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第十三話  交渉第二弾! 友人の里帰りを試みます!

 茶の木の引き渡しは拒否された。そもそも、茶の木はエルフ達にとって墓標と同義であり、それを寄こせというのはさすがに無理があったのだ。

 だが、それは相手の都合であって、自分の都合ではない。どちらを優先するかは自明の理であり、自分の欲望を採択する気でいた。

 もうすでにヒサコの中では数ある選択肢の中で、“殺してでも奪い取る”が決定事項となった。譲渡を拒絶された以上、それはやむを得ない事でもあった。


(ああ、残念だわ。この美しい里を焼き尽くさないといけないなんて。とてもとても悲しい事だけど、世界平和のためには、ささやかな犠牲も付き物なのね)


 なお、ヒサコの言う世界とは、自分を中心としてごく一部の事をして指しているのであって、この異世界『カメリア』のことを指してはいない。

 あくまで、この世界は自分が面白おかしく過ごすための“箱庭”に過ぎないのだ。

 だが、実行するのはまだ早い。もう一つ、確認を取っておかねばならないことがあるのだ。


「では、茶の件はこれまでといたしましょう。もう一つの理由、お話してもよろしいでしょうか?」


「聞こう」


「アスペトラ、という名前のエルフをご存じありませんか?」


 ヒサコの投げかけた言葉は、エルフの一団に衝撃を与えた。特に、例の女エルフには殊更聞いたようで、前に躍り出て、ヒサコを睨み付けてきた。


「あなた、姉さんに会ったの!?」


「姉さん……、ああ、なるほどなるほど。そういうことね」


 これで確定した。世界を旅していたというエルフ、アスプリクの母親の故郷はやはりここなのだと、ヒサコは確信した。

 策が成ったと軽くニヤリと笑い、そして、会話を続けた。


「そのアスペトラというエルフには、直接会ったことはないわ。私が会ったのは、そのエルフの娘さんの方ね」


「娘!? 姉さんに娘がいるの!?」


「ええ。旅先でとある男に見初められ、そのまま女児を生んだのよ。名前はアスプリク」


 ここでヒサコはエルフの顔色をチラリと観察したが、目の前の女エルフを除いて、他全員はなんだか白けているようにも感じた。

 同郷の者に対する態度にしては、どうもよそよそしいというか、興味のない態度と言えた。


「アスプリクが生まれたのは十三年くらい前ね。で、半年ほど前に私がアスプリクととある宴の席で同席してね。オトモダチになったというわけ。あれこれ話を聞けて、母親の旅日記も拝見させてもらったわ」


「つまり、アスペトラの愚か者が、ここへ人間を引き寄せたというわけではないか。あのエルフの面汚しめ、どこまで迷惑をかければ気が済むのか」


 露骨に不機嫌な態度をとったのは、ハイエルフであった。女エルフを除いて、他のエルフもそうだと言わんばかりに頷いていた。


「ちなみにお伺いしたいのですが、エルフにとって“旅人”とはどういう存在なのでしょうか?」


「エルフとは樹海の守り人だ。大地の恵みを最も受けるこの領域を守護し、世界に安定をもたらすものと自負している。旅人とは、その役目を放棄した者の事を指して言う」


「ああ、なるほど。そう言う感覚か」


 つまり、旅人エルフは致仕して主君の下を離れ、出奔した浪人扱いという立場なのだとヒサコは理解した。

 主君からの追放ではなく、自ら離れる出奔ということは、その家や主君を見放したと同義であり、嫌われるのもやむなかった。

 まして、この里の雰囲気を見るに、種族単位で森を守っているという自負がある以上、その役目を放棄した旅人とは、裏切り者と同義なのだと認識した。


「旅人は厄介者であると?」


「ネヴァ評議国の内側、行商程度であれば黙認もしよう。森の中だけでは、塩を始め、手に入らない物もあるからな。だが、穢れた人間の世界に飛び込もうなど正気の沙汰ではない。現に、ケガレの証として、子を成していると言うではないか」


「ケガレの証、ねぇ……」


 表情にこそ出しはしなかったが、今の一言でヒサコは完全にキレた。茶の件で素っ気なくあしらわれて不機嫌なところに、“おともだち”への罵詈雑言が気に障ったのだ。

 今、ヒサコの頭の中に思い浮かべていたのは、アスプリクの二つの表情であった。屈託のない笑顔と、影のある暗い顔、この二つだ。

 アスプリクの苦労は当人や周囲からの話を聞き、それなりに理解していた。母親殺しの業、白化個体アルビノという特異な容貌、半妖精ハーフエルフという異形、いい様に利用され続ける術の才能、苦労というには、十三歳の女の子が歩んできた道としては、あまりにも痛々しいものだ。

