第十四話 食事! エルフの作った日本食!
純エルフとの交渉が決裂してから小一時間程が経過した。
ヒサコは相変わらず地べたの横になり、なにかブツブツと独り言を言っていたが、分身体の操作もあるので、あちらも何かやっているのだろうと考え、テアは特に気にもしなかった。
気になると言えば、やはりこの状況を正面から正々堂々と打ち破ると宣言したことだ。
(いったい、どうやって正面から戦うって言うのかしら。こっちの戦力はヒサコと黒犬だけ。対するエルフ側は千名前後。しかも、地形はエルフの得意な森林地帯。弓で射抜かれ、術で吹っ飛ばされるのがオチよね。どう考えても、戦力が足りなさすぎる)
数の上でも、質でも厳しすぎる状況であった。
あるいはまた暗殺でもするのかと言うと、それもない。あの純エルフを暗殺で仕留めれるとは思えないし、そもそも“正面決戦”という宣言に反するのだ。
無論、そんなことは真っ赤な嘘である可能性もあるが、そもそも自分に嘘を付いたところで何にもならないし、やはり本気で正面決戦するのだろうと結論付けた。
(でも、それだと戦力差が絶望的過ぎる。誘導して釣り上げて、無理やり一騎打ちに持ち込む気? 引っかかるとは思えないわね~)
なにしろ、相手は神が直接作った純エルフである。保有する魔力量も、蓄えた知識も、膨大な量であることは疑いようもない。
いくらヒサコが切れ者と言っても、相手も状況も悪すぎるのだ。
などとテアが悶々と考えていると、一人牢屋に寄って来るのが見えた。
よく見ると、それは例の女エルフであり、お盆に料理を載せているのが確認できた。
「お、やっと食事か」
ヒサコとしては、実に丸一日ぶりの食事であった。聖域を犯し、連行されてからというもの、水一滴も喉を通していなかったので、ようやくといった感じであった。
我慢できるということと、欲することは別儀であった。
「やあやあ、待ちかねたわよ、エルフさん~♪」
「丸一日ほったらかしにしてたんだものね。お腹は空いてるでしょうよ。代金は岩塩で受け取ってるし、もうしばらくすればここからも出れるでしょうね」
「それは重畳♪」
ヒサコとしてはそんなことより、食事の内容の事が気になっていた。アスプリクの母アスペトラの手記によると、エルフの食事は基本的に生臭ものがない。肉、魚、卵、どれも未使用なのだ。
しかし、その分、生臭でない物の加工品が多く存在し、味噌の存在も確認できていた。
この世界の食生活に慣れてきたとはいえ、やはり日本での味が恋しくなる時もあるのだ。
今回の旅の最重要目標は“茶”であるが、この世界にも存在する日本的な食べ物を味わうのも目的の一つであった。
そして、お盆を差し出され、それを確認すると、ヒサコは手を叩いて喜んだ。
「素晴らしい! ああ、やっぱりこれよね、これ!」
ちなみにお盆の上に載っていたのは、冷奴、キノコの味噌汁、煮豆であった。
「人間の食事だと、生臭ものが一切のないのは味気ないかしら?」
「とんでもない! こういうのでいいのよ、こういうので!」
米がないという不満はあったが、それでも慣れ親しんだ食べ物が目の前にあるのは喜びであった。
なにより、ヒサコを喜ばせたのは、その御盆の上に“箸”が載っていたことだ。
「おぉ、素晴らしい! 箸がちゃんとついている! やっぱ、これがないとね~」
ヒサコは早速食事に取り掛かった。
右手に箸を持ち、まずはと左手で汁椀を持ち上げた。そして、香しい味噌の香りを楽しんだ。
「あぁ~、たまらないわね、この香り。久しぶりだわ」
口に含んだ汁は最高であった。
キノコの成分が良く溶け込み、それが口の中いっぱいに広がっていった。
「うん、美味しい。このキノコは干してある奴ね。いい出汁が出ているわ。それと山菜が入っているようだけど、灰汁取りもちゃんとできていて、味に濁りを感じさせない丁寧な仕上がりね。豆から作った赤味噌が染み入るわ~」
この世界に来て色々と美味なる物にも出会えたが、やはりこれに勝るものはないとヒサコは久方ぶりの味噌汁を堪能した。
「随分と詳しいわね。味噌は人間の国には出回ってないはずなのに」
「まあね。でも、あたしは知っている。それだけよ」
要領を得ない回答であったが、女エルフはそれはひとまず横に置いておくことにした。作った者として、やはり料理を美味しいと言ってもらうのは喜ばしいことであったからだ。
