第十三話 備えよ! 早期臨戦態勢の構築は防衛の要!
城が襲撃を受けたとの報告を受け、ヤノシュはヒサコ、テア、ルル、アルベールを連れて大急ぎでアーソ辺境伯の城館に帰還した。
幸い、城壁などへの被害はなく、外側から見ただけでは被害を受けた印象はなかったが、父カインの執務室だけ見事に粉砕されており、やはり父が狙われたのだと確信した。
「黒犬が放った黒い砲弾が直撃してあの有様です。あれでカイン様が死んだとでも勘違いしたのか、去っていったのが不幸中の幸いでしたが」
実際にその場を見ていたアルベールからそう告げられ、やはり運が良かったと安堵した。
「まあ、その後、こっちが次に危なかったわけだが、ヒサコ殿に助けられたことは、こちらも幸運であったかな?」
「家宝の鍋の力であって、私は特に何もしていませんよ。カイン様、ヤノシュ様が揃って無事なのは、神よりの御加護の賜物ですよ」
ヒサコは笑顔でヤノシュの謝意に応えたが、それもすべては演技であった。
なにしろ、二人が助かったのは、ヒサコが黒犬を巧みな操り、襲われつつもどうにかこうにか生き残れるように演出した結果であるからだ。
神の御加護などではなく、悪役令嬢の掌の上で踊らされているだけであった。
それを感じさせないヒサコの手管や演技力は特筆すべきものがあったが、テアにはまだまだ疑問の残る行動が多々あった。
(そう、襲撃の一件でごたついているとはいえ、辺境伯領域内の戦力は健在。でも、王都や聖山ではすでにこの地方が謀反を企て、異端派と結託したという情報が入っているはず。しかも、すでに軍がこちらに向かって行軍中。どうやって凌ぐ気かしら?)
テアはヒサコの側にいるため、誰よりも見やすい位置にいるのだが、ヒサコは今回に限ってテアに作戦の全容を話してはいなかった。
今までの騙し討ちなどではなく、本気の戦になると考えていたため、状況の変化が目まぐるしく、話すだけ無駄だと言ったためだ。
「算多きは勝つ。まあ、見ていなさい」
これがヒサコがテアに述べた言葉であった。
孫子の兵法書に書かれた一節であるが、余程自信があるらしく、満面の笑みで言い放った。ゆえに、テアはそれ以上は聞かず、完全に見学モードに移っていたのだ。
(領主父子を暗殺未遂で警戒させつつ、それを救って恩を売り、まんまとより親密な状態に持っていった。あとは、謀反を起こしたという偽情報に釣られてやって来る討伐軍をどうにかして片付け、この辺境伯領を手にするはずだけど……。お願いだから穏便にね)
現在のところ、騙されている者は大量にいるが、死者はなし。だが、戦が始まれば被害なしとも言えなくなってくるであろうから、とにかく穏便に終わってくれることを、テアは願うばかりであった。
そして、その目の前で父子は互いの無事を確認し合うと、すぐにその顔は軍人のそれへと変わり、早速主だった顔触れに召集がかけられた。
もちろん、襲撃騒動から招集がかかることを予測していたため、ほんのわずかな時間で顔触れが揃い、会議室にて軍議が開かれた。
その軍議の席に、末席ながらヒサコが加わっていることに疑問を持つ者が当然いた。何しろ部外者であるから当然と言えば当然なのだが、事情はヤノシュが話した。
「……というわけで、ヒサコ殿には大いに恩義があり、しかも冠絶する智謀の持ち主だ。また、場合によってはシガラ公爵閣下やアイク殿下との渡りを付けてもらう必要が生じる可能性もある。ゆえに、出席をこちらからお願いしたのだ」
まだ疑問は残るものの、それでも主君がそのように認めたからにはよしとしよう。そう考えて、軍議は始まった。
「まず、警戒すべきはジルゴ帝国からの攻勢だ。白昼の暗殺という大胆の策を打ってきた以上、こちらの混乱を誘い、それから攻撃を仕掛けてくる可能性が高いと見ている」
このヤノシュの意見は皆も危惧することであった。ジルゴ帝国とは小競り合いが絶えず、それこそ月に一度くらいの頻度で境界付近で衝突が起こるのだ。
