第二十七話 穿たれた大穴! 沈みゆく船はどこへ向かうのか!?
「では、早速でございますが、ご報告させていただきます」
ヒサコは改めて席から立ち、上座のジェイクに対して軽くお辞儀をした。
なお、リーベからは殺意交じりの睨み付けが入っていたが、当然無視した。相手をしたいたら、時間がいくらあっても足りないからだ。
「ブラハム様より聞き及んでいるとは思いますが、駐留部隊が全滅いたしました」
「そうだな、それは聞いた。獄犬が現れ、砦で待機しているところに……」
「はい、その時点で大嘘です。獄犬など、どこにもおりませんよ」
ヒサコの言葉に場がざわついた。アスプリクの予想では、その怪物騒ぎがでっち上げで、工作を仕掛けるための時間稼ぎだと述べていたのだが、それが現場の目撃者からの証言によって正しいと断言された。
「ね? やっぱり僕の言った通りだろ?」
「が、アスプリク様の予想も外れております。なぜなら、別の怪物が現れていたからです」
「別の怪物?」
「悪霊黒犬です」
ヒサコの口から最近何かと縁のある名が飛び出し、場の空気が更に熱を帯び始めた。当然、黒犬に襲われたアイクや、あるいはその後の半殺しの憂き目にあったリーベなどは、背筋が寒くなる感覚を呼び起こされていた。
「ヒサコ、それは本当か!?」
「はい、アイク殿下。しかも、私の見立てでは、殿下を襲った同一個体ではないかと考えております。つまり、ケイカ村での騒動も含めて、アーソの件も繋がっていると見て間違いないかと」
「なんと、全部繋がっているだと!?」
アイクは信じられないといった雰囲気で言葉を漏らした。工房開設時の地鎮祭の失敗から、悪霊を呼び起こしたと思っていたら、思った以上に大事が裏で進んでいたと知った。
それについては他の面々も同様なようで、席の隣合う者とどういうことだと話し始めた。
「さらに付け加えますと、黒犬に不審な点がございます。テア、説明してあげて」
そう言うと、ヒサコは隅に控えていたテアに声をかけると、他もそれに倣って視線を控えていた侍女に向けた。
テアは一度礼をしてから口を開いた。
「私も黒犬を何度も目撃いたしましたが、そこに大きな疑問点が生じました。あの黒犬、何者かに操られて、一連の騒動を引き起こしたのでは、という疑問です」
「なにぃ!?」
普段冷静なジェイクも思わず口から驚きの声が漏れ出した。他にも驚きのあまり、椅子から腰を浮かせてしまう者もいた。
「テア、そう判断する理由はなんだ?」
「はい、ヒーサ様、無軌道に人を襲うような動きではなく、明らかに狙いを絞って襲っていたからです。まず、辺境伯のカイン様を襲い、次いでご子息のヤノシュ様を、という具合です。周囲には他に何人もいたにもかかわらず、真っ先に二人を狙っていました」
「なるほど。操られていたのであれば、標的を集中的に狙うのは道理であるな」
ヒーサはテアの説明に納得し、何度か頷いた。
他の者も同様に納得や賛意の声が口からこぼれ、それを確認してからヒサコは口を開いた。
「ですから、アイク殿下が襲われたのも、単なる偶然ではなく、黒犬の背後にいる者の思惑通り、というのが私の考えでございます」
「あれすら壮大な計画の一端であったと言うのか」
「並々ならぬ策士の存在が伺えるというものです」
無論、その策士とは自分自身に他ならないが、それを表に出すことは決してない。裏で繋がっている者にしか分からぬ事象だ。
なお、アイクが襲われた件に関しては、黒犬を手懐ける前の話であり、完全なこじ付け話であるのだが、黒犬と言う共通点がそのこじ付け話と実話を連結させてしまい、真実味を帯びた話へと昇華させていた。
「なるほど。状況が見えてきた。ヒサコ、これらの繋がる事象はおびき出すための餌ということか?」
