第二話 収奪! 切り取り御免の辺境伯領!
「ねえ、いくつか聞いてもいいかしら?」
街道を行く馬車の御者台から、馬の手綱を握るテアが荷馬車の中を振り向き、中で寝転がっているヒサコに視線を向けた。
ケイカ村では色々とあったが、向かうアーソ辺境伯領への道程は平和そのもので、時々すれ違う旅人や行商、地元の農夫ばかりで、盗賊の類は全く出てこなかった。
テアはすれ違う人に笑顔で挨拶しつつ、その度に鼻の下を伸ばす男共にうんざりしていた。
緑の髪は時折吹き抜ける風にさらさらと流され、陽光を受けて輝くその姿は、抑え込んでも女神としての雰囲気を出してしまうのだが、ヒサコにしてみればそれは未熟の表れに過ぎない。
自分のような演技をきっちり身に付けねば、いずれ面倒事になるだろうと思っていたが、それはそれで面白そうだからと特に注意を促してはいなかった。
「なにかしら、“共犯者”?」
馬車の操作はテアに任せており、ヒサコは荷台の上で背にもたれかかりながら、静かに瞑想していた。
しかし、瞑想と言うよりかは操作と言った方が適切だと、テアは知っていた。
現在、ヒサコこと松永久秀は様々なスキルを併用している。《性転換》と《投影》と《手懐ける者》がそれだ。
一応、ヒーサの方が本来の体ではあるのだが、《性転換》を用いて兄妹の一人二役をこなし、本体とは違う方の性別を《投影》を用いて生み出して遠隔操作していた。遠隔操作の精度向上のため、《手懐ける者》で自分自身を支配下に置き、より滑らかな動きを再現していた。
なお、《手懐ける者》の保有枠は二つ存在し、一つは分身体の操作精度向上に用いているが、もう一つには馬車を引いている黒馬に使っていた。
その巨大な黒毛の輓馬は悪霊黒犬と呼ばれる怪物であった。実体と幽体を交互に切り替えることができ、術士がいなければ対処が難しい存在で、狙いを定められたらまず死を覚悟しなければならないほどの難敵だ。
しかし、ヒサコはこれを“鍋”の力を用いて退治し、見事に手懐けることに成功した。
平時は移動に用い、いざとなれば用心棒として使うつもりではいるが、黒犬を操作しているところを見られてはさすがに色々と不都合であるため、使いどころに難儀していた。
なお、この用心棒を自身の愛器であった『九十九髪茄子茶入』からとって、“つくもん”と名付けて可愛がっていた。
「これから向かうアーソ辺境伯領なんだけど、本気で討滅する気なの?」
現状、テアの最大の関心事はその点であった。
火の大神官アスプリク経由の情報ではあるが、領主たるカインは《六星派》と繋がっており、領内には多数の関係者が流入して、実質異端派の溜まり場となっているのだそうだ。
しかし、ヒサコこと松永久秀はそれを討滅して、第一王子のアイクに後釜に据えると宣言していた。
《五星教》との対決前に、自勢力を削ぐような真似をするのはいかがなものか、というのがテアの持っている疑問なのだ。
「討滅する気満々なのは本当よ。でも、実際にどうするかはまだ未定。まずは情報収集ね」
大胆かつ無軌道に見えて、ヒサコはかなり慎重な性格をしていた。激情任せに動いたのは、それこそケイカ村で司祭リーベを半殺しにした一件のみだ。
しかも、その件すら逆用し、危機的状況をスルリと抜け、逆に好機へと作り変えてしまった。敵が増えたのは間違いないが、味方(と先方が勘違いしてくれている)もかなり増えたため、結果としては収支がプラスとなっていた。
騒乱の種も蒔けたので、首尾は想定以上に上々であった。
「情報収集って言うけどさ、具体的には何を調べたいの?」
「最優先は、ネヴァ評議国の事よ。とにかく、国境の向こう側の情報が少なすぎる。“茶の木”を手にするには、情報を握っているカインの協力が必要不可欠!」
「なお、その辺境伯をぶっ飛ばすと宣言している模様」
「安心して。そういう状況になったら、苦しまないようにサクッと殺してあげるから」
「控えめに言って、クズだわ」
欲しいものは物でも土地でも全部貰う。殺してでも奪い取る姿勢は相変わらずだと、テアは相方の所業にはため息を吐かざるを得なかった。
「あと、辺境伯内の状況確認ね。異端派の溜まり場になってるのなら、総人口の内、割合的にどれほどの異端者が含まれていて、どういった偽装が施されているのか、実に興味があるわ」