 それをたった一言、会ったこともない者が“ケガレ”と断じたのだ。

 アスプリクの“おともだち”として、これは看過できない暴言であった。

 ヒサコ自身、アスプリクを気に入っていた。可愛いというのもあるし、多少の同情心も覚えていた。なにより、類まれな術の才覚を有し、それでいて自分に懐いている。

 ちょっと手のかかる孫のような感覚であり、無碍に扱うことなどできないのだ。


(血の繋がりよりも、掟、習慣を優先する、か。時が止まったこの森の中、そういう感覚というわけか)


 ヒサコはエルフと言う存在について、少しばかり認識を得た。

 同時に、“許しておけぬ存在”であることも心に刻み込んでしまった。

 だが、ヒサコはその湧き上がる怒りの感情を抑えつつ、最後の確認を行った。


「では、もしアスプリクがこの里を訪ねて来た場合、どうなさいますか? あたしとしては、十三年分の小遣い銭をせびってやれとけしかけはしましたが、受け入れ側の意志も確認しておかねば、互いに不幸になるだけだとも考えております。さあ、どうなさいますか? 身内として受け入れるのか、あるいは旅人として歓待するのか、それとも拒絶なさるのか?」


 ヒサコにとって、これは“最後通告”であった。茶の受け渡しを拒否し、友人の実家訪問も拒否するのであれば、もうそれは“ありとあらゆる手段を講じても構わない”ということに他ならない。

 それを肌に感じ取ったからこそ、テアは一瞬だが引きつった顔をした。答えを間違えれば、もう歯止めが利かなくなる、そう考えた。

 そして、ハイエルフは答えた。


「その選択肢であれば、拒絶を選ぶな。一度外に出て、ケガレを受けた者を受け入れるつもりはない。まして、混ざり者などに用はない」


「長!」


 女エルフは再考を求めるようにハイエルフに視線を向けた。

 なにしろ、里を出ていったエルフを姉と呼んだのだ。身内との再会を完全に断たれてしまうのは、思うところがあるのだろうとヒサコは見た。

 だが、その返答は無慈悲なものであった。


「考えは変わらん。里の掟だ。ケガレを持ち込むわけにはいかんのでな。こうして人間がズカズカ土足で森の奥まで入り込んでしまっては、騒々しい事この上ないではないか。我が里には、出奔した者も、人間も、その混ざり者も、必要ではない」


 キッパリと言い切った純エルフに、女エルフは絶望して項垂れてしまった。これで姉にも、姪にも会う機会が永遠に損なわれてしまったからだ。


「それで人間よ、話は以上かね?」


「ええ、以上よ。必要な二つの案件はどちらも結果を見れたわけだし、あたしの役目は終わりね」


「そうか、それは重畳。どちらも達せられなくて残念であったな」


 皮肉なのか、素なのか、判断をしかねる態度であったが、どちらにしてもヒサコにとって、これからの道筋が確定した瞬間でもあった。

 茶の木は、“殺してでも奪い取る”だけだ。

 十三年分の小遣い銭は、“命の代価に支払ってもらう”のみだ。

 ほんのこれだけのことだ。


「ああ、そうだ。言い忘れていたわ。アスペトラのことなんだけど、彼女、アスプリクを出産した直後に亡くなっているわ。産後の具合が悪くてね」


 よもや、生まれたばかりの娘に焼き殺されたなどとは、さすがに口にしずらかった。なにより、折角目の前の連中を撫で斬りにするのに、いちいち真実を教えてやる気にもなれなかったからだ。

 ただ一人、女エルフだけは無念の表情を浮かべていた。


「そうか、ならばもうこの話は忘れよう。で、この二件以外に申し出ることはあるか?」


「強いて言えば、あの荷物かしらね」


 ヒサコの指さす先には、ヒサコが持ち込んだ荷物が置かれていた。風呂敷に包まれた岩塩と、他の荷物を乗せた手押し車だ。


「布の中身は岩塩だから、それは好きに使ってもらっていいわ。本当なら茶と交換と思ってたけど、その気はないみたいだし、この素敵な“宿代”ということで。どのみち、持ち帰るのも面倒だからね」


 寝具どころか、壁も屋根もない正方形の図形ではあるが、ここがヒサコにとっての宿であるのだ。宿泊の対価はちゃんと払うだけであった。


「まあ、できれば、それで食事でもいただけるとありがたいのだけど?」


「ふむ。まあ、反省の色も多少は見えることだし、食事くらいであれば出そう」


「あ、岩塩は好きにしていいけど、布はちゃんと返してよね。それは借り物だから、ちゃんと返さないと、ドワーフの方に申し訳がないから」


「よかろう。処遇については、追って通知する」


 ハイエルフは興味の失せた囚人を捨て置き、立ち去っていった。岩塩は女エルフが回収していったが、何か言いたげに何度もヒサコの方を振り向いていたが、言葉としてそれが表に出ることはなかった。


