第二十五話 誘導! 白無垢の少女は疑心の種を撒く!
ケイカ村近郊に設けられた宿営地に、王国宰相ジェイクが到着した。
アスプリクからの報告を受け、大急ぎで部隊を編成し、王都ウージェから急行してきた。率いてきた部隊の数は二千。騎兵二百に歩兵千八百だ。
宰相就任から前線とは久しく離れていたが、久しぶりに着込んだ甲冑を身に付けるとかつての感覚が甦り、身の引き締まる思いで堂々の着陣であった。
そして、会議の席には六名が顔を揃えた。
まず、上座に王国宰相たる第二王子のジェイクが座し、そこから左側に王女にして火の大神官アスプリクと第三王子にして将軍のサーディクが、長机を挟んで右側にはセティ公爵ブルザーとそのでケイカ村の司祭リーベが椅子に腰を下ろしていた。
そして、先程まで上座に腰かけていた第一王子のアイクは上座をジェイクに譲り、自分はその横に別の椅子を用意して腰かけた。
「皆、遅くなった」
「十分早いですよ。シガラ公爵はまだ到着できていないのですから」
サーディクの言う通り、シガラ公爵ヒーサはまだ到着していなかった。最も早く出立したのだが、なにしろ自領から目的のアーソ辺境伯領までの距離が一番遠く、時間がかかり過ぎるのだ。
「ヒーサは明日か明後日には到着するみたいだよ~」
心なしか、アスプリクの声が弾んでいるように列席者には聞こえた。
アイクとジェイクは妹にとって、生まれて初めての“お友達”と聞かされており、兄としては微笑ましく思っていたが、はたして友情と呼べるものが内包されているのか、疑わしい歪んだ関係であることまでは知りようもなかった。
「ともあれ、こうして久しぶりに兄妹全員が顔を揃えられたのは嬉しいことだね。戦の前の軍議でなければ、なお良かったのだが」
「何言ってるんですか、兄上は。前の“星聖祭”の時は急に熱出して、出席されなかったのが原因ではありませんか」
「体の弱いのは、相変わらずですよね。少しは鍛えたらどうですか?」
アイク、ジェイク、サーディクは久しぶりに顔を合わせた兄弟と笑い合った。
この三人は非常に仲が良い。アイクは万事に控えめであり、相続権すら弟のジェイクにすんなりと譲ってしまうくらいだ。ジェイクは相続を委譲されようが兄アイクには礼節を以て接し、なにかと突出するサーディクには諭して宥めるように努めた。サーディクにしても、上二人の兄の武における補佐役を自認しており、見事の互いを尊重し、時に笑い、時に協力することをよく弁えていた。
貴族の家でありがちな、家督相続に関する揉め事など、この兄弟間では無縁とすら言えよう。
そんな中にあって、完全に浮いているのは末の妹のアスプリクであった。
(鬱陶しい、本当に鬱陶しい……!)