「ああ、そっか。新事業の人手集めとして、異端派の流入も考えているんだっけ」
「そうそう。それによっては、公爵領の経営方針に修正を加えたり、あるいは隠れ里的なものを作る必要があるわ。そうしたことを踏まえて、辺境伯領の運営状況の把握は必須よ」
現状、勢力としては《五星教》に与する側が圧倒的に多い。高圧的な教団に嫌気がさしている者も多いが、かと言って真っ向から反抗する者は少ない。
少ないからこそ、異端派は隠れ潜み、ひっそりと暮らしているのだ。
その実数の把握は不可能だ。潜んでいる者同士の連絡手段などないに等しく、小集団がバラバラに存在しているだけだとヒサコは考えていた。
あるいは、取りまとめる者が存在し、上手く繋ぎを付けているかもしれないが、その情報はヒサコの手元には存在しない。そこも含めて、辺境伯領での情報収集が必要なのだ。
「そういや、カインには息子がいるんだったわよね?」
「ええ。王都で初顔合わせの時に聞いたわ。フフッ、まずは自分の後妻にならないかって誘ってきて、さすがに五十男はちょっとって断ったら、では息子の方にって返してきたからね。年齢は聞いてなかったけど、結婚適齢期の男児がいるんでしょうね」
「その人との婚儀は考えているの?」
「一つの道筋としてはね。ただ、条件としては辺境伯領が公爵家の制御下に置ければ、ってこと。とにかくあの緊要地の摂取は絶対条件の一つよ」
アーソ辺境伯領はネヴァ評議国とジルゴ帝国、両国との国境の交差点に位置し、長らく侵攻を企図する帝国側との係争点となっていた。
それゆえに、兵は戦慣れした精鋭揃いであり、その指揮官たるアーソ辺境伯家も武門の家柄としてその名を轟かせている。
無傷で手に入れるのが最良であるが、一筋縄ではいかない相手であるとも認識しており、どうやって油断を誘って寝首を掻くか、ヒサコにとっては思案のしどころであった。
「結局、討滅して、空白地帯にアイクを押し込み、そこに私が妻として乗り込むってのが、一番手っ取り早いと思っているわ」
「上手くいくといいわね。てか、魔王の件は忘れてないでしょうね? ネヴァ評議国に出掛けている間に、いきなり襲われましたじゃ全部おじゃんよ」
「そりゃまあ、そちらのと契約もあるからね」
趣味の数寄や国盗りに全力を注いでいるように見えて、女神との契約もきっちりこなす律義な一面も、戦国の梟雄にはあった。
第二の人生を楽しむ機会を得ることができたので、そうした意味での返礼はちゃんとやるのであった。
もっとも、魔王候補のアスプリクとマークは現在、シガラ公爵領に逗留しており、分身体を介して注意は払っていた。
「まあ、いざとなればスキル《入替》で戻れるし、そのときはそのときよ」
「荷物がおじゃんになるからやりたくはないんでしょ?」
「そりゃね。ただ、そうなった場合、そこの“鍋”だけは絶対に持って帰るから、女神様はそれを絶対に手の届く場所に置いておくこと。いいわね?」
ヒサコの目にはピカピカに輝くステンレス製の鍋が映っていた。
本来は本当にただのステンレス鍋であったのだが、わざわざ《不捨礼子》と銘を付けたことにより、女神が無意識に混ぜ込んだ性能が現れ、実質的に神造法具となってしまったのだ。
本来は持ち込み禁止のアイテムであるが、異世界に飛ばされる際にただの鍋と認識されてすり抜けバグが発生したのではと、テアは睨んでいた。
ただ、上位存在から特に何の反応もないので、そのまま続行ということだろうと認識していた。
(まあ、試験中の規定変更が難しくて、すり抜けバグの修正をしないって決めたのかな? にしても、没収もなしに続行とか、今回の試験監督はユルユルなのかも)
前向きにそう判断しつつ、テアは手を伸ばしてその鍋を掴んだ。
「しっかしまあ、自分で作っておいて、よくまあこんな道具になったものだと感心するわ」
コンコンと軽く拳で叩き、その出来栄えの良さに今更ながら感心した。
「複合的にスキルが付与されてるんだっけ?」
「そうそう。《焦げ付き防止》とかは鍋なら持ってて便利な機能でしょうけど、《形状記憶》はどんな損傷でもみるみるうちに元に戻る優れもの。他に《聖属性付与》に《闇属性吸収》、これがあるから黒犬に攻撃当てたり、あるいは防いだりできたのよね」