万を超すような大軍の襲撃はさすがに二年前の一件以来はないが、いよいよ来たかもしれないと全員の警戒感が高まってきていた。
ざわつく会議室の中、末席より突如として手が挙がった。ヒサコであった。
「末席より失礼いたします。まず肝要なのは、カイン様、ヤノシュ様の安全ではないでしょうか? 先程の黒犬もお二人を狙って動いていたのは明白です。無軌道に人を襲うような怪物の動きではなく、何者かの指示を受けてのものと推察いたします。よって、お二人は城内にお留まりあって、警護を厚くしておくべきかと具申いたします」
まずは二人の安全の確保を、というのがヒサコの意見であり、その点では周囲の者達も次々と賛意を示してくれた。
なにしろ、怪物は人を見れば襲い掛かってくるというのが、ほぼ常識となっていた。無論、知能がないのではなく、本能として人を襲い、時にその血肉を食らうのが怪物なのだ。
だが、皆が見ていたように、今回の黒犬は二人を殺すことが目的であるかのように動いているようにしか見えなかった。
不可思議な動きであり、とにかく慎重を期して二人には安全な場所を動かないで欲しい、と言うのがその場の意見として二人に向けられた。
「私は嫌だな。性に合わん」
「同じく」
なんと場の空気を考えず、当の二人から拒否の反応が飛び出した。
というのも、二人は性格的に陣頭に立って戦うことをよしとするタイプの将であった。突撃するときは先頭を突っ走り、自らの武勇によって敵陣を穿つ。そう言う戦い方をよくする武人であった。
いくら暗殺の危険があるからと言って、城に引き籠り、多数の兵士に警護されて過ごせなどと言うのは、二人の性格上かなり厳しいのだ。
当然、その場の面々としても大将と副将が揃って勇猛果敢であることは喜ばしい事であるが、それは時と場合によるのだ。堂々たる合戦などではなく、闇討ち不意討ちを得意とする怪物相手に、騎士の矜持など却って邪魔にしかならないのだ。
そんな渋る二人に際し、ここで再びヒサコが挙手した。
「では、第二案として、お二人を餌にして、刺客を誘い込むというのはどうでしょうか?」
いきなりの突飛な発言に周囲がざわめいた。何を言い出すんだと、視線がヒサコに集中し、明らかに難色を示す雰囲気で満たされた。
「先程の通り、お二人には城に籠っていただきますが、その警護に工夫を凝らします」
「具体的には?」
「相手は悪霊黒犬です。闇夜に紛れて、《影走り》でもされるのが一番厄介です。ですが、《影走り》は走り抜けるのに影が必要。よって、夜は門扉を閉じて跳ね橋を上げておくのは当然として、城壁上にも全方位を松明を焚いて取り囲み、影をなくすように配置します。が、その際に、わざと一ヵ所だけあえて影が残るように松明の配備位置に隙を生じさせます」
「なるほど。つまり、そのわざと隙のある箇所を設け、その先に網を張ろうというわけか」
カインは総大将を囮に使うというヒサコの大胆さに驚くも、その有用性を認めるところであった。
とにかく二人を城内にとどめ、きっちり警護しておきたいという家臣団の考えと、自ら戦場に赴いて敵を倒したいというカインとヤノシュの思惑を、丁度折半したような案であった。
大胆ではあるが、案外悪くない作戦かもしれない。周囲の口から漏れ出る言葉には、同意とも取れる内容が多く含まれており、ヒサコはいい反応だと満足そうに頷いた。
(孫子曰く、『囲師は欠く』よ。まあ、本来の用途は逃げる敵の退路を全て塞がず、窮鼠猫を噛む捨て身の反撃を防ぐ発想なのだけど、今回は相手を誘い込む攻撃的な発想。見えない暗殺者に怯え続けるより、誘い込んで始末する方向で進めたいでしょうよ)
見えない相手への恐怖、敵を倒したいという戦士の発想、主人を守りたいという忠義、それらすべてがヒサコの案を“是”とする思考へと進めていった。