「おそらくはお兄様の考え通りかと。なにしろ、この場には王族が“全員”揃ってしまっています。もし、これを虜にするなり、抹殺するなりしてしまった場合、王国はどうなるでしょうか?」
ヒサコの指摘に全員がハッとなった。実際、四人の王子王女が全員、この場に揃ってしまっていた。
王位継承権保持者が全員揃い、かつそれに何かあった場合は、王国が混乱するのが目に見えていた。そうした危うい状況に知らず知らずに誘い込まれたと、ヒサコは言いたかったのだ。
「では、こうして雁首揃えて話し合っているこの状況すら、そいつの企みの絵図の中ってことか。気に入らないな」
サーディクは机をコツコツと指で叩きながら不機嫌さをあらわにし、皆もそれに賛同した。基本的に軍を設え、堂々たる戦いを望む者が多いので、裏でコソコソ動き回るやり方が好ましくないのだ。
「ですが、実際にこうして揃ってしまっているのは事実です。早急に進軍し、その絵図とやらが描き切られる前に、事態の収拾に当たられるのがよろしいかと」
ブルザーも正面決戦を望む立場であり、アーソ辺境伯の思惑や境遇など意に介さず、数に任せて押し込んでしまおうと提案した。
正攻法であり、まさに“松永久秀にとって”は、絶対にやって欲しくない方法であった。
さて、ここからが長年培ってきた“口八丁”の時間だと、戦国の梟雄は頭の回転を全力で回し始めるのであった。
どう切り込んでやろうかと思案していると、先にジェイクが口を出してきた。
「だが、ヒサコ、それでは疑問が残る。カインはなぜ、そのことをこちらに訴え出なかったのだ? 黒犬騒動も、その後の暗殺の件も、こちらに知らせてくれれば、増援を派遣したと言うのに……。まるで自力で解決しなくてはならない、そう考えているようにしか聞こえないぞ?」
「はい、宰相閣下の仰る通りです。まさに、“自力”で解決しなくてはならない事情が、辺境伯側に存在したのです。それが今回、話をややこしくしている原因です」
「ふむ……。その原因とは?」
「術士の隠匿、です」
ヒサコの口にしたことは、教団にとっては禁忌に該当することであった。
カンバー王国の成立時に、建国王の弟が中心となって《五星教》もまた誕生した。世界を作りたもう五つ星の神を崇めることを教義とし、その奇跡の残り香である人の中に眠る術の才能をより良き方向に活用するための組織であった。
そのため、術士の育成、管理、運用は教団の専権事項であり、他者がこれに介在してはならないことになっていた。
つまり、教団の把握していない術士とは異端であり、闇の神に拝礼する邪悪な存在と見なされるのだ。
六つ目の星、すなわち闇の神を崇めし者《六星派》と呼ばれる所以である。
「貴族でありながら、異端を匿うなど言語道断! 即刻、アーソの地を浄化するべきです!」
当然、司祭であるリーベが眉を吊り上げて怒り、拳を机に叩き付けた。教団側の人間の感覚では、術士の管理は自分達の職権内のことであり、職分を犯されたに等しいことであった。
だが、その“当たり前”がいつしか特権に代わっていることに気付いている者は、教団内部ではほとんどいないという実情が、世間との歪みでもあった。
そして、そんな教団側の姿勢をヒサコは鼻で笑った。
「まあまあ、頭の固い事で。教団側の方ならそう言うと思いましたが、私は意見を異にします。つまり、カイン様の言い分や境遇をあえて支持いたします! はっきりそう言わせていただきます!」
とんでもない爆弾発言であった。なにしろ、現役の大神官、司祭、所属武官の前で、ヒサコは堂々と『異端を支持する』と宣言したのだ。
当然、周囲は困惑するか、怒るかの二者に分けられた。
