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第十八話  せめぎ合い! 英雄の公爵 VS 黒衣の司祭

 ヒーサは剣を、カシン=コジは斧を、それぞれ柄の握り、いつでも斬りかかれる体勢のまま睨み合った。

 村外れのため、周囲に人はいない。なにより、皆自分の作業に大忙しで、剣呑とした雰囲気を感じ取ることなど出来はしない。実際に斬り合っていないうえに、二人は表面的には静かなのだ。


「一応、理由を聞いておこうか」


 ヒーサには分かっていた。黒衣の司祭カシンはいずれやって来ることを。

 アーソでの騒乱の際、カシンを仕留めたが、それはあくまで使い魔であり、本体へのダメージは限定的であると考えていた。

 そう遠くないうちにやって来るとは思っていたが、よもや流民に紛れて領内に侵入してこようとは予想外であった。

 使い魔ならそれも有り得たが、当人が現れるのは意外だったのだ。


「そうですね……。強いて言えば、“確認”でしょうか」


 カシンはニヤリと笑い、ヒーサをこれ見よがしに挑発した。


「確認、か。まあ、こちらの情報を調べておきたい事もあるだろうし、敵情視察と言うやつか」


「ええ、その通りです。できれば、破壊工作でもしようかと思っていたのですが、いやはやこんなに早く見つかるとは、いささか侮っておりました」


「タダで見るのは虫が良すぎるな。ちゃんと土産でも用意してきて欲しいものだ」


 互いに軽口を叩きつつも、実際には腹の探り合いだ。

 戦うのか、退くのか、どうすべきなのかをどちらも手探状態であった。


「おや、お土産を用意しておけば、堂々と見学しても良かったのですかな?」


「ああ、歓待してやったさ。もっとも、テアのお酌がなくて残念であったな」


「それは残念。できれば、女神様のご尊顔を今一度、じっくり眺めておきたかったのですが」


「ほう、その事にも気付いていたのか」


「ありがとうございます。今ので疑惑が確信に変わりました。やはり“そう”なのですな?」


「神とは名ばかりの、お間抜けな女ではあるがな。なんと言うか、威厳と言うものが感じられん」


 ヒーサの思い浮かべるテアの姿は、だいたい焦ったり唸ったり、あるいは文句を言っているのだ。

 どうにも神っぽさが感じられない、実に愉快な共犯者であった。


「当人が来たら怒りそうですな。あれでも神の端くれでしょう? まあ、見習いの試験でてんてこ舞いでしょうが」


「そうそう、お守りが大変なのだよ、あの見習い神は。実力的にはかなりのものだとは思うが、如何せん頭が悪いし、毒気に弱い。もう少し世の苦みとやらを味わってもらわなくてはな」


「それはそれは!」


 カシンとしては、神が本来の力を使えないのは喜ばしいことであった。人の身では、神に勝つなど到底不可能であり、“ナメている”状態であればまだ対処ができようというものだ。


「それで、今度はこちらからの質問になるが、魔王はお目覚めかね?」


 ズバリな質問に、カシンは一瞬眉を吊り上げた。

 だが、すぐに元のにこやかな顔に戻った


「目覚めておいでですよ。ただまあ、何と言いますか、どうも寝起きが悪いようでしてね。しっかりと覚醒するまでには、まだ時間がかかります。その間はこちらとしても事を荒げたくはないので、“見”に徹しますよ」


「あくまで、見守ると言う段か」


 嘘を付いているようにも見えなかったので、先程の情報に対する返礼程度に考えていると、ヒーサは感じた。

 もっとも、“見”をどの程度続けるかは未定であるため、不確実性の高い情報ではあったが、“魔王の状況”を鑑みるに、今すぐ動くということはなさそうなので、取りあえずは良しとした。


「では、もう一度こちらから質問しようか。術士を大量に集めているようですが、それで魔王様に対抗しようとでも考えているのでしょうか?」


 カシンの気配から明確な殺気が漏れ始めてきた。先程までは興味半分警戒半分と言ったところであったが、今は違った。

 返答次第では本気で始めるぞ、とでも言いたげなほどの殺意だ。

 一触即発。刃こそまだ鞘に収まっているが、すでに鍔迫り合いは始まっていた。

 しかし、ヒーサはそんなカシンを鼻で笑いつつ、冷ややかな視線で応じた。


「魔王に対抗するなど、それは無理だろうな。アスプリクやマークくらいの腕利きならばともかく、並の術士では役には立つまい。屋敷の火事を杯の水で消すことなど、どう頑張っても不可能なのだからな」