不機嫌さを隠すことなく、イライラした雰囲気を表情で出して、耳障りな兄達の笑い声を聞いていた。
アスプリクにはその“兄弟の輪”に加わることが許されていなかった。なにしろ、父である国王からは実子と認知されず、庶子、厄介者として扱われていた。
捨てられなかったのは、あくまでずば抜けた術士としての才能があったからだ。術士として有能であったとしても、娘として愛されたことなどは一度もなかった。
ゆえに、血は繋がっていようとも、それはあくまで半分だけであり、三人の兄達とは始めから大きな溝が存在していた。
無論、飛び込めば輪に加わることもできたかもしれないが、その勇気や知性を育めるような環境ではなかった。
アイクやサーディクのアスプリクへの対応は、“兄としての義務感”や“不遇な妹への同情”が占めており、末っ子への可愛さから優しくするのとは厳密に違っていた。
ジェイクに至ってはそれらに加えて“後ろめたさ”があった。アスプリクが十歳から身を投じた教団内部において“ナニ”をされたかを知った上で、あえて黙殺したからだ。
その点がアスプリクには何よりも許せず、憤激させていた。例えそれが国家の安寧を維持するためのやむを得ない措置だとしても、感情で動くアスプリクにとっては絶対に許せない事なのだ。
(まあ、今に見ていなさいよ。今回の一件で、その澄ました顔を思い切り歪ませてやるんだから)
ヒーサと企てた今回の茶番劇にして簒奪劇は今までの復讐であり、受け取れなかった十三年分のお小遣いを頂戴するのが目的だ。
これから何が起こるのかはおおよそ把握しているし、どれだけ凄惨な殺戮劇が繰り広げられようが、少女にとっては憂さ晴らし以外の何物でもなかった。
しかし、当のジェイクは妹への贖罪を考えていたのだが、そんな兄の複雑な心境はアスプリクに伝わってはいなかった。
なにより兄としてではなく、為政者の立場を優先して目の前の問題に対処しなくてはならず、妹絡みの案件を先送りにしなくてはならなかった。
「では、すでに軍議が始まっているようだが、状況を教えていただこうか」
「アーソが背いた。でも、内部状況が掴めません。以上、終わり」
ぶっきら棒な妹の回答にジェイクは苦笑いするよりなかった。そして、その隣にいるサーディクに視線を向けると、そちらもニヤリと笑っていた。
「ぶっちゃけますとね、兄上、アスプリクの言う通りなんです。どうにも動きが解せないんですよ。王国側に防衛線は敷いてないし、かと言って駐留しているはずの教団の部隊からの連絡もないし、どうなっているのやら」
「斥候は出したのか?」
「先着していたアスプリクの部隊か抽出して、調べた結果がそれです。辺境伯領内には立ち入ってませんので、外側からの偵察ですが、剣呑とした雰囲気は感じつつも、切羽詰まったという雰囲気はなし」
サーディクも事態を計りかねているようで、ジェイクは腕を組んで考え始めた。そして、一つのことに気付いた。
「そう言えば、アスプリク」
「大神官とお呼びください、宰相閣下」
露骨すぎるほどにアスプリクは、ジェイクに対して壁を作った。サーディクがアスプリクを呼び捨てで呼んでも、特に反応を示さなかったのに対して、ジェイクに対してはきっぱりと互いに背負っている職位で呼べと言い切ったのだ。
周囲もどうしたものか迷いつつも、誰もが口出しし難い雰囲気があり、両者の間に恐ろしく高い壁が存在することだけ認識された。
ジェイクは一度ため息を吐いてから、会話を再開した。
「大神官殿、そもそもそちらの報告があったから皆が動いたわけなのだが、その辺りはどうなのだ?」
「聖山に送った報告書には書いてなかったけど、僕はリーベ司祭から手紙を貰い、そこから急いで報告したんだ。でも……」
アスプリクがリーベに視線を向けると、リーベは首を横に振った。
「そのような手紙は出しておりません」
「んんん!? どういうことだ、それは」
ジェイクとしても状況を掴み損ねていた。報告を聞く分には、アーソ辺境伯領で“何か”が起こっている雰囲気はあるのだが、何が起こっているのかまで掴めていない。
