第三十二話 用意せよ! 対魔王用の必殺兵器!
シガラ公爵軍本営天幕の中では、テアが絶望と共に打ちひしがれていた。
目の前にいる黒衣の司祭によって、自分の置かれている状況を教えられたからだ。
(援軍無し! 打開策無し! 保有戦力は貧弱! どう足掻いても覆せない!)
よもやの事態であった。なにしろ、黒衣の司祭の言葉が事実であった場合、自身のチーム単独での魔王撃破をなさねば、状況がひっくり返らないからだ。
そして、いくつかの状況証拠が、黒衣の司祭の言葉の正しさを証明しており、それゆえにテアは絶望しているのだ。
落第、補習、強化合宿、追試。神様失格の烙印と、苦行の数々が頭をよぎり、頭が痛くなってきた。
だが、そんな女神をよそに、相方のヒーサは余裕を見せていた。悠然と椅子に座り、腕を組み、ニヤリと笑って頭を抱えるテアを見つめた。
「まあ、そんな気落ちすることないぞ。私に腹案がある」
「あるの!?」
ヒーサの言葉はテアの瞳に光を取り戻させた。テアは席から立ち上がり、ガシッとヒーサの肩を掴んで、ブンブン振り回した。
「いいから早く言いなさい! この状況を打開できるなら、え、えっと、ち、ちょとくらいなら、胸揉ませてあげるから!」
「ほう、なかなか魅力的なお誘いであるな。女神からの逢瀬のお願いとは、実にそそられる」
「うっさい! とにかく早く言いなさい!」
テアはヒーサの肩を掴んだまま、グイっと顔を寄せ、鬼気迫る形相で相方の言葉を待った。
そして、ヒーサは満面の笑みと共に言い放った。
「諦めろ。追試、頑張ろうな♪」
「ふざけんなぁ!」
今度はヒーサの襟首を掴み、またしても上下にブンブン振り回し始めた。
「追試なんかしたくないから、こうして打開策を頼んでいるんでしょうが! 頭以外ろくなもんじゃないのに、その頭すら使わないとか、諦めろとか、ふざけるんじゃないわよ」
「人間、諦めが肝心だぞ」
「私は人間じゃないですぅ~!」
「なるほど、そういえばそうだな。しかし、往生際の悪さは醜いな」
「天守諸共大爆発の往生見せた、あなたと一緒にするな! こちとら、往生なんてないから、際も何もないの!」
「それで頭が悪いのか。必死さが足りんな。命は有限なればこそ、輝きを得るのだな」
「屁理屈こねてるんじゃないわよ、この腐れ外道が!」
テアはパッと手を離したかと思うと、拳に力を込めて握り、ヒーサの顔面目掛けてパンチをお見舞いした。狙いは頬で、そのまま打ち抜くつもりでいたが、それより先にヒーサが鍋を構え、テアの一撃を防いでしまった。
鈍い金属音ともにテアが倒れ、鍋を殴りつけた拳がプルプルと震えていた。
「折れた! 絶対に折れた! なんで大人しく殴られないのよ!?」
「痛いからに決まっておろう。間抜けな奴め」
ここでゴチンと、鍋を脳天に一撃を入れた。
「どうだ、間抜けよ。痛いであろう?」
「当たり前でしょうが!」
「ああ、懐かしいな。お前と出会ったばかりを思い出す」
「そうだった! あの時も、私を鍋で殴ったわね!」
「お互い、変わりないようでなによりだ。鍋も変形してないし、これまたなによりだ」
「あんたねぇ……!」
ようやくダメージから立ち直ったテアは、再びヒーサの襟首を掴み、ブンブン振り回しながら色々とまくし立てたが、ヒーサには暖簾に腕押し。白けた反応しか返ってこなかった。
そんな英雄(外道)と女神(落第)のやり取りを、火の大神官の黒衣の司祭は生暖かくも、律義に見守っていた。
「なあ、火の大神官よ、あの二人はいつもああなのか?」
「ええ、あんな感じよ。ヒーサがおちょくって、テアがきれる。これの繰り返しよ。でもまあ、なんやかんやで収まるし、放っておいていいわよ」
夫婦喧嘩とも、子供のケンカとも判断しにくい馬鹿げた光景に、さしもの黒衣の司祭も苦笑いであった。
