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9-2 花森千香 「森羅万象」

今話登場人物(呼び名または表記)

花森千香(花ちゃん)

姫野美姫(姫野さん)

友松あや|(友松さん)

飯塚清士郎(プリンス)

有馬和樹(キング)

山田卓司(タクくん)

蛭川日出男(ゲスオくん)

根岸光平(コウくん)

ヴァゼルゲビナード(ヴァゼル伯爵)


 姫野さんが、みんなを振り返った。


「遅かれ早かれ、こういうのはあると思う。わたしは行くけど、今は無理って人は残って」


 クラスの四割ほどが立った。


「残る人は、来ないからどうっていうんじゃないから。そこは考えすぎないで。意外に数日後に帰れるかもしれないし」


 そう言って姫野さんは笑い、村に向かって歩き出した。


「花ちゃん行く?」


 友松さんが聞いてきた。ケガの人が気になる。行きたい。けど、怖い。


「手、握って行こうか。うちも実は怖い」


 友松さんが手を伸ばした。その手を握る。


 村の入口に着いて、足がすくんだ。想像以上だった。村の農家は、ほとんど焼け落ちている。畑にいくつもの死体があった。


 一緒に来た同級生は男女問わず、その場で何人かが吐いた。


「お前ら」


 プリンスが私たちに気づいた時、奥からキングの声が聞こえた。


「花森! こっち!」


 家の軒先でキングが手を振っている。走っていくとタクくんが横たわっていた。腕から血が流れている。


「切られたんだが、毒が塗ってたみたいで。さっき倒れた」


 その場にいたゲスオくんを見る。ゲスオくんがうなずいた。


「お茶目な落書き!」

「お注射!」


 土気色だったタクくんの顔に、生気が戻ってくる。

 コウくんもケガをしたと聞いた。辺りを見ると、岩に腰かけたコウくんがいた。肩で息をしている。


 太ももに布を巻いていて、かなり血が滲んでいた。駆け寄って、手を当てる。


「お注射!」


 痛みが治まったようで、コウくんは目を閉じた。


「おい、タク!」


 キングの声に振り向いた。タクくんが、フラフラと歩いている。


「花森、治したんだよな?」


 キングが私に歩み寄って聞いてきた。


「うん。その感触はあった」


 タクくんが、こっちを向いた。


「俺、生まれた時から右が難聴で」


 右耳に手を当てたり、離したりしている。


「聞こえる!」


 ゲスオくんも私らのとこへ来た。


「アナログの世界から、いきなりステレオの世界でござるな」

「まじか! それエグいな!」


 タクくんが、今度は狂ったように辺りを見回した。


「みんな、ちょっと黙れ!」


 みんなの手が止まる。タクくんは、村の中を流れる小川に近づき、のぞき込んだ。


「タクって、水泳部だったよな?」

「むぅ、初めてステレオで聞く水の音、でござるな」


 ばしゃん! と小川に飛び込み、両手で水をすくった。


「おおおおおお!」


「これ、なんか演劇で見た気がする」

「ヘレン・ケラーの最大の見せ場、ウォーター! でござるな」

「やべぇ、おれ、なんか感動してきた」


 キングとヒデオくんの会話を聞いて、なんかすごい事しちゃったのはわかった。


「なんやこれ!」


 その声に振り向くと、今度はコウくんが目を見開いていた。恐る恐る、その目に指を入れる。何するのかと思ったら、コントクトね!


 両目のコンタクトを外し、周りを見る。


 遠くの空を見上げた。


「おおおおおお!」


 ばさり! と羽音がして、空からヴァゼル伯爵が下りてくる。


「弟子たちよ。森羅万象の世界にようこそ」

「師匠!」


 二人が伯爵の胸に抱きついて泣いた。


 ……なにこれ?


「痛っ!」


 キングがゲスオくんの腕を掴んでいる。


「やっぱそうか。お前、折れてるだろ」


 ゲスオくんが掴まれた腕をはらい、じりじりと下がった。


「そ、それがしの煩悩は、決して消されませぬぞぉぉぉ!」


 全速力で逃げていく。


 ……ゲスオくんって、ある意味すごい。


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