「なにより、皆さん、お考え下さい。今回の襲撃はあくまで“前振り”の可能性があるという点を留意していただきたいです。お二人を暗殺、最低でも重傷を負わせて行動不能にしておき、防衛体制をグラつかせたところで大攻勢が起こったらどうなりましょうか? 二年前の不意討ち的な防衛戦のように、厳しい戦いを強いられることでしょう」
ヒサコのこの言葉には苦い経験を持っているその場の面々にとって、思い出したくもない厳しい戦いであった。どうにか撃退できたものの損害も大きく、その後の防衛方策にも大きな変更が加えられることになったほどだ。
あれがもう一度となると、さすがに鼻白む思いであった。
「ゆえに、敵部隊の先陣である黒犬を仕留め、敵の思惑を頓挫させれば、あわよくば今回の攻勢を諦める可能性もあります。まあ、そこまで都合よく行かずとも、やる価値は十分あると思われます」
それぞれの思惑を折半し、脅して、最後に希望を与える。ヒサコの巧みな話術と思考誘導により、さらに賛意へと傾いていった。
そこに別の人物が手を挙げた。列席していたアルベールであった。
「ヒサコ様のご意見はもっともであるが、いささか消極的過ぎではないでしょうか? 本格的に防衛戦を行うのはあくまで敵本体が到着してからなのだし、まずは刺客の始末にこそ注力すべきだ」
「そうですね。騎士アルベールの積極性も取り入れるべきでしょう。そこで、私の先程の提案にもう一手、付け加えさせていただきます」
アルベールからの意見具申を即座に自分の考えに組み込み、ヒサコは修正案を用意した。さて、どんな提案かと、皆がまたヒサコに注目した。
「基本的には先程と変わりませんが、追加の部隊を城外に配置します。城内にいるのが罠を張る部隊であるならば、場外にいるのは狩り立てる部隊です」
「狩り立てる部隊ですと?」
「はい。十数人規模の小隊をいくつか編成し、それを領内各所を巡回させるのです。黒犬と遭遇すればこれを討ち、部隊同士の連携を密にすれば、それも可能でしょう。また、罠に飛び込んだ際には、罠の口を塞ぎ、確実に網の中で仕留めれるよう展開します」
「なるほど、盾と槍の役目を分けようという発想か」
「はい。城が盾であり、同時に網だとすれば、城外の部隊は槍であり、閉じる紐となるのです」
ヒサコの追加案にアルベールも納得し、即座に賛意を示して拍手をした。
「ただ、これには一つ条件がございます。今回仕留める相手が物理攻撃が通用しにくい悪霊黒犬である以上、罠を張る部隊はもちろんのこと、城外の小隊にも各隊ごとに術士を最低一人ずつ配備しておく必要があるということです。本来ならばそのような贅沢な編成は不可能ですが、この辺境伯領でのみ可能な策でありましょう」
このヒサコの言葉に周囲の面々が色めき立った。ヒサコの発言は本来いないはずの大量の術士の存在をほのめかすものであり、外部の人間が知ってはならない秘密でもあったからだ。
中には帯びていた剣の柄に手を当てる者もおり、場が騒然となった。
「控えよ。ヒサコ殿は“こちら側”の者だ。また、新たにシガラ公爵を継承されたヒサコ殿の兄君ヒーサ閣下も同様である。今後はこっそりとだが連携していくつもりだ。色々とごたついて説明が遅れた件には詫びよう」
カインが素早く制し、ヒサコの立ち位置を説明したことで場は落ち着きを取り戻した。同時に武器を握ろうとした者は自身の軽率さを謝し、ヒサコに詫びのお辞儀をした。
と同時に、場は別の意味で熱を帯びた。なにしろ、今の今まで静かに進めていた教団への叛意を、外の有力な人物、それも三大諸侯に名を連ねるシガラ公爵も持っていることを知ることができたからだ。
是非にも連携を進めたい人物であり、その使者としての側面をヒサコが帯びていると知り、ますますヒサコへの好意的な態度を示すようになった。
もう会議当初のように、ヒサコへ疑惑を向ける感情は見事に霧散してしまった。
「そう言えば、カイン様、領内には教団からの派遣されてきた部隊がいるように伺っておりますが、今回の件にはどう動かされますか?」
