第二十二話 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー! (7)
突如として乱入しきてき悪霊黒犬に、セティ公爵ブルザーは手を焼いていた。
銃撃はかわされ、槍ではその俊敏な動きに対処できず、あげく火薬を満載していた荷馬車に火をかけられ、大爆発による被害まで出る始末であった。
黒犬は開けた場所で縦横無尽に走り回り、その体力は底なしかと呆れるばかりであった。
ひたすら駆けまわっているように見えて、銃の無駄撃ちを誘って射程ギリギリを見極めて走り、売って外れた部隊に向かって切り返して乗り崩し、その牙で引き裂かれたり、あるいはあの巨躯で体当たりをされたりと、被害は確実に広がっていった。
「ブルザー殿!」
ブルザーは突如誰かが自分を呼ぶ声がしたので周囲を見渡すと、街道の先から騎馬が三騎駆け寄ってくるのを視認した。
そして、それが徐々に近づいてくると、先頭をかけるのはシガラ公爵のヒーサであり、さらに火の大神官アスプリクが続き、その後ろを侍女と思しき格好の女性であることが分かった。
「シガラ公爵、何用か!?」
同格の公爵の登場とあって、ブルザーは馬首を返し、やって来たヒーサの方を向いた。
当然ながら戦場のど真ん中であるので、甲冑に身を包んだ完全武装であるが、ヒーサの羽織るマントは随分とボロボロになっており、身だしなみくらい整えろと言ってやりたい気分であった。
とはいえ、その姿になった予想はすぐにつくというものだ。
「シガラ公爵の陣地も、あれに襲撃されたのか?」
「いいえ、あなたの弟に襲撃されました」
「……は?」
ブルザーには意味不明な回答であった。ブルザーの弟と言えば当然リーベであり、現在はシガラ公爵軍に人質兼監視役として帯同していた。
その弟が、どうして襲撃だの、黒犬に跨っているだのと言えるのだろうか。
「ほら、あれ。顔が見えた」
「ぬ……?」
ヒーサが指さす方向にブルザーが振り向くと、先程まで着けていた頭巾が開けて外れてしまい、その顔があらわになっていた。
その顔は紛れもなく、ブルザーの弟リーベのそれであった。
「ご覧の有様です」
「ば、バカな!?」
到底、ブルザーには受け入れがたい事実であった。
ブルザーの弟への評価としては、実力は大したことはないし、性格も尊大。どう扱うか、難しいと感じることもままあった。
しかし、教団に関しては人一倍忠義に篤く、忠実に職務に当たっていた。
要するに、敬意を払うものには忠実に働くが、それ以外の存在には排他的攻撃的になる。きっちりと型に嵌めて、それ以外は認めないという偏執的な性格だ。
これが兄の目線からの弟への評価であった。
それだけに、黒衣をまとう姿が信じられなかったのだ。
また、ようやくあらわになった黒衣の司祭の顔であったが、主君の弟とあってリーベの顔を見知った者もおり、セティ公爵軍に更なる動揺が広がっていった。
「シガラ公爵、一体何があったのだ!?」
「こちらがそれを窺いたいところですよ。よもや、三大諸侯の中から、《六星派》に鞍替えした者がいたなどとは、正直考えたくもありません」
痛烈な嫌味であり、皮肉でもあった。
怒りと呆れが混在した目でヒーサはブルザーを睨み付け、ため息を吐いた。明らかにうんざり、という雰囲気をこれでもかと見せつけた。
「セティ公爵ブルザー、貴殿の弟のおかげですべてが台無しですよ。折角、開城のための予備交渉に応じて、領主の御子息が当方の陣屋に訪問し、いざ話し合いに臨もうかと思った矢先に、あの体たらくですからな。公爵、そんなにこちらが手柄を立てられるのがお嫌ですかな?」
「何だその言い方は!? それでは、私とリーベがつるんでいるようではにないか!」
ブルザーの怒りももっともであった。またく身に覚えのない事であり、それで異端派呼ばわりなど、あまりに目の前の若き公爵が無礼に映った。
「では、あの有様はなんですかな!? 黒衣の司祭に、巷を騒がす悪霊黒犬の組み合わせ。思えば、ケイカ村からの騒動全てが企まれていたことだと言わざるをえませんな!」
「こちらは何も関知しておらんことだ!」
ブルザーとしてはそう言わざるを得なかった。本当に何も知らないことであり、弟が暴走するなどあまりに寝耳に水な話であった。
しかし、どう弁明しようと、ヒーサは冷ややかな視線を浴びせるだけだった。
「ですが、管理責任というものもありましょう。なにしろ、あなたの実弟なのですから」
「それならば、司祭に任じた教団側にこそあろう!」
「そうですか。教団のせいですか」
ニヤリと笑うヒーサに、ブルザーはしまったと感じた。
異端派への寝返りと言う大失態がある以上、どこかが責任を取らねばならない。
では、それが“どこ”なのかと言う話だ。
そして、その言質をヒーサがしっかりとブルザーの口から発せられたのを聞いてしまった。
「あ、やば。サーディク兄が潰されそうだ。ちょっと行ってくる!」
アスプリクは馬に鞭を打ち、未だに暴れ回る黒犬に向かって駆けだした。
実際、サーディクは善戦しているようだが、苦戦を強いられていた。
サーディクの直轄部隊は五百名とそれほど多くないが、全員が騎兵であり、速度という点では他の追随を許さない練度を誇っていた。