「ああ、そう言えばさぁ、あなたの名前、聞いてなかったわ。なんて呼べばいい?」
「さてな。変幻自在の我が身ゆえ、言葉による定義付けなど意味ないものなのだがな。まあ、敢えて名乗るのであれば、そうさな……。うん、カシン=コジ、とでも名乗っておこうか」
「黒衣の司祭カシン=コジね。短い付き合いだけどよろしく」
まさにその瞬間であった。パチンとアスプリクが指を鳴らすと、カシンの顔が燃え上がった。
それが合図となった。ヒーサは持っていた鍋を放り投げると、それを動かずジッとしていたヒサコが空中で受け取り、そのまま地面に振り下ろした。
「ぐがぁぁぁ!」
もがき苦しむ悲鳴と共にカシンは煙のように消えてなくなった。
いきなりの光景に完全に置いてきぼりになったテアは、周囲を見回し、ますます混乱した。
何事もなかったかのように、椅子に腰かけるヒーサとアスプリク。なぜか鍋を地面にひっくり返し、それを押さえつけているヒサコ。
「え? え?」
「馬鹿者。私がなんの考えもなしに、お前と“ぴろ~と~く”をすると思ったか?」
「さっきのがピロートーク扱い!?」
相変わらずの無礼極まる発言に、テアは呆気に取られたが、黒衣の司祭の姿が跡形もなく消えてしまっていることから、何かを仕掛けたことだけは分かった。
「黒衣の司祭な、あれは幻術の類だ。姿形を見せてはいたが、間違いなく偽物。魔力も帯びさせ、おまけに実体化させていたから、単純な魔力探知では真贋を見極めるのも難しい高度な幻術だ」
「それに気付いたの!?」
「当たり前だ。腕のいい暗殺者が、幻術程度でごまかせるとでも? なにより、“分身体”を作っているのだぞ、私は。気付かん方がおかしい」
テアはヒーサが個人のスキルとして、《暗殺》を持っていることを思い出した。殺しの技術のみならず、気配を察知するのにも優れた力を発揮する様を見せ付けられた格好だ。
しかも、スキル《投影》でヒサコという存在を生み出しており、相手も似たような状態であると見抜いたのだ。
「で、あれが実体化を伴う幻術だと分かったから、近場に本体か、あるいは使い魔でも潜ませていると結論付けてな。周囲の気配を探っていたら、露骨に怪しいのがいた。そいつは今、鍋の中だ」
ヒーサの指さす先には、鍋を押さえたヒサコがいた。
そして、鍋の中からはなにかが苦しみもがく声が微かに聞こえていた。
「まあ、ネズミを使い魔にして、それを触媒に自身の幻影を透写いていたというわけだ。種さえわかれば、どうということはない」
「いつから気付いてたの!?」
「一目見た時から、直感として怪しいと思った。握手をしてみて、それが確信に変わった。まあ、使い魔の位置を探るのには、少し手間取ったがな」
またしてもテアは目の前の男に欺かれたと憤った。だが、それ以上に鮮やか過ぎる手並みで魔王の手下を捕縛する様に感心した。
無茶苦茶やっているようで、しっかりとやることはやっているのが、この男の侮れないところだと、改めて思い知らされた。
そして、ヒーサは押さえつけていたヒサコに代わり、今度は自分が鍋を足で押さえつけた。
「調子に乗っているからこうなる。カシン=コジの名を出された時は内心焦った。織田信長と果心居士、私の大嫌いな二大巨頭だからな。逆に考えれば、私の心を“読心”したのであろう? 幻術だけならまだしも、並列術式による魔力の乱れが、お前の位置の特定に繋がった。油断大敵、間抜けにもほどがある」
「お、おのれ……!」
「お前から見て、異世界の魔王に敬意を表し、信長ではなく、果心を名乗ったのはしくじったな。ククッ、よくよく考えれば、幻術使いといい、ネズミを使い魔にするところと言い、どこかあやつを思い出させてくれる。ならば、決まりだ。お前は、火炙りだぞ、異世界のカシンよ!」
