IF32.〜もしもギャルに連れて行かれたら〜
「僕も………一方的にキレてきたんです」
涙が収まって、だいぶ落ち着いてきた後、俺はようやく梨花に今日あった事情を話した。
もうとっくにシャトルバスは発進していて、バス内は俺たち以外はみんなヒソヒソと静かに話している。
話を聞かれるのが嫌いな俺は声を抑えて話しているのだが、その気持ちを汲み取ってもらえず、梨花はよく通る声で話している。
そのせいで俺はさっきから顔が赤くて仕方ない………!
「アハハ!一方的にキレたい時ってあるよね!そういう時は大体あっちが悪いから大丈夫だって!」
いや声でかいよ………!恥ずかしいよ………!
現実…………これが現実………!
「いや、今回は僕が悪いんですが」
「どっちでもいいわ!」
豪快に笑いながら突っ込んでくる。
………この人の性格がだんだんわかってきたぞ?
この人、ギャルじゃなくてバカだ!(確信)
いやギャルとバカは大体イコールなんだが、それよりもなんかこう、野蛮なんだ。
そうだな、バカっていうより野蛮だな。
「よし!悪もん同士今から遊びに行こう!アタシに任せとき!楽しいとこいっぱい連れてってやるかんな!」
「あ、それは……………じゃあお言葉に甘えて」
知らない人にはついてっちゃいけませんって母さんに言われてるけど大丈夫だよね。
今日だけはなんだか、何処へでも連れてって欲しかった。センチメンタルジャーニーだよ全く(意味を理解していない)。
「よしじゃあ、駅に着いたら早速出発だ!」
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なんやかんやで楽しくおしゃべりしながら過ごしていると、10分もしたらシャトルバスが止まった。どうやら駅に着いたようだ。
「よし!じゃあどこ行こうね」
「楽しいとこって、どんなとこがあるんですか?」
「えーっとぉ…………カラオケとか?」
普通だ!と叫びそうになったが堪えて、引きつった笑顔を浮かべる。
露骨に繕いすぎたかと思ったが、流石というべきが、全然全く気づく気配はなかった。
てか、これだけ遊び慣れてる感じがあるのにもかかわらずカラオケしか行くところがないウチの市の田舎さには恐れおののくしかない。
これでも人口は300万人くらいいるんだけどな………
「よし、カラオケに行こう」
「あ、はい」
カラオケなら結構行ってるけどね。
駅構内に入って改札を目指し、階段を上り下りして地下鉄の駅に乗り込む。
「次の次の駅だかんね」
「あー……………はい、分かってます」
うん、知ってるよ。そこの駅のカラオケなら男の時に大宮と毎週くらいに行ってたよ。
とは言えるわけもなく。
流されるようにカラオケまで連れて行かれる。
途中、人混みの中を高いヒールでカツカツスイスイ進んでいくもんだから、見失いそうになった。
しかし梨花は、そんな俺を見かねて手を繋いできて、それに照れるあまり、手汗が大量に分泌されて申し訳なかったのは別の話。
とにかく、俺はカラオケに連れて行かれた。
特に歌いたいものもなかったけど、まだ昼だ。帰るには少し早すぎてもったいない。余った時間を潰せるならなんでも良かった感はある。
「受付完了させてくるからちょっと待っててね」
カラオケの自動ドアをくぐったところでそう言われ、近くのソファに座ることにした。
よくよく考えると、いつも大宮と来る時は俺が受付してるから、待ってるってのは変な感覚だな。
大宮はいつもこんな感じだったのだろうか?
