第四話 凱旋! 英雄となった公爵様の帰還!
ヒサコがドワーフの都市で交渉を重ねていたのと時を同じくして、実家とも言うべきシガラ公爵領は大いに湧き立っていた。
ヒサコの兄して当地の領主であるシガラ公爵ヒーサが、アーソでの反乱鎮圧より帰還したからだ。
すでに早馬で情報は先んじて領内に入り、それが庶民にまで広まっていたため、アーソのおけるヒーサの活躍を耳にし、その無事の帰還を大いに喜んだのだ。
なにしろ、アーソの地に蠢いていた魔王の陰謀を暴き出し、その先兵として暴れていた黒衣の司祭を討ち取り、アーソの叛徒を穏便に下らせるなど、武名が轟いていたからだ。
その名声はシガラ公爵領のみならず、王国全土に知れ渡っており、それを成した若き英雄を一目見ようと、街道沿いに領民から近隣の他地域の者達まで大勢が集まって来ていた。
街道の沿線は人々で埋め尽くされ、ヒーサもまたそれに応えるかのようににこやかな笑みで応じたり、あるいは手を振ったりと、向けられた歓声に応えた。
「いやぁ~、すげぇよな。あの毒殺事件で公爵様御一家がどうなることかと思ったけど、これ見ちまうともう安心だよな」
「ああ。学者肌の大人しい若様かと思いきや、武芸や兵法にも通じていたとは驚きだよ」
「だな。潜んでいた魔王の手下をいち早く見つけ出し、討ち取ってしまうんだもんな。ほんとすげぇよ!」
「見つけ出したのは、妹君のヒサコ様だって聞いたぞ。その功績もあって、ヒサコ様は“聖人”の称号を賜るなんて話も出てるくらいだ」
「へぇ~、そうなんだ。どっちみち、兄妹揃って闊達で聡明なのは喜ばしい限りだよな」
「ああ。ほら、新しく始めたっていう、ええと、“漆器”だっけ? あれが都じゃ飛ぶように売れて、職人の人手が足りてないってくらいだぞ」
「あれも公爵様の発案だったよな。文武共に才能豊かで、商売にも通じておられるとは驚きだよ」
「これでシガラもますます発展していくことだろうな!」
こんな話が方々から飛び込んできており、ヒーサとしては喜ばしい限りであった。
だが、シガラの伸張以上に重要なのは、他勢力の権勢が大幅に下落したことの方が大きかったことだ。
まず、黒衣の司祭リーベの実家であるセティ公爵家、ここがどん底に落とし込まれたことだ。
シガラ公爵家と並ぶ三大諸侯の一角に名を連ねていたが、身内から異端者を出し、それが『ケイカ村襲撃事件』と『アーソ辺境伯反乱事件』の黒幕であったことが発覚。これにより、周囲から猜疑の視線に晒されることとなったのだ。
無論、当主のブルザーからすれば弟であるリーベが、そのような大それた企てを画策するなど信じられなかった。実は裏で繋がり、王権の簒奪すら企んでいたなどと根も葉もない噂すら飛び交い、その弁明に負われる事となった。
なお、リーベの件も、デタラメな噂の数々も、“全部”ヒーサの仕込みであったが、それを証明することは不可能であった。表に出ていた証拠は全部消しており、裏の事情を知る者はことごとく処分していたため、状況としてはセティ公爵家に不利な情報だけしか残っていないのだ。
事実を知っているのは、ヒーサ・ヒサコという本人の他は、テアとアスプリクという“二人の共犯者”だけであり、ブルザーがひっくり返すのは実質不可能になっていた。
あまりに都合がいい状況に、ブルザーはヒーサこそ怪しいとも考えていたが、それ以上に周囲の疑惑が自分に向けられているため、矛先逸らしが優先された。
その矛先とは、《五星教》の上層部であった。
「現役の司祭が異端に走るなど、信じられないことだ。教団上層部の管理責任に対して疑義を申し立てる。ちゃんと教育や管理をしていたのか!?」
これがブルザーの言い分である。リーベはあくまでセティ公爵家の出ではあるが、術の才能があったために教団に“無理やり”入れさせられたため、その管理運用にこそ問題があると周囲に訴えかけた。
当然、教団側もこれには反論した。
「そもそも、セティ公爵家が異端者と手を組み、王権の簒奪を目論むのが悪い。自身の罪を棚上げして、我らを貶めるなど、言語道断だ!」
簒奪の件は完全なでっち上げの情報なのだが、教団上層部は管理責任を取りたくないがために、セティ公爵家を徹底的に悪者にしておく必要があった。それゆえ、ヒーサが流した噂に飛びつき、これを以てセティ公爵家を攻撃する材料としたのだ。