そうかと言って、アーソ側からなんの連絡もないのが不可思議であった。
「大神官殿、本当に手紙を受け取ったのか?」
「宰相閣下は僕を疑っているって言うのかい!? 無礼極まる発言だ! 国の危機だと思えばこそ、シガラ公爵にも催促をして、迅速に動いたって言うのに、その言い草はなんなんでしょうかね!」
「……失礼した。今の発言は取り下げよう」
一番ありそうな可能性として、アスプリクが誤解ないし嘘を付いていると思ってつい口に出してしまったが、そのあまりの剣幕に押され、ジェイクは発言を引っ込めてしまった。
そもそも、そんな虚言や狂言を弄したところで、アスプリクに何の得があるのかという事にもなるし、悪戯にしては度が過ぎていた。
つまり、アスプリクに動機が見当たらない以上、妹を疑うのはよくないと、ジェイクは再び別の可能性を模索し始めた。
そこへ、天幕の中に兵が一人飛び込んできた。
「申し上げます! アーソ駐留部隊の副団長ブラハム様がお見えになっております」
「やれやれ、やっと報告が来たか」
ブルザーの漏らした言葉に、一同も同じ思いのようで、皆頷いた。そして、すぐに通すように命じると、兵士が呼びに戻り、程なくしてブラハムが顔を出した。
「アーソ駐留部隊副団長ブラハム、報告に参上しました。・・・て、この顔ぶれは?」
ブラハムは居並ぶ顔触れを見て、目を丸くして驚いた。
ヤノシュに含まされたのだが、ケイカ村にアスプリクが来ているから、そこにまずは報告してはどうかと提案され、ここにやって来たのだ。アーソを出立してからケイカ村に馬を走らせると、どういうわけかアスプリクの直轄部隊のみならず、数千名規模の軍が駐留しており、まるでこれから一合戦でもやりそうな、そんな雰囲気を漂わせていた。
それだけでも驚きものであるのに、本営の天幕に通されてみれば、四人の王子王女が集結しているうえに、セティ公爵ブルザーの姿まであったのだ。
これで驚くなと言う方が無理であり、ブラハムは困惑しっぱなしであった。
「まさか、アーソの騒動がとんでもない大事に伝わっているのですか?」
「その口ぶり・・・。では、やはり辺境伯領で変事が!?」
「え、あ、はい、その通りです、宰相閣下」
周囲の食い付き具合から、余程の大事が発生していると誤解しているのか、とブラハムは思った。
(まあ、駐留部隊全滅の“事故”は、確かに損害の規模としては大事に当たるか)
きっちりと報告して、今後の方針を決せねばならないし、その権限を持っている顔触れが揃っているので、ブラハムは改めて姿勢を正した。
「では、駐留部隊全滅の件ですが・・・」
「全滅!? 全滅したのか、教団の部隊が!?」
リーベが悲鳴にも等しい声を発した。なにしろ、ケイカ村とアーソは割と距離が近いため、駐留部隊も慰労のためにケイカ村の温泉に入りに来る者もいる。そのため、駐留部隊にはリーベの顔見知りも多く、それが全滅を聞かされて心穏やかではいられなかった。
「じゃあ、やっぱり謀反の話は本当だったんだ!」
「え? ええ!? 謀反!?」
「神に仕える地上の尖兵に手を出すなど以ての外! 辺境伯の愚か者に裁きを下しましょう!」
「おお、その通りだ! あやつめ、生かしておかぬぞ!」
「え? ちょ、え!?」
「直ちに進軍しよう! 謀反人はそのままにはしておけぬ!」
「ああ、ヒサコは無事だろうか・・・」
「え? ヒサコ? アイク殿下、それは・・・」
「全員、一旦黙れ!」
ジェイクは勢いよく拳を机に叩き付け、無秩序に話し始めた全員を制した。いくらなんでも、好き勝手話されては、聞き取ることすらできないからだ。
それで場の熱は冷まされ、勢い余って立ち上がっていた者も椅子に腰かけた。
「まったく、報告を聴取する空気ではないぞ。ええっと、ブラハム、だったか。アーソ辺境伯領で起こった変事について、お前の分かる範囲で最初から話せ」
「はい。では、ご報告させていただきます。単刀直入に申しますと、領内に獄犬が出現したとの報告を受けました」
