第二十九話 迷える森! 招かれざる客はお帰りください!
プロトスが聖域近くに到着した時、すでに戦闘は始まっていた。
そして、見る分にはプロトスの満足するべき結果であった。ただの一匹とて、小鬼の侵入を許していなかったからだ。
聖域はエルフの墓所であり、それがよそ者、まして醜悪な妖魔に踏み荒らされるなど、あってはならないことであった。
エルフ達の戦い方は実に巧みで、迫りくる妖魔を次々と屠っていた。
数で言えば百をわずかに超える程度であるが、誰もが手練れで、弓か、あるいは術に長けたていた。
半数が森の木々に登り、高所から矢を射かけた。また、動きの特に俊敏な者が地上を走り回り、小鬼を引っ掻き回し、隊列を崩させたり、あるいは矢の射撃地点に誘導したりと、数の差をものともしない戦いぶりを見せていた。
また、術に長けた者も草木を急成長させて相手を締め上げたり、あるいは鞭のようにしならせて打ち払ったりと、実に森林地帯での戦いに特化したやり方で応戦していた。
「守護者よ、守護者よ、目覚めるのだ。汝らが守りし場所に賊が侵入した。さあ、起きよ、起きよ。敵を倒すのだ」
プロトスの力ある言葉を受け、“それ”は起き上がった。
一見、森の中に転がるただの倒木にしか見えなかったそれは、急に手足を生やして起き上がり、巨木に足が生えているかのような姿となった。
木偶人形、プロトスはそう呼んでいた。
木の巨人は雄叫びを上げながら、小鬼の群れに突っ込んでいった。
根とも足ともつかぬそれで小鬼を踏みつけ、あるいは手のごとき枝でちょこまかと走り回る小鬼を掴み、それを放り投げて木や岩に叩き付けた。
地面に、あるいは木の幹に、小鬼のどす黒い血と肉塊がこびり付き、悲鳴がこだました。
だが、ここでプロトスは違和感を覚えた。
(なぜ引かぬ!? まるで何かに取り憑かれているようだ)
小鬼は基本的に憶病であり、頭の悪い種族である。少なくとも、プロトスはそう認識していた。
道具を使う程度の頭は持っているが、自分で作ったり改造したり直したりするような技術はなく、落ちていたり死体から追い剥ぎしたりして手に入れた、質の悪い“なまくら”を使用していた。
武器は不揃い、隊列はバラバラ。まれに族長と思しき希少種が統率している場合もあるが、基本的には本能の赴くままに襲ってきては、臆病風に吹かれて去っていく種族である。
現に、小鬼の群れは次々と森の中に屍を晒していた。弓で射られたり、魔術の餌食になったり、あるいは木偶人形に潰されたりと、無視できないレベルで損害を与えたいた。
ここまで実力差を見せ付ければ、そろそろ引いてもおかしくないはずである。だが、引く気配を見せず、仲間の屍を飛び越えて、前進を止めなかった。
「長! 大変です!」
プロトスが小鬼の奇妙な動きに注意を払いつつも、丹念にひき肉を製造している所へ、一人のエルフが慌てて駆け込んできた。
「何事か?」
「新手です! ここから、聖域を挟んだ逆方向から、犬頭人の群れが迫って来てます!」
「何だと!?」
プロトスはそちら側に配備していた守護者の視界を確認すると、報告の通り、犬頭人の姿を確認できた。
こちらも数がどんどん増えており、じきに聖域の方になだれ込みそうな勢いであった。
「あの人間、どうやってこれだけの数の妖魔を操っている!? 尋常な術式でないぞ!」
さすがのプロトスも焦りを覚え始めていた。仮に、殲滅だけが目的であるならば、豪快に術をぶっ放して片付けることができる。
しかし、それでは森や墓所に損害を出してしまう恐れがあった。
守りながら損害を抑え、その上で敵を引かせる。言うだけならば優しいが、やはり味方や聖域への損害を考えながらの戦闘だと、意外と骨の折れる作業となった。
「止むを得ん。少々、本気にならせてもらうぞ。全員、聖域の内側に撤退せよ!」
魔力を込めて《念話》を飛ばし、周囲に撤退を呼び掛けた。
プロトスの声を聴いた者達は、一斉に動き出した。木に登っていた者は素早く降りて、聖域の方へと一目散に駆け出し、術士は牽制用の術で足止めをした後、これに続いた。
さすがに里の戦闘要員が揃っているだけあって、その動きはよく統制が取れていた。
すぐに全員が聖域の中へと飛び込み、それを確認してからプロトスは聖域の中心にある木に登り、そして、魔力と意識を拡大させていった。
意識が研ぎ澄まされ、森の木々一本一本に自分の神経が張り巡らされていくような感覚だ。
活性化した魔力が十分な量を蓄え、さらに聖域にただよう龍脈の力と混ざり合った。
「森よ、森よ、我が声を聞け。風よ、風よ、我が意思を伝えよ。森の守護者には加護を、招かれざる者には罰を。かくて、静寂は揺蕩いて、果てなき眠りへ誘い、これは全てに幸あれと、森と言う名の揺り籠に抱かれるのだ。発現せよ! 大結界《迷いの森》!」
