第三十二話 逆撃! あなたは捕まえた女エルフをどうしますか?
時系列的には、ちょっとだけ遡ります。
(∩´∀`)∩
ここで時は少しさかのぼる。
プロトスより弓矢を受け取り、ヒサコを処分するよう指示されたアスティコスは、ヒサコとテアが留まる牢屋へと急いだ。
牢屋と言っても、鉄格子も石壁もない、地面に線を引いただけの実に風通しのいい牢屋だ。
その気になればいつでも脱獄できるが、逃げるのは不可能である。森の要所要所にプロトスの放っている守護者がいるため、すぐに捕まってしまうためだ。
そして、逃げた者は例外なく、森へと“還えされ”るのだ。土より産まれし声明は、土へと戻す。それがエルフのしきたりであり、罪人の穢れた魂もまた、森によって浄化される。
森への回帰は輪廻における浄化プログラムの一種だとプロトスは考えており、死者はすべからく土に埋めて森に戻すのだ。
アスティコスもその考えに従い、罪人に裁きを与えるつもりで牢屋へと急いでいた。
(だが、それではもう外へ行く道が閉ざされてしまう)
それこそ、アスティコスに迷いを生じさせる要因になっていた。
ヒサコを捕えてからと言うもの、アスティコスは何度もヒサコの所へ食事を運んだ。その度に外の世界のことを聞かされたのだ。
と言っても、興味のあるのはあくまで姉であるアスペトラのことであり、その姉の忘れ形見であるアスプリクについてであった。
姉はすでに他界し、墓すら残っていないそうだが、その血筋は十三歳の女の子に受け継がれている。会ってみたい、そう考えていた。
だが、長であり、父であるプロトスはそれを禁じた。こちらから会いに行くことも、逆にアスプリクを招き入れることも許可しなかった。
プロトスは極めて厳格かつ保守的な発想をしており、変化という点について非常に嫌う性格をしていた。昔のまま、今まで通り、変わることなき悠久の時の流れを漂う、それを至上の価値と考えているが故である。
そして、アスティコスの視界にヒサコの姿を視認した。
距離はあるが、この弓で一射すれば、確実に心臓を射抜く自信はあった。しかも、都合がいい事に、ヒサコは地面に座し、背中を向けていた。
気付かれる事なく、心臓を撃ち抜いて絶命させることが可能だ。
だが、アスティコスの手はなぜか矢筒に伸びなかった。手が震え、必死に動かそうとするも、なぜか矢を掴むことができなかった。
殺せない。どうしてだ。そう自問しながらも、足だけは前へと進んだ。手は動かないのに、足だけはしっかりと動く。
そうこう悩むうちに、とうとう牢屋の前まで来ていた。弓で射殺すのであれば、ここまで近付く必要もない距離だ。
「ヒサコ、悪いけど、命を取らせてもらうわ!」
必死で絞り出した声であるが、どういうわけかヒサコもテアもアスティコスの方を見ず、背を向けたままであった。
聞こえていないはずはない。二人はしっかりと起きている。
無論、身代わりの人形でも置いていったというわけでもない。しっかりと呼吸をしており、肩が動いているし、耳をすませば心音すら聞き取れた。
「どうした!? 何か言ったらどうだ! 何か言い残すことでもあるのか!?」
ようやく震えながらも、矢を掴み、弓を構えることができた。
それでも手が震えているため、狙いが定まらない。
だが、それも無用の心配だ。なにしろ、手に持っている弓は、プロトスが自作した愛用の弓であり、銘を『風切の弓』と呼ぶ。風の精霊が住み着いており、矢を放つと精霊が矢に乗り移り、狙った標的目がけて飛んでいき、どれほど離れていようが威力を損なうことなく必ず命中するという、強力な魔力が込められていた。
普段は倉庫に保管されているような代物であるが、妖魔の侵入が頻発するようになったため、プロトスが倉庫から出して手入れをしていたのだ。
「矢の先があなたを捉えているわ! これは里長が手ずから鍛え上げた弓! 決して的は外さないわよ! 己の罪過を数えながら、大人しく神への祈りでも捧げなさい!」
こうまで叫んでも、ヒサコもテアもなお動かない。聞こえているはずなのに、振り向く素振りすら見せない。完全にアスティコスを無視していた。
どういうつもりなのかと考えるアスティコスは、ある一つのことに気が付いた。そして、そのバカバカしさに思わず脱力して、弓を引くのを止めてしまった。