ここで、ヒサコはさらに踏み込んだ話をカインにぶつけた。教団派遣の部隊の規模はもちろんのこと、どの程度の連携なら取れるのか、それを確認しておきたかったのだ。
「特に知らせてはおらん。それにヒサコの策を採用すると、本来いないはずの術士をあいつらに見られる危険もある。宛がっている砦と周辺の村落で待機と言う格好になるな」
つまり連携する気は全くないという事であり、カインにしてみれば所詮教団側の部隊は“厄介な居候”程度でしかないという認識なのだ。
(なら、始末してしまってもいいってことよね)
ヒサコの視点で見れば、領内の内側にいる教団側の部隊と言うのは邪魔な存在であった。
なにしろ、これから辺境伯領に攻め込んでくるのは、ジルゴ帝国からの“侵攻軍”ではなく、カンバー王国内からの“異端審問”の部隊であるからだ。
討伐軍との戦闘が始まった際に、余計な“異物”が内側にいては、自分が動いて盤面を操る際に邪魔になりかねない。早々にいなくなって欲しい部隊なのだ。
「では、教団との連携は考えず、身を窶している術士の方には兵士に扮した部隊に混ぜ込み、黒犬に備えるという認識でよろしいでしょうか?」
「そうだな。ヒサコ殿の案を採用するのであれば、そういうことになるかな。皆の者、他に意見や提案はあるだろうか?」
カインの問いかけに対し、出席者の面々からは細かい点での提案はあったが、防衛策の骨子はヒサコの案でおおむね進められることが決した。
ヒサコとしても、得られた領域内の情報は貴重であり、今後の策に大いに活用できそうだと、まず満足できる結果を得ることができた。
「それにしても、ヒサコ殿の献策、誠に感服いたしました。まだ齢十七とお若いのに、まるで戦歴を重ねた経験豊富な軍師かと思いましたぞ」
「まあ、お上手ですわね、ヤノシュ様。褒めても作戦の追加案しか出ませんわよ」
「おお、そうか。ならばもっと褒めておこう」
そこで場が笑いに包まれた。ヒサコの軽い冗談にヤノシュがこれまた軽いノリで返しので、ようやく場の緊張が解れたからだ。
周囲のにこやかな笑みには笑顔で返し、称する声には謙遜と冗談で応じ、ヒサコはまんまと辺境伯軍の客員参謀という地位を得た形となった。
そんな光景を、隅の方で控えて見ていたテアは、またかと言う思いで眺めていた。
(この作戦は絶対に失敗する。なにしろ、軍の頭脳である参謀と、刺客の飼い主が同一人物だもの)
兵の配置を把握できる立場に、暗殺者が紛れ込んだようなものである。あれこれ理由を付けて兵の配置を動かし、同時にそれに合わせて刺客を動かせば、盤面を引っ掻き回すのも実に簡単な作業となるであろう。
(さて、やり易くはなったでしょうけど、異端審問の討伐軍が迫っても来ている。どう情勢を動かすのかしらね)
テアとしては、魔王候補のアスプリクが今回の件にがっつり関わってきている点の方が気になっていた。
《六星派》は闇の神を奉じ、その堕とし子たる魔王の降臨を望む集団でもある。辺境伯領の異端派は教団への反発心から《六星派》に走っており、別に魔王復活などは望んでなどいない雰囲気が強かった。
しかし、《六星派》の司祭がアスプリクとの接触を持っていたことが分かっているため、どうしても警戒をせざるを得なかった。
(今回の作戦中に魔王復活ってなったら、どうする気かしらね。あなたが道楽に入れ込むのも、“手段は一任する”って取り決めがあるから放置しているけど、あくまでメインは魔王に関することだってのを忘れないでね)
テアの不安要素はその一点であり、相方が魔王のことなど忘れているのではないかと危惧していた。
そんな思いをよそに、事態はヒサコの思惑通りに進んでいくのであった。
~ 第十四話に続く ~
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