「獄犬か、結構厄介な相手だね。巨大な犬で、動きも素早く、強烈な牙で鎧も噛み砕くほどだ。おまけに炎まで吐いてくる。体毛も硬いから通常の武器は効きにくいけど、聖水でも用意すれば対処できなくもないか」
その手の怪物相手の専門家であるアスプリクは、獄犬についての知識を披露した。神職であれば、講義で様々な怪物に関する知識を得る機会があるのだが、それ以外の者には馴染みが薄い場合があり、そのための説明であった。
なお、実際のところ、領内に現れたのは獄犬ではなく悪霊黒犬なのだが、術士の隠匿がバレるのを嫌い、辺境伯側が嘘の報告をしていたのだ。
そして、ブラハムの頭の中では、その嘘が未だに真実として刻まれていた。
「で、その際に辺境伯側から、『対処はこちらでするから、教団の部隊は敵襲に備えて、砦に待機したままでお願いします』と通達がありました」
ブラハムの話には不審な点もなく、まあ通常の対処だなと誰しもが考え、頷いた。
「それで、ようやく獄犬を追い詰め、本腰を入れて討伐に入ったのです」
「なるほど。王国側に防衛線がなく、それでいて剣呑な雰囲気、話としては繋がるな」
斥候の報告との整合性が取れたので、ジェイクは頷いて納得した。他の顔触れも同様のようで、その面々もまた頷いた。
「しかし、ならば、なにゆえ駐留部隊が全滅などという事態に?」
「はい。その怪物討伐が決行されるたる日に、辺境伯より待機で不自由をさせているからと、ヒサコとテアと名乗る二人の美女を遣わし、酒と料理を振る舞っていただきました」
「ああ、やっぱりヒサコはアーソに逗留しておるのか」
無口であったアイクが急に食い付いたので、ブラハムは怪訝に感じた。
「あの、アイク殿下、先程からヒサコという娘にえらくご執心のご様子ですが、お知り合いで?」
「ああ。彼女は我が国一番の才女であり、我が芸術に新たな風を吹き込んでくれた素晴らしい女性だ」
恍惚とした表情で言い放つアイクの雰囲気に、その場の全員が引いた。なんとも言い表せない気配がその場を駆け抜け、誰がどう見ても相当入れ込んでいるなと分かるほどであった。
自分で最初に勧めたこととは言え、アスプリクもまた想像以上に兄がヒサコに入れ込んでしまっていることに、笑いつつも微妙な同情を覚えた。
なにしろ、ヒサコなどと言う女性は、この世のどこにも存在していないことを知っているからだ。
「え、そうなのですか? ただの闊達なそこいらの娘かと思っておりましたぞ。『あたしを酔い潰したら、一晩好きにしていいぞ~』とか、随分と軽いノリで」
「今の話、詳しく!」
妙にヒサコの話題に食い付くアイクに、周囲は苦笑いをした。芸術にしか興味のない男が、いよいよ色恋沙汰に目覚めたのかと、他の兄弟もニヤけていた。
「兄上、がっつき過ぎだ。少し抑えてくれ」
ジェイクは笑いを堪えつつ、大いに悩んだ。芸術以外に興味を示さない兄アイクにようやく春が来たかと思ったが、表現が思いの外に下手くそのようで、周りが全然見えなくなっていたのだ。
シガラ公爵家とは、アスプリクの件をヒーサに任せている手前、なるべく便宜を図っていきたいし、今また兄アイクとヒサコが引っ付くというのであれば応援しようとも考えていたが、兄も妹も限度と言う物が分からぬようで、公衆の面前で堂々と感情をあけすけにしてしまうのはさすがに控えてほしかった。
「あ、ちなみに、ヒサコはシガラ公爵家の御令嬢だからね~」
「ええ!? そうなのですか!? 私はてっきり・・・」
アスプリクのツッコミに驚いたのはブラハムであった。てっきり周辺の村から来た娘かと思っていたら、貴族のお嬢様であったとは予想外であった。
だが、よくよく考えてみれば、テアという同伴者がまるで付き人のように振る舞っていたので、貴族と言えば貴族かと納得した。
「で、話の腰が折れてしまったので、改めて説明しますと、その待機の慰労と言うことで酒と料理が振る舞われ、皆が大いにはしゃいだのでございます。その際に、私とヒサコ・・・殿が飲み比べで勝負することになりまして、見事に負けてしまいました。で、その後にヒサコ殿とテアとかいう女性が私を寝室に運び込んだそうなのですが、その際に広間の方から轟音が響き、砦が崩落したのです。私は咄嗟にベッドの下に放り込まれ、どうにか難を逃れたというわけです」
