第二話 火種! 会議は踊り、罵声が舞う!(前編)
「皆、揃ったな。では、会議を始めるとしよう」
宰相ジェイクの発言より、会議が始まった。
総勢で一万に達する大部隊でアーソ辺境伯領との境界まで進軍し、今後の具体的な行動に際しての取り決めがなされようとしていた。
総大将たる宰相ジェイクが上座に座し、その横に参謀役のブラハムが立っていた。そして、長机を挟んで、右側にシガラ公爵ヒーサ、火の大神官アスプリクが座し、左側にはセティ公爵ブルザー、第三王子のサーディクがいた。
また、各々の従者あるいは参謀等も天幕の隅に控えており、その中に公爵令嬢ヒサコや従者としてテアが帯同し、リーベ司祭も含まれていた。
純軍事的な話が主題であるため、軍人や貴族以外には出番はないのだが、ヒサコは辺境伯領内の情報を持ち、またリーベは教団側の意見集約のために出席を認められたのだ。
「ブラハム、説明を頼む」
「ハッ! では、こちらの地図をご覧ください」
ブラハムは机の上に持っていたアーソ辺境伯領の地図を広げた。自身の記憶を頼りに、かなりの略図であるが絵師に頼んで作成してもらったものだ。
簡易な地図ではあったが、目標の城から各地にある村落や砦、道から山林が描かれており、口頭のみの説明より遥かに分かりやすかった。
ブラハムは本来、教団所属の武官ではあるが、現在は一兵も仕切るする者がおらず、手持ち無沙汰になっていた。そこでジェイクが一時的にその身柄を引き受け、全軍の行軍参謀に指名していた。
「では、皆様にご説明いたします。現在、我々が野営している地点がここ。で、目標の城はここ。そのため、道順としてはこの大道を真っ直ぐ進むか、この湖寄りの道を進むか、山林のある道を進むか、いずれかになります」
ブラハムの説明を聞き、使うべき道を把握した列席者であったが、疑問点もあった。
「ヒサコ、お前が把握しているあちらの防衛陣地はどうなっているか?」
ヒーサがその他大勢に紛れていた妹に問いかけると、ヒサコはお辞儀をして前に進み出て、兄のすぐ横に立った。
「失礼いたします。私が辺境伯領を出る際に把握している状況ですと、ここの砦を補強しておりました。あと、道に障害物を置いたり、あるいは櫓を構築したりするなどしてました」
ヒサコは記憶にある限りの防衛施設の場所を示し、皆に説明した。
「ほぼ、中央の大道に集中しているわけか」
「まあ、当然じゃないかな。中央の大道は道幅も広くて使いやすいし、起伏差も緩やかだ。軍隊が城を目指すなら、ここを使うだろうね」
アスプリクもヒサコの説明を聞いて、周囲の状況から自分も中央ルートを選ぶと述べた。わずか十三歳ながらすでに二年も戦場での経験が蓄積されており、行軍についての基礎知識が頭に叩き込まれていた。
「しかし、それだけに中央の大道を塞いだのだろう。この防御施設の数だ。強引に突破を謀ったら、結構な損害が出る。迂回して、湖側か、山林側を使うのがよいのでは?」
サーディクが防御の固さを指摘し、迂回を提案した。道幅は中央の大道に比べて劣るが、寄るべき砦などの防御施設も少なく、そういう意味においては通りやすいと言えた。
「問題は伏兵の存在でしょうな。ここは敵に地の利が働く場所。森林や丘陵、隠れれる場所はいくらでもあります。慎重に進まねばな」
ブルザーは地図を睨み付け、いくつか気になる地点を順々に指さした。軍歴が三十年を超える熟達の指揮官であり、頭の中に油断という文字はなかった。
「それで、ブルザー殿、先日の会議の席での決定通りですと、私と貴殿が別の道を使って進軍することとなりますが、どちらの道を使われますか?」
尋ねたのはヒーサであった。
ジェイクの直轄部隊をこの場に留め置き、シガラ公爵軍とセティ公爵軍が別々の道を使って進軍し、城に迫ると言うのが以前の会議で決定されていた。
四人の王族をそれぞれに配し、王族全員が一網打尽になるのを防ぎつつ、城に攻めると言う作戦であった。
第一王子のアイクはケイカ村での留守番、第二王子のジェイクは本営待機、第三王子のサーディクはブルザーと行動を共にし、末妹のアスプリクがヒーサに同行する、というのがすでに決定されていた。
