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85話 隣人とのお出掛け

 土曜日の昼過ぎ尊はショッピングモールの入り口でそわそわする気持ちを押し殺しながら朱莉を待っていた。


「ちょっと早く来すぎたかな」


 時計を確認すると約束の時間までまだ二十分ほどある。


 家に居ても落ち着かずソファに腰を下ろしては立ち上がると意味もなく繰り返していたので早めに家を出た。


「なんで現地集合なんだろうな」


 緊張からか強張った首をほぐす様に空を見上げながら尊は一人呟く。


 同じマンション隣同士の部屋なので一緒に行けばいいと思っていた。昔みたいに周りの目を気にすることも今はない。それでもこうして現地集合になったのは朱莉からの要望だ。なぜかこの点に関しては異様にこだわりを見せた。あまりの気迫に尊が思わず頷いてしまうほどに。


「尊君?」


 正面から声をかけられる。誰が声をかけてきたかなんて見なくてもわかった。聞き慣れた声を尊が間違えるはずがない。


 声の主を確信しつつ尊は見上げていた顔を戻し目を丸くし息を呑む。

 そこには尊の思った通りの人物が立っていた。少々驚いたような表情を作る朱莉が。


 そこまでは予想通りだったのだが襟付きのロングワンピースを着こなす朱莉がいつもよりも大人っぽく尊は固まってしまう。カーキ色のワンピースは朱莉の幼さが残る雰囲気にとても合っており、腰に巻かれたベルトが朱莉のスタイルの良さを際立たせていた。


 そんな朱莉の姿に目を奪われていると一向に反応がない尊に朱莉が訝しめに顔を近づけてくる。


「ちょっと尊君、聞いてるの?」


「ッ!?お、ああ、ごめん聞いてなかった」


「ちょっとなによ。ぼーっとしちゃって」


 朱莉は唇を尖らせ不満を口にする。


「尊君、早すぎない?まだ約束の時間よりだいぶあるけど」


「家に居ても暇だったからな。そう言う朱莉だって早いじゃんか」


「わ、私はその……待ちきれなかったというか……」


 髪の毛先を指に絡めながら朱莉はぶつぶつと呟く。


「なんだって?」


「な、何でもないから!それよりも早く入ろう少し寒いし」


 朱莉は尊の横を追い越すと店内への入口へやや大股になりながら歩いていく。何か機嫌を損ねてしまったかと尊は慌てて朱莉の元へ駆け横に並ぶ。


「その……怒らせたか?」


 尊の言葉に歩いていた朱莉の足が止まりぽかーんと見上げてくる。


「え?なんでそうなるの?」


「だって一人で勝手に行こうとしてたから、なんか気に障ったかと思ってな。俺もさっきちょっとぼーっとしてたみたいだし」


 頭を掻きながら申し訳なさげに眉尻を下げる。実際ファーストコンタクトとしては酷かったと思う。赤の他人ならともかく声をかけられたのにしばらく黙り込むなんて……。尊は内心頭を抱えながら後悔していた。


 だがそんな尊の言葉に朱莉は慌てる。


「違う!違うから!怒ってなんかない!」


 あまりにも必死な様子に尊は面食らう。身体も密着はしていないがとても危うい距離まで詰め寄られた。


「怒ってるとかじゃなくて……ただ恥ずかしかっただけ」


「恥ずかしいって……」


 なにがだ、と聞こうとしたが尊は言葉を飲み込む。無理に聞き出すことではないと。

 尊としては怒っていないと知れただけでよかった。


「そうか、怒ってないのならよかったよ」


「うん、だから気にしなくていいから。そんなこと気にしながら買い物付き合ってほしくない……」


「ああ、わかったよ」


 尊は朱莉の頭を撫でる。ちょうど撫でやすい位置に頭があったからというのもあるが、子供のように甘えを見せてくる朱莉に無意識に手が動いた。朱莉もまんざらではないのか気持ちよさそうに目を細め頭を手に押し付けてくる。


 しばらくそんな風に身を寄せていると近くを通ったご婦人たちに温かく目を向けられる。


「まあまあ仲がいいわねー」


「ちょっと邪魔しちゃ悪いわよ。ごめんなさいね」


 ほほほっと笑いながらご婦人たちは店内へと消えていった。


 いつのまにか自分たちの世界へ入っていた尊たちも現実へと戻ってくる。撫でていた手は乗せたまま見上げてきた朱莉と目が合う。二人の頬が一瞬にして染まる。火照った顔を見られたくないとお互い一緒に顔を逸らす。


 完全にやらかしたと尊は唇を噛む。外でやっていい対応ではなかった。


(こんなのまるで――)


 頭に過った言葉を振り払うように尊は頭を振る。これ以上は考えるなと自分に言い聞かせる。


「……中に入るか」


「……そうだね」


 二人は並んで店内へと続く道を歩く近すぎず遠すぎずお互いの身体が触れ合うか合わないかくらいの距離を保って。


 ふと尊が口を開く。


「あ、そういえば」


「ん?」


 尊の声に反応し朱莉が小さく声を漏らす。そんな朱莉に尊が視線を送る。


「その服すごく似合ってるよ。朱莉の雰囲気にも合ってていいと思う」


 尊は朱莉の服を褒める。いろいろあって忘れていたが流石に何も言わないのは失礼だと思っていた。


「な、なな、な――」


 そんな尊の言葉に朱莉は口をぱくぱくと開けながら目を丸くしていた。先ほどよりも頬の赤身も増している。


 変な反応を示す朱莉に尊が首を傾げていると、なにやら我慢していたものが弾けるように朱莉は声を上げた。


「なんでこのタイミングで!?」

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