セティ公爵家と教団が激しく責任の擦り付けをする中、双方に対して責任を問う声が出てくるのも当然であったが、その頭たる者は王国宰相たるジェイクであった。
「危うく王国の緊要地が崩壊し、ジルゴ帝国に対して無防備を晒すことになりかけた。もはや教団にばかり頼ってはいられない。大改革を断行するつもりでいる」
これがジェイクの公式見解であり、公の場においてこれが飛び出すと、王国中に激震が走った。なにしろ、“不入の権”を有する教団に対して、堂々とこれに介入すると宣言したからだ。
そして、その最たるものが“術士の管理運営”に関する改革であるとも述べた。
教団はその設立の経緯からして、神の恩寵を最も受けし術士の存在を重要視し、その育成や管理運営を独占的に行ってきた経緯がある。それがいつしか特権となり、歪みとなって不満が出始め、それを解消するために改革を行うとジェイクは宣言したのだ。
当然、教団側としても最大の特権を犯されるのを嫌い、これに抵抗するそぶりを見せた。
「これは宰相の戯言だ! 己の妻が謀反人であることを覆い隠すために、教団をあげつらい、その罪を擦り付けていく気だ!」
「今回の謀反の一件は、アーソの地における術士の隠匿が原因の一端にあるが、それもこれも教団の傲慢な態度が最たる要因であろう! 異端を出し、その反省の弁すらない者に、これ以上国防の根幹である事業を独占させるわけにはいかない! 術士は広く運用されるべきものだ!」
前々から教団に対して事を構えようとしていたジェイクが、いよいよ牙を剥いてきたと判断した教団側は、これに対して徹底的な対抗措置を取ることを示唆し始めた。
どちらも存続に関わることであるため引かぬ姿勢を示しており、こちらも抜き差しならぬ状況にまで事態が深刻化していた。
そこで颯爽と現れたのが“救国の英雄”ヒーサである。
ヒーサは今回の騒動で裏に表に活躍し、名声が著しく上昇した。威信は増し、逆に周囲が落ちたため、ほとんど一人勝ちに近い程にシガラ公爵家の実力を内外に示すこととなった。
毒殺事件の一件で家が傾くのではと思われたのは今は昔。現在ではそんなことを思う者など誰もいなくなり、実質的に現在の政治的混乱の中にあって唯一と言っていい程に安定していた。
そのため、国内の各勢力がこぞってシガラ公爵家と結ぼうと動き始めていた。
「私は悪くない! すべては他の分からず屋のせいだ! と言っても、全面対決までは望んでいない。どうにか取り持つことはできないだろうか?」
これは諸勢力がヒーサに向けて発した言葉である。王家も、教団も、諸侯も、どうにか自分の責を横に置きつつ、事態の解決を図ろうとしていたため、勲功著しく、それでいて“比較的中立”であるヒーサに接触を謀って来たのだ。
それを狙って策を弄してきたとはいえ、やはり全方位からのラブコールと言うものは実に気分のよいものであった。笑いを堪えるのに必死になりつつ、各勢力との取次を引き受けていた。
もちろん、裏ではガッツリとジェイクと繋がっており、教団を追い詰めるつもりでいたが、それも教団側の提示する条件次第では反故にしてよいとすら考えていた。
この男にとって重要なのは、“自分にとって利となるかどうか”であって、誠実な貴公子である必要はない。
不義を働こうとも、それを誤魔化せる手段と大きな利益が望めるのであれば、昨日肩を組んでいた相手ですら頬っ面を引っぱたけるのが戦国の梟雄・松永久秀であった。
「まあ、要するに、今後の舵取りは私の御機嫌取り次第ということだ」
ヒーサは歓声を上げる民衆に応えながら、小声で馬を並べているアスプリクに話しかけた。
ちなみに、ヒーサ・ヒサコが今回の騒動における一番の勝ち組とするのであれば、次点はアスプリクということになる。
火の大神官として前線に赴き、数々の適切な措置を取ったかと思えば、ヒーサと協力して黒衣の司祭を滅ぼしており、十三歳とは思えぬ行動力と判断力を見せ付け、周囲から称賛された。
リーベの件で教団幹部への責任論も出始める中にあって、アスプリクだけは例外とされ、逆に名声を高めていた。
「いや、ほんと、上手く行ったよね~。これで僕とヒーサの発言力が増すってもんだよ」
「まあな。だが、最大の収穫は“アレ”だ」
ヒーサが行進する一団の後ろを振り向くと、そこにはアーソから連れてきた人々がいた。
