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21-3 高島瀬玲奈 「ヘアカット」

 夜は収穫祭をする予定だったが、今日は解散。みんな、色々あってグッタリ疲れている。


 アタシも自分の家に帰った。これが元の世界なら「一人暮らしの暗い部屋に帰る」となるのだが、すでに部屋は明るい。


 沼田睦美ちゃんの照明スキルで作ってもらったライトがある。


 アタシのライトは、小さな鉢に植えた植物だ。ナンテンのような赤い小さな実をつけている。


 ベッドに座り、植物のランプに手をかざした。


 調理班なので、手がガサガサだ。


 昔は会社のパンフレットなどのモデルもやっていたので、手入れをしてツルツルにしていた。それが今ではもう。


 いや、そんな事を言い出せば、アタシよりしんどい人はいくらでもいる。


 友松あやちゃんは、掃除スキルで全員を殺菌したので、疲労困憊。兵士と戦ったキングも、きっと疲れているだろう。


 それに比べ、アタシは何の役に立っているのだろう?


 調理班だけど、そこそこ料理ができるだけ。あとは、たまに歌ってみんなを励ますだけ。


 ……これでは、ダメな気がする。


「気を遣う」とかではなく、このままの自分ではダメな気がする。チヤホヤされていた子供のころと一緒だ。


 思い定めると、今すぐ動きたくなった。


 立ち上がり、木の上の家から降りた。


 関根瑠美子ちゃんの家に向かう。


「ルミちゃん」


 下から声をかけてみた。


「あれ、セレイナ。上がって上がって!」


 要件を伝えに来ただけだけど、上がってと言われたら断る理由もない。


 家に上がると、ほかにも女子三人。設備班の面々が揃っていた。


「お茶、セレイナもいる?」


 アタシはうなずいて、お茶をもらった。


 ルミちゃんは、部屋にいくつもカップを用意しているみたいだ。陶器のポットもある。


「みんなすぐには寝れないから。お茶してたの」


 その気持ちは、すごいよくわかる。今日はたくさんの死体を見た。


「セレイナのランプ、かっこいんだよ。赤い実がついた植木で」


 そう言ったのはランプを点けてくれる沼田睦美ちゃんだ。


「わぁ、かっこいい。ミナミなんだっけ?」

「あたし? ドアノブ」

「なにそれ?」

「クーラー部屋に取り付けるつもりだったけど、要らなくなったっていうから、もらった」

「ダサ……」

「んなら、ワカは何よ!」

「うち、石」

「変わんないっつの!」

「痛っ!」

「ちょっと二人! お茶こぼれてる!」


 じゃれあっているのは、黒宮和夏、門場みな実の二人だ。


「あの……」

「ああ、ごめんごめん、用事だった?」

「髪を切ってもらおうと思って」


 ルミちゃんは美容師を目指していた。元の世界にいた時から、同級生でルミちゃんに切ってもらっていた子は多い。


「セレイナ、今なんて?」

「うん。髪切ってもらえないかと思って。明日とか、明後日に」

「ルミちゃん?」


 関根瑠美子ちゃんが動かなくなった。


「今日、今日なの?」

「ううん、明日か明後日でいいの」

「こんな、こんな日に叶うの?」

「ルミちゃん?」


 ぷるぷる震えている。何か悪いこと言ったかな。


「来たぁぁぁぁぁぁ!」


 とつぜん絶叫した!


「でもダメ! 道具が足りない。いや、それは言い訳。道具で腕が上がるわけでもない。でも……」


 ぶつぶつ独り言を言い始めた。


「ル、ルミちゃん?」

「あはは、落ち着くまで待ってあげて」

「睦美ちゃん、これって」

「セレイナの髪切るの、ルミは夢だったから。今日は色々ありすぎて、頭が混乱してるわ」

「ええっ? アタシの髪なら言ってくれれば、いつでも切ってもらうのに」


「「「無理!」」」


 三人が同時に言った。


「セレイナの髪なんて」

「怖っ!」

「学校時代は無理ね」


 学校に通ってたころだと「あの髪切ったの誰よ?」と言われかねないので無理らしい。


「そんな! 考えすぎよ」

「セレイナ、世間知らずだから」

「みんな陰で言うよ。ミス中津高校」

「いや、ミス中津区」

「うんにゃ、ミス日本」

「待って待って!」


 三人を止めていると、ひとり放ったらかしだったルミちゃんが深呼吸して、ゆっくりうなずいた。


「やるわ! 私、やってみせる」

「わー、応援しちゃう!」

「うち、クーラー部屋に暖房入れてくる!」

「この前、大きい姿鏡を入れといて良かったねー!」


 ……えっ? そんな大ごとになる?