ブラハムの説明を聞き、部隊が全滅した経緯を知ることができた。だが、不可解な点が多く、アスプリクが軽く手を挙げた。
「ブラハム、ちょっと聞きたいんだけど、獄犬が現れたんで警戒体制のまま、砦に待機していたのは分かったんだけどさ、実際に見た奴はいるの?」
「部隊内ではいないと思います」
「なら、でっち上げの可能性も出てくるね」
アスプリクの指摘に皆がハッとなった。ブラハムの報告が正しいのであれば、騒ぎの大元である獄犬の姿が確認されていない事であり、完全武装の兵士がうろついても怪しまれない方便として利用できるからだ。
「つまりだ、アスプリクが言いたいのは、怪物なんてどこにもいなくて、駐留部隊を消すための準備の時間稼ぎをしていたってことか。だが、それならわざわざ砦破壊なんて大掛かりな事をせずに、酒や料理に毒薬でも混ぜた方がよかったのでは?」
「サーディク兄、それじゃダメだ。術士はね、一般人よりも優れた感覚を持っている奴が結構いるんだ。僕みたいにね。だから、事前に毒を仕込んでも、見破られる可能性が高い。術士を仕留める最良の手段は、術を使われる前に倒すことさ。普通に酒や料理を振る舞って歓待し、油断したところを四方八方から大筒でドッカーンてのが真相じゃないかな?」
「なるほどな。その下準備をするための、偽の騒動というわけか」
サーディクはそれで納得したが、他の面々は半信半疑と言ったところであった。
結局のところ、決定的な証拠が一切なく、あくまで推測に過ぎないからだ。
(でも、それでいい。真相が分からないからこそ、多少突飛な意見であっても、真実味を帯びさせることはできる。ちょっと思考がブレてくれるだけでも今はいい)
疑惑の種を撒き、真実に到達するのを妨害するのが、アスプリクの狙いだ。
とにかく議論を引っ掻き回し、ヒーサ・ヒサコが到着するまでの時間を稼ぐ。それさえ成せばいいのであった。
そんな意見が百出する中、再び兵士が飛び込んできた。
「あ、最後の組だね。どうだった?」
実は、アスプリクは斥候を十組放っていたのだが、時間差を付けて帰還するように指示をしており、その最後の組が今入って来た兵士の組だったのだ。
「辺境伯軍が動きました。街道を塞ぐように防壁の構築を開始。こちらからの侵入を防ぐような体制を整えつつあります」
「おやおや、教団側の部隊を排除した途端にこれか・・・。うん、報告ご苦労さん。下がっていいよ」
兵士は敬礼して天幕から出ていくと、アスプリクは居並ぶ面々を見回した。
「やっぱ、僕の推察通りじゃないかな? 教団の部隊をまず殲滅し、それが終わったらから、きっちり防御を固めるって感じで」
「なら、ブラハムを解放した理由はなんだと?」
ブルザーの何気ない質問に、全員の視線がブラハムに集まった。こうして五体満足で無事に脱出できたということは二つに一つ。理由があって解放されたか、もしくはもうあちら側に寝返っているかだ。
「私が辺境伯領内にいたときは、これといって怪しい素振りはなかったのですが・・・。丁寧に治療も受けましたし、その後もケイカ村に大神官様が滞在しているので、報告に言った方がと・・・」
「待った! なんで、僕がケイカ村に来ていることを、辺境伯領の人間が知っているんだい!? 大慌てでケイカ村に来て、ブルザーやサーディク兄以外には伝令も出してないのに!」
「あ、そう言えば」
言われてみれば奇妙な話であり、誰しもがお互いの顔を見合わせた。
「あちらも、こっちの情報を仕入れる手段を持っていると考えるのが妥当だな。密かに斥候を放っていたか、もしくは内通者がいるか、だ」
ジェイクとしては、裏切り者がいるとは考えたくもなかったので、できれば前者であって欲しいとは思っていたが、可能性を無視して策を講じるわけにはいかず、敢えて口に出した。
当然、そうなると、疑われるのは三人しかいない。
「裏切り者がいるとすれば、それは僕か、アイク兄か、リーベってことだね。なにしろ、僕がケイカ村に居るのを初期段階で知っているのは、その三人なんだし。他の人だと、距離や時間的に難しい」