「まあ、現状では、選択の余地なく、湖側の道を選ばざるを得んな」
ブルザーは三つの道の内、湖側の道を指さした。
「妥当ですな。中央の道は強行突破をするのには手間がかかりましょうし、山林側の道は起伏があるので、大砲を抱えたセティ公爵軍では行軍速度が遅くなりすぎる。そうなると、回り道になっても起伏の少ない湖側を通るべきですな」
「こちらがこの道を選ぶのに不服かね?」
「そうですね。山林側の道は湖側の道と比べて距離的には短いですが、起伏がある上に山林に隣接する箇所も多い。兵を伏せておくには最適でしょうな」
どちらが先に着くのか、賭けを行っているためにより良い道を選ぶのは当然であった。そのため、距離はあっても楽な道を選んだブルザーは、あとで文句を言われても良いようにヒーサに確認を求めたのだが、ヒーサは特に文句も言わずに頷いた。
「兵数としてはブルザー殿の方が多いのですし、そちらに優先権は与えましょう」
「ほう、話が分かるのは助かる」
「賭けを持ち出したのはこちらですからね。下手な小細工を弄しているなどと思われるのも癪ですし、道を選ばせるくらい問題ないですよ。なにしろ、道を選んだ上に遅れて城に到着したらば、言い訳もできませんからな」
ヒーサはここで軽く挑発を入れたが、ブルザーは軽く鼻息を荒くしただけで、これと言った反応を示さなかった。単純な挑発に乗るほど、ブルザーは甘くはなかった。
「結構です。では、私は山林側の道を、ブルザー殿は湖側の道を進む。これでよろしいか?」
「うむ。では、宰相閣下、この手順で参ります」
二人の公爵よりの進言を受け、ジェイクはこれを承認し、首を縦に振った。
「よきに計らえ。ときにブラハムよ、所要時間としてはどうなるだろうか?」
「ハッ! 中央の大道を使えば、一日で城に到着できるのですが、別の道を使うとなると距離も増えますし、さすがにそれは無理です。警戒しながらの慎重な行進となりますと、二日、三日は見ておかれるのが無難かと思われます」
「そうか。では、両公爵よ、後方との連絡は密にせよ。最低でも、日に三度の伝令は出すように。後のことは現場に任せる」
「「ハッ!」」
ヒーサとブルザーは共に威勢よくジェイクの命に応えた。
なお、ジェイクとしては城への競争にヒーサに勝って欲しく、自然とそちらに視線が向いていた。
ジェイクはまだ穏便に済ませる事を諦めておらず、それを可能にできる唯一の人物がヒーサであると認識していた。
辺境伯カインは義父であり、軽々しく謀反など起こすなどと考えていなかったが、息子イルドの最後を聞いた後では、教団への反発から軽挙に出るかもしれないと考えを改めていた。
実際、自分も妹アスプリクの扱いについて教団には疑念が生じており、最高幹部達の前で堂々と啖呵を切った。やっていることは変わらないが、より具体的な行動に移したのが義父だ、そうジェイクは判断していた。
自分に一言も相談を持ち掛けてくれなかったのは大いに悔やむべきことであるが、始まったからには宰相として私情を捨て去り、公平公正な立場を貫かねばならない。義父であっても、王国に弓引くならば罰せねばならないのだ。
それでも穏便に解決するという未練があり、それをヒーサに託したと言ってもよい。
賭けの件でも、ヒーサが先に城まで到達すれば、まだ説得の機会を得られると考えていた。そこにこそ唯一の活路があり、それを見出したヒーサには感謝していた。
(兄上の件と言い、妹の件と言い、シガラ公爵家には世話になりっぱなしだな)
芸術以外に興味のなかったアイクに春をもたらしたヒサコ、闇を抱え込んでいたアスプリクに光をもたらしたヒーサ、何かと頭を悩ませてきた兄妹の問題を、一気に解決させたのがヒーサでありヒサコであった。ジェイクにとっては感謝しか述べようのない出来事であった。
しかし、同時に牙を剥いているのもヒーサなのであった。アスプリクの友であるがゆえに、アスプリクの扱いを巡って憤っており、いざともなれば反旗を翻すと堂々と宣言してきたのだ。
恩義のある人間に背かれるというのはジェイクとしては心苦しく、しかも非が自分にあるため、言い訳のしようもなかった。