 五人でクーラー部屋に向かっていると、遠藤ももちゃんに会った。戦闘班だから、見張りをしてたんだろう。


「あれれ、その五人って珍しいね。どっか行くの?」

「ももちゃん! 聞いて。私、セレイナの髪を切るの」

「ふぇ、それは責任重大だなぁ。セレイナ、どのぐらい切るの? 5センチ? 10センチ?」

「えーと、ショートにしようと思って」


「「「「「はぁ?」」」」」


 五人の声が重なった。


「私、私がセレイナの髪をショ、ショートに」

「ルミちゃん! しっかり!」

「ちぃ、なんて日だ! スキル、モシモシ!」


 遠藤ももちゃんが、耳に手を当てた。


『ヒナっち? 緊急事態だわ。セレイナが……』



 クーラー部屋にて、クラスメートの女子に囲まれた。女子に囲まれたのは、これで生まれて二度目だ。


「……ヤケになってんじゃないわよ」


 ヒメが口を開いた。


「ちょっと、大げさよ」

「大げさじゃない! セレイナ、火野レイ、来生瞳はストレートロングヘア! これ常識。おけ?」


 みんなが「ウンウン!」とうなずいている。


「それを切るなんて、ヤケになってるとしか思えない」


 なんだか、すごい誤解されている。その誤解を解くために説明した。


 歌のスキルしかないので、それほどみんなの役に立ってないこと。剣の稽古をして、少しは自分を守れるようにしようと思ったことなどを話した。


「それなら、切らなくったってできるじゃん」

「んー、もう前の世界の面影を引きづらないほうがいいかなって」

「むむむ。ご意見、ご立派」


 ヒメは腰に手を当てて少し考え込んだ。っていうか、ほんとに大げさ!


「しょうがない。ルミちゃん、やっちまいな!」

「無理無理無理! ショートは怖くてできない!」

「失敗しても、また伸びるって」

「ぜったい無理!」


 ヒメが空中をスワイプした。何か考え始めた合図。


「真凛ちゃん!」

「はいっ!」

「ラフでいいんで、セレイナの今をスケッチしてくんない? それからみんなで考えようよ」

「りょーかい!」


 毛利真凛ちゃんは元美術部。水をポスターカラーに変えるスキルを持ってたっけ。


 ヒメは設備班のほうを向いた。


「むっちゃんはライトを四方向に設置」

「あいあいさー!」

「和夏ちゃん、前に思ったんだけど、鉄の棒に暖房スキルかけたら、コテかドライヤー代わりにならないかな?」

「ヒメっち、天才!」


「よし! 3年F組女子の名誉にかけて、異世界イチのショートカット、やってやろうじゃねえか!」


「「「「「「「おう!」」」」」」」


 女子全員が鬨の声を上げた。


 ……なにこれ?



 あれやこれやの会議の末、一枚のラフ画が壁に貼られた。


 床には何枚もの落選した髪型の絵が散らばる。


「いい、いいと思う!」

「かなり大胆ね」

「眉上パッツン、似合うのセレイナとナタリー・ポートマンぐらいね」

「ヘップバーンもいるわよ」

「あっ、それもいいかも。横をうしろに流して」


 アタシは、ずっと姿鏡の前で座ったままだ。四方向からのスポットライトを浴びている。


「じゃあ、行くわね」


 ルミちゃんがハサミを構えた。


「あああ! うち見てらんない!」

「ダメよ、和夏ちゃん。みんなで見るの!」

「うわーん、ヒメっち、鬼ー!」


 ……みんな、すごい元気。昼間にあったこと忘れてない?


 髪を切るとなってからも、かなり時間がかかった。大ごとになった断髪イベントが終わり、アタシは姿鏡の前で上機嫌だ。


「すっごい楽! いいかも」


 るんるんのアタシに比べ、女子のみんなは床にへたりこんでいる。


「緊張と感動で、どっと疲れたわ」

「山場は抜けた、そんな気分」

「もう、今日は泥のように寝るわ」


 どんだけ大げさよ、あなたたち!


