84話 ちょっと相談があるんだけど
午前中の授業がすべて終わり昼休憩となった。
机を挟んで尊と隼人は昼食を取っている。
「今日は鳴海さんたちと食わないの?」
隼人は購買で買ってきた焼きそばパンに齧り付く。
「ああ、やることがあるから別々で取ることにした」
尊