図々しいまでの裏切り者の言葉であったが、もちろん発言者自身が内通していようとは誰も考えてはいなかった。
「おいおい、アスプリク、私まで容疑者扱いか。それより、あちらが斥候を放っている方がまだ現実的ではないかな?」
「同感ですな」
当然、アイクもリーベも内通については否定した。身に覚えのない事であるし、大きなリスクを負ってまで謀反に加担する理由もないのだ。
「まあ、あくまで可能性の話だよ。僕も斥候を放っていたって可能性が高いと思う。それに付いては言い過ぎたかもしれない。謝るよ」
アスプリクは若干恐縮ぎみに答えたが、実際は少しでも疑心の種を撒いておきたかったのだ。あるいはそれが奇貨となって芽吹くことを期待しての指摘であった。
なにしろ、ヒーサからは事前に「最終的にはリーベに色々と押し付ける」と言い含められていたため、その“含み”の部分の種を蒔いておくための措置だ。
「それよりも、だ。僕が気掛かりなのはヒサコのことだ。ブラハム、ヒサコはまだアーソの地に留まっているんだろう?」
「はい。少なくとも、私がこちらに向けて出発する際には、見送りに出ていましたし、ほぼ間違いなくアーソに留まっているものかと」
「となると、人質に取られる可能性が大ではないか!」
アイクは思わず腰を浮かせ、焦りをあらわにしたが、そこは素早くジェイクが抑え込み、再び席に着かせた。
だが、そんな王子の焦る態度を、鼻で笑う者がいた。
「滑稽ですな。人質とは、その人物に価値があって初めて生じるものです。ヒサコなどという娘には、なんの価値もありません。よって、人質足り得ません」
きっぱりと言い切ったのはリーベであった。
リーベにしてみれば、鬱陶しい小娘が一人、敵中に取り残されただけであり、むしろ厄介払いできたと喝采の拍手を打ち鳴らしたい気分であった。
だが、そんな態度に激怒したのは、アイクとアスプリクであった。
「ヒサコはこの国一番の才女であり、シガラ公爵家の令嬢だぞ! それに対して、価値がないなどとはとんでもない暴言だ!」
「アイク殿下、あの娘は庶子なのですぞ。神の祝福を受けぬ者が一人二人死んだとて、何程のことがありましょうか」
「黙れ、リーベ。僕にとって、ヒーサ、ヒサコは生まれて初めてできた友達なんだ。それを愚弄する言動は許さない。二度と減らず口が叩けないように、その無駄に動く口を奇麗に溶接してやろうか!?」
アスプリクより放たれた怒気に、天幕が呼応するかのように波打った。
天幕内の空気がどんどん熱を帯び始めた。その白い指先には炎がほとばしり、本気で焼きを入れる気でいるのは明白であった。
「よせよせ、アスプリク! 天幕が燃えてしまう!」
隣に座っていたサーディクが燃え始めた妹を宥め、どうにか落ち着かせた。
「宰相閣下、いっそのこと、私の部隊を前進させ、辺境伯への示威行動に出ましょうか? 境界付近まで前進し、相手の出方を探るというのは?」
そう申し出たのは、ブルザーであった。弟リーベの失言をうやむやにしたいとの思惑が強かったが、それ以上に情報不足をどうにかしたいという考えが働いたからだ。
こうしてグダグダ会議を開いて実らぬ議論を続けておくより、相手を小突いて反応を見た方が余程有意義だと判断したためだ。
「僕はそれに反対だね! 示威行動自体には賛成だけど、それはヒーサが到着してからの方がいい。今集結している部隊に加えて、付近の領主からの兵員の提供もある。これにシガラ公爵軍も合流すれば、合計で一万に達する大軍となる。示威行動なら、大軍でやった方がいいと思うな」
「ですが、辺境伯軍に防備を固める時間的猶予を与えることにもなりかねませんぞ。牽制の意味を考えても、部隊は早めに境界線付近まで前進させるべきです」
アスプリクも、ブルザーも、自分の主張を譲らず、何度も持論をぶつけて相手をねじ伏せようとしたが、議論は平行線を辿った。
自然、判断は最高責任者である宰相のジェイクが負う事となり、皆の視線がジェイクに集まった。
