第五話 嵌められた宰相! 妹の復讐は傾国の策謀!
一触即発とはこういうことを言うのであろう。謁見の間で繰り広げられている王国宰相ジェイクと、枢機卿筆頭のロドリゲスのやり取りを見て、ヨハネスはそう思った。
もう両者の亀裂は決定的だ。王家と教団の対立は表面化し、いつ衝突してもおかしくない。そこまで事態が悪化してしまったのだ。
そもそものこじれた原因は、教団側の横暴さに起因しているが、それに気付くことすら今の教団幹部には厳しい。なにしろ、それが“当たり前”であったからだ。
ヨハネスにしてもそうだ。彼自身の性格が真面目であるのも理由ではあるが、前線勤務が長く、従軍神官として下級の兵士らと寝食を共にしてきたため、庶民の実情をよく把握してきた点が大きい。
ゆえに、教団も変わるべき点は変わるべきだと考えたが、そう考える者は少数派であり、枢機卿まで上り詰めてもその状況には変化がなかった。
嫌気がさして、王宮への出向を願い出てみれば、留守中に総本山の傾き方はさらに傾斜を増しているありさまであった。
(もう本当にどうしようもないな。徹底的にやらねばならんか)
空気が読めないのではなく、読む必要性がない。すべては神の御心のままにという自分達の都合の良い方便をまき散らし、それに従属させるのをよしとする腐った根性こそ修正すべきだと、ヨハネスも決意した。
だが、まずはこの重い空気をどうにかしなくてはと、爆発しそうな部屋の空気を吸い込みつつ、口を開いた。
「双方とも落ち着いてください。先程、シガラ公爵からの贈り物を目にしていないのですか? 藤の花の上に乗る五つの星。藤の花は数多の花が連なり、形を成す存在。他を思いやる優しさを以て連なり、その上に五種の杯を乗せてまとめ上げたるもの。連携、協調こそ、肝要ではありませんか!」
少々こじ付けがましいとも考えたが、とにかく双方が会話の切っ掛けを作るべきだと考え、先程の漆器を持ち出し、ヨハネスがまず切り込んだ。
これで沸騰しかけていた場の空気が少し和らぎ、ひとまずは落ち着きを取り戻した。
「では、ヨハネス殿はどのようにして、此度の一件を処理するのが良いと考えるのか?」
ロドリゲスは不機嫌さを隠そうともせず、あからさまに見下すような視線を質問を投げつけてきた。同輩に対しての非礼ではあるが、ヨハネスは気にせず話を続けた。
「私の意見は先程と変わりません。双方への程々の罰で収めるべきです。リーベ司祭は儀式の失敗とその後の処理に落ち度があり、ヒサコは司祭への暴行という落ち度がございます。罪としては後者の方が重いやもしれませんが、すでに断食行にて反省の意を示しており、更なる重罰はやり過ぎであると思います。なにより、今回の騒動で王家にも類が及んでいるということを考慮していただきたい」
なにしろ、現場にいた第一王子のアイクが危うく命を落としかけるという事態にまでなっていたのだ。それを無視しては、わざとではないにせよ、王家が教団に対して反感を抱くのも無理ない話であった。
また、アイクとヒサコが“婚約”しているという情報も、この場で新たにもたらされた。もし、ヒサコの処分を強行してしまえば、王家との関係修復など更に厳しくなってしまう。
ヨハネスの言う通り、もし穏便に片づけようとすれば、ヨハネスの意見を全面的に受け入れ、双方に程々の罰を与えて幕引きを図るしかないのだ。
場がざわめき、居並ぶ幹部が隣と顔を見合わせ、どうしたものかと言葉を交わし始めた。
珍しく普段は穏便に事態を納めようとするジェイクに凄まれ、困惑しているのは明らかであった。
ロドリゲスにしても、王家との関係を断ち切るつもりなど更々なかった。なんといっても、教団への最大の寄進者は、他でもなく王家であるからだ。
だが、議論はいきなり打ち切られた。神官が一人、慌てて会議室に飛び込んできたからだ。
「何事だ、騒々しい。人払い中だぞ」
入口に一番近くにいたヨハネスが、入って来た神官を窘めた。なにしろ、現在は国の行く末を左右しかねない重要な会合の真っ最中である。当然、邪魔が入らないように人払いを命じていた。
