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第二十一話  涜神上等! 怒れる公爵は神殿をぶっ潰す!

 かくして、神殿の会議室には関係者が顔を揃えた。

 シガラ公爵ヒーサ、その妻ティース、枢機卿のロドリゲス、火の大神官アスプリク、シガラ教区の責任者なる上級司祭ライタン、以上の五名だ。


「さて、互いに忙しい身の上であるし、挨拶も程々にして本題に入ろうか」


 もったいぶる様に言い放ったのはロドリゲスだ。枢機卿の、それも筆頭格と言われている大物であり、教団の総本山『星聖山モンス・オウン』や王都ウージェ以外に身を置くこと自体珍しい。

 当然、一同は余程の事があったのだろうと身構えていたが、その内容はおおよそ予想することができた。


「例の、僕とヒサコの“聖人”の認定に関することでしょ? さっさと話して欲しいね」


 枢機卿相手にかなり無礼な口の利き方であるが、これも毎度のことなので、ロドリゲスは気にせず話を続けた。


「では、さっさと話すとしよう。もちろん、内容はその議題についてだ。二名の叙任申請だが、どちらも却下された。残念なことにな」


 鼻で笑うかのような態度を見せるロドリゲスに、他四名はそれぞれ異なる反応を示した。

 ライタンは中立の立場を貫きたいため、静かな反応であったが、ティースは思わずニヤリと笑っていた。なにしろ、あのヒサコを“聖女様”と呼ばなくていいのであるから、安堵の一つもしようというものであった。

 ヒーサ以外には見えない位置、机の下でガッツポーズまでしていた。

 一方の叙任が叶わなかったアスプリクは若干イラっとした顔を見せていたが、ふと横を向いてヒーサの顔を確認すると、どういうわけか余裕の表情を浮かべていたので、これは何かあるなと考え、ひとまずは落ち着くことにした。

 そして、ヒーサが口を開いた。


「いささか露骨に過ぎるというものですぞ、枢機卿猊下。こういうやり取りも嫌いではありませんが、最近はアーソの件で少々食傷気味でしてな。もう少し、あっさりとしたものが望ましいです」


「どういう意味かな、公爵?」


「今の発言は嘘八百。苦労して叙任にこぎつけましたと演出するための、程度の低いお芝居だと申し上げたのです。叙任否定でこちらをがっかりさせて、あとから“私の力”でどうにかしました、ということにしておきたいのでありましょう。金の無心や取引の材料としたいのであれば、今少し練り上げた設定を考えていただかないことには、こちらとしても張り合いがございません」


 バッサリと、それでいてケンカを売っているとしか思えないほどのヒーサの発言であったが、ロドリゲスの歪んだ表情が状況を物語っていた。


「なぁ~んだ、ただのハッタリか。びっくりした。でも、ヒーサ、凄いね。なんで気付いたの?」


 アスプリクとしては、見事にロドリゲスの思惑を看破したヒーサを讃えつつ、そのからくりを知ろうとした。

 なお、そのヒーサの横では、ティースが淑女にあるまじき舌打ちをしていた。ヒサコの叙任否決が嘘だと分かってしまい、それが露骨に出てしまったのだ。


(嫁の反応がいちいち可愛いな)


 ティースが一喜一憂するのを横目に、ヒーサは不敵な笑みを浮かべた。


「大神官様、単純な話ですよ。“不入の地”だからと言って、密偵が入り込んでいないなどと考える方がどうかしている、というわけです。防諜の手管がお粗末すぎる。見破った、のではなく、最初から知っていた、ということです」


「な! 公爵、決して立ち入ってはならぬ聖なる山に、ケガレを持ち込んだか!?」


 ロドリゲスとしては、看過できぬ発言であった。『星聖山モンス・オウン』は完全に治外法権が認められた領域であり、王国法ですら適応除外とされる聖域であった。当然、その立ち入りに関しては法王や枢機卿の認可のいる“不入の地”であり、探りを入れること自体、神への冒涜であった。

 それを成した、とヒーサが言い切ったのであるから、それこそ大問題なのであった。


「公爵! それは神への背信行為! 背徳の涜神であるぞ!」


「はて? 私はそのようなことなど行っておりませんが? 強いて言えば、金品での買収でありますが、神を売り渡した最高幹部の事は放置なさると?」


「な、なんだと!?」


 さらに特大の爆弾が破裂した。あろうことか、最高幹部会議に出席できる者の中で、すでにヒーサと通じている者がいると告白されたからだ。

 自分より先にヒーサと接触を謀り、あろうことか部外秘の情報を横流しするという、許し難い行為を知ってしまったのだ。


「公爵、そんなことをしていたのか!?」


「ええ。ですが、あなた方が王女殿下に成されてこられた仕打ちに比べれば、ほんのささやかな意趣返しにございましょう。文句がおありだというのであれば、いつでも相手いたしましょう」