ヒーサはアスプリクに手招きすると、今度はアスプリクが鍋を押さえつけた。
「やれ」
「炎よ!」
押さえつけたアスプリクの手から炎があふれ出し、たちまち鍋を包み込んだ。
「や、やめろ!」
「止めるわけなかろう。お前は私の逆鱗に触れたのだ。惨めに、哀れに、のたうちながら死ぬがよい、カシン」
それはヒーサではなく、“松永久秀”としての叫びであった。
カシンの言動は、戦国の梟雄の逆鱗に触れたのだ。
ヒーサの声には一切の抑揚を感じない。日常の会話をしているかのような落ち着きを見せていた。
だが、テアは知っていた。本気の殺意を抱いている時こそ、この男はより一層冷静沈着になり、それゆえに手元が狂うことなく淡々と作業をこなすかのように、相手を殺せるということを。
「まあ、所詮は使い魔。焼き殺したとて、お前は死なない。だが、先程の高度な幻術を生み出すために、“分御霊”でも用いて使い魔を操作していたのだろう? ならば、その苦しみは本体の方へも伝わる。だが、安心しろ。その鍋は決して物を焦がさない優れもの。じっくりたっぷり蒸し焼きになって、一滴の水分がなくなるまで干上がるがいい」
「うがぁぁあぁふあげはぁ!」
必死でもがいていると思われる声がするが、中のネズミではどうすることもできない。なにしろ、この鍋、神造法具『不捨礼子』には《焦げ付き防止》のみならず、《闇属性吸収》が備わっている。黒衣の司祭が優れた術士であろうとも脱出できないのだ。
押さえつけているのが少女の細腕であろうとも、それを弾き飛ばせる威力をこの鍋が通さない。
逆に律義に熱だけ伝え、焦がすことなく丹念に蒸し殺す。その苦痛が使い魔を介して、本体の方へと流れ込み、それが悲鳴となって響いているのだ。
「黒衣の司祭よ、貴様の敗因は“ワシ”を怒らせたことだ。しばらく静養しているがいい、愚か者め」
「おのれぇ! この屈辱、いずれ何倍にして返してくれる!」
「そうだな。今度は本体の方を火炙りにしてやるから、いい香りがするように香料でも用意しておけ」
結着はついた。響く悲鳴が止まり、中で暴れるネズミの動きも静かになった。それを感じ取ったアスプリクは炎を止め、ふぅ~っと一息ついた。
「ご苦労だった、アスプリク。先程の炎の不意討ちといい、よくこちらの動きに合わせてくれた」
「うん。なんとなく仕掛けるなこれは、と思ったんで、炎で相手の視界を奪うように動いたんだけど、上手くいってよかったよ」
「ヒサコが動く一瞬の注意逸らしが必要だったからな。あれで十分だったぞ」
ヒーサはアスプリクの頭を撫でてやると、年相応の愛らしい笑顔を浮かべ、アスプリクはそのままヒーサに抱き付いた。
なお、完全に置いてけぼりを食らったテアは、そっとひっくり返ったままの鍋を持ち上げてみると、そこには確かに干からびたネズミの死体が転がっていた。
「うわ、本当にネズミを使い魔にしてたんだ」
「ネズミは小さい上に動きが俊敏で、しかも人がいる場所にならどこにでも現れる。怪しまれにくいから、屋内の探査目的なら最も優れた使い魔とも言えよう」
「でも、使い魔じゃ、相手を倒したとは言えないか」
「無論だ。多少ダメージは与えれただろうが、すぐに復活する。急いで対魔王用の必殺の道具を揃えねばならん」
抱きついているアスプリクを撫でながら、シレッと言ってのけたヒーサであったが、テアは驚いて目を見開いた。
「あ、あるの!? 魔王に対抗する手段が!?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
そう、目の前の男は戦国の梟雄“松永久秀”だ。転んでもタダでは起きない、智謀の主だ。
今もそうであったように、無軌道に見えて、その実、計算し尽くされた行動に出る。騙して、ハメて、相手を嘲笑う、稀代の策略家なのだ。