 みんなが重い足で帰る中、アタシは足どり軽く里の中を散歩した。


 首に当たる風が気持ちいい。


 いや、それだけじゃない。むしろ、そっちじゃない。


 アタシは、今のクラスメートに「チヤホヤ」はされてない。ただ、大事に思われている。


 切ないわけじゃないのに、胸が張り裂けそうだ。


 時間がかかってもいいから、この気持ちをみんなに返していこう。



 散歩をしていると、調理場に灯りが点いているのが見えた。


 おかしいな、今晩は何も作らなかったのに。


 近づいてみると、キングにプリンス、トカゲ人のジャムさん、ヴァゼル伯爵。それに今日助けたカラササヤさんがいた。


 五人はイスを出し、調理台をテーブル代わりに何か飲んでいる。


 その横で絵麻ちゃんが何か焼いていた。


 あきれた。この五人は、あんな事があっても平気でゴハンが食べれるのね。


「ほう、夜の闇から麗人が現れた」


 キザなセリフはヴァゼル伯爵だ。


「バッサリ行ったな、高島」


 キングがおどろいている。プリンスは少し眉を上げた。


「絵麻ちゃん、手伝おうか?」

「じゃあ、付け合せの野菜を少し切ってくれる?」


 アタシはうなずいた。すでに用意してあった野菜を切る。


「なに飲んでるの?」


 野菜を切りながらキングに聞いた。


「これな。土田に作ってもらった葡萄酒。ブドウでもないのかな。赤い実を潰して発酵させた物らしい」


 赤い実。アタシの部屋のあれは、ブドウの一種なのか。


 絵麻ちゃんのハンバーグが焼けたので、野菜も盛り付けて出す。


 ヴァゼル伯爵にわたす時、夜行族の紳士は、にやっと笑った。


「ご婦人が大きく髪型を変える時、何か決意が秘められている事が多い。何かな? 今宵の麗人が思う決意は」


 お願いするには、いいチャンスだ。


「はい。アタシも剣を習いたくて」

「ほう、その長い秀美な指に剣は無粋と思われるが」

「高島、無理しなくていいぞ、ここにいるオッサンらが、なんとかしてくれる」

「まだ老けてはおらぬ、キング殿。だが、お前たちを守るのが戦士の努めだ」


 力強く言ってくれたのはジャムさん。


 一部から「ジャムパパ」って呼ばれるだけあって頼もしい。アタシも、これからはそう呼ぼう。


「はい。でも、自分の身を守れれば、少しはみんなの負担が軽くなると思って。アタシはたいしたスキルもないし、絵麻ちゃんみたいな料理の名人でもないし」


「そういえば」と、ジャムパパが思い出したように出されたハンバーグを口にした。


「うむ。絵麻殿の料理は、いつも上手いが、これはいつになく秀逸だ」


 ジャムパパ、目を閉じてハンバーグを噛み締めた。


「やべえ! ハンバーグ最高!」


 キングが大げさにガッツポーズ。絵麻ちゃんがにっこり笑った。


「キング殿、やべえとは何です?」

「うーん、危険、危ないとか」

「危ないハンバーグ……」


 ヴァゼル伯爵が首をひねってハンバーグを食べた。


 横ではプリンスが静かに口に入れている。


「……うまいな」


 プリンスのつぶやきには、絵麻ちゃん、とびっきりの笑顔。


 そういや、絵麻ちゃんはプリンスにゾッコンだっけ。たしかそんな話を誰かから聞いた。


「んでもよ、高島のスキルは、無駄じゃないぞ。おれらの戦う技術なんかより、よっぽど貴重だ」

「ほう、意外にもキング殿と意見が合う」

「意外ってなんだよ、伯爵。おれ脳筋じゃねえぞ」

「それは失礼」


 ヴァゼル伯爵はハンバーグを一口食べ、葡萄酒をぐびっと飲んで、杯を夜空に掲げた。


「旨い酒に旨い食事。これに極上の歌があれば……もはや死んでも悔いはありませんな」


 ニヒルな笑みを浮かべてアタシを見る。もう、ほんと伯爵はキザね。


 でも、そこまで言われると、照れるけど歌わないわけにもいかない。


「口ずさむぐらいでもいい?」

「ぜひとも」


 アタシは空いた調理台に腰掛けた。立ったままだと少し照れくさい。


 食事中だ。ゆったりした曲がいいだろう。ジャズのスタンダートナンバーを何曲か口ずさんだ。


 歌い終わると、男性陣はどこか遠い目をし、また、ぐびりと葡萄酒を飲んだ。


 ジャムパパがぼそりと口を開く。


「今日は、最高の一日であるな」

「戦士よ、私も同感です」

「ありがと、ジャムパパ、伯爵」


 ガタッと、カラササヤさんが突然に立ち上がった。


「俺、俺の、俺の嫁になってくれ!」


 アタシはしばらく、目をぱちくりさせた。


「……えーと、お断りします」


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