「なんたる暴言か! 神の祝福を受けぬ庶子め、そのような邪な考えを巡らせるとは、いよいよ尻尾を出したと言ったところか!」
「神の名を騙る地上の代行者“ごとき”が、偉そうな口を叩かないで欲しいわね! 文句があるなら、今この場に神様とやらを連れてきなさいよ! 天罰の一つでも下してみなさいよ!」
ヒサコとリーベは睨み合い、互いの横に座していた兄に止められなければ、そのまま取っ組み合いになっていたかもしれないほどに、互いが互いを罵り、相手の態度に憤った。
なお、神様は天幕の端で様子を窺っていたりするのだが、天罰を下すことなどはなかった。
「お兄様、止めないでください! 公爵家を代表して、この分からず屋の教団連中に鉄槌を下してやるのです!」
「おいおい、公爵家の代表は私だからな。勝手に代弁しないでくれ」
「いいえ、お兄様、私がカイン様を支持すると言った理由を知れば、必ずやご納得いただけるでしょう。教団側がどんな仕打ちをしたのかを!」
ヒサコを落ち着かせようとするヒーサの手を振り払い、ヒサコはジェイクの方を向いた。
「宰相閣下、二年前のジルゴ帝国からの侵攻を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、もちろん覚えているよ。小鬼族が大挙して押し寄せてきたやつだな。たしか、アスプ……、失礼、火の大神官殿が初陣間もない時期だったと記憶していたが」
「はい、その通りです。で、その防衛戦にカイン様の御一家も加わっておりましたが、その際にイルド様がお亡くなりになっています」
「そうだな。惜しい人物を亡くした」
なお、ジェイクの妻クレミアはカインの娘であり、亡くなったイルドとは義理の兄弟関係にあった。葬儀に出るためにわざわざ王都からアーソまで出向いており、その際の無念の表情を浮かべたカインにも会っているので、息子に先立たれた悔しさを察するに余りあるほどであった。
「……どうやら、宰相閣下の反応を見ますに、その裏で起こったことはご存じないようですね」
「裏だと?」
「はい、裏でございます。戦に巻き込まれた教団幹部を逃がすために奮戦なさったイルド様、そのご遺体を火の大司祭が罵声を浴びせながら足蹴にされたことを!」
「そんな馬鹿な真似を!?」
初めて聞いた教団側の暴挙に、ジェイクは絶句した。もはや怒りを通り越して、絶望すら感じた。教団の、それも上層部はそこまで他者の痛みに不感症であったのか、と。
「なるほどな。そういう事情があったのか。ヒサコの支持すると言った理由は理解できたよ。武門名高きアーソ辺境伯家が、勇敢に戦った一門の戦士を貶されたのだ。その恥辱には耐えれんだろう」
「ね? お兄様もそう思うでしょ?」
「だが、理解はできても、納得はしかねるな。反乱などという具体的な行動を起こす前に、誰かに相談するべきだろうに。辺境伯は宰相閣下との縁を重視していなかったとでも言うのか?」
そこが最大の疑問点であった。カインはジェイクにとって義理の父親であり、大きな権限を持つ義理の息子に相談を持ち掛けるのが、ある意味で妥当な判断と言えた。
だが、カインはそれをやらなかった。今の今までジェイクがそのことを知らなかったことが、その証拠なのだ。
「ヒーサ、そんなの決まているじゃないか。宰相閣下が役立たずの能無しだってのを、辺境伯は見抜いていたからだよ! ちなみにね、その現場には僕もいたんだ。大司祭には僕もぶん殴られたよ。『役立たずめ!』なんて罵倒されながらね!」
「……! なぜ、それを報告しなった!?」
「何もしてくれないあんたに、何を期待しろって言うんだ! 知ったところで、僕の時みたいに何もしないんだろ!? それとも、僕は見捨てておいて、嫁の実家は救いたいなんてことでも言い出す気なのかな? 反吐が出る!」
