33:もう泣かない(2)
王都の騎士たちは偉そうにふんぞり返ったまま、ジルフレードの背中に隠れているクローディアに声をかけてくる。
「最近、クローディア姫になりすまして城に侵入しようとする奴が多くてね。ほら、クローディア姫は『魔力なし』だろう? 髪の色さえ染めれば、誰でも姫のふりができるとみんな考えるらしくて」
「だから、あんたが本物かどうかを確かめないといけないんだが」
騎士たちの視線は冷たく、クローディアを明らかに疑っていた。クローディアが本物の王女であるとはつゆほども思っていないのだろう。その態度はただひたすらに悪い。
けれど、どうやって本物の王女であることを証明すればいいのだろうか。クローディアは髪や瞳の色以外に、これといった王家の特徴を持たない。この失礼な騎士たちを黙らせるほどの証拠なんて何も思いつかなかった。
クローディアが考え込んでいると、王都の騎士たちはやれやれと肩をすくめてみせる。
「まあ、どうせあんたも偽物なんだろうが……念のために聞かせてもらおうか。本物のクローディア姫なら答えられるはずだ」
騎士は上から目線の態度を崩すことなく、偉そうに尋ねてくる。
「クローディア姫が城を追い出された時、いったい何色のドレスを着ていた?」
(何色の……ドレス?)
クローディアはきょとんとして、目を瞬かせた。
城を追い出された、あの雨の日――ランドルフと出会ったあの日、着ていた服は。
「……あの日、私が着ていたのはドレスじゃないよ?」
そう答えた途端、王都の騎士の表情がぴしりと固まった。応接室はしんと静まり返り、冬の風が窓ガラスを揺らす微かな音が響く。
静寂を破るように、クローディアはまた口を開く。
「私が着ていたのは、メイドの人たちが着るお仕着せだったよ。濃いグレーのワンピースに白いエプロンをつけてたの。だから、ドレスじゃない」
その格好だったから、ランドルフに城のメイドだと勘違いされたのだ。彼と出逢ったばかりの頃のやり取りを思い出し、クローディアは小さく笑みを零した。
落ち着きを取り戻したクローディアとは対照的に、王都の騎士たちは顔色を悪くしていた。ぴくぴくと頬をひきつらせつつ、「まさか……」とうろたえ始める。
「念のため、もう少し質問をさせてくれ。クローディア姫の嫌いな食べ物は?」
「えっと、嫌いな食べ物はない……ってことになってるけど、実はピーマンが苦手なの」
「クローディア姫が十八歳の誕生日に国王陛下から贈られたプレゼントは何だった?」
「何ももらってない。本当は何か準備してたみたいだったけど……私が『魔力なし』だったせいで大騒ぎになったから、結局もらえなかったの」
クローディアがすらすらと答えると、騎士たちは真っ青になって震えだした。
「これ、偽物には答えられない質問ばかりだぞ? なぜこんなに正確に答えられるんだ……」
「……よく見ると、お顔が陛下に似ていらっしゃる。まさか、本当に本物?」
騎士たちはお互いに顔を見合わせた後、気まずそうにクローディアの様子を窺ってくる。クローディアがこくりと頷いてみせると、彼らは二人揃って椅子から立ち上がり、さっと平伏した。
「申し訳ございませんでした、姫様!」
「偽物が多いので、つい失礼な態度を……お許しください!」
がらりと態度を変えた騎士たちを、クローディアは複雑な気持ちで見つめた。こんなにガタガタ震えながら頭を下げるくらいなら、はじめから失礼な態度なんてとらなければいいのに。
まあ、そんなことを言っても詮ないことだし、怒るのも疲れるだけなので、クローディアは騎士たちに頭を上げるように促した。
「もういいよ。私が本物って分かってくれたら、それで充分」
「ありがとうございます! ああ、姫様が寛大なお方でよかったです。……ところで、あとひとつだけ確認させていただきたいのですが」
そう言うなり、騎士たちのうちの一人が懐からナイフを取り出した。キラリと光るその刃に、クローディアはひゅっと息を呑む。
なんで。
どうして。
本物の王女だって、分かってくれたのではないのか。
(ランドルフ……!)
思わず心の中で、この場にいないランドルフの名を呼んでしまう。
けれど、ナイフを持ったその騎士は、光る刃をクローディアではなく自らの腕に向けた。そのまま腕を軽く傷つける。
すっと一筋の赤い線が浮かび上がり、白い騎士服にじわりとその赤が広がった。騎士は痛みに顔を歪ませながらも、口の端を引き上げてクローディアを見上げてくる。
「あの手紙の内容が真実なら、姫様は聖女の力を持っていらっしゃるはず。ならば、こんな傷くらい、軽く治せますよね?」
つまり、王女としては一応認めるけれども、まだ聖女としては認めていないということか。
ここで傷を癒し、聖女である証を見せろと、彼はそう言っているのだ。王家に送った手紙の内容をどこまでも疑ってくる王都の騎士に、またクローディアは機嫌が悪くなってくる。
こんな騎士の傷、本当は治したくない。けれど、騎士の腕から滴り落ちる赤い雫が応接室の絨毯を汚しているのに気付き、むむむと眉を顰めた。これ以上部屋を汚されるのは嫌だ。すぐ傍に立っているジルフレードを見上げると、彼も嫌そうに眉を顰めていた。
クローディアはため息をついて、しかたなく騎士の傷を治すことにする。恐る恐る騎士に近寄り、その傷にそっと手をかざした。
「痛いの、痛いの、飛んでいけ」
ふわりと優しい光が手のひらから生まれ、騎士の傷を包み込む。その光があっという間に傷を癒すのを目の当たりにして、王都の騎士たちは感心した顔になった。
「なるほど、あの手紙に書いてあったことは、全て真実だったようですね」
騎士たちは、改めてクローディアの前にひざまずいた。その態度は完全に王女、そして聖女に対するものになっている。
「それでは姫様。今すぐにお城へ帰りましょう」
「……へ?」
言われた言葉が一瞬理解できなくて、クローディアの口から間抜けな声が出てしまう。けれどすぐに首を振り、クローディアはその提案を拒否した。
「嫌! 私はランドルフが帰ってくるまでここにいる!」
ランドルフは、今ここに王都の騎士が来ていることすら知らない。この状況で城に帰ってしまうと、お別れの言葉もろくに残せない。いつか城に戻ると決めてはいたけれど、こんな形でランドルフとお別れするのは絶対に嫌だった。
それなのに、王都の騎士たちはクローディアの拒絶を見て見ぬふりをする。
「本物の姫様が見つかった場合は、すぐに城に連れ帰るようにと王命が出ています」
「王命……? なんで?」
「国王陛下は姫様を手放してしまったことを、深く後悔していらっしゃいます。行方不明になった姫様を心配し、ずっと気落ちしていらっしゃいました。なので、今すぐに城へお戻りになり、その元気なお顔を見せて差し上げないと」
騎士たちはにこりと笑いつつも、固く冷たい声で続ける。
「王命に背くことは許されません。さあ、早く準備を。あまりもたもたしていると、この辺境騎士団は姫様を軟禁しているという罪を着せられることになりますよ」




