第十七話 不安要素! 黒い影が忍び寄る!
「そういえば、今日は大神官様や奥方様のお姿が見受けられませんが?」
カインがキョロキョロと周囲を見渡しながら、ヒーサに尋ねてきた。いつも一緒にいるはずの二人が、今日に限って姿が見えないからだ。
「ああ、二人は別件でそれぞれ動いている。後で合流するから、もうしばらくこの村を見学して、待つことにしている」
基本的に、ヒーサは領内の巡察の際には妻のティースと、火の大神官アスプリクを連れて行動することを心掛けていた。
ティースはヒーサのところへ嫁いできてまだ半年も経っていないため、領民に顔と名前を覚えてもらうために行動を共にするようにしていた。
ただ、今日はカウラ伯爵領に関する報告を受けるためだと称して、屋敷に残っていた。なお、それはただの口実で、実際は『シガラ公爵毒殺事件』の真相を探っているナルやマークとの情報の擦り合わせであり、その事情を知った上で放置しているのだ。
(ま、あの事件に関しては、証拠も証人も抹消済み。真相究明の糸口があるとすれば、それは私かヒサコ、あるいはテアを尋問するしかないからな)
これについては、ヒーサは絶対の自信があった。ティースがいかに足掻こうとも、真相は闇の中に消えている。もし暴こうとすれば、自らも闇に呑まれることになるのだ。
事件の真相解明など諦めて、大人しく子をたくさん産み、その内の一人が新しいカウラ伯爵家の跡継ぎになるよう努めた方が現実的と言えよう。
一方、アスプリクは呼んでもいないのにヒーサにべったりで、その件でティースとは火花を散らし合っているのだが、今日は教団本部《星聖山》から重大な使者が来訪するとのことで、やむなくシガラ教区の神殿に足を運んでいた。
(そろそろ“聖人”認定の動きがあったか、あるいは術士の増大に関しての疑義のいずれかだろうな)
聖人認定については、もはやほぼ確定と言えるところまで進んでいた。
アーソへの事件において、黒幕が黒衣の司祭となったリーベであることが発覚し、教団の屋台骨が大きく揺らぐ結果となった。なにしろ、あれほど口やかましく異端狩りを行っていた教団が、現役の司祭から異端者を出していたのである。
しかも、魔王復活の儀式まで行っていたとなると、教団への風当たりが一層に強くなっていった。
これに対して教団を庇う動きを見せたのが、他でもないヒーサであった。
「今回のアーソでの一件は、あくまで悪いのは異端に走ったリーベだ。彼個人の責任であり、教団は内部の引き締めを行って今後このようなことがないようにすればいい」
これがヒーサが事件に関しての公式な発言であり、かなり甘い対応ではないかと方々から言われた。
だが、これに教団側が飛びついた。どうにかして教団側の不始末を薄めておきたかったので、今を時めくシガラ公爵のお膳立てに乗ったというわけだ。
結果、さりげなく伝えておいたヒサコとアスプリクの“聖人”認定への働きかけに乗らざるを得ず、擁護と認定のトレードという形で決着がつきそうになっていた。
(そう、これでヒサコとアスプリクは晴れて聖女としての地位を得る。“庶子”である二人の叙任となると、教団はその存在を明確に認めたことになる。庶子は神の祝福を受けぬ者として虐げられてきたが、手柄を立てれば聖人にすらなれるという前例ができることにより、社会情勢に大きな変化をもたらす事となるだろう。無論、二人の今後についてもな)
これで、ヒサコと第一王子アイクとの婚儀がトントン拍子に進むというわけだ。第一王子に公爵家のお嬢様とは言え、庶子の娘が嫁ぐことに難色を示す者はいくらでもいるであろうが、聖女となればもう誰も文句の言えない立場となる。
一方のアスプリクも庶子という出自があったため、父親である国王からは実子とは認めてもらえず、名ばかりの王女であった。だが、聖女にさえなればさすがに国王も認知せざるを得なくなり、晴れて正式な王女殿下となるのだ。
この二人の婚儀や実子の認知に関しては、ジェイクが働きかける旨を承諾していた。