「で、なにを……、なにを用意すればいいの!?」
「うむ。まずは茶葉を用意する」
「……ん?」
説明は端から暗雲が立ち込めてきた。
「次に茶入を用意する。『九十九髪茄子茶入』に比する物を用意せねばな」
「おい」
「風炉と釜だが、これは『不捨礼子』を用いようと思う。できることなら、やはり『古天明平蜘蛛茶釜』を用意したいのだが、どっかの誰かが不埒な真似をしてくれたから、仕方あるまいな」
「待て、こら」
「茶碗も当然いるな。アイク殿下が手掛けてくれている一品がどれほどの物になるか、今から楽しみだ。できれば、『宋胡禄』や『馬蝗袢』のような大名物を作って欲しいが、はてさてどうなることやら」
「こらこらこら」
「台子も用意せねばな。これは漆塗りの良い物を作らせるとしよう」
「ねえ、ちょっと」
「柄杓や盆もいるな。茶筅に香合、腕のいい木工職人を揃えねばならん。忙しくなるぞ、これは」
「聞いて、人の話」
「お前は人じゃないだろう? あ、水指。あれを忘れてはいかんな」
「聞けぇぇぇい!」
いい加減、話を聞かずにどんどんあらぬ方向に突っ走る相方に、テアはツッコミを入れた。美女にあるまじき形相で睨み付け、叫び、襟首を掴んだ。
「さっきから聞いてれば、『お茶飲みたい』にしか聞こえないんですけど!?」
「その通りだが、何か問題でも?」
「大アリよ! 対魔王用の必殺兵器はどこよ!?」
「無論、茶事のことよ。一客一亭にて、魔王に数奇の力を見せ付け、説き伏せる」
あまりにも予想外の回答に、テアは脱力して前のめりに倒れてしまった。
結果、ヒーサにもたれかかる格好となり、顔をそれに埋めることとなった。
「ねえ、本気で真面目に考えて。マジで危ういんだけど、今の状況」
「本気で考えた結果だぞ? 戯れに聞いてみるが、戦闘要員三組をこちらに気付かれることなく、連絡をよこす暇も与えず、瞬殺できるような相手に対して、我ら二人で倒せる確率は?」
「皆無。仮に、アスプリクやマークみたいな腕のいい術士とか、あるいは黒犬を加えたとしても、やっぱり無理」
「正確な情報分析、痛み入る。つまり、何をやっても無駄だということだ。ならば、答えは一つ」
ヒーサはテアの肩を掴み、もたれていた上体を起こした。
そして、ニヤリと笑った。
「何をやってもダメならば、茶でも飲んで気分を入れ替えよう。そして、ただ最後の時を待つだけだ」
「結局それ!? つ~か、それって、あなたの前世の散り際じゃん!」
「水指の水が空っぽで、結局は飲めなかったがな。今回は抜かりなく水は用意しておくぞ」
「そういう問題じゃなくって!」
再び始まった二人の夫婦漫才に、アスプリクは興味深そうに眺めていた。
テアが焦っているのは見ていて丸分かりなのだが、ヒーサからは焦りの色が一切見えない。
だからと言って、諦めているかというとそうでもない。諦めている人間が浮かべる笑顔とは、もっと穏やかな、あるいは儚げな笑みを浮かべるものであった。
だが、ヒーサは違う。ギラギラしたやる気と野心を滾らせたそれであり、口では冗談かおふざけとしか思えないが、それでもアスプリクは感じ取った。
(ヒーサは本気で魔王を倒すつもりだ! たとえ、援軍もなく、単独であろうとも、魔王すらハメるつもりだ!)
そう考えると、アスプリクもまたなんだか言い表しにくい、高揚感のようなものが湧いてきた。
やっぱりこの人についてきて良かった。もっと楽しいものが見られるのだろう。ならば、自分も頑張らねばと考え、英雄らしからぬ英雄の戦いぶりに期待を膨らませるのであった。
~ 第三十三話に続く ~
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