アサルト・ボーダー決勝戦③
ドォンと巨大な魔法が衝突した音は競技場全体に響き渡り、巻き上がる魔素が戦いの激しさを物語る。
張り詰めた空気の中、東京校と名古屋校の本隊は一触即発の場面を迎えていた。
距離にして50mほど。だが、魔法使いの戦いにおいて距離の有無は問題ではない。ましてや障害物も起伏もない場である。搦手や隠し玉も通用しにくい場面での力と力の勝負。強い方が勝つというシンプルな状況はまさに決勝戦に相応しい。
「さて、どうしようか。結城君が離脱して残り5人。先にポイントを抑えにいくかい? それとも——」
本来の作戦なら、大阪校戦と同じように蒼真のバックアップに遥人が着き、2人がかりで刹那を足止めしているうちにポイントを稼ぐ予定だった。しかし圧倒的なスピードで彼は刹那に連れ去られてしまった。すぐに追いかけるにしても、油断ならない名古屋校チームに背中を見せるのは極めて危険であるし、追いかけても刹那の速度に追いつける保証はない。速さの面では完全に刹那は遥人を上回っていた。
だが、良い誤算もあった。一彦と遥人の想定以上に蒼真が刹那と互角にやり合っていたことだ。彼が力の全容を見せなかったことが、良くも悪くも働いたのだ。
そしてここからは各々が臨機応変に動かなければならない。蒼真と刹那が戦うことは彼らの間だけの問題なのであって、東京校としては優勝するために力を尽くさなければならない。
「俺が美鳥を何とかしよう。ポイントは4人で奪ってきてくれ」
「待ってください! 先輩は大将なんですから、前線に出る必要はありません。俺に行かせてください!」
「不知火君……君は赤木君が負けると思っているのかい?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、回避できるリスクにわざわざ突っ込んでいくような真似をするのはどうかと思います」
「それを君が言うとはねぇ。何でも猪突猛進で向かっていきそうな君が」
「雑談もそのくらいにしておけ」
炎珠と遥人がヒートアップしてきたところで、一彦は待ったをかけた。決勝戦という舞台で誰もが気持ちが高揚する中、1人冷静さを保っている。
「ともかくだ。結城が雷電に勝ったならそれで終わりだ。だが、負けてしまえば雷電は美鳥と組んで俺を倒しにくるだろう。そうなれば俺に勝ち筋は無い」
準決勝で蒼真が岳に勝ったとはいえ、刹那との対戦は蒼真に分が悪いと一彦は考えていた。
彼はこの試合で勝つためには、どうにかポイントの優位を保ったまま制限時間まで粘る戦法を取るしかないと想定していた。
「だからその前に対処する。離れて行った雷電が、ここへ戻ってくる前に。あのスピードなら、いつ誰の前に現れてもおかしくはない。各々が最高速で最適解を選べ」
チームメンバーにそう言い残すと、一彦は魔力を高めながらまだ動きを見せない名古屋校チームへと歩み出した。
その背中には、まだ一彦の加勢をしたがる炎珠ですら有無を言わせず自分の役割を果たせと言わんばかりの迫力を見せつけていた。
腕を振るい、全身に炎を纏う。一筋の火球が敵陣地に飛び込むと、名古屋校チームは散り散りに去って行く。
ただ一人を残して。
「美鳥……」
「手加減は無しでいいのよね、赤木君?」
炎を駆使する一彦に対し、玄之介の周囲の土が盛り上がり、盾が形成される。
「お前が今まで俺に勝ったことがあったか?」
突進の勢いそのままに、一彦は土の山を崩しながら前進して行く。が、途中でピタリと足が止まる。
一彦は、いつの間にか地中から伸びる蔦に足を絡め取られていた。
「変わらないな、お前の魔法は」
