第六話 誤魔化せ! エロスは世界を救える……か?
ヒーサに降りかかる次なる難題は、アスプリクとの距離感であった。
アスプリクは可愛いと、ヒーサは率直に思っている。ただし、それは人間味のある感想ではなく、絵画や彫刻などの神話や伝説などの題材としての美意識での話だ。
アスプリクはその生い立ちのため、人々から煙たがられて生きてきた。父は国王、母は森妖精の旅人という稀有な存在である。しかも、白化個体だ。
半妖精ということもあって、人間にはない尖った耳を持ち、目も赤い。顔立ちは非常に整っているが、そうした現実離れした特殊な容姿のため、気味悪がられることも多い。
おまけに、国内随一の魔力を生まれながらに備えてしまったがために、生まれた直後に魔力を暴走させ、母親を焼き殺すというとんでもない業まで背負うことになった。
父からは実子とは認めてもらえず、一応それなりの待遇をもって育てられてきたが、あくまで術士の才能を買われての話であり、アスプリクに向けられる人々の視線や態度は常によそよそしかったり、あるいは、恐れられてたりと、大きな壁が常に存在した。
そんな生活を十三年も続け、アスプリクはすっかり心を閉ざしてしまっていた。
教団に入れられてからは、ひたすら前線で亜人と戦ったり、あるいは悪霊を鎮めたりと、術の才を活かした戦闘要員として事あるごとに駆り出され、酷使されてきた。
挙げ句に、この特殊な容姿、あるいは“高貴なるものを汚す”という歪んだ行為に欲情する者まで教団幹部には存在し、その相手を無理やり務めさせられるなど、苦渋に満ちた生活でもあった。
そんな中にあって、いきなり現れたのが、シガラ公爵ヒーサであった。
当初、アスプリクはヒーサの事を、またいつもの力を利用するために擦り寄って来る輩かと考えた。そういう連中は掃いて捨てるほどに見てきたので、素っ気ない塩対応で応じた。
だが、それはすぐに間違いだと気付かされた。
そう、目の前の男は、自分すらも凌駕する“化物”であり、しかもそれを完全に擬態して社会に溶け込んでいる、とんでもない人物だと思い知らされたためだ。
しかし、そんなことよりアスプリクにとって重要なのは、今の今まで出会ったことのなかった、自分に対して恐れることも蔑むこともない、純粋に能力と人格を評価する人物であったことだ。
「ヒーサは僕にとって生まれて初めてのお友達だ」
こう言って憚らないのである。
だが、そうした感情が恋慕に代わるまでにそう時間のかかる事でもなかった。なにしろ、アスプリクは十三歳の乙女である。色恋の一つくらい覚えてもいい年頃なのだが、それ以前に友人すらいなかったのだ。常に壁を作り続けた結果、他人に対してどう感情を表現していいか分からず、それがヒーサへの極端な行動へと走らせていた。
ヒーサに気に入られたい。その一心で付いてきているに等しかった。
もちろん、自分にひどい仕打ちをしてきた連中への復讐心もあるが、その方向性がヒーサの利害と一致していることが幸いして、苦も無く外道な行動に協力出来ていた。
だが、残念なことにアスプリクの努力は全然報われてはいなかった。なぜなら、ヒーサの女性の嗜好がアスプリクの容姿やら身体つきやらに一致していなかったからだ。
ヒーサのアスプリクに対する評価は、あくまで共犯者や術士としての功績に対してのみであり、女性としては落第していたのだ。
アスプリクの美しさは“幻想的”な美しさであり、美術品としてのそれであって、ヒーサの求める“人間味に溢れる”大人の女性のそれではないのだ。
華奢な体つきに真っ平らな胸、ヒーサはその手のものには全然興味も欲情も湧かないのであった。ティースやテアには欲情しても、アスプリクは完全スルーだ。
(それを理解してほしいんだけどな~)
ヒーサに突き刺さるのは、嫁であるティースの鋭い視線だ。
なにしろ、事あるごとにヒーサとアスプリクの並んで歩く姿を見せ付けられているのである。心中は穏やかではいられなかった。
ティースとしては、“女”としては負けない自信はあった。