だとしたら結構楽すぎて、なんだか馬鹿馬鹿しくなってるくな……………
「って、日比野さんじゃん!」
あん?誰だよ?俺の安眠タイムを邪魔したのは…………そう思って顔を上げると、中学生?男子の顔が1つあった。
「あーん…………鈴木くん?」
「ちっがうよ!直感で言わないで!永瀬!永瀬進だよ!覚えてない?」
「あーん永瀬くんねふんふん………で誰?」
「覚えてなかった!」
ははは覚えてるよ。俺が人のこと忘れるわけないだろ?あのうちのクラスの野球部の………
「水泳部に所属しててさ。大宮と前一緒にいたでしょ?」
ごめんなさい。覚えてません。嘘は良くないね、うん。
「………で?その大宮は?今日はいないの?」
あたかも興味がなさそうに、心の中ではかなり興味津々だったのに、気だるげに聞く。
犬なら全力で尻尾を振ってたと思う。
「あー、大宮なら後から」
ウイン。
自動ドアの開く音がして、何とは無しにドアの方に視線をやる。すると、まさか、だ。
「おう!大宮、遅かったな」
「ごめんごめん。てか、トイレ行ってる時に先行かれたら、俺なら絶対迷子なるってわかるよね」
「うそん、迷子になったの?ここ来るの何回目だよお前」
「いやそれはまた別の話…………ってなんで日比野さんがいるの?」
と、ようやく俺に気がついたようだ。
このまま2人で話し混んでたらあまりの空気の薄さにそのまま蒸発していたかもしれない。
喜びを誤魔化すように言う。
「いや、偶然今会ったんだ」
「へぇ…………で?誰が受付行ってんの?」
おいおい、俺との会話は終わりかよ!「へぇ………」て!土日に偶然会ったんだ美少女に「へぇ………」て!
もっと運命感じてくれてもいいだろ!1人でドキドキしてた自分が恥ずかしい…………!
だが俺の願い叶わず、大宮と永瀬はそのまま話し込んでしまった。おーい、ここにいるぞー。見えてない?見えてないの?ならこのまま消えちゃうよ?いいの?
はい、無視は肯定ですね。消えます。スゥ…………
「…………っておい!」
「うわぁ、びっくりした………」
ホントに消えちゃうところだったろ!危ねぇ。
「俺もここにいるっての」
「あ、あはは、そ、そんなに怒らないでよ日比野さん」
うるせえ永瀬とやら。黙ってろ。お前はお呼びじゃねえんだよ。大宮を出せ!
という言葉は心に押し込める。
「怒ってないよ?」
頭に青筋を浮かべながら、言う。
まあ大体これ言ってる人で怒ってなかった人見たことないよね。いるなら出てこいってくらいよ。
「永瀬、もう行こうよ」
しかし大宮は、依然として俺に話しかけようとしてこない。ここまでくると頑固と言うより、嫌悪のが近いかもしれない。
…………俺が何をしたっていうんだよ。お前を怒らすようなことは何もしてないと思………いませんごめんなさい。
とにかく、俺に話してほしいのだが、しかし。
大宮がこちらを向く気配はない。むしろもう行ってしまう感じが漂っている。
「あ、ほら、受付終わったっぽいし!」
おいおい、今日1番元気だったぞ今!どんだけここから逃げ出したいんだよ!
「ほら行こーぜ!」
おい今日のお前アグレッシブだな。俺の前でそんな姿みたことねぇぞ。いつもとは違う彼の姿にドキッ、とはなるわけがない。
「おい、ちょっと待って―――――――」
「アレ?咲のカレシ?」
と、俺の前方、大宮の進行方向から声がかかる。
無論、前からの道を塞ぐような声なのだ。気づかないわけがない。
「あ、梨花さん…………って、カレシじゃない、カレシじゃねーから!!!」
「ちょ、冗談だって。そんなマジにならないでよ」
はっ、思わず席がないことを告げる優しい女の子達のような口調をしてしまった。
仲良いわけじゃない人には敬語だよね。貴方の席は今しがた座ってしまった故にございません。これが正解ね。
「でもじゃあ、どんな関係?………あ、やっぱカレシ?」
しつけぇ!こいつ否定しても話聞いてくれねぇ!
………あぁいかんいかん、こいつじゃないな。このアマだ。
「カレシじゃないです!…………友達です」
なんだか尻すぼみになってしまったが、果たして、俺と大宮は友達と言えるのだろうか?