「もういいから! 長から『誰とも喋るな』って言われてるんでしょうけど、長はもう聖域の方に出掛けたから、約を違えても誰も咎めないから!」
それを聞くなり、ようやくヒサコが立ち上がった。
やっぱりそうだったかと、アスティコスは無視されたことに得心した。ヒサコは無視していたのではなく、喋るなという指示を律義に守っていただけだったのだ。
だが、それもまた大きな間違いであった。
ヒサコが立ち上がって振り向こうとした瞬間、体を翻しながら、一気に踏み込んできたのだ。
油断があった。意外と律義なんだと判断したのが間違いだった。あえて無視して躍起にさせて、そこからの緩急で油断を誘い、その一瞬の隙をヒサコは突いたのだ。
距離にしておよそ五歩。だが、ヒサコには十分すぎるほどに距離が詰められていた。油断のある状態で五歩となると、弓を再び引いて構える状態になるよりも、相手の手を捻り上げる方が早かった。
まず、ヒサコは右手でアスティコスの左手を掴み、捻り上げて体勢を大きく崩した。
弓が使えなくなったため、アスティコスは咄嗟に右手で掴んでいた矢をしっかりと握り、それをヒサコ目がけて突き出した。
しかし、それもかわされた。ヒサコは左手でアスティコスの放った突きを払い、その勢いのままに両手でアスティコスに抱き付いた。
「え、あ、ちょ!?」
「沈みなさい」
恐ろしい程に冷たい声のまま、抱き上げつつ体を捻り、そのまま二人の体は地面に落ちた。
地面とヒサコの体に挟まるかのように落ちたアスティコスは、背中から防御も許されずに落とされた。硬い地面に叩き付けられ、その肺に二人分の体重が突き刺さった。
「が、げへ、げほ!」
肺に突き刺さった衝撃は呼吸という生物にとって最も不可欠な行動を奪い、空気を求めてアスティコスは咳き込んだ。
そこへガキンッという衝撃が口に、性格には歯に当たった。ヒサコが拾い上げた矢を掴み、それをアスティコスの口に差し込んだのだ。差し込むと言っても完全にぶっ刺してはおらず、口に少し入った歯の辺りで止めており、咳き込む動作のときに矢じりが歯に当たったのだ。
しばらくはそのままだ。いつでも刺してしまえる状態のまま、ヒサコはアスティコスの呼吸が戻るのを待った。
右手には矢を、左手はアスティコスの喉を掴んでおり、馬乗りを取った体勢で、じっとアスティコスを見下ろしていた。
そして、アスティコスの呼吸が戻ってきたのを見計らって、にっこりと笑顔を作った。
「ダメよ~。間合いの読み合いなんて、戦じゃ基本中の基本。いかに相手の得意な間合いを取らせず、逆に自分の得意な間合いで戦うか、これを常に考えておかないとね。弓使いが距離を詰めるなんて、愚の骨頂よ」
実際、ヒサコの指摘はその通りだとアスティコスも思った。
そもそも、プロトスからの指示はヒサコとテアの処分であり、そのための道具として強力無比な弓矢を拝領していたのである。
確実に仕留め、かつ終わり次第合流して戦列に加われという意思表示であり、それをアスティコスは迂闊にも距離を詰め過ぎたのだ。
なぜそうなったのかは、理解している。未練があったからに他ならない。
ヒサコを殺してしまっては外の世界との繋がりが断ち切られ、姉の忘れ形見との邂逅も機会が失われてしまうと考えたからだ。
掟を守ると言う順法精神と、姪を訪ねて助けたいという家族の情、この二つがせめぎ合い、結果として迂闊な行動に繋がってしまったのだ。
そして、その間隙をヒサコに付かれ、こうして組み伏せられると言う無様を晒してしまった。
「くっ、放せ!」
「それは嫌よ。放したら、弓を射かけるでしょ? あたし、まだ死にたくないもの」
ヒサコの手には矢が握られており、もし力を込めればそのまま口から喉へと貫かれるのは必定であった。呼吸が戻ってきたとはいえ、そもそも腕力に差があり過ぎた。
アスティコスは典型的な女のエルフらしく小柄であり、華奢な体つきをしていた。弓を引けるのも、扱いが楽な小弓であり、しかも術の補助があるからだ。
一方、ヒサコは人間の女性の中では割と高めな方であり、体もしっかりと鍛え上げられていた。
おまけに、一連の動きから察するに、体術の腕前はかなり高い。
そう判断したアスティコスは、ヒサコに対しての油断をしたことを後悔した。
腕力でも、技術でも、アスティコスがヒサコにこの詰まった距離で勝てる道理はないのだ。
ヒサコの言う通り、いかに得意な間合いで戦い、苦手な間合いで戦わないか、これに尽きるのだ。