宰相であるジェイクは国内の安定を第一に考えねばならず、そのためには三大諸侯にあって今や頭一つ抜き出てしまったシガラ公爵ヒーサに、是非とも協力を仰ぐ必要があった。
いずれ国王になった際にヒーサとの関係の良し悪しによって、その治世の安定感に雲泥の差が出ることを認識した上での行動であった。
また、妻の実家であるアーソの混乱を手早く鎮めてくれた功績と恩義、アスプリクとの関係修復のための仲立ちと、ヒーサにしっかりと弱みも握られており、骨折りの一つ二つはしなくてはならなかった。
(そう、何もかもが順調に進んでいる。全方位で各勢力の力を削ぎつつ、自勢力の強化を図る。ただし、出る杭は打たれるを警戒して、あまり急速に伸びすぎないように気を配りつつな。無論、“誠意”も忘れずに)
とにかく、ヒーサは各勢力を混乱させつつも、ある程度の均衡が保てるように気を配っていた。
なにしろ、今現在、本体が国外に出ているため、下手に騒動が大きくなりすぎると鎮火が大変であるからだ。遠隔操作で分身体を動かし、解決できるのも限度というものがある。
ゆえに、騒動の種を撒き、芽吹かせることはしても、決して花が咲かないように注意していた。
その中にあって、一抹の不安要素が“術士の増大”であった。
(アーソから隠遁者の術士を連れてくることは、一種の賭けであった。なにしろ、教団側の最大の特権である“術士の管理運用”の独占権を犯す行為だからな。最悪、バカな教団上層部がそのままこちらに喧嘩を吹っかけてくる危険性もあった。だが、思いの外に“鼻薬”が効き、また事件の失態に対する擁護が効果的に作用して、実質的に黙認という形となった。もちろん、視察団がやって来て、現場の状況をしっかり把握してもらった上でだがな)
ヒーサは事あるごとに、術士は平和利用するべきだと説いてきた。現状、術の才能のある者は例外なく教団に入団させられ、亜人や悪霊との戦いに駆り出され、実質使い潰しの状態にあった。
これに一石を投じたのが、ヒーサの考案した新事業への術士の投入であった。
術を用いた職人技が数々の工芸品を生み出し、その有用性をまざまざと見せつけた。
「火の術式で地温を上げて作物の栽培を促進し、さらに水、地の術式を加えて生育を加速させる。風の術式は動力源として、風車を回す。これで生産性が大きく向上した。前線で術を用いて攻撃するのはいいにしても、こうした内治の方策がおざなりになっているのはいただけないな」
かつて、ヒーサは教団の視察団に皮肉を込めて、こう言い放った。その有用性は認めざるを得ず、同時にヒーサが術士の平和利用をするということが証明されてしまった。
結果、最大の権益を犯されながらも使い方がまずかったと気付かされ、シガラ公爵領での術士の運用について黙認せざるを得なかったのだ。
そうなると、一気に流れが変わった。崩れた、と言ってもいい程の変化が生じたのだ。
なにしろ、噂が噂を呼び、シガラ公爵領は術士にとっての楽園だとの話が飛び交い、術士が一気に流入してきたのだ。
アーソ以外の地に隠遁していた術士や、あるいは教団の下級神官達がそれである。
教団の目を盗んで隠れ住んでいた者は、シガラ公爵の庇護下に入れば怯えなくて済むと考え、公爵領に流入してきた。
教団の中にあって使い潰されるような待遇の悪い下級の神官達は、その待遇の良さに惹かれて現場を放り投げ、シガラ公爵領へと殺到した。
結果、ヒーサの想定を大幅に上回る術士の流入が発生したのだ。
当然、教団からは苦言、苦情が相次ぎ、その処理に余計な労力を割かれることになった。
(そりゃ教団側も必死だろうよ。現場を支えているのは、下級の神官達だ。それが次々と勝手に辞められたら、教団の存続に関わってくるというものだ。こっちはそれでも構わないが、予想以上に流入が激しい。そうした者達への職の斡旋も結構面倒臭い)
増設、開墾は進めているとはいえ、工房や農地が吸い上げられる人員の数と言うものにも限度がある。最近ではシガラ公爵領だけでは余剰人員の職業斡旋が間に合わなくなってきたため、カウラ伯爵領にも回し始めているのだが、それでもかなりきつくなりつつあった。