「では、あくまで銭稼ぎのためだと?」


「露骨すぎるな、その言い方は。銭も欲しいが、やはり道楽の域を出ておらんよ」


 ヒーサこと“松永久秀”の究極的な目標は、茶の湯を楽しむ事。これに尽きる。

 だが、そのために足りない物が山ほどあるのだ。茶葉はもちろんのこと、その他道具一式まで、すべて揃えるために悪戦苦闘している真っ最中であった。

 そして、道具が揃ったとしても、招く“客”がいなくては、茶席が成立しない。

 つまり、茶の湯を含めた“文化興隆”こそ、求めるものなのだ。


(茶事の普及は当然として、箸を用いた食事作法の改善、エルフの食文化を取り入れた献立の変更、漆器と陶磁器の実用化、やるべきとはたくさんあるな。短歌は広まりつつあるし、そのうち歌詠みの席でも設けてみるのも一興か)


 軍事に関しては見るべき点も多いが、文化に関しては目を覆いたくなる惨状だと、ヒーサは常々思っていた。

 ゆえに決意した。この異世界『カメリア』を自分好みに作り変えてやろう、と。

 魔王の件さえなければ順調にすべてが進んでいたであろうが、あくまで自分は魔王を倒すために呼ばれた英雄であり、それについてはきっちりこなさねばならなった。

 有り体に言えば、“やりたくもない”魔王への対処を、ヒーサは強いられているのだ。


(本当は国盗りしながら、芸事に勤しみたいのだがな~)


 権力の座を奪い、財貨を稼ぎ、上手い料理に舌鼓を打ち、美女に酒でも注いでもらって、歌を詠み、茶を飲んでゆっくりする。まさに理想の生活だ。

 もう少しこの世界で遊んでいられるかと思ったら、とうとう魔王の復活である。否が応にもそれへの対処に手間や時間が奪われてしまう。本体ヒサコの帰還と同時に、いよいよそちらの本腰を入れていかねばと、ヒーサは結論付けた。


「それゆえに解せないのだがな。お前はもう魔王様に目星を付けている。にも拘らず、仕掛ける素振りを一切見せない。それどころか、道楽にうつつを抜かしているようにすら見える」


「決まっている。現状、“私一人”ではどう足掻こうとも勝ち目がないからだ」


「ほ~う。その口ぶり、まるで頭数が揃えば、魔王様を倒せると言いたげですな」


「倒せるよ。そのための策は練ってある。だが、実行するのには、相応の手練れが複数人いる。それだけだよ」


 ヒーサのこの発言は、半分嘘の半分本気であった。

 現状、魔王に対する有効打を、ヒーサは持ち合わせていない。唯一通じると考えているのは神造法具『不捨礼子すてんれいす』のみであり、それでは明らかに手数が足りないのだ。