素手での格闘戦など、アスティコスの最も苦手な戦い方であり、一方ヒサコの得意な間合いである。
術や弓ならば絶対に負けない自信があると言うのに、むきになって距離を詰めてしまい、まんまと相手の得意な間合いで、苦手な戦い方を強いられたのだ。
これでは虜になるのも無理なかった。
「さて、折角、こんな可愛らしいウサギちゃんを捕まえたんだし、たっぷりと可愛がってあげないとね。どうやって食べちゃおうかしら」
「う、や、やめろ!」
ヒサコは握っていた矢をポイッと捨てると、そのままアスティコスに覆いかぶさった。
アスティコスは必死に逃げようともがくが、腕力勝負ではヒサコに分があり過ぎて微動だにしない。
焦るアスティコスに対して、ヒサコはゆっくりと顔を近付け、その舌をアスティコスの耳に這わせた。生暖かい感触が耳を走り、アスティコスは顔をしかめつつ、さらにもがいた。
「やめなさいって言ってるでしょ! どういうつもりよ」
「狩りの成果を賞味しているだけよ、可愛い野ウサギちゃん♪」
反吐の出る思いであった。
アスティコスは齢にして百五十を過ぎており、十分にエルフとしては大人であるが、色恋沙汰とは縁遠い生活をしていた。なにしろ、里長の娘として皆を取り仕切る立場にあり、また持ち前の気の強さもあって、周囲の若いエルフがあまり寄り付かないのであった。
それに対してあまり強く意識したことはなかったが、今こうして弄られる段になると、途端に純潔が惜しくなったのだ。
しかも相手は同性である。アスティコスの聞いた話では、人間種は夫婦間としての営みのみならず、気分次第で友人、あるいは他人の妻や恋人、果ては同性とすら行為に及ぶと聞いていた。
なんと自堕落で退廃的なのだろうと、人間の醜悪ぶりには眩暈を覚えたほどだ。
姉が人間の世界に出掛けると聞いた時も、大丈夫だろうかと心配した。
だが、よりにもよって自分がその自堕落の餌食になろうとは、さすがに考えてもいなかった。
「くぬ! くぬ! 放しなさいって言ってるでしょ!」
「放せと言われて、放すバカはいないわよ~。なに、ちょっとつまみ食いする程度で終わるから」
「今すぐ終わりなさい!」
「うほ~。たまらん! こういう気位の高いお嬢様、手折るのが楽しいったりゃないわ!」
見た目は十七歳の貴族令嬢だが、中身は戦国乱世を生き抜いた七十のスケベ爺である。これは楽しめそうだとぺろりとヒサコは舌をなめずりした。
アスティコスはどうしてこうなっているんだと混乱に拍車がかかっていったが、そこに助け舟が寄こされた。
くんずほぐれつの二人に対して、テアがその頭上に手刀を叩き込んだのだ。
「じゃれ合うのは後にして、さっさと本題に入りなさい。あっちも佳境に入ってるわよ」
テアが指さす先にはエルフの聖域が存在し、これでもかというほどに魔力が飛び交っていた。明らかに戦闘を繰り広げており、その激しさがここまで伝わってくるほどであった。
「やれやれ、もうちょっと遊んでもよかったけど、急がないといけないわね」
ヒサコはすんなりアスティコスを放し、乱れた衣服を整えた。
アスティコスもようやく解放された安堵からため息が漏れだし、それから体を越していそいそと服を整えた。
「ていうか、今の遊びだったの!?」
「当たり前でしょ? 本気で抱くのは伴侶だけ。その他は全部お遊びよ」
「うん、やっぱ人間ってクズだわ」
「ああ、勘違いしないで。あたしが特別なだけだから」
「自分がクズであることを否定しないんだ」
「ええ、そりゃね。なにしろ、神様のお墨付きだから」
実際、事ある毎に女神がクズ呼ばわりしてくるのである。そんなに悪い事などしてないつもりなのに、クズ連呼なのは納得いかなかったが、特に反論するでもなく受け入れていた。
「さて、それじゃあお互いの親交も深まったことだし、本題にいきましょうか」
ヒサコはポンと両手をアスティコスの方に置き、再び笑顔を作り出した。
「さあ、今度こそ外の世界を行きましょう。私が案内してあげるから」
掟と情の間で揺れ動くアスティコスに、いよいよ選択の時が迫っていた。
里に残って皆を統率するのか、外に出て姉の忘れ形見である姪を助けるのか、ヒサコはアスティコスに決断を促すのであった。
~ 第三十三話に続く ~
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