ジェイクとしては妹の意見を採用してやりたかったが、ブルザーの意見も理に適ったものであり、判断が付きにくいところであった。
腕を組み、目を瞑り、あれこれ思考を巡らせていると、そこへ大きく天秤を揺らす一撃がアスプリクより加えられた。
「宰相閣下さぁ、はっきり言うと、ヒーサが到着するまでは待機でいいと思う。もし、下手の動いてヒサコに危害を加えられでもしたら、ヒーサ怒ると思うな~。少なくとも、ヒサコが人質に取られる可能性を大とした場合、ヒーサに聞いてから動いた方がいいんじゃない?」
「庶子の娘一人に、全軍が止まるなどあってはならないことですぞ!」
「リーベ、溶接するといったのが聞こえなかったのかい? 君らが前進してヒサコを人質にされても、構わず戦闘開始するから言っているんだ。もしそんなことがヒーサの耳に入って、しかもヒサコが命を落としてみろ、シガラ公爵軍の銃口が君らに向くぞ。もちろん、そうなった場合は、僕もヒーサに加担させてもらうから」
脅しではあるが、決して嘘とも言い切れない威圧感が、アスプリクからブルザーとリーベに向けられた。シガラ公爵軍だけならば負けるつもりなどないが、アスプリクが加わるとなると話が違ってくる。国一番の術士を相手にするには、それ相応の犠牲を強いられることを意味しており、とても割に合わない損害を被ることとなるであろう。
尻込みする二人を見て、ジェイクは閉じていた目を開き、決断した。
「このまま待機とする。シガラ公爵が到着した後、もう一度軍議を開き、以降の作戦を決定するものとする。ただし、敵の斥候が紛れ込む危険もあるので、警戒態勢を解かないように命じておく」
ジェイクがそう命じると、アスプリクとサーディクは頷いて応じ、ブルザーは渋々と言った感じでそれを了承した。
なにしろ、ジェイクはヒーサにアスプリクへの贖罪を怠った場合、謀反を起こすと堂々と真正面から宣言されていたのだ。見た目は穏やかな青年に見えて、その中身はとんでもない激情を抱えているのでないか、そう思わせる行動力を持ち合わせていた。
アスプリクのことを任せてしまっている以上、仲良くしておかねばならなかった。
なにより、今の状況が良くなかった。
もし、ヒサコが命を落としたなとどヒーサに知れたら、最悪そのままこちらに襲い掛かってくることが考えられた。つまり、アーソ辺境伯軍とシガラ公爵軍が前後から襲い掛かってくるという、かなり面倒な状況になるのだ。
しかも、アスプリクまでそうなった場合はヒーサに加担すると宣言された以上、戦力を真っ二つにされた状態で大混戦になる危険があった。
そんな危険を犯すのであれば、まずは様子を窺いつつ、ヒーサの到着を待って意見を吸い上げてから行動した方がマシと言うものであった。
(とにかく、万事慎重に。久しぶりの戦場だというのに、刃を交える前に神経の方が擦り切れそうだ)
ジルゴ帝国の蛮族相手の方がまだ気が楽だと漏らしたくなるジェイクであったが、宰相と言う立場上、迂闊なことは口にできないので、平静を装いつつ軍議の終了を宣言した。
ならばこれまでとばかりに、アスプリクがササッと立ち上がり、素早く天幕を出た。
(さて、これでヒーサに言われた仕事はこなしたかな。会議を引っ掻き回し、疑心の種を撒き、ヒーサの到着まで引き延ばす。状況は整ったし、さっさと来ておくれよ、心の友よ)
アスプリクは近付きつつある友の顔を思い浮かべつつ、その到着をまだかまだかと心待ちにした。
それはさておき、今は英気を養おうと、温泉に向かって少女は歩き始めた。戦が始まれば、のんびりできるのはだいぶ先になるであろうし、今のうちに英気を養っておかねばならないのだ。
なにしろ、これからヒーサが練りに練った惨劇が辺境伯領で繰り広げられ、その中心に自分がいるとも聞かされていたからだ。
少しずつだが、自分を縛り付けた鎖が外れ始めているのを少女は感じており、温泉に向かうその足取りは軽やかであった。
~ 第二十六話に続く ~
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