ヒーサと視線が合わさり、その心中の苦しさを悟られまいとするのに必死であった。
公平性を取るか、人情を取るか、難しい舵取りをせまられていた。
「……ときに、両公爵は城に先着した場合、どう城を攻略する?」
複雑な心境から、ふとジェイクの口からそんな言葉が漏れ出てしまった。うっかりではあったが、出した言葉を戻すことはできず、平静を装って答えを待った。
「アーソ辺境伯の居城は堅牢。下手に攻め込んでは被害が増すばかりです。よって、昼夜を問わず砲弾をお見舞いして、相手の疲弊を誘います。いずれ降伏するでしょう」
ブルザーの回答は城攻めの方法としては至極真っ当なものであった。
ジェイクもヒーサもそれには納得して、無言で頷くほどだ。
堅牢な城ほど落ちにくいのは必定であるが、城を守る兵はその限りではない。兵糧、士気、様々な要因で城壁などと違い崩れてしまうものだ。
そういう意味では、昼夜休まずの砲撃と言うのは有効な手段であり、轟く砲撃の音が恐怖を煽り、昼も夜も止まない攻撃に心は削られていくものだ。
ヒーサも真っ当な城攻めであるならば、ブルザーと同じ手法を用いたであろうが、今回は違う。なにしろ、もうすでに仕込みは終わっているからだ。
「そのような大仰な攻撃は必要ありません。矢が一本あれば、城門を開かせてみせましょう」
これがヒーサの回答であった。
当然、その場の誰もが驚いた。強固な城が一本の矢で落ちるはずもなく、言っていることがあまりに現実離れしているのだ。
だが、冷静に状況を分析した者が二人いた。ジェイクと、ブルザーだ。
「矢、つまり、矢文か」
「条件を付けて、開城を迫るわけか」
二人の言葉に場が騒然となった。開城させると言うことは、城内に籠る相手を許すことを意味しており、折り合いが付けれるレベルの条件を提示することに他ならないからだ。
だが、それこそジェイクの求めていた者であり、少しばかり前のめりになった。
「ヒーサよ、開城を迫るとして、どのような条件を出すのだ?」
「まず、辺境伯軍の“全将兵”の助命、ならび“土地以外の財産”の保障。それと領内で匿っていた隠遁者の引き渡しと、“シガラ公爵領”への移送。以上です」
ヒーサの提示した条件は更なる動揺を場に与えた。
ヒーサの出した条件とは、「領地と称号は没収するけど、他の件はとやかく言わない。匿っていた術士も保護するから悪いようにはしない」ということだ。
それはすなわち、教団側の意向を完全無視するどころか、“術士の管理運営”という教団の唯一無二の特権に手を付ける行為でもあった。
「なんですか、その条件は! 神の御威光をなんと心得ておられる!?」
当然、その場にいた司祭のリーベが怒鳴りながら進み出て、机に両手を勢いよく叩き付けた。ヒーサを睨み付け、あまりの剣幕に兄であるブルザーが落ち着くよう宥めるほどであった。
「術士の管理は教団の専権事項! それをたかが一公爵が勝手に犯そうなど、身勝手にも程がある! 分を弁えよ!」
「うるさいぞ、無能司祭。そもそも、この一件はお前の不手際から始まっているのだぞ。お前の方こそ、キャンキャン吠え立てるな。吠えるなら、相応の実力を身に付けてからにするんだな」
「き、貴様ぁ!」
リーベはヒーサの言葉に更に激高し、ブルザーに加えてサーディクもこれを止めに入った。
一方で、ヒーサはしてやったりという澄まし顔でリーベを見つめ、その横にいたアスプリクに至っては腹を抱えて笑ってしまうほどであった。
また、兄の後ろに控えていたヒサコも、顔を真っ赤にして憤激するリーベを露骨に見下すような冷ややかな視線を浴びせ、これもまた反感と怒りを買った。
ジェイクはヒーサの受け答えに喝采を送り、「よく言ってくれた」と称賛したかったが、総大将と言う立場上、偏った肩入れは避けねばならないので、黙って様子見を決め込んだ。
長机を挟み、二つのシガラ・セティ両公爵家が睨み合う中、熱を帯びた会議の空気は更なる激発を呼び起こそうとしていた。
~ 第三話に続く ~
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