 テアの話では、この世界には合計で四組の神・英雄が降臨しているはずなのだが、他三組との連絡が一切取れていないのだ。

 テアは不安に感じつつも、とにかく連絡なり動きなりを待とうとしていた。

 だが、ヒーサはそれを抜きにしても、魔王を倒せる算段に移っていた。援軍など端から来ない、そう割り切って考えていた。

 そうなると、一切の戦闘系スキルを持っていない自分では、魔王と戦うにはあまりに火力不足となる。

 魔王の目星を付けながら、未だに仕掛けていないのはそれなのである。

 倒しきれる武器や手段がない。

 ヒーサはすでに“誰が魔王なのか”を、確信を以て掴んでいる。だが、倒すための手段がないので仕掛けていないのだ。

 演技を以て余裕をかましていても、内心では冷や汗ものなのである。

 もし、寝ぼけ眼の魔王が覚醒して、本気を出して襲い掛かってきた場合、“絶対に”勝てない。少なくとも、現段階においては。


「気に入らんな~。人間ごときが、魔王様を倒そうなどとおこがましいにも程がある」


「ああ、何しろ私は人間ではなく、“英雄”なのでな」


「常人では推し量れぬ存在、というわけか」


「お互いにな」


 魔王と英雄、常軌を逸する存在という点では一致する。実力的には魔王の方が上かもしれないが、それでも英雄は魔王を倒すからこその英雄であるのだ。

 だが、ヒーサは英雄としては明らかに弱い。テアから散々、英雄の戦い方じゃない、と呆れられているのがいい例だ。

 ヒーサの戦い方は基本的に、相手を策に嵌めて仕留める、これに徹していた。暗殺、奇襲、騙し討ち、甘言や讒言による心理戦、それがヒーサのやり口であった。

 口では“英雄”と述べようと、戦い方は“梟雄”のそれである。知略と、いざというときの倫理観の低さこそ、数少ない武器なのだ。


「では、今この場で君を始末しておいた方がいいかな。万が一にも、魔王様に害成す存在を、放置しておくわけにはいかんのでな」


「やってみるか? おそらく、今、私とお前が戦えば、勝敗は半々と言ったところになる。初撃で倒せば君の勝ち、時間が少しでもかかれば私の勝ち。なにしろ、この周囲には私に飼いならされている術士ばかりいるからな」


 ここで再び、両者の間にピリピリとした沈黙が訪れた。仕掛けるか、それとも下がるか、二人とも互いの思考を読み合い、どちらが最善かを推し量っているのだ。

 ヒーサはやり合うのを危険と考えていた。分身体であるため、動きにどうしても制限があり、誰かが駆け付けてくれるまで持ちこたえられるのか、という不安があるからだ。

 おまけに、手元には最強武具である『不捨礼子すてんれいす』がないのだ。腰に帯びた剣一本で戦うには、目の前の黒衣の司祭はあまりに厄介過ぎた。

 倒すことができるのであればそれに越したこともないが、倒しきるのには手持ちの武器が少なすぎた。

 一方のカシンは、ここで仕掛けるべきだと考えていた。戦闘能力が低いとは言え、目の前の存在は“英雄”であることには変わりないし、復活した魔王の妨げになるのであれば、さっさと排除しておきたいと考えていた。

 だが、実際には仕掛けることができない。その理由は二つあった。

 まず、現段階では、周囲は敵だらけということだ。もし、目の前のヒーサを殺して魔王陣営の勝利が確定するのであれば、それこそ捨て身で襲い掛かる。だが、そういう状況でもないので、自信と引き換えに目の前の英雄を仕留めるという段階ではないのだ。