(早いところ、本体を戻して、アーソも完全に手中に収めねば逆に、人の増え過ぎで破裂してしまうぞ。あそこさえ手に入れてしまえば、“戦争の自由”が手に入る。切り取り次第で、ジルゴ帝国から領土を掠め取ってしまえる)
辺境伯権限の中に、“戦争の自由”というものがある。実際には、敵対するジルゴ帝国に対しての予防戦争の肯定であるのだが、それをこの際に利用するつもりでいた。
王国内で他の貴族を攻撃して領土を掠め取るのは体裁が悪いが、ジルゴ帝国から分捕るのであれば問題はなかった。それどころか、帝国を打ち破った者としての名声すら期待できるというものだ。
入植地の拡大と外敵排除の功績、これでさらに勢力が増していくというものだ。
「なあ、カインよ、この村にも随分と見知らぬ顔触れが増えたな」
ヒーサは無言のうちに思考を進めながらも、周囲の観察は怠っていなかった。
当初は村の人間はアーソからの移住者で占められていた。だが、一人また一人と他所からの移住者が入り込んできて、今では村人の半数がアーソ以外の人間になっていた。
「公爵閣下の威徳もあって、公爵領への流入が増えておりますからな。今日もまた、その件で受け入れの割り当てで付近の村と打ち合わせですよ」
「そうか。それは難儀よな。ああ、私の事はいいから、そちらに行くといい。もうしばらくティースとアスプリクを待たねばならんから、適当に散策しているよ」
「左様でございますか。では、お言葉に甘えて失礼いたします」
カインは恭しく頭を下げてから、そそくさとヒーサの前から立ち去っていった。
付き人もいなくなったヒーサは、そのまま一人で村の中をぶらついた。四六時中、誰かが側にいる状態であるため、こうして一人でいるというのも珍しかった。
無論、周囲には人がいるが、皆作業に熱中しており、誰も話しかける者はいなかった。
(雑踏の中でこそ、孤独というものを感じてしまうものだな。それもまた風情ではあるかな)
かつての世界で若い時分の頃は、今日の街並みをブラブラ一人で歩いている事もあったが、出世してからはそういう場面もなくなっていった。
久々に感じる一人という感覚を楽しみつつ、村の散策をしていると、一人の人物に目が留まった。村はずれで斧を振り下ろし、薪を作っている木こりの男だ。
ちなみに、見知った顔ではない。おそらくは近頃の流入者の内の一人なのだろうと目星を付けた。
ヒーサはゆっくりと木こりに歩み寄り、木こりもそれに気付いて斧を振り下ろすのを止めた。
「これはこれは公爵様、ご機嫌麗しゅう」
「ああ、そんなに畏まらんでくれ」
恭しく頭を下げる木こりに、ヒーサは笑顔で応じた。
「しかし、世の中分別というものがございます。公爵様は国内で知らぬ者もいないほどの英雄。片や、木を切る事しか能のない歯牙ない木こりにございます」
「ハハハ、謙遜はいらんぞ。私と君の仲ではないか」
「はて? 公爵様とこうしてお話するのは初めてでございますが?」
「ああ、そうだな。以前話したときは、君は“ネズミ”の姿をしていたからな」
ヒーサの手が腰に帯びている剣に添えられており、いつでも抜ける体勢になっていた。
一方の木こりもまた、斧を握る手に力が入り、いつでも打ち付けれる体勢となった。
「独特の気配だ。他の者ならいざ知らず、私の目はごまかせんぞ。なあ、黒衣の司祭カシン=コジよ」
僅かだがヒーサは鞘から剣を抜いた。陽光に煌めく白刃が顔を覗かせ、すぐにでも斬り捨てるぞと脅しをかけた。
木こりもまた、斧を持つ手に力が更に加わった。
そして、ニヤリと笑った。
「おやおやおや、気付かれてしまったか。大量の入植者に紛れて潜入を試みたのですが、こうもあっさり見破られてしまうとは、見事見事!」
ヒーサとカシン、両者の間に緊迫した空気が流れた。
剣と斧、互いの武器をちらつかせ、いつでも相手に斬りかかれるように無言のまま時間だけが過ぎていくのであった。
~ 第十八話に続く ~
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