にもかかわらず、入って来た騒々しい神官を咎めるのは当然であった。
「申し訳もございません! ですが、火の大神官様より、火急の知らせがあると早馬が参ったのですが、そ、その内容が・・・」
どうやらシガラ公爵領に出向中のアスプリクからの知らせだと分かったのだが、神官の慌てぶりが尋常ではなかった。
ただならぬ雰囲気を感じたヨハネスは、視線をロドリゲスに向けた。
ロドリゲスもその雰囲気を察し、無言で頷いた。
「よかろう、その使い番を通せ」
許可を得たヨハネスは神官にそう命じると、急いで部屋を出ていき、程なくして埃や汗まみれの使者が入って来た。余程慌てて駆けつけてきたであろうことは、その姿から容易に見て取れた。
「それで、アスプリク殿は何と言って来た? 《六星派》の動向でも掴んだか?」
現在、アスプリクがシガラ公爵領に出向いているのは、二つの理由があった。
一つはヒーサが打ち出した新事業の補助であった。茶葉の温室栽培や漆器の作製などがそれであり、術士を配備してほしいと要請があったのだ。
これに際して、公爵家は多額の献金を教団側に差し出しており、またジェイクからの働きかけもあったため、出張の許可が出たのだ。
そして、もう一つは《六星派》の調査であった。
『シガラ公爵毒殺事件』において、異端宗派が暗躍して事を成したという情報が入っており、これは軽視できないとの空気が教団上層部には起きていた。その調査を行う必要があり、事業支援の件もあったので、アスプリクをシガラ公爵領に派遣することが決まったと言ってもよい。
なお、実はアスプリクこそが《六星派》と繋がっているのであって、調査など初めからやるつもりがなかったのは、この場の誰も知らない事であった。
使い番は居並ぶ顔触れに恐縮しながらも呼吸を整え、そして、特大の爆弾発言を投げつけた。
「火の大神官様からのご報告を申し上げます! アーソ辺境伯カインに不穏の動きあり! また辺境伯は《六星派》と繋がっている可能性大である、と!」
「「なにぃ!」」
その場にいた全員から驚愕の声が飛び出した。
よもやの最重要の緊要地の領主が謀反を企み、しかも異端派の触手が伸びていたなど、思いもよらなかったのだ。
だが、そんな空気の中でただ一人、顔面蒼白になる者がいた。そして、それをロドリゲスは見逃すことはなかった。
「どういうことですかな、宰相殿!」
「待て! この件は何も知らん!」
「嘘はよろしくありませんな! たしか、あなたの奥方は辺境伯カインの娘でありましょうに!」
ロドリゲスの言葉にそのことへ皆が思い至り、一斉に視線がジェイクに向いた。
ジェイクの妻クレミアはアーソ辺境伯領の出身で、領主のカインの娘であった。
ジェイクは病弱な父や兄に代わり、政治に軍事に忙しなく働き、色恋沙汰とは縁のない生活を送って来た。そんな中で兄アイクがいよいよ隠棲し、自身が宰相に任命されて次期国王に指名されると、いつまでも配偶者なしというのもよくないということで、周囲があちこちから縁談を持ち込むも、結局どれも乗り気にならなかった。
そうこう年月が流れていき、いい女性はいないものかと自分も悩み始めていた時に、カインに連れられて王都にやって来たクレミアに出会い、たちまち恋に落ちたのであった。
武家の娘らしく気は強いが、理知的で文武に通じる才女であり、二人の間は急速に深まってとうとう結ばれた。上流階級では珍しい恋愛結婚であり、三カ月前には娘も授かっていた。
「待て! 妻は無関係だ!」
「無関係も何も、父が謀反を企て、何も知らぬとでも?」
一度生じた疑念は払拭し難く、先程の激論の熱が悪い方向に作用して、ジェイクに向ける感情が一挙に悪化した。
「真なる言葉を聞き分ける耳よ、篤き神の恩寵を以て、我が肉体に舞い降りよ」
これはマズいと判断したヨハネスは《真実の耳》を発動した。耳に入って来た言葉が嘘であった場合、即座に真贋を調べれるという術式であった。
「宰相閣下、質問いたします。アーソ辺境伯の謀反、あなたはご存じでしたか?」
「知らない」
「では、奥方がそれを知っていた可能性は?」
「ないはずだ」