「赤木君こそ。昔から苦手だったのよ、あなたの魔法」
玄之介は再び土の壁を作り出すと、壁面から無数の蔦がまるで意思を持った蛇のように一彦に襲いかかる。
同時に足に絡みついていた蔦も胴まで伸び、体を完全に拘束する。
炎の上から大量の蔦で覆い隠すことで、一彦の魔法を鎮火してしまった。
「これでもう身動きは取れないわね。あとはじっくりと楽しんであげるわ」
「……一度捕えたからといって、勝った気になるなよ」
一彦の胸に炎が宿る。火属性魔法、「赤焔装衣」は彼の得意魔法。その威力は四月の東京校襲撃事件で証明済みである。
全身に炎を纏い、攻防一体の鎧となる。しかしその炎は蔦に流れて地面に吸い込まれていった。
「焼き切れないか」
「残念だけど、私も少しは進化してるのよ。昔は実際の植物をベースにしてたから、幼いあなたの魔法でも簡単に燃え尽きてしまった。でも、今は違う。魔力を核にした、火では燃えない蔦の鞭よ」
「それに、俺の魔力も少しずつ吸いとる機能付きってわけか」
一彦の魔力を吸収した蔦は、ツルツルとした表面からイバラの棘を生やし、彼の体に食い込んでいく。細かい傷が肌が露出した場所にでき、流れ出した血を吸って、真っ赤な花が咲く。
「どう? 綺麗でしょう。まるでアタシみたい」
「ああ、性格の悪さが滲み出ているな」
「あら、そんな事言っちゃっていいのかしら。あなたはもう私の掌の上だっていうのに」
さらに締め付けが強くなる。
しかし、一彦の鉄仮面の表情は変わらない。
「俺一人に時間を割いていていいのか? 東京校の残りのメンバーなら、すぐにポイントを取り切るぞ」
「問題ないわよ。どうせ刹那ちゃんが戻ってきたら取り返せるんだから。蒼真ちゃんも岳ちゃんには勝てたみたいだけど、ジャイアントキリングはそう何度も起こらないわ。『七元素』って、そういうものだから」
「わからんぞ。あいつはなかなか見どころがある。もしかしたら、こちら側かもしれん」
「考えすぎよ。それよりも、今はアタシとの遊びに集中しなさい」
魔力を吸い、咲き乱れる赤い花。玄之介がその一輪に触れると、花は魔素を放出して消えて行く。
「大した魔力量ね。流石というべきかしら? それに、かなりキツく絞めているはずなのに顔色ひとつ変えないなんて」
大量の蔦が密集し、一人の人間を縛っているその密度は凄まじく、玄之介が軽く叩いてみるとコンコンと木の板でも叩いているかのような音が鳴る。
「鍛え方が違うからな。それに、あまり後輩にばかり活躍させるわけにはいかないんでな」
ミシミシと蔦が軋む音が鳴り始める。皮膚にイバラがさらに食い込み、蔦だけでなく地面も赤く染まりだす。
「な、何よ。魔力は吸い取って、火属性魔法も防ぎ切ってるはずじゃない!」
「言っただろう。鍛え方が違うと」
動き出した一彦の力に耐えきれず、ブチッと弾けるように蔦が捻じ切れる。
絡みついた蔦を根本から引き抜き、引き摺りながら玄之介へと詰め寄った。
「何よそれ! そんな筋肉ダルマだった覚えはないわ!」
飛行魔法で緊急回避をしながら土の壁を何枚も張り巡らせて逃げる玄之介を、容赦なく追い詰める。
「もう時間稼ぎはできんぞ」
一彦の流れた血が燃え上がる。血を媒介にした魔法、「血燃」が周囲を焼き尽くし、玄之介の逃走ルートを塞ぐ。
「これで終わりだ」
「はぁ、またこうなるのね。まったく、容赦ないんだから」
灼熱の回し蹴りが玄之介の胸元に直撃した。
先程と同じ赤い色、しかし性質は全く異なる大輪の炎の華が咲き、玄之介は倒れ込んだ。
アサルト・ボーダー決勝戦。名古屋魔法高校副将 美鳥玄之介 戦闘不能。