露骨すぎるほどに怒りをあらわにするアスプリクに、ジェイクは何も言い返せなかった。
アスプリクを見捨てたのは事実であり、それについては言い訳のしようもなかったからだ。妹の悲痛な叫びに耳を塞ぎ、国家の安定を最優先した結果だ。
為政者としては正しいのかもしれないが、人間としては、兄としては、間違いなく最低な部類に入る。それを理解しているからこそ、アスプリクには何も言い返せないのだ。
なお、アイクとサーディクは兄妹がなぜこうも仲が悪いのか理解しておらず、ただ両者の顔を交互に見ながら困惑するだけであった。
そして、荒ぶるアスプリクは隣にいたヒサコが頭を撫でて落ち着かせて、それを確認した後にもう一度リーベを睨み付けた。
「あたしは見てきましたし、隠遁者の術士にも会ってきました。そして、率直に感じたのは、闇の神を奉じる者ではなく、教団側より受けた恥辱を晴らさんとする反発心こそ、反旗を翻した要因であると受け取りました。ゆえに、アーソ辺境伯の立場を擁護すると申し上げたのです」
「何をバカなことを! 事情はどうあれ、異端に手を染めたのは事実! そんな歪みなど、到底放置はできんわ!」
「そこで自分自身が歪んでいると、なぜ気付けないのかしらね!」
「き、貴様ぁ!」
激高するリーベはいよいよ机を乗り越えてヒサコに飛び掛かろうとしたが、そこは隣のブルザーがリーベの法衣を無理やり引っ張り、席に座らせた。
ブルザーも武の公爵を自認するほどに武人としての誇りを持っている。カインの受けた仕打ちの酷さを理解するのは、あるいは同じく武人である彼なのかもしれない。
しかし、今この場で論じるべきは、矜持ではなく法であるとも同時に理解していた。
「ヒサコ嬢の言い分も分かる。だが、術士の取り扱いについては、王国政府と教団執行部によって取り決めがなされており、それを一貴族が好き勝手にしていいという道理はない」
「その通り! 兄上の言う通りだ! 出しゃばり娘が、余計な口を叩くな!」
ブルザー、リーベの兄弟はあくまで現状の秩序を優先する立場であった。
リーベは教団第一の考えではあったが、ブルザーとしては辺境伯側に同情を覚えつつも、法秩序を優先することを表明した格好だ。悪法もまた、法であり、破っていい道理などないのだ。
だが、これに異を唱えたのはヒーサであった。
「宰相閣下、もう十分すぎるほどにご理解いただけたのではないでしょうか? カイン殿の件は初めて知りましたが、歪みが許容できる限界を超えつつあるのは明白です。教団の目に余る態度に嫌気を覚える者が増えてきております。その不満を解消するのが、宰相閣下、あなたの仕事ではないでしょうか?」
ヒーサはジェイクが旗頭となり、不入の地に敢えて踏み込み、改革を促すべきだと言い放った。
ジェイクとしても、それには賛成であった。だが、そのためには教団を中心に据えた法秩序を破壊することに他ならず、その混乱は間違いなく国内不和の呼び水と成りかねないのだ。
はたしてそれを許容し、その上で改革を断行するべきかどうか、迷う点であった。
だが、ヒーサは考える暇すら与えず、強烈な宣言を発した。
「宰相閣下、手紙でも申し伝えましたが、私はあなたが自身の妹に対して行った仕打ちについて、大いに疑義があり、政治姿勢に難ありと非難させていただきます。もし、このまま放置なさると言うのであれば、アスプリク殿下やカイン殿のような存在を生み出し続けることを許容した、許し難い存在だと認識いたします。よって、あなたがこのまま王位を継ぐようなことがあれば、我がシガラ公爵は王国に対し、“独立”を宣言させていただきます!」