まず、元領主のカインだ。カインはアーソの争乱の責任を取ると言う形で引責辞任し、辺境伯の称号を王家に返上していた。
その身柄はヒーサの預かりとなり、シガラへと連れてきたのだ。
そして、その後ろに続くのは、隠遁者達である。すなわち、教団に属さない術士の集団であり、アーソの地に隠れ住んでいた知られざる術士なのだ。
術士の管理運営は教団の専権事項なのだが、それをよしとしない者はアーソの地がそうであったように、密かに身を窶して暮らしているのだ。
あるいは異端宗派である《六星派》に所属し、教団側と敵対する道しかない。
そんな一団を、ヒーサは“堂々と”自身の領内に招き寄せたのだ。
教団側としては認めがたい事であるが、今回の騒動の立役者を責め立てると、却って収拾がつかなくなると判断し、またヒーサはあくまで新事業の運営に術士が欲しいので、“戦争”には使わないという条件を提示し、渋々ながらこれを納得させた。
無論、あくまで形としては教団管理下での話であり、その運用はシガラ教区の代表者たるライタン上級司祭や赴任しているアスプリクに一任する、という条件での特別許可である。
「ま、僕としては“自前”の術士が増やせるし、ライタンもリーベがあの有様になった以上、ますます危機感を持つだろうね」
「それだな。丁度いい材料になるし、煽ってやるのも一興だな」
アスプリクもヒーサも、お互いを見やってニヤリと笑った。
シガラ教区の教団代表者たるライタンは、改革志向の持ち主である。前線勤務が長かったこともあってか、教団の腐敗ぶりには頭を痛めていたし、どうにかしようともしつつも自力での改革は不可能とも考えたため、根が真面目な分、悩める日々を過ごしてきた。
そこへ手を差し伸べたのが、ヒーサとアスプリクであった。
少々強引ではあったが、この三者は手を取り合い、教団上層部を説得するための上奏文を出したことすらあった。
「まあ、重要なのは書簡を出す際に、連名で出したって点だがな。ライタンはあくまで穏当な改革を望んでいるが、私もアスプリクも狙いは教団の解体、ないし政治に絡めないくらいに力を削ぎ落すことだからな。術士に関することはその一端」
「徐々に協力の度合いを上げつつ、引き返せないところまで動かす、と。ヒーサもさ、いい性格しているよね~」
「お褒めいただき恐縮ですな、王女殿下。どのみち、ライタンはもう引き返せないぞ。こうして隠棲していた術士の運用権を、今から渡されることになるのだからな。一応、教団上層部からの許可という形は取ってあるが、実質的には我々の干渉でこうなった。術士の管理運営という教団最大の特権を突き崩す、その記念すべき第一手をライタン自身で成してもらう」
「関わったら引き返せなくなるけど、断ると言う選択肢もない。なにしろ、形だけとはいえ教団上層部から許可が出ているわけだしね」
「そういうことだ。彼にはしっかりと働いてもらうさ。実利はこちらがいただくがな」
「誰かを巻き込む手管はいつもながら見事だね~」
アスプリクは物騒な会話をしながらも、慣習に見せる笑顔を崩さないヒーサには素直に感心していた。
演技が完璧すぎて、誰も悪辣な本性を暴けていないのだ。笑顔をの下には国をひっくり返すほどの策謀を秘めているが、それに気付ている者はいない。共犯者だけの秘密であった。
アーソでの件にしても、ヒーサ・ヒサコの顔を使い分け、都合のいい情報を渡しで場を操り、頃合いを見て暗殺と騙し討ちで邪魔者の排除に成功した。
そして、厄介な案件は全部リーベに押し付け、あの世まで持って行ってもらった。
そのやり口はテアをして“魔王”と誤認させるほどの外道っぷりではあるのだが、《魔王カウンター》での検査では、ヒーサは“白”だと判定されている。
これがヒーサこと“松永久秀”の素であり、戦国的作法における日常なのだ。
そして、街中を通り抜け、そこから少し離れたシガラ公爵の城館が見えてきた。
「さて、そろそろ屋敷に近付いてきたわけだが、アスプリク、大人しくしておいてくれよ。これから最大の難敵と対峙することになるからな」
「ティースか~。で、奥さんはどんな文句を言ってくると思う?」
「お前の件か、ヒサコの件の二択だな」
現在、シガラ公爵の城館には留守番として、ヒーサの妻ティースが待っているのだ。
だが、間違いなく叱責が飛んで来るのは確実な情勢である。