「ヒヒィ~ン」
ちょっと昔の痛い思い出を呼び起こされ、黒い馬に擬態しているつくもんは嘶いた。なにしろ、鍋の一撃で顎を砕かれ、その後も何度も瀕死になるまで殴られ続けたのである。
脳裏にこびり付いた痛みの記憶は、そう簡単には落ちないものだ。
「そういえば、《合成術の祭具》とか言うのも備わってるってきいたけど、それはなに?」
「読んで字のごとく、異なる系統の術式を合成して、撃ち出す道具よ。本来は相性の良い術士同士が術を練り合わせて撃ち出すんだけど、その相性や微妙な調整を無視して合成した術を使えるようになる。ある意味ぶっ壊れ性能だわ」
「へ~。なら、魔王候補二人の術式も合成できるってことか」
ヒサコの周囲にいる腕のいい術士と言えば、まず思い浮かぶのがアスプリクとマークである。
どちらかと言うと、汎用性の高い地属性の得意なマークの術式の方が好みなのだが、アスプリクの大火力も捨て難い。そうヒサコは考えていた。
「あの二人の術式を最大出力で合成したら、地と火だから、火山の噴火、溶岩の海ってところかしら」
「ほほ~う、そりゃいい事聞いた」
「あ、やべ。余計な知識を与えてしまった」
テアはついうっかり惨劇を生み出す手法を、相方に伝授してしまったことを後悔した。なにしろ、相方の頭の中には“躊躇”という言葉がない。人道的にどうこうだとかという発想がないのだ。なにしろ、今のヒサコはそうした“悪徳”を背負い込むために生み出された架空の人物であり、ヒーサの名声が傷つかないようにするためのスケープゴートでしかないからだ。
悪名上等。ゆえに、どんな手段すら許容できてしまうのだ。
「そ、それよりさ、出力絞って使った方が、あなたのためになると思うわよ!」
天変地異のことを忘れてもらおうと、テアは必至の話題逸らしに出た。
「ええっとね、茶の木の促成栽培、温室栽培するとなると、適度な“地熱”が必要だと思うのよね。だから、出力を絞った火属性と地属性の術式を合成すれば、理想的な空間を作れると思うの」
「ほほう、それは魅力なお話」
テアの思惑通り、ヒサコは話に乗ってきた。お茶に関することなら、すんなり話に乗ってくるので、そういう意味ではやり易かった。
「つまり、大地の力を茶の木に吸わせつつ、地中の熱で空気も温めて、栽培適温を維持するの。魔力による肥料と、保温による最適温度の維持、これで茶栽培は目途が立つと思う。あとは、常駐術式の魔法陣を組み、魔力源さえ確保すれば、茶の温室栽培は完成よ」
「素晴らしい、素晴らしいわよ!」
ついに見えてきた茶栽培に、ヒサコは恍惚とした表情で天を仰いだ。
「ありがとう、鍋の神様!」
「そんな神、いないわよ! てか、私の事か!?」
なにしろ、《不捨礼子》の制作者は自分自身なのだ。意図して乗せたスキルではないとはいえ、とんでもない物を作り、しかも異世界に持ち込んでしまったと後悔した。
どう考えても、たった一つの鍋が世界情勢に影響を与えかねないからだ。
(温室栽培なんて、この世界の文化レベルじゃ、反則級の技術よ。まさかとは思ってたけど、こんな鍋一つで実現の可能性が出てくるとは!)
ウキウキ気分の相方を見ながら、テアは冷や汗をかいた。
何度もやって来た異世界巡りと魔王討伐ではあるが、今回は本当に異例だらけの出来事ばかりが目白押しであり、しかもその状況を心ゆくまで楽しんでいる相方のおまけ付きだ。
「さあ、つくもん、突っ走るわよ! 目指すはアーソ辺境伯領! お茶があたしを待っている!」
「お茶があるのは、その先のネヴァ評議国よ」
「ハッハッハッ、そうだったわね! とにかく、前に向かって突っ走れぇ~!」
主人の命に従い、黒馬は足を速めて、馬車がゴトガタとさらに勢いよく走り出した。
もうヒサコの頭の中には、アイクが作った筒茶碗に注がれたお茶が、漆器のお盆で運ばれてくる風景が頭の中に浮かんでいた。
そう遠くない未来、それが実現するであろうことを一片の疑いもなく、二人と一頭は街道を勢いよく突き進むのであった。
~ 第三話に続く ~
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