幾度となく激論が交わされた中にあって、今日一番の強烈な宣言がヒーサの口から飛び出した。
酒場でくだを撒く酔っ払いの戯言ではなく、公衆の面前で三大諸侯の一角が堂々と王国からの離反を宣言したのだ。
その衝撃は計り知れず、あまりのことにその場の全員が呆然とヒーサを眺めるだけであった。
しかし、ヒサコとアスプリクだけは歓喜に打ち震え、喝采の拍手を浴びせた。
「よくぞそこまでの宣言をなさいました、お兄様! それでこそ男であります! 堂々たる振る舞いに、不肖な妹ながら感服いたしました! どこまでもお供いたします!」
「ヒーサ、君は最高だ! 堂々たる宣言に、僕も感動したよ! ああ、友よ! 僕もこんな鬱陶しい立場はさっさとおさらばしたかったんだ! 喜んで協力させてもらうよ!」
妹と友人はヒーサの宣言に賛意を示し、堂々と来るべき謀反に加担すると宣言した。
そして、予想外の人物まで動いた。
「なら、私もそれに乗ろう」
そう言って挙手したのは、なんとアイクであった。
「兄上、正気ですか!?」
「ああ、正気だ。お前とアスプリクの間に何があったかは知らんが、カイン殿とは知己の間柄。その無念も理解できようというものだ。はっきり言って、教団側も変わるべきところは変わるべきだと、私は考えを改めることにしたよ。そう、この件は教団側が軟化の姿勢を見せれば、すんなり片付く話なのだ。カイン殿もそうなれば、反旗を降ろすかもしれん」
アイクとしては、戦は勘弁と言うのが正直なところであった。しかも、相手は顔見知りであり、穏便に片付くのであれば、それに越したことはなかった。
また、ヒサコに対しても含むところがあり、その意見に同調することで、好感度を稼いでおこうと言う下心マシマシな打算も存在した。
なお、その効果はあったのか、ヒサコがアイクに笑顔を向けてきたので、作戦は成功だったとアイクは思わずニヤついてしまった。
だが、当然ながら反発する者がいた。
「アイク殿下、正気ですか!? 異端の思想に染まったシガラ公爵家に加担するなど! 当主が変わって、随分と邪な発想をなさるようになられましたな!」
リーベはヒーサとヒサコを睨み付け、これを大いに嘲った。
「リーベ司祭、今の発言は私に、いや、我が公爵家に宣戦したとみなす。そして、誰が発した言葉なのかね? お前か、セティ公爵家か、それとも教団か、いずれかだね?」
ヒーサも負けじと睨み返した。そこには普段の温和な雰囲気はどこにもなく、リーベに対して剥き出しの敵意を放っていた。
「全部だ! 全部がシガラ公爵家に向けて糾弾しているのだ!」
「待て、リーベ!」
弟の迂闊な言動に、ブルザーがすぐに割って入って止めた。
今の段階で、シガラ公爵家と本気でぶつかるのはマズかった。なにしろ、王家の面々が明らかにあちら寄りに傾いているのが分かっていたからだ。
アイクとアスプリクは確実にシガラ公爵家に付くし、ジェイクもなにかしらの後ろめたさから、アスプリクの方へ引っ張られる雰囲気があった。
あとはサーディクだが、いくらセティ公爵家一門の娘と結婚しているからと言って、確実にこちらに着くとは限らなかった。表情を見れば、判断に難渋しているのが見て取れるし、政争には中立を保つ、と言いかねない雰囲気であった。
つまり、もし今現在の状況でシガラ公爵と敵対してしまうと、シガラ公爵家、王家、アーソ辺境伯家の三方向からの包囲を受けてしまう。
その判断を即座にしたからこそ、リーベを止めたのだ。
「弟がいらぬ発言をした。それに付いては撤回する」
「兄上!?」
「リーベ、お前は少し黙っていろ。話が進まなくなる」