「シガラ公爵の結婚披露宴において、辺境伯も王都に参られていたはずですが、その際に何か変異は気付かれましたか?」
「全くない。妻は出産して娘もいたし、大事を取って宴には出ていない。我が屋敷にて父娘は会っていたが、その際は私も同席しており、怪しい素振りも会話も一切なかった」
「では、次に・・・」
ヨハネスは思いつく限りの質問を次々と重ね、ジェイクもまたそれに対して誠実に答えた。
術式を用いた尋問はある意味屈辱ではあったが、潔白を証明するためにはやむを得ず、ジェイクは大人しくそれに従い、ヨハネスの質問に応じ続けた。
「・・・どれも真実のようです。嘘の答弁は一切なし。清々しいまでに、宰相閣下は白です」
数々の質問を終えたヨハネスはきっぱりと断言した。
無論、ヨハネスが嘘をついていればそれまでなのだが、目の前の同輩が嘘をつくような性格でないことは重々承知しているので、ひとまず一同はジェイクへの疑いは隅へと追いやった。
「それで、アスプリク殿はどうすると言っていた?」
ヨハネスは跪いたままであった使い番に質問した。
「ハッ、大神官様は動かせるだけの手勢を率い、ケイカ村へと急行されました。あそこを万が一にも押さえられたら状況がややこしくなるから、と」
ケイカ村は国内一の高級温泉村であり、国中から貴族や富豪が集まる一大リゾート地であった。当然、滞在する客層は身分の高い者ばかりだ。
しかも、現在は代官として第一王子のアイクが赴任している。
もし、村が強襲され、住人や滞在者が捕虜になった場合、強烈な交渉カードを相手に渡すような状態となってしまう。アーソとケイカはそれほど離れていないため、その可能性は十分にあった。
それを未然に防ぐ意味として、現場に急行するのは正しい選択と言える。
「それともう一点。シガラ公爵様もすでに自軍に召集をかけております」
「ほう、そちらも動きが早いな」
「それが、公爵様の妹君が辺境伯に招かれてケイカ村を出立し、アーソに滞在しているからだ、と」
「なんだと!?」
つまり、敵中のど真ん中に妹が滞在していて、気が気でないというわけだ。行動が迅速なのも頷けると誰しもが思った。
「なるほど、それでは公爵も気苦労が多い事だろうな。報告ご苦労だった。下がってよいぞ」
ヨハネスは使い番に下がるように命じると、使い番は深々頭を下げ、部屋を出ていった。そして、扉が閉まるのを確認してから、ヨハネスは再びロドリゲスの方を振り向いた。
「よもやの事態が発生してしまいましたが、今回の議題は一時保留といたしましょう。なにしろ、当事者が最悪人質になって、処遇云々など論じれなくなりますから」
ヨハネスとしては、ひとまず時間稼ぎがしておきたかった。今の状態では頭に血が上った状態であり、感情論に終始して議論どころではないからだ。
なにより、目の前の問題に集中し、余計な議論に労力も時間も割きたくなかったのだ。
「やむを得ないか。今回の話は一時保留とするべきだと思うが、皆はどうか?」
ロドリゲスは周囲を見渡しながら尋ねると、居並ぶ面々もそれに同調数るように頷いて応じた。発生した事態の大きさに、さすがに危機感を覚えた様子であった。
「それで、宰相殿、辺境伯の件はどういたしますか?」
ロドリゲスは相変わらず高圧的な態度を続けたが、事態をさっさと沈静化したいということに関してはジェイクも考えが一致しており、感情を押し殺して問題に意識を集中させた。
「アスプ、・・・火の大神官殿が現場に急行されたので、要人を人質に取られるという最悪の事態は避けられましょうが、まずは急いで兵力を整えましょう。辺境伯の兵は精鋭揃い。下手な数では、逆に餌食にされることでしょう」
「同意見だ。どの程度の兵を集める?」
「辺境伯の兵は総動員でおよそ三千。最低でも倍の六千、できれば一万を揃えておきたいところです。シガラ公爵は兵を招集しても総動員とは参りませんでしょうし、移動の速度を考えますと、軽装の部隊を用意するでしょう。これがおそらく、二、三千ほどになりましょう。次に、近場の国境には弟のサーディクがおります。そこの兵も抽出して千名ほどは出せるはずです。あと、セティ公爵も場所的には近いので、招集に応じてくれましょう。これでさらに三、四千」