プロトスを中心に四方へと風が飛んでいった。茶の木をすり抜け、森の木々へと飛び込み、一陣の風となって迫ってくる小鬼や犬頭人を貫いた。
そして、世界は変革した。
侵入者達は決して踏み込んではいけない領域に、無理やり引きずり込まれた。それは森の加護を受けぬ者が立ち入ると、未来永劫迷うこととなる森の迷宮であった。
もはや小鬼、犬頭人ともに“感覚”が失われた。今、自分が前に進んでいるのかどうか、あるいは右手を出したつもりでも左足が前に出たり、それどころか、起きているのか寝ているのか、それすら分からないのだ。
散々、めちゃくちゃな錯覚を味合わされた挙げ句、結界の外へと押しやられた。
そこでどうにか正気に戻るが、再びこれに果敢に挑むも、また感覚を狂わされて迷い込んだあげく、気が付くと外に出ているのだ。
ならばもう一度と言ったところで、それは現れた。
そう、プロトスが作り出した木偶人形だ。
《迷いの森》で意識をグチャグチャにされた相手など、狩り取るのは容易かった。
木偶人形はプロトスが操っているため、結界の影響を受けることなく、足元のふらつく獲物を次々と踏みつけて屠っていった。
その情景を見て、戦っていたエルフ達もようやく一息付けた。
相手の実力は大したことはなかったのだが、やはり数の差だけはどうしようもなかった。いくら雑魚相手とは言え、終わりの見えない戦闘は、神経をすり減らすものであった。
「皆、ご苦労だった。負傷者は傷を癒せ」
さすがにあれだけの数と戦っていたのだ。全員が無傷とはいかず、血を流している者も幾人かいた。幸いにも死者はおらず、少し休めば即時戦線復帰できる者ばかりであった。
さらにプロトスは矢の補充も行った。そこらに転がっている倒木を招き寄せると、風の精霊に命じて木を切り出し、矢柄を生成した。また、自分の髪を何本か抜き去り、それに息を吹き込めた。すると、作ったばかりの矢柄にまとわりつき、それが矢羽となった。
矢じりはないが、魔力を先端に収束させて撃ち出せば、それだけで鉄矢と変わらぬ威力があるため、特に問題もなかった。
ほんの僅かな時間で、あっという間に千本もの矢を生成する手並みはさすがだと、エルフ達はプロトスの桁外れの力量に敬服した。
「矢の補充をしておけ。ずっと結界を張ったままというわけにはいかんのでな」
このまま籠城を続ければよいのだが、そういうわけにもいかなかった。
今は躍起になって結界が張られている聖域を目指しているが、もし冷静な指揮官がいた場合、その矛先を里の方へ帰る可能性があった。
そうなった場合は結界から飛び出し、里の防衛を行わねばならなかった。
里は巨木の洞や枝を利用し、そこの住居を構え、吊り橋や桟道を通している構造になっている。高所にあるため、防御は容易であり、上から矢を降らせることができた。
しかし、戦いに長けた一線級の戦士はこちらにいるのが大半であり、里に残っているのは戦士の僅かな居残り組と、戦闘が苦手な者ばかりだ。
さすがにその状態で、いつまでも里を空けておくわけにもいかなかったので、聖域の安全が確保された今は、むしろ里の方の防備を固める必要があった。
プロトスが周囲を確認すると、すでに次の戦闘に向けての準備が整っていた。傷は術で治し、疲労はすっかりと消え、矢の補充も終わった。
「長、いつでも出立できます」
「よろしい、では、里に戻る・・・、ん? 待て、全員、警戒せよ。何かが結界を越えてくる」
プロトスの警告に、最初はそんなまさかと他のエルフ達は思った。プロトスの張った結界は強力無比であり、森の加護を受けたエルフ以外は、立ちどころに迷うはずの術である。
だが、プロトスの視線の先に意識を集中させると、二人分の足音が余裕の足取りで近付いてくるのが分かった。
迷っている様子も一切ない。真っすぐ結界の内側を目指して歩いてくるのが分かった。
里のエルフが何かを知らせに来たかとも考えたが、そういう雰囲気でもなかった。もしそうなら、必ず急いで駆け寄ってくるはずだからだ。
信じられないと思いつつも、里の者でもない何かが迫ってくるのは確実であり、その場の全員が得物を握るなどの迎撃の体勢を整えた。
そして、姿を現したのはあまりにも意外な存在であった。
「はぁ~い、皆さん、お揃いでのお出迎え、痛み入りますわ~♪」
そう、姿を現したのはヒサコであった。
腰には愛用の細剣を帯び、肩には銃を担ぎ、なぜか頭に鍋を被っていた。どうにも理解に苦しむ格好であったが、それ以上に驚きであったのは、プロトスが張っていた結界を、まるで散歩感覚で抜いてしまったことだ。