あまりに視野が狭すぎる弟を出席させたのは失敗だったと、今更ながらブルザーは後悔した。孤立無援になる事だけは避けねばならなかったので、これ以上の失点はまず何より避けねばならなかった。
「……まあ、私もこの場には似つかわしくない発言をしたようなので、それについては謝罪いたしましょう。宰相閣下、話を続けてもよろしいか?」
ちらつかせた見えざる刃を引っ込め、ヒーサはジェイクに対して頭を下げた。
それゆえに、ジェイクのヒーサへの警戒心と評価は天井知らずに上がっていった。場を乱し、隙を突いて攻撃してくることに、この若き公爵は天才と呼ぶに値する力を持っていた。
自分より十以上も年下の若者が、遥かに老獪で計算高く、温和に見えてその実悪辣であり、上手く調停しているようで美味しいところは掻っ攫っていく。そういう人間であることを見せ付けられた。
しかも、それと同等の知性を備えた妹までいる。兄や妹があっさり篭絡されたのも、欲する物を見抜き、それを差し出したからに他ならない。
(悪魔は相手の欲する物を誰よりも理解し、抗えぬ誘惑をしてくると聞いているが、目の前のヒーサやヒサコがまさにそれだ。あまりに危険すぎる。だが・・・)
だが、そうだとは分かっていたとしても、ジェイク自身もすでに絡め捕られている自覚があるのだ。
ジェイクの心配事の一つに、兄アイクや妹アスプリクへの後ろめたさというものがあった。兄からは家督を譲られ、妹とはどうにか仲直りをと考えていた。
しかし、その二人がシガラ公爵家と関わった途端に変質し、ジェイクにとっては望ましい方向に動き始めた。
それゆえに、問題解決に当たってくれたヒーサやヒサコには恩義があり、自分の手に収まる範囲であれば色々と便宜を図るつもりでいた。
だが、すでに自分の手に余る範囲にまで状況が拡大し、穏便に済ませる機会を逸してしまっていた。
義実家を助けるため、妹との和解を成すためには、絶対に避けては通れない道がシガラ公爵家によって示されたと言ってもよい。
すなわち、“宗教改革”である。
これまで続いてきた慣習を投げ捨て、不入の権を犯し、教団を変えていかねばならない。
その過程でどれほど陰湿な暗闘と、凄惨な戦が起こるであろうことは容易に想像できた。手の内にある特権を手放させると言うのは、そう言うものなのだとジェイクは理解していた。
(だが、やらねばならないのか、今すぐにでも)
すでに合戦の火蓋は切られようとしていた。もし、矛を交えてしまい、実際の合戦が始まると、もう後戻りができなくなる。どう足掻こうとも、アーソ辺境伯家は取り潰さなければならなくなるのだ。
情に絆されて、義実家を無理やり助けるように動けば、公平性に疑義が生じる。
一方で、義実家をすんなり切り捨てたとすれば、情に薄いとの評を受けてしまう。特に、アスプリクはこの点を嫌っており、関係修復が益々困難になってしまうかもしれなかった。
また、アスプリクに追随する形で、シガラ公爵家との関係も悪化しかねない。しかも、情に薄い奴には仕える気はないと、堂々と公衆の面前で宣言した以上、下手をすると今すぐにでもそっぽを向かれてしまう可能性すらあった。
(改革は必須。だが、準備不足も甚だしい。地方貴族の反乱鎮圧が、こうも複雑になろうとは!)
ジェイクはいがみ合い、罵り合い、疑心と共に牽制し合う目の前の光景を眺めつつ、嵐の中を進む船のごとき難しい操船を余儀なくされた。
はたまたカンバー王国とは沈みゆく船なのか、それは舵取りを任された自分がどうにかせねばと思い悩む宰相ジェイクであった。
この場にわざと船底に穴を穿った痴れ者がいるとも知らずに、船は進み続けた。
~ 第二十八話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