たしかに男の時の俺は大宮と親友と言えるだろう。
しかし今はどうか。状況や、形が変わってしまった。
俺も大宮も、関係が変わってしまった。
今は対等ではなく、俺が一方的にしつこく付きまとっているだけ。それで大宮は仕方なく嫌々相手をしてるだけ。
こんな関係が友達と言えるのだろうか。
「へぇ、君が咲の友達…………ふぅん、結構いいオトコじゃん」
鑑定するようにじっくり舐め回すように見る。
何も言ってないのに永瀬を見ようとしないのは、彼が空気のような存在だからだろうか。
「良かったらアタシとメアド交換でも―――」
「ダメ!ダメだから!」
………………っは、何してんだ、俺?
気がつくと、目の前には梨花。庇うように両手を広げて隠しているのは、大宮。
「えっと、どういう状況ですか?」
「って、アンタがそれ聞く!?」
梨花は腹を抱えて笑いだしてしまった。
えっと、さっきの台詞をもう一度思い出してみよう。
梨花がメアドを交換してと大宮に頼んで…………そのあと俺がダメって言って、この状況か。
…………また体が勝手に動いてるパターンのやつやん。
なんだ?俺は女の子になってから体が思うように動かないぞ?全身の筋肉が自律神経と繋がって不随意筋になったのか?
………….それって俺生きてける?
女の子になった反動だろうか?感情が表に出やすくなってしまっている。
力が弱くなったせいなのか、感情を抑制する防護壁も、力不足ですぐに溢れ出してしまう。
いつもならしないことをしてしまうのは、俺が弱くなった証拠なのだろうか?
「あの、日比野さん?いつまでそうしてんすか?」
「…………あっ、ご、ごめん!」
と、考え事に耽ってしまってたようで、手を広げた状態のままずっと大宮の前に立ちふさがってしまっていた。
「はぁ…………もう行きますね」
ちょっと、ちょっと待ってくれ!と心の中では叫びつつも、大宮が真剣に嫌がっているのが伝わってきたので、強引に誘うわけにはいかなかった。
寂しかったけど、まだ話したかったけど、まあ、仕方ないと腹をくくって梨花さんと2人で遊ぶしか―――
「咲のオトモダチ!?じゃあ一緒に遊ぼう!」
―――――良くも悪くも思い通りにいかないのが、世の常である。
「え、えっと、僕はこれから友達と遊ぶんで」
大宮がそう言うが、しかし。俺たちは私立で育った優等生だが、向こうは違う。公立のギャル様だから、俺たちの常識が通じるわけがない。
いやもうほんと違いすぎてもう人種が違うんじゃないかと思えてくるほどでね。実はギャルは先住民なのか!?
「あっはっは!そう言うと思って、もう同じ部屋取っちゃった、はぁと」
うわぁ、口ではぁとって言っちゃった!
だがあざと可愛い!
てか手が早いな!これで大宮は外堀から固められて、逃げれなくなったわけだ。
「ちょ、何勝手なこと!」
「え?さっき受付にいたコには話つけたよ?」
いや!多分それ女の子相手にたじろいでただけだから!男子校の悪い癖だから!あんまりいじめないで!
「やっぱ勝手に…………」
はっ、大宮結構怒ってる!このままじゃ帰っちゃうよ!
せっかく遊べるようになったのに、せっかく久し振りにカラオケに一緒に行けると思ったのに………
この時も、また体が動かなかった。いつもなら勝手に動いてくれるはずの体が、動いてくれなかった。
嫌がられて、心がボロボロになってたのかもしれない。
もうこれ以上、大宮に嫌悪されたくなかったのかもしれない。
俺は、速くなっていく鼓動を押し込め、ついぞ、何かを口にすることはなかった。
友達1人、遊びに誘えない。こんなんで、本当に男だったなんて言えるのだろうか?
実は本当は、最初から女だったんじゃ―――――
「まぁいいじゃん!行こう!」
俺の深い思考は、高い梨花のはしゃぐ声によって遮られ、現実世界へと戻ってきた。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
………本物の女の子はみんなアグレッシブですね。