「言いたいことも言えないってのは、なにかと面倒なものね」


 女エルフを後ろ姿を見ながら、ヒサコはそう呟いた。

 立場や状況によって、口を閉ざしたり、あるいは忖度するのはままある話ではあった。自身も小身の身から一国を差配するまでには色々あったと、今更ながら思い返していた。

 だが、そんなことになど心が揺れ動くこともなかった。

 すでに道は決しているからだ。


「んじゃま、ヤっちゃいますか」


「ああ、やっぱり、ヤっちゃいますか、そうですか」


 すでに相方の気持ちが固まったので、テアはいよいよ諦めてしまった。

 もう、この里のエルフ達を始末して、茶の木を強引に持ち帰る気でいるのだ。こうなってしまっては止められない。

 その機会を逸してしまったのは、他でもない、エルフ達であった。

 穏便に岩塩と茶の木の種を交換できていれば、あるいはアスプリクに対して小遣い銭を支払っていれば、今少し穏やかな結末を迎えれていたかもしれない。

 だが、ヒサコの胸中からは手加減の文言が完全に消えていた。望みの物を差し出さないどころか、友人を“ケガレ”と断じたのだ。

 手心を加える必要など、もう一寸たりとて存在しない。


「陰陽五行において、“木”を加えることにより、“火”は勢いを増していく。ここの連中の属性は間違いなく木であり、アスプリクは当然ながら火よね。火にくべる薪は、多ければ多い程に燃え上がると言うもの。アスプリクを強化するための、薪になっていただきましょうか、ここの連中には」


 エルフを“薪”呼ばわりするヒサコであったが、その表情は笑顔であった。

 満面の笑みと言ってもいい程の笑顔であり、テアの背筋を震わせるのに十分すぎるほどであった。

 ヒサコの笑みは幾度となく見たことはあるが、今回のは極め付けであった。本気でかまどに薪をくべる感覚でやるつもりだと、テアは確信した。

 

「まあ、また黒犬つくもんに頑張てもらわないとね」


「ちょっと、それはいくら何でも無理! 悪霊黒犬ブラックドッグの最大の強みは、実体と幽体の切り替えによって、物理攻撃をすり抜けることなのよ。だけど、ここの里はエルフだらけで、術士も数多くいる。おまけにあのハイエルフ、実力的には確実に黒犬つくもんより格上よ」


「でしょうね。でも、今回は敢えて“正面から正々堂々”と戦うことを選択するわ」


「え、嘘?」


 ヒサコの言葉はあまりにも意外であった。

 不利な条件で戦う場面もあったが、その際は必ずと言っていい程、騙し討ちや暗殺などの裏口から攻撃を仕掛けてきた。

 にもかかわらず、今回は絶望的な戦力差にありながら、正面から戦うと宣言した。

 らしくない、とテアは思いつつも、かといって嘘を付いているようにも見えなかった。嘘を付く理由がないからだ。


「本気で正面決戦するつもりなの?」


「もちろん♪ あたしがあなたに嘘を言ったこと、あったかしら?」


「ない、のよね、それが。黙っていることはあっても、私に嘘ついて騙したことはない」


 そう、ヒサコはテアには嘘を付いたことがないのだ。

 そもそも、相手の嘘を見破る術式《真実の耳》対策なのか、ヒーサの時もヒサコの時も話し方には注意を払っている場面が多々あった。言葉を選んで喋り、極力嘘を話さないように注意していた。

 どうしても嘘を話さなければならない時はちゃんと誤魔化しているし、そもそも不都合なことは喋らないようにしていた。

 今回もそうなのだとしたら、本気で正面決戦を挑むということになる。この絶望的な戦力差の中にあって、正面決戦など正気の沙汰ではない。

 いくら黒犬つくもんが強力だと言っても、その戦力差を埋めるのには不十分であった。

 だが、ヒサコの表情には焦りもなく、騙っているようにも見えない。少なくとも、テアにはそう感じられた。


「ちょっと時間かかるでしょうけど、果報は寝て待ってよ。食事も出してくれるみたいだし、焦ることは何一つない」


 そう言って、ヒサコはまたゴロンと地べたに横になった。

 テアもため息を吐いた後、その横に腰かけた。


「少しは焦って欲しいんだけどね~。早く帰って、魔王に備えたいんだけど?」


「大丈夫よ。じきに魔王がここに現れるから」


「……は?」


「精々、魔王とエルフ、派手に噛み合ってもらいましょう」


「それってどういう……」


 ますます訳が分からなくなり、テアは混乱する一方であった。

 そんなテアを気にもかけず、ヒサコはただ“その時”を待つだけであった。



            ~ 第十四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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