ジェイクの口からこうしてスラスラ数字が出てくるあたり、さすがだとヨハネスは感心した。国政全般を統括し、内政にも軍事にも明るい稀有な存在だと、改めに再認識させられた。
「丁度、郊外の演習場にて、王都防衛用の第三連隊が練兵で集結しておりますし、これに私の私兵も加えて、二千程度にはなるはずです。それらを率いて、私も現場に向かいます。どのみち、事後処理で多少は居座ることになりますし。それに・・・」
「それに?」
「もう何年振りになるか、兄弟四人が久しぶりに顔を揃えることになりますからね。内紛の鎮圧と言う名目でなければ、なおよかったのですが」
もう五年以上は顔を揃えたことのない、王子三人王女一人が一緒の空間に揃うことになるのだ。懐かしいものだと、ジェイクはしみじみとかつてのことを思い浮かべた。
長男のアイクは病弱で、ケイカ村に引き籠っているし、三男のサーディクは軍人として前線勤務が長い。末子のアスプリクも神官としてあちこち駆け回っていた。王都で執務に忙殺されているジェイクとしては、たまに王都に戻って来たそれぞれに顔を合わせる程度で、四人揃うことなどまずなかった。
互いに理由や職務があるとはいえ、少し寂しい気分であった。
特に、妹のアスプリクに対しては、大きな負債があると思っているので、吹っ切れた今こそちゃんと話し合う機会を持つべきだと考えていた。
「では、こちらも準備がありますので、本日はこれで失礼いたします」
ジェイクは法王に向かって恭しく頭を下げ、ジュリアスも無言で頷いて見送った。
「ただし、一つだけ、皆様に申し上げておきたい事があります。本日、この場にて発しました私の発言は、一言一句訂正も削除もするつもりがない、ということは覚えておいていただきたい」
ヒサコの助命、さらに言えば王家のメンツの問題として絶対に譲らない、何が何でもやらせてもらう、その明確な意思表示であった。
ジェイクは身を翻し、扉に向かって歩き出した。頭の中ではすでにいくつものやるべきことが思考され、作戦や手順が次々と組まれていった。
しかしこの時、ジェイクも教団幹部も二つの事柄を失念していた。辺境伯の謀反とそれに連動した《六星派》の動向という大事に目を奪われ、思考から抜け落ちていたのだ。
一つ目は、なぜシガラ公爵領にいるはずのアスプリクが、遠地のアーソ辺境伯領の情勢を正確に知ることができたという点。
もう一つは、アスプリクとヒーサの動きがあまりにも速過ぎたという点。
もし、この二点の疑問を冷静になって考えれば、“アスプリクの作り話”という結論に至ったかもしれない。だが、それを誰も考えなかった。
それはアスプリクへの信用度であった。
アスプリクは無礼な口を叩くし、悪態も付く。態度としては躾の悪い不良娘なのだが、仕事に関しては嫌々ながらもきっちりこなしてきた。
ゆえに、今回も《六星派》の情勢を探っている間に、アーソ辺境伯の件を知ることとなり、急いで現場に急行した、という認識に誰もが至ったのだ。
ジェイクにしても、必死で妹に詫びを入れようと動いている最中に、当のアスプリクを疑うなどと言うことなどできなかった。
だからこそ、全員が“アスプリクの作り話”に騙されたのだ。
かつてのアスプリクと、今のアスプリクには決定的な違いがあった。それは生まれて初めての“共犯者”が現れたということだ。
ヒーサはジェイクとの約束をきっちりと守った。アスプリクと仲良くしてやってくれ、相手をしてやってくれ、と。
だが、それは国にとっては最悪の組み合わせとなった。二人は仲良く手を繋ぎ、すべてをひっくり返すための策謀を巡らせ、ついに動き出したのだ。
かつてやってしまった妹への贖罪に動く兄の気持ちは、ついに届くことなく最悪の結果として世に送り出されようとしていた。
しかし、当のジェイクはそのことにまだ気付いてはいなかった。
~ 第六話に続く ~
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