯爵に向き直った。
「やはり、スキルは一人に一つ。伯爵がスキルを使えるのがわかりません」
伯爵は特に表情を変えることなく、カレーをゴザの上に置いた。
「あれは、プリンス殿の言う『スキル』というものではありません。言わば呪いです」
呪い? あの黒い霧のような物だろうか。
「なかなか珍しい魔術でして。まず主従の呪いが必要です。その上で主から命を受けた時、主の能力の一部が加護として使えるのです」
話がわからなかった。俺もカレーを下に置く。
「その主従の呪いってなんです?」
「契約のようなものですな。主の能力が使える代わりに、主が死ねと言えば即死します」
覚えがあった。あの牢屋。あれは主従の呪いだったのか!
「おい、プリンス」
キングが思わず立ち上がった。言いたいことはわかっている。これはやってはいけない。
「伯爵、その呪いは無効だ。すぐ切ってくれ」
キングがあわてて言う。俺もうなずいた。
「そこまでとは考えていませんでした。申し訳ない。俺の言葉は取り消します」
俺とキングの雰囲気を察したのか、みんなが手を止めて俺らを見た。
「伯爵」
「さて、かなり古の魔術でして。どう切ればよかったか」
本当だろうか。この人の感情は普段から読みにくい。
「ヴァゼルゲビナード殿は、キング殿と同じ力を持っていると考えてよろしいのですか?」
横から声を発したのはカラササヤさんだ。そうか。キングを守る立場としては、危険に感じるのか。
「とんでもない。カラササヤ殿。主が十とすれば一程度のもの。そして、スキルではないのでゲスオ殿の補助も効きません」
「では、キング殿に歯向かうことはないと?」
ヴァゼル伯爵は微笑んでうなずいた。
「カラササヤさん」
「はい、キング殿」
「ちょっと黙っててくれ」
「はっ!」
キングが伯爵を見つめた。ちょっと、いや、かなり怒っている。カラササヤさんにじゃない。伯爵にでもない。
静まり返った場に、ごとり、と鍋が動く音がして注目した。ゲンタがカレーをおかわりしている。
「さて、うっかり見張りを立てておりませんでしたな。私が行って参りましょう」
「伯爵!」
ヴァゼル伯爵は翼を羽ばたかせ飛んでいった。
「ごめん、邪魔するつもりじゃ……」
俺は思わず、小さく笑った。
「ゲンタって、甘口? 辛口?」
「ぼくは、ええと、甘、辛、甘、辛、と来たから、次は甘口かな」
……忘れてた。元相撲部だったわ。
カレーをあっという間に平らげた。食事を終え、さきほどのポンティアナックの遺体を片付けに出かける。遺体を載せた馬車を出した。気分的に里の中には捨てたくない。
ハビスゲアルが自分も手伝うと言う。コウやタクも手を挙げてくれたが、戦った者が片付けるべきだろう。トドメを刺した伯爵はいないし。
ゲスオに見せてやろうとしたら、布に包まれた遺体を見た時点で逃げ出した。ほんと、あいつは口だけだからな。
三人で馬車に揺られていると、ハビスゲアルが口を開いた。
「豊かな里でありますな」
午前中の騒動が終わり、うちの農業班や森の民が畑仕事を始めている。
「菩提樹がいるのが大きいけど、グローエンのじいちゃんが言うには、堆肥がいいそうだ。おれらの仲間に発酵の名人がいるから」
「発酵ですか……」
「これ終わったら、案内しようか?」
「よ、よいのですか?」
キングは俺を見た。俺はうなずく。何を隠したっていまさらだ。
それに今日で痛感した。ポンティアナックを倒せたのは、3年F組以外の者がいたからだ。
ジャムさん、ヴァゼル伯爵、森の民のカラササヤ、すべてキングがらみだ。俺が仲間にしたわけではない。むしろ俺が仲間にした者など、一人もいない。
ここが、なぜ有馬和樹がキングで、俺がプリンスなのかという事が現れている。逆にはならない。
ブーンと小さな羽音が追っかけてきた。
「そうか、お前がいたか」
俺は人差し指を立てた。ハネコが先端にちょこんと器用に座る。
「それは妖精! 初めて見ました。飼われているので?」
「いや、これはプリンスの友達だ」
「友、友達。キング殿はなんでも『友達』で済ませておられぬか?」
「ほかに言いようがないだろ。ハビじいも友達な」
「むぅ……友達……でありますか」
「そりゃそうだろ。お前と殺し合う。おれはもう、できねえぞ」
ハビスゲアルは黙った。馬車は里の外れにつき、ここから草むらを抜けていく。この里の隠された出口だ。
俺はハネコを肩に乗せながら言った。
「キング、一点だけハッキリさせとけよ」
「なにを?」
「俺ら、教会には入らないって」
「ああ、そこかあ。ハビじいは、自分の教会を信じてんの?」
ハビスゲアルは顔をしかめ、また梅干しみたいになった。そして、絞り出すかのように声を出す。
「今日、精霊のお姿を見ました。我が教会が掲げる神を、見たことはありません。しかし国としては……」
ハビスゲアルは途中で黙った。
「おいおい、あんま考え込むなよ。ハゲるぞ」
「キング、もうハゲてる」
「これはハゲではありませぬぞ! 剃毛!」
ハビスゲアルは頭を叩いた
「ぎゃはは! コウが上手いこと言うからな、ついネタにしちゃうな」
「ハゲ過ぎである、か?」
「そう、ありふれた帝国のハゲ過ぎである」
思わず吹き出した。
アルフレダ帝国、ありふれた帝国。なるほど、さすが疾風鬼のコウ。いや、さすが元関西人というべきか。
しかし、いよいよ帝国の兵士と戦う機会が出てきた。これは予想より早い。こんな世界で生きていくんだ。いつか戦いは起こると思っていた。
ハビスゲアルとは、戦いというより個人の喧嘩だ。もっと大きな戦いはあると思っていた。
いつか来る戦いのために、この半年は剣の腕を磨いた。ジャムザウール、ヴァゼルゲビナードという師にも恵まれた。
だが早い。二年、いや三年は欲しかった。
「清士郎」
ふいにキングが俺の本名で呼んだ。
「あんま気負うなよ。ハゲるぞ」
俺は片方の眉を上げた。こいつは天然のくせに、たまに敏感だからやっかいだ。
「気負うかよ。ありふれた帝国だぞ」
俺は手綱を叩いた。まるで、急げば自分が早く成長するかのように。
俺がキングとクラス全員の命を守る。最初から、そう決めていた。草が生い茂る馬車道の先を睨みながら、その思いを今一度、俺は胸に刻みこんだ。