 ここでいよいよヒーサも本気の殺意をロドリゲスに向けた。鋭く睨み付け、息の根を止めるぞと言わんばかりの表情を見せた。

 もし、腰に剣でも帯びていれば、鞘から抜き放っていたであろうが、あいにくと武器の持ち込みは制限されているため、神殿の入口に預けていた。

 だが、それでもビリビリと感じさせる殺意は凄まじく、高々十七歳の若者の放つ気配かと、震え上がらせるに十分であった。

 戦場に慣れているアスプリクやライタン、すぐ隣にいるティースも緊張した。自分に向けられているものではないと分かりつつも、それでも冷や汗ものの殺意のこもった凝視であった。


「き、貴様! いいか、私は次期法王の最有力候補だぞ! それに歯向かって、ただで済むと思っているのか!?」


「おめでたい御仁だ。あなたは“まだ”ご自身が筆頭候補だと思っているのですか? すでにその座は、ヨハネス枢機卿猊下のものだというのに」


「んな!?」


 ロドリゲスにとって、あまりにも寝耳に水な話であった。

 確かに、法王は五名いる枢機卿の中から選出される決まりになっており、そう言う意味ではヨハネスが法王になる可能性も皆無ではない。

 だが、現法王が老病にて衰え始めてから、“ヨハネス以外”の枢機卿は我こそ次期法王たらんとして支持者集めに奔走し、結果ロドリゲスがその地盤を固めることとなった。

 ヨハネスはそもそも法王になるための後ろ盾もなく、初めからレースに参加するつもりがなかったため、ロドリゲスも自分を支持するように圧をかける以外の行動を起こしていなかった。

 だが、ここへ来て法王選挙コンカラーベに候補として参加するのであれば、話は大いに変わってくる。なにしろ、ヨハネスに対して、今ヒーサが支持を表明したからだ。

 ヒーサは教団関係者ではないので投票権は持っていないが、政治的な影響力は先頃のアーソでの一件以降、拡大する一方である。

 しかも、“財”の公爵の異名を持つように、こうした場面での資金の工面や工作はお手の物である。

 もし、本気でヨハネスが動き出すのであれば、今の優勢がひっくり返される恐れもあった。


「そ、そんなことが」


「あるのですよ、猊下。私に加えて、宰相閣下も乗り気なのです。その点もお忘れなく」


 その点はロドリゲスも危惧するところであった。宰相ジェイクは聖山に乗り込んできてまで、堂々と教団の改革を宣言したことがあった。妹アスプリクの扱いに異議を申し立てた上に、術士の管理運営についてまで口を出してきたのだ。

 教団内部についてのことで、外部の人間が口出しするなどこれまでなかった。だが、それでもジェイクは教団に正面から攻め込んできたのだ。

 そのときはアーソが謀反を起こしたという情報が飛び込んできたので、うやむやになってしまったが、その熱はまだ残っているどころか、ヒーサという最も厄介な相手にまで飛び火した。

 それを今、しっかりと見せつけられた格好だ。


「率直に申し上げよう。猊下、あなたはやり方を間違えた。もし、あなたが友好的な態度を取り、私と握手を交わしてくれたのならば、そちらに与してもよかったと考えていた。だが、“貴様”は私に嘘の報告を行い、高圧的に脅しをかけてきた。以前までならそれで通用したのであろうが、今はそうではないということに気付いていなかったバカバカしいまでの勘違い。それが教団の敗因だ!」


 ヒーサはバンッと勢いよく手を机に叩き付けた。その勢いに押され、ロドリゲスは危うく椅子を後ろに倒してしまいそうになったが、どうにか堪えることができた。

 だが、先程までの威勢は確実に削がれ、怒りをあらわにするヒーサを虚勢を張りつつ睨み返すのが精いっぱいであった。


「いいか、聖山に帰って山の老人共全員に伝えろ! たった今を以て、アスプリクは大神官の地位を退き、還俗する! よって、貴様らに一切の命令権はなくなったと思え! 彼女の身柄は公爵家が責任を以て預かり、これを保護する! これに異議を唱えると言うのであれば、我が公爵家が相手になってやるからかかってこい! 貴様らがアスプリクにやらかした悪行を、万倍にして返してやろう!」


「ヒーサ・・・!」


 正面から堂々と教団側に宣戦布告にも等しい宣言を発したことに、アスプリクは感激した。

 こうなることは望んでいた。自分を縛る幾重にも絡まる鎖、それを断ち切らんとアスプリクは足掻いていたが、自分一人ではどうすることもできなかった。

 しかし、目の前にいる男は、それを全力で手助けしてくれると言うのだ。これほどうれしい事はなかった。

 この鬱陶しい法衣ともおさらばして、自由な服を着て、清々しい空気を吸い込むことができる。願ってやまなかった自由を、いよいよ手にする時が来たのだ。


「き、貴様! 今発した言葉がどういう意味か、分かっているのか!?」


 ロドリゲスは明らかに狼狽していた。教団に対して、こうまで露骨に敵対行動を取るなど、異端派を除けば一切存在しなかったのだ。

 だが、目の前の男は《六星派シクスス》ではない。なにしろ、魔王復活を目論んだ黒衣の司祭を倒したのは、間違いなく目の前の男だからだ。

 つまり、これは教団でも、異端派でもない、第三の存在を生み出しかねない大事であった。


「分かった上での発言だよ、ロドリゲス。いいか、権力や権威というものは、実力が伴って初めて効力を発揮するのだ。そして、今の神殿はそれが急速に失われつつある。貴族の庇護なくば崩れ去るだけの砂上の楼閣に座していることを、教団幹部はヨハネス枢機卿とアスプリク以外、誰も理解も認識もしていないのだ。すでに現場の心は山から離れ、ここに集まりつつある。それを考えた上で、現実を見据えることだな、間抜けめ」