少し薄めの茶色の髪を靡かせて闊達に動く姿は、凛々しさと美しさを兼ね備えた美人であると、もっぱらの評判だ。顔は気の強そうな部分が目立つものの、均整の取れた容姿をしていた。体つきも鍛え上げているので程よく締まっており、出るところはしっかりと出ている。
美女、と呼んでも差し支えないとの自負があった。
だが、アスプリクには自分にないものを持っており、それが途轍もなく強力なのであった。
それが“能力”と“身分”なのであった。
ティースはよくヒーサを観察しているが、その中でも特筆すべきは能力主義を採用していることだ。身分や出自に捉われることなく、有能な人材は次々と登用し、相応しい地位や職責を与えていた。
ティースも自身の従者であるナルやマークから、ヒーサから勧誘を受けた旨を伝えられていた。もちろん、二人は断ったが、付き合いの短い他領の人間すら積極的に勧誘する姿勢は驚くべきことであった。
それだけ、能力と言うものを徹底して評価対象としているというわけだ。
ティースは自分の事を割と優秀な人材だと思っていたが、ここ最近はへこまされることが多かった。
目の前の夫であるヒーサには丸め込まれてしまうことも多いし、ヒサコに至っては毎度煮え湯を飲まされ続けてきた。アスプリクにしても、国一番の術士という謳い文句に嘘偽りなく、今回の騒動でもそれが如何なく発揮された格好だ。
つまり、能力重視のヒーサの視点で見れば、ティースはアスプリクに後れを取っているわけだ。
そして、“身分”も大きい問題となって立ち塞がっていた。
能力重視ではあるものの、身分が最上位となると話は別だ。“箔”や“格”の持つ力というものも熟知しており、それを利用することに躊躇がないのだ。
現に漆器と言う新たな工芸品を世に送り出す際には、王族や教団の持つ“箔”を最大限に利用し、有力者が所蔵する逸品として人々の注目を集めることに成功した。
そうしたやり方を考えるのであれば、アスプリクはかなりいい素材と言える。なにしろ、アスプリクは王族(正確にはそうではない)であり、その関係もあって第一王子アイクや第二王子ジェイクとの関係強化に繋げることに成功したからだ。
貴族社会においては人脈が何より重要であり、その最たるものが婚姻による同盟であった。
ヒサコをアイクに嫁がせる云々もまた、そうした貴族社会の有様をそのまま映し出していると言ってもよいほどだ。
そうなると、破産寸前の女伯爵、聖女に叙されようとしている火の大神官にして王女殿下、どちらが強力かは言うまでもないことである。
以上ティースによる自己分析の結果、既婚という立場と肉体的な魅力では勝っているが、それ以外はアスプリクの後塵を拝している、というものであった。
それが夫への複雑な感情を抱く原因にもなっていた。
嫉妬、敬意、疑惑、思慕、複雑な感情を抱く相手である夫ヒーサ。
ティースの感情があふれ出し、それが口から飛び出した。
「で、二人は“どこまで”いってるんですか?」
ティースの追及も真面目かつ厳しいものであった。
はっきり言えば、ヒーサとの夫婦関係の破綻は自身の破滅を意味しているからだ。
現状、カウラ伯爵家は名義はともかく、実の部分は消滅寸前である。伯爵家存続のためには、ヒーサとの間に多くの子を儲けて、その内の一人をシガラ公爵家の分家として新生カウラ伯爵家を打ち立てる。これしかないなのだ。
それが分かっているからこそ、ヒーサには従ってきたが、アスプリクの存在がその計画に狂いを生じさせるのではと危惧していた。
それゆえの詰問じみた問いの投げかけなのだ。
「ティース、誤解も甚だしいぞ。私はアスプリクとそう言う関係ではないのだぞ。あくまで、と言うか確実に“おともだち”の域を逸脱する行為はしとらん」
「……本当ですか?」
「無論、神に誓ってな」
なお、その神様とやらを散々振り回しておちょくり倒しているのだが、それは考えないようにしていた。
「え~、ヒーサ、そりゃないよ。あんなことやこんなこと、一緒にやったじゃないか。口じゃ言えないようなことをさ」
冗談めかしたアスプリクの発言は、場の空気を更に一段重くした。
確かに、“口では言えない事”をヒーサとアスプリクはしたのだが、それは“謀殺”であって“逢瀬”ではないのだ。