しかし、黒犬の方が早く、なかなか補足できないでいたが、五騎一組の小部隊をいくつも編成し、追い込み猟の要領で少しずつ追い詰めていた。
そこまではよかったのだが、顔があらわになると状況が一変した。リーベが襲撃者の正体であり、どう対応すべきか迷いが生じたのだ。
先程まで全力で倒しに行っていたのが、リーベを地面に叩き落とす方針に切り替えたため、積極性が削がれる形となった。
まさにその間隙を突く形で、今度は黒犬が作戦を切り替えた。
追い込まれるフリをして周囲を取り囲ませつつ、ほんの僅かな隙を突いて、囲みを強行突破。そのままサーディクに襲い掛かったのだ。
慌てて周囲の兵士が横隊を形成して槍衾を作り、壁となって立ち塞がった。
だが、黒犬は冷静に駆けながら《黒の衝撃》を撃ち込んだ。密集隊形を取っている場所への砲撃は効果覿面であり、十数人が一撃で吹っ飛ばされてしまった。
これでサーディクの周りを守る隊列に大きな乱れが生じ、隙を晒した。
だが、そこに炎の壁が割り込んできて、サーディクに突っ込もうとしていた黒犬がやむなく方向転換していった。
急いで駆けつけたアスプリクが炎で進路を塞ぎ、そのままの勢いで黒犬を追走した。
「見事ですな、大神官様は。リーベの擬態を見破ったのも、大神官様と、あとヒサコですから」
必死(演技)で黒犬を追いかけるアスプリクを眺めながら、ヒーサはブルザーに嫌味ったらしく言い放った。
「大神官様ならいざ知らず、ヒサコも……だと?」
「はい、ですから、妹は殴り殺そうとしたのですよ。まあ、確たる証拠がなかったために、牽制目的の半殺しで止めたようですが」
「そ、そんな……」
一連の騒動となった『ケイカ村黒犬襲撃事件』、それの黒幕が実はとばっちりを食らっただけと思われていたリーベであり、加害者でもあるヒサコが裏の事情をいち早く見抜いていたと告げられたのだ。
その衝撃たるや言葉で表しきれず、ブルザーは苦悶の表情を浮かべた。
無論、そんな都合のいい話などあるかと叫びたかったが、ああして目の前でリーベが黒衣に身を包み、悪霊黒犬に跨って暴れ回っている姿を見せ付けられたのだ。
それは違うと弁明したところで、誰も信じはしないだろう。
「ときに、ブルザー殿、ヒサコはどちらに?」
「・・・行方不明だ」
「おやおやおやおやおや、これは意外。“武”の公爵ともあろうお人が、女子一人、留め置くこともできませぬか。いやはや、無様ですな」
無論、ヒーサはヒサコが“どこにもいない”ことを知っているが、当然使えるカードであるので、これ見よがしにブルザーを挑発した。
ブルザーもさすがにカチンッときて、衝動的に目の前の若造を切り捨てたい感情に支配された。だが、すぐに冷めた。
今、目の前のヒーサを切り捨てた場合、後ろで暴れているリーベの件もあるので、王国の公爵を切り捨てた裏切り者になるからだ。リーベと言う確たる証拠がある以上、短絡的な行動は一族の破滅を意味していた。
むしろ、それを狙って敢えて挑発している風すらあった。
(おのれ、ヒーサめ! よもや、リーベを操っているのではあるまいな!? 術の中には相手の精神に作用して、操ってしまえるものもあると聞いたことがある)
ブルザーはそう考えたが、願望に近い考察であったが、実のところ大正解を引き当てていたのだ。
しかし、証拠は一切ない。ないからこそ、こうしてヒーサが堂々としているとも言えた。
そんな見えざる刃で鍔迫り合いをしている後ろで、突如として大爆発が起きた。
二人がそちらを振り向くと、また荷馬車が爆発炎上している光景が飛び込んでいた。
よく見ると、アスプリクが荷馬車に火を着けたようで、さらにその爆風で黒犬が吹っ飛ばされている姿も見えた。
「アスプリク様もド派手だな。馬車の火薬に火を着けて、怪物を吹っ飛ばしたか」
ヒーサは即座にそう判断し、吹っ飛んでいく黒犬を目で追った。
そして、黒犬は上手く態勢を整えてそのまま着地し、リーベもそれにしがみ付いて走り去ってしまった。
「おっと、また逃げる気か。追わねばな。あちらの方だと、宰相閣下の部隊が進んでいる方角か。手あたり次第に襲い掛かっているようにしか見えませんな」
ヒーサは走り去る黒犬を目で追いながら、馬を軽く走らせた。
「では、ブルザー殿、これから追撃に移りますので、ごきげんよう。ヒサコの件はいずれ改めてお伺いすることになりますが、安くはありませんぞ」
「それを言うなら、貴様もであろう! リーベをあんな姿に変えおって!」
「心外ですな。ああなったのはリーベ自身が闇に捉われ、異端に加わるからですぞ。あまり滅多なことを口にしては、ご自身の立場を悪くされますぞ。では、また後ほど」
ヒーサは馬に鞭を打ち、黒犬が走り去った方角に向かって馬を走らせた。テアもそれに続き、さらにアスプリクも追いついてきて、三人でその場を後にした。
そこに残されたのは、黒犬が散々に暴れ回って倒れ込んでいる死傷者の山や、あるいは火薬の爆発に巻き込まれて焦げ上がった者達など、それは酷い光景であった。
そして、その指揮官たるブルザーもまた、怒りと不安に取り込まれ、呆然とするだけであった。
~ 第二十三話に続く ~
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