 もう、手加減の必要も、礼儀を尽くす必要も、ヒーサにはなかった。目の前にいるきんきらの法衣に身を包む男は明確に敵であり、武器があれば切り捨てるだけの存在でしかなかった。


「実力無き者は隅の方でガタガタ震えているのお似合いだ。力ある者が全てを手にする。それこそ、“戦国の作法”である! 正しい行いが認められるのではない。力こそ正義であり、勝った者が正義を語り、それこそが正しい行いなのだ! 文句があるなら、かかって来るがいい。離反者続出の上に、最高戦力である火の大神官が抜けた穴、はっきり言って大きいぞ」


 ヒーサの覚悟は確固たるものであり、もはや戦争も辞さない態度であった。

 それに同調してか、アスプリクもいつの間にかヒーサの隣に立っており、手から炎を巻き上げ、いつでも焼き払えるような術式を用意した。


「お待ちあれ! 神殿内で攻撃の術式を使用することはまかりなりません! 大神か、アスプリク様、お控えあれ!」


 ライタンとしては現場責任者として止めざるを得なかった。

 アスプリクはキッとライタンを睨み付けたが、さすがに戦場経験の長いライタンは怯むことなく両者の間に割って入ろうとした。


「上級司祭、君は“そっち側”の人間なのかい?」


「そういう問題ではありません! このまま戦争を始めたいのかと問うているのです!」


「僕はそれでも構わないよ。丁度いい、こいつを焼き尽くして、開戦の狼煙としようじゃないか」


 淡々と喋るアスプリクに、さすがのライタンも戦慄した。目が如実に発した言葉通りに行動する、そう訴えかけていたのだ。

 このままでは本当に戦争が起こりかねない。指一本動かすだけで、そうなるのだ。

 事ここに及んで、ロドリゲスも覚悟を決めた。自身も魔力を活性化させ、アスプリクの放つであろう炎に対して、自身の術式で相殺しようと準備を始めた。

 前線を離れて久しいが、それでも枢機卿の地位まで上り詰めたのは、政治力に加えてそれ相応の実力を伴っての事である。分は悪いが、やってやれなくもない。そう判断したのだ。


「やってみるか、小娘。後で泣き言を言っても遅いぞ」


「いいね~。そうでないと楽しくない。今まで散々こき使ってくれた分は、きっちり取り立ててやるから、どうか必死に抵抗してくれよ」


 一触即発の状況。いつ爆発してもおかしない状況下で、意外な人物が動いた。


「ナル! マーク!」


 ティースは椅子に座したまま廊下に控えていた従者二人に呼び掛けると、待ってましたと言わんばかりに扉を開け、室内に乱入してきた。部屋の中での魔力の乱れにただならぬ気配を感じ取り、いつでも飛び込めるように待ち構えていたのだ。

 そこからはまさに電光石火。室内の状況を瞬時に判断し、ナルがロドリゲスに飛び掛かった。

 当然、ロドリゲスはそれを迎撃するために、術式の発動目標をナルに切り替えたが、ナルの脇をすり抜けるように石礫が飛んできて、ロドリゲスの掲げた腕を弾いてしまった。

 マークが放った地属性の術式《石礫弾ストーンブレット》だ。魔力で石礫を生成し、それを相手にぶつける術式だ。威力は投石と変わらないが、当たり所が悪ければかなり痛いし、素早く撃てるため牽制用の術としては最適であった。

 義弟の援護を受けてそのままロドリゲスの懐に飛び込んだナルは、神殿内には持ち込みできないはずの武器を取り出して、それを喉元に押し合てた。服の中に仕込んでいた釘のような短剣であった。


「動かないでいただきたい。動けば、喉に突き刺さりますよ」


 確実にそれが出来ることを示すため、ほんの先っちょだけであるが、ナルは手に持つ短剣を差し入れた。チクリとした痛みが走り、ロドリゲスの首筋にはわずかに血が滴った。


「貴様! 従者風情が枢機卿に手を出すなど、死にたいのか?」


「残念ですが、私に命令を下せるのは唯一人。そして、それはあなたではない。なにより、私より先にあなたが死にますよ? それでよろしいか? 至高の冠を目の前にして暴漢に襲われ、命を落とす。ああ、何と言う悲劇でありましょうか」


 ロドリゲスの威しも虚しく響き、ナルの表情は無表情のままだ。すぐにでも刺し殺せますよ、とでも言いたげに感情を殺し尽くしていた。

 そして、開け放たれた扉から、今度は神殿の関係者やロドリゲスの侍従達まで入って来て、事態は更に混迷を深めていくのであった。



            ~ 第二十二話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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