次に、ヒサコは豆腐に目をやった。四角いプルプルとした塊で、上にはネギっぽい何かが刻まれて載せられていた。また、そのネギは茶色がかった艶やかな液体が混ぜ込まれていた。
「これは・・・、ゴマ油かしら?」
「そうよ。刻んで軽く茹でたリーキに胡麻油を混ぜ込み、それに塩を加えた物よ」
「ほほう。そういう食べ方もあるのね!」
ヒサコにとってはゴマ油を食するなど斬新な発想であった。京に程近い大山崎油座において大々的に油の生産販売が行われてきたが、油の材料と言えば荏胡麻か油菜であり、ゴマ油はそれらの代替品程度の地位でしかなかった。
また、油は基本的に照明用に使用されることが多く、食用に用いられることは稀であった。
ヒサコは箸で豆腐の端の方を丁寧に切り取り、薬味をのせ、それを掴んだ。
「え? なんで人間が箸なんて使えるの? ほとんど手掴みだって聞いてたけど」
女エルフはしっかりと箸を使いこなすヒサコの姿に驚いていた。行商などから外の世界については多少ではあるが情報が入っており、なっていない人間の食事マナーに眉をひそめたものであった。
箸を用意して、行儀悪く食べている様を嘲り、それから箸の使い方を教えようと目論んだのだが、それが見事に空振りに終わってしまった。
「その認識は間違ってないわよ。私が特別なだけ。まあ、箸の使用については普及させるつもりだけど」
むしろ、このエルフ達の方が異常なのだと、ヒサコは思っていた。人間は元より、ドワーフの街においても、その食事風景は褒められたものではなかった。やはり大半の料理は素手で掴んで食べていたし、箸は元より、ナイフやフォークもなかった。
手を汚さずに食べるという点では、エルフは実に洗練されていると言ってもよい。
先程の撫で斬り宣言を取り消そうかと本気で考え始めていた。
「ふむ・・・。おお、これは美味しいわね。豆腐の淡白な味に、ゴマ油のねっとりと絡みつく感じとコクのある味わい、それに程よく塩味が効いて、リーキとか言うねぎもどきの甘みも加わり、実に美味!」
ねぎのせ豆腐もぱくりと食べてしまい、ヒサコは実に満足そうな笑みを浮かべた。
そして、残るは煮豆であった。
「豆・・・。大豆よね、これは。う~ん、少し黒っぽい何かで煮付けた感じだけど、もしかして“たまり”かしら?」
「正解。ほんと、あなた凄いわ。何で分かるのよ!? しかも、豆も一粒一粒ちゃんと箸で掴めているし、どうなってるのよ!?」
「以前食したことがあるからよ。箸も使い慣れてるし」
おそらくこの世界では箸を自在に使いこなせる唯一の人間種であろうが、それを普通と呼ばれるレベルにまで普及させるつもりでいた。箸が普及して皆が使えるようになれば、手掴みで食するという見苦しい食事風景ともおさらばできる。
ヒサコとしては、是非にもやり遂げたい事業であった。
ちなみに、“たまり”とは味噌を醸造した際にできる上澄み液の事であり、醤油の原型ともなったと言われる物である。
そのたまりで味付けされた煮豆を丁寧に一粒ずつ噛み締め、心いくまで味わった。
ヒサコはこの食事に大いに満足し、箸を置いた。
「久しぶりに美味しい食事をいただいたわ。ありがとう」
ヒサコは正座をして三つ指をついて頭を下げ、女エルフに謝意を示した。
それに対して、女エルフは困惑しつつも、意外と礼儀正しい人間だと感心した。
「なんかさぁ、聖域で出会った感じと真逆な印象なんだけど?」
「いやぁ~、あのときはお茶を見つけて興奮しちゃってね。礼を失する態度で応じてしまっただけよ」
などと言っているが、猫の毛皮を何枚も重ね着していることをテアは知っていた。要は、与しやすい相手を見つけ、それを篭絡しにかかっているというわけだ。
結局のところ、これもある意味では“いつも通り”なのだ。
(まあ、半分は久々の日本食での食事に、本当に感謝してるって感じでもあるけどね)
かつて味噌もあることを聞いて反響になっていることを思い出した。もっとも、アスプリクからそのことを聞いた時はヒーサの姿ではあったが。
とはいえ、今のヒサコは久々の日本食で気分を良くし、活力が完全に戻ってきている雰囲気を出していた。
そして、それはこれから始まる目の前の女エルフへの、篭絡劇の開始でもあった。
~ 第十四話に続く ~
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