考えられる理由は二つ存在した。
「戦名目で出かけたとはいえ、こうしてアスプリクと並んで仲良く戻ってきたわけだしな。不倫旅行と突っ込まれたらどう返す?」
「そうだよ、と返す」
「やめいやめい。枯野に火を放つ真似はするな」
ただでさえ好感度の上げ下げが激しいティースである。そんなことを言ってしまったらどうなるか、想像するのには難くない。
「あるいは、ヒサコのことか」
「追い出した義妹が聖女になって帰還しました~、じゃキレるよね、そりゃ」
「しかも、宰相閣下に聖人認定を薦めたのも、私自身だしな」
「ティースの主観じゃ、理解しかねるだろうね」
そういう演技とは言え、本来ならヒーサに向かう悪意を全部ヒサコに向けさせた結果、ヒサコとティースの仲は絶望的に悪い。いつ流血沙汰になってもおかしくないほどだ。
主目的が“茶の木”の入手とは言え、二人の冷却期間を置くつもりでヒサコを送り出したのだが、それがケイカ村、アーソ辺境伯領での騒動を経て、ヒサコは聖女になる道を進みつつあった。
無論、中身の“松永久秀”もそこまで読みつくしてはいなかったが、状況は最大限活かすつもりでいた。特に最重要なのは、聖人認定と、そこから続く第一王子アイクとの婚儀であった。
主家との婚儀、そして簒奪、下剋上の鉄板コースであり、それを逃すつもりはなかった。
(まあ、その道筋がなかった場合は、アスプリクとの婚儀も考えていたが、そちらは使わなくて済みそうだし、ティースはこのまま私の妻でいてもらうとしよう)
ヒーサはティースの“利用価値”を決めかねていた。
彼女に付随していた領地や財産はすでに懐の内にあった。名目上はまだティースの物であったが、すでにカウラ伯爵領には触手を伸ばしきっており、その気になればいつでも奪い取る準備はできていた。
つまり、ヒーサにとってティースはすでに用済みな存在であるのだが、だからと言って亡き者にするという考えもなかった。
まず、怖いのは報復だ。
下手にティースを消した場合、間違いなくその従者たるナルとマークが動く。証拠も何もお構いなしに報復してくる可能性が高いため、やるなら同時に事を成さねばならず、その機会がないのだ。
また、世間の目も気になる。
毒殺事件が起こり、さらに嫁いできた嫁まで死んだとなると、疑いの目が自分にも向きかねないのだ。
現状ならまた《六星派》の陰謀にできなくもないが、それでも疑いを少しでもかけられるのはよくないと考えていた。
そのため、ティースの立ち位置は現在“保留”。
ヒサコとアイクの婚儀が成立するのであれば、無理にティースとの関係を“清算”することもないので、ひとまずは置いておくことにしていた。
「てなわけで、ティースの御機嫌を損ねないように頼むぞ」
「まあ、無理っぽいけどね」
アスプリクはすでに苦笑いをしていた。
見えてきた館の前では、屋敷勤めの面々がズラッと並び、主人の帰還を待ちわびていた。戦場に赴き、赫々たる武勲を引っ提げての帰還である。湧き立つのも当然と言えた。
そして、その中央にいるのが、夫の留守を預かるティースなのだが、見えてきた彼女の表情は露骨なほどに不機嫌であるのが見て取れた。
家臣一同も歓声を上げて出迎えたいが、まず第一声は一番上の立場の者、すなわちティースがかけるべきであるとの考えの下、必死で口を閉じていた。
ただし、ティースの機嫌が悪いことを認識していたため、同時にハラハラした気持ちも抱えていた。
ヒーサはそんな人々の視線を一身に浴びつつ、馬から颯爽と降り立った。
「ただいま、ティース。留守居、ご苦労だったな。感謝する」
優しく声をかけたヒーサであったが、それに対してのティースの反応は人々の予想を裏切った。
あろうことか、今を時めく大英雄に対して、握り拳の一発をお見舞いしたのだ。と言っても、軽く殴りつける程度であり、しかも鎧越しであるため、ダメージはない。
そして、キッときつめの視線で睨み付けてきた。
「なんで私も連れてってくれなかったんですか!?」
「「「そっち!?」」」
ヒーサも、アスプリクも、居並ぶ家臣一同も、ほぼ同時に口から吐き出された。
それほどまでに、ティースの不機嫌の理由が意外過ぎたのだ。
~ 第五話に続く ~
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