だが、ティースは後者の方であると感じているようで、睨み付ける視線は鋭さを増す一方であった。
「それにさ、僕とヒーサの合体技がだね……」
「ががが、合体……、ですって!?」
「待て待て、ティース。誤解だ、誤解。合体技っていうのは、私の剣技とアスプリクの付与術式のことだ。いかがわしいことなど、何もないぞ、多分」
「多分!?」
いかがわしい事は裏で山ほどやっているが、ここ最近は“性的な意味”でのいかがわしいことは何もしていなかった。
嘘ではないが、本当とも言い難い状況であり、どう言い逃れしようか迷いが生じていた。
(うむ、結構きついな。アーソでの一件よりも頭を使っているぞ。この状況、どうするべきか)
嫁への言い訳の方が、暗殺の計画立案よりも高難度になろうとは、さすがのヒーサも想定外であった。
「と、とにかくだ、ティース。私はアスプリクとは、お前の考えているような関係ではない。これははっきりと断言できる!」
「ヨハネス枢機卿でもお呼びますか?」
「お、おお、それだ。枢機卿なら《真実の耳》で、事の真贋を聞き分けれるな。まあ、そこまではやり過ぎかもしれんが、本当に“ぴゅあ”な関係だ」
真っ黒い方向にピュアなのだが、決しておピンク系統ではない。これだけはヒーサははっきりと断言できるのであった。
気まずい沈黙の中、ヒーサとティースは互いに見つめ合い、その横ではアスプリクがニヤニヤと笑っていた。そして、それをナルとマークがどうしたものかと困惑しながらも眺めていた。
「……ヒーサ、信じてもいいんですね?」
「も、もちろんだとも。あ、そうだ!」
何かを思いついたのか、ヒーサは突如として立ち上がった。机を迂回し、ティースに歩み寄ると、その手を掴んで無理やり席から立たせて抱き寄せた。
「え、あ、っちょ、うぇあ?」
「まあ、長らく遠征に出ていて寂しい思いをさせたようだしな。今日一日は抱き合って過ごすとしよう」
「強引過ぎませんか!?」
「なに、いつものことだ」
ティースは気恥ずかしそうに顔を赤らめたが、その実まんざらでもないという顔になっていた。それを理解すればこそ、ヒーサは強引な誤魔化しに出れるのであった。
しっかりと抱きかかえるように扉へ向かうヒーサと、強引に引っ張られるティース。二人は一旦、扉の前で止まり、そして、振り向いた。
「「じゃあ、ナル、後、よろしく!」」
実に息の合った夫婦の掛け声に、ナルは苦笑いをしながらも頷いて応じた。
勢いよく開け放たれ、そして、また勢いよく扉が閉まり、二人はいなくなってしまった。
いそいそと寝室に向かい、事を致そうとしていることは明白であったが、ナルとしてはこれに嫌悪感を覚えつつも、黙認せざるを得なかった。
やはり、伯爵家の存続のためには子供を作ってもらう必要があるため、いくらヒーサに対しての嫌疑があろうとも、それに乗らなくてはならないのだ。
(エロは世界を救う、って事にしておきましょうか)
閉ざされた扉の向こうの世界を想像しながら、ナルはただ静かに事が上手く運んでくれることを願うばかりであった。
「んじゃま、僕も行こうかな」
「それはさすがに止めてください」
ヒーサの後を追おうとしたアスプリクをナルが押し留めた。
ナルの予想では、ヒーサはアスプリクに手を出していないと感じていた。しかし、今は幼くとも、アスプリクは成長すれば間違いなく絶世の美女になるとも考えていたため、できれば二人の関係を崩す前にどうにかせねばとも考えていた。
その焦りが、博打にも等しい一手を打たせてしまった。
「マーク、アスプリク様のお相手をして差し上げなさい」
「なぜ!?」
いきなりの義姉から無茶ぶりに、さすがのマークも驚きの表情を浮かべた。普段不愛想な分、困惑の表情を浮かべるのは新鮮で、アスプリクもそれに乗ってみることにした。
「お~い、マーク。何か飲み物持ってきなさい。あとお菓子でも用意して」
「なぜ、いきなりの命令口調!?」
「そりゃ、僕がこの屋敷の主の大切な客人で、あなたがここの使用人みたいなものだから」
随分と横柄な客だとマークは思いつつも、言っていることは間違ってはいないので部屋の隅に用意されていた水指に向かって歩き出した。杯に水を注ぎ、それをアスプリクの前に置いた。
躊躇いもなくそれをグイっと飲み干したアスプリクであったが、なにやら不満げであった。
「ちょっと温いな~。キンキンに冷えたのがよかったんだけど?」
「でしたらば、ご自身でどうぞ。火で水を冷やせるのならね」
「言うね~。年上に向かって、口の利き方がなってない」
「年上を名乗るのであれば、今少し威厳のある言動を心掛けてほしいのですが。少なくとも、ヒーサ様はふざけているように見えて、油断なく物事に当たっておられますよ」
その言葉にはアスプリクも同意した。
ヒーサの言動はかなり緩いのだが、肝心な部分は決して晒さない慎重さも持ち合わせていた。共犯者であるため説明を受ける場面も多々あるが、それがなければ見逃してしまうほどの状況など、いくらでもあったからだ。
アスプリクがヒーサに付き従うのも、そうした怖さを無意識的に感じている点に求めても良いくらいであった。
「まあ、いいか。邪魔しちゃ悪いし、今日は帰らせてもらうよ」
アスプリクはピョンと勢いよく席から立ち、扉の方へと歩き始めた。
そして、ドアノブに手が届きそうなところで止まり、後ろを振り向いた。
「ところでさ、もしあの二人に子供が出来たら、あなた達はどうするの?」
いきなりの意外な質問に、ナルもマークも目を丸くして驚いた。
そうなることは当然想定済みであるが、それでも言葉にして出されると、やはり感情的には難しいものがあった。
ナルは今でも毒殺事件の黒幕はヒーサだと疑っていた。あの事件はあまりにヒーサに都合のいい事が起こり過ぎており、どうしてもその発想から抜け出せないでいたのだ。
もっとも、ナルとマークの調査は常に空振りに終わり、何の成果を得られないまま、時間だけが過ぎていった。
結局のところ、全ての鍵を握っているであろう、謎の工作員と言うべき“村娘”の正体を暴かない事には、何の進展を得られないという結論に達しつつあった。
だが、二人にとって不幸なことに、その村娘は国境の向こう側に行っており、おまけに帰ってきたらアイクとの婚儀で他家に移ることにもなりそうであった。
道は閉ざされつつあるのだが、それについてはナルもなんとなしに勘付いてはいた。
だからこそ、残る最後の道である、次世代での伯爵家の復活に賭けなくてはならなった。
「どうもこうもありません。若君になるか、姫君になるかは分かりませんが、いずれは我らを指揮する立場になられるのです。誠意をもってお仕えいたします」
臣としては、ナルの言葉は及第点の回答であった。一人と言わず、何人も生んでもらってこそ、カウラ伯爵家が分家とは言え復活するのである。二人にはその子供が生まれるまでは、仲良く寄り添って言って欲しいと願っていた。
「そう。それを聞いて安心したよ。まあ、僕も君らもちょっと遠いけど関係者だ。仲良くしていきたいと思っているよ。僕の視点からだと、兄の嫁の兄の嫁の従者くらいになるかな」
「随分とちょっとな遠い関係ですわね」
「だね! じゃあ、またね~」
そう言ってアスプリクは二人に手を振り、部屋を出ていった。
そして、扉が閉まると同時に、ニヤリと笑った。
実は見てしまったのだ。先程、ヒーサとティースが連れ立って部屋を出ていく際、扉が閉まるその一瞬、ヒーサが笑っているところを、である。
(好色から来るものではない。あれは間違いなく、なにか策を思い浮かんだ時のそれだった。つまり、ティースとの床合戦もまた、何かしらの策の一環だって事だ。なら、邪魔しちゃ悪いよね~)
そう判断すればこそ、今日は大人しく引き上げると言うものであった。
はたして次はどんな策が飛び出すやら。そう考えると、アスプリクはその時が来るのを楽しみながら待つことができた。
だが、ここでアスプリクは大きな見落としをしていた。
それはそのヒーサの笑みを視認していたのは、何も自分だけではないということを、である。
ナルもまた、その笑みを目撃し、裏に潜む何かを感じ取っていたのだが、それを表に出すことは決してなかった。
~ 第七話に続く ~
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