そんなニコニコ笑顔のヒサコと仲良く手を繋いで、もう一人の囚人であるテアも付いて来ており、こちらは風呂敷で何かを包んで担いでいた。
「バカな!? 人間がどうやってこの結界を!?」
「長の術が破られるなんて、初めて見たぞ!」
「しかも、強引に破ったとかじゃなくて、明らかにすり抜けてきたって感じだ!」
エルフ達に動揺が走っていた。
長たるプロトスは神によって直接作られた創造物であり、他のエルフとは一線を画する存在であった。魔力も知識量も段違いであり、皆から畏怖されていた。
そのプロトスの術があっさりと破られたのである。エルフ以外が立ち入れば、たちまち迷走する悠久の緑の迷宮を、ごく普通に踏破されてしまった。
ならば、あの人間の女はプロトスに匹敵する術士なのかと考え、警戒心が高まっていった。
「正直、驚いたぞ。我が術式を、《迷いの森》を抜けてしまえるなど、初めての事だ。それも、破るのではなく、普通に歩いて踏破するなど、今までにないことだ」
「里長にそこまで褒められるとは、あたしの知略も中々のものですわね」
渦中のど真ん中にいるというのに、ヒサコの尊大な態度はそのままであった。
無論、側にいたテアは内心ヒヤヒヤものだ。前には腕利きのエルフの戦士が百名以上いるし、背中には踏破したとはいえ《迷いの森》の結界が存在する。
そして、その結界を張り、エルフ達の頭として純エルフたるプロトスまでいる。
よくまあ、これだけの状況、戦力差で汗一つかかずに平然としていられるものだと、テアは相方の図太さを再認識させられた。
「知略、か。先程の妖魔達の襲撃と言い、やはり何かしらの小細工を弄したと言うわけか」
「はい、その通りでございます。なにしろ、真面目なエルフの皆様方と違って、人間は不真面目かつずる賢いものでございますから。寿命が短い分、賢しく考える頭がございます」
「ほう。では、そのずる賢い部分を見せてもらおうか。どうやって踏破した?」
「単純な事でございます。あの結界はエルフしか踏破できない。逆に言えば、エルフならば踏破できると言うわけです。この様に、ね」
そう言うと、ヒサコはテアが担いでいた風呂敷を受け取った。『軽量化の布』と呼ばれる魔法の道具で、これで包めばどんな物でも軽く持ち運べるようになるという代物であった。
この森に入る際には岩塩を包んで運び込んでおり、布で包めると言う大きさに制限はあるが、それさえ考慮すれば、どんな物でも軽々運ぶことができた。
そして今、その中身があらわになった。
それが姿を現すなり、エルフ達にまた動揺が走った。なにしろ、その風呂敷から飛び出してきたのは、一人の女エルフであったからだ。
「ごくごく単純。エルフを装飾品として身に付け、それで結界をすり抜けたのですわ」
極めて単純な回答であった。
エルフにしか踏破できないのならば、エルフに水先案内人(強制)を頼めばいいということだ。
そのこともそうなのだが、布にくるまれて運ばれてきたのは、他でもない、アスティコスであったこともエルフ達に動揺を与えた。
アスティコスはプロトスの娘であり、弓の腕前も術の才も抜きん出た存在であった。そのため、プロトスがいない場合は皆のまとめ役的な立ち位置であった。
それがこのような姿で連れて来られたということは、ヒサコを始末するために牢に向かったが、返り討ちにあったということを意味していた。
幸い、呼吸はしているようなので、死んではおらず、意識を失っているだけのようであった。
「なるほど。実に賢しいやり方だ。人間らしい、卑怯な手口だ」
「卑怯は誉め言葉だと、前にも言いましたが?」
「ああ、そうであったな。まったく忌々しいことだ」
「では、卑怯ついでにもう一つ」
ヒサコはしゃがみ込んでアスティコスの上体を起こし、それを盾代わりにして、その喉元に短剣をちらつかせた。
「人質のつもりか。どこまでも見下げ果てた奴よ」
「左様でございます。では、再度の“交渉”と参りましょうか」
人質を盾にしての、再びの交渉。なにしろ、ヒサコの目に映るのは、エルフの背後に生えている緑色の秘宝“茶の木”であった。
遥かな旅路を経て、ようやく見つけたそれを、諦めて帰る気など更々なかった。
そして、これが“交渉”によって事を成せる最後の機会でもあり、これが決裂してしまえば、あとは実力行使しか残されていないのだ。
できれば楽に持ち帰りたいと思いつつも、それはもう無理かと半ば諦めていたが、それでも試してみないわけにはいかなかった。
ヒサコとプロトスの視線が交差し、最後の“交渉”が始まろうとしていた。
~ 第三十話に続く ~
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