 そして、何より重要なのは、時折飛んで来る“魔王の思念”が、ヒーサを殺してはならない、と頭の中で囁いてくるのだ。

 魔王の真意はカシンには分からない。だが、魔王がそう囁いてくる以上、何らかの理由や策があるのだろうと結論付けた。

 以上の点から対峙する二人は、できれば仕掛けたいが仕掛けにくい、という微妙な状態にあるのだ。

 結果、どちらともなく得物を握る手の力を抜き、今は止めよう、と互いに納得して身を引いた。


「賢明な判断だ、黒衣の司祭」


「そちらもな、英雄の公爵殿」


 緊張の糸は緩んだ。闘争の空気が一掃され、元ののどかな村の空気へと戻っていった。

 そして、計ったように二人の耳に叫び声が飛び込んできた。


「ヒーサ! ヒーサ、どこにいますか~!?」


 聞き覚えのある声がヒーサの耳に飛び込んできた。


「ティース! 私はこっちだ!」


 ヒーサは自分を探している妻に向かって、ここに居るぞと声を張り上げた。

 程なくして、ティースが従者であるナルとマークを連れて小走りでやって来た。


「申し訳ありません。ナルからの報告が思ったより時間がかかりまして」


「なに、構わんよ。カウラにも人員を送り込んでいるから、色々と変わらざるを得ないこともあるからな。報告が長引くのも当然だ」


「ご理解いただけて何よりです。それで、こちらの方は?」


 当然、ティースの注意は目の前の木こりの格好をした男に向いた。公爵ともあろう人物が、供廻りもつけずに“得物”を手にした相手と対話するなど、不用心にも程があるのだ。


「ああ、こいつの名前はカシン=コジ。どこぞからの密偵だよ。ナルやマークのようにな」


「ちょっと!」


 見ず知らずの相手に、しかも“密偵”などと紹介した相手に、裏の素性を話すなとティースが抗議の声を上げた。それはナルやマークも同様であって、ヒーサを睨み付けてきた。


「直ちに縛り上げて、拷問にかけるべきでは?」


 ティースはカシンを指さし、さっさと捕縛するように夫に促した。だが、夫の反応は妻が求めたものとは違った。


「と言うことだが、カシン君、どう思うかね?」


「随分と過激な御夫人でありますな。股座が縮み上がりそうです」


「おお、そうだろうそうだろう。私もそう思う。妻は加減というものを知らんでな。いつも難儀しているのだ」


「ご心中、お察しいたします。何かと気苦労も多いと思われますが?」


「いや~、全くもってその通り。昨夜も床の中でだな、そりゃ凄まじいのなんの」


 そこでガシッと力強くヒーサの腕を掴み、ティースは睨み付けてきた。


「なに“機密情報”をベラベラ喋っているのですか!?」


「いや~、夫婦円満であることを喧伝してもらうために、“わざと”情報拡散してくれそうな相手に話しているわけなのだが、問題ありかな?」


「問題しかありません!」


 ティースは大声で夫に抗議の声を上げ、それからカシンを睨み付けた。


「どこのどちらか存じ上げかねますが、今見聞きしたことはお忘れください。さもなくば、二度とお喋りができないように、喉を潰して差し上げますよ、そこの二人がね」


 ティースの指さす先にはナルとマークが立っていて、「あ、自分達がやるんだ」と言いたげな微妙な表情になっていた。

 なお、マークは“床の中”云々の意味を理解していなかったため、その頭上には“?”が飛び交っており、主人が何を恥ずかしがりつつ憤っているのか理解していなかった。


「いやはや過激な御夫人でございますな。これでは公爵様も気の休まるときもありますまい」


「なぁ~に、もう慣れたよ。それにな、こう見えて可愛いところもあるんだぞ、ティースは。実際、昨夜もな」


「だから、その話は止めてください!」


 ティースは顔を真っ赤にして抗議したが、ヒーサはニヤリと笑いながらその肩を抱き寄せ、その姿をカシンに見せつけた。


「夫婦円満なのは結構なことですな。早く御子を儲けられるがよろしいでしょう。さぞや立派な御子になられるでしょう」


「おお、その通りだな。息子になるか、娘になるか、どちらになるかは分からぬが、早く子は欲しいものだ。今宵も励むとしよう」


「ヒーサ!」


 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、判別のつかない発言をする夫に対して、ティースはさらに顔を赤らめたが、ヒーサはただ笑うだけであった。


「ではな、カシン。またその内、会おうぞ」


「ではまた、いずれ改めまして」


 カシンは恭しく頭を下げ、ヒーサはティースを抱き寄せたまま、笑い声を上げつつ去っていった。

 そして、公爵夫婦とその従者二名の気配が完全に消えたのを確認してから、カシンはゆっくりと頭を上げた。


「掴みどころのない男だ。そして、油断のならない男でもある」


 先程のやり取りからの、ヒーサに対する率直な感想であった。

 カシンとしては早めに始末しておきたいのだが、それはどういうわけか魔王に止められていた。何を考えているのかまでは読み取れないが、とにかく時期が来るまでは泳がせておくつもりなのだろうと納得することにした。


「さて、公爵夫妻よ、早く御子を儲けられるがいいさ。それは強みにもなるが、同時に弱味にもなるということを忘れるなよ」


 貴族にとって、家門を継承していくことが最大の仕事である。そのため、次代を担う子供の存在は必要不可欠であり、婚儀と出産は最重要課題となる。

 ゆえに、子供は強みであると同時に、最大の弱点にもなり得るのだ。

 それを知っているがゆえに、カシンは励め励めと背を押した。

 いずれ産まれてくるであろう二人の子供は、色々と利用価値が高いのだ。そう考えると、自然と笑みが零れ落ち、らしくもない皮算用に耽ってしまうのであった。


「もっとも、あの男に“人質”が通用するとも思えんのだがな。まあ、出せる手札は多いに越したこともないし、その時になってから考えるとしよう」


 そして、一陣の風が吹き抜けると、カシンの姿は跡形もなく消え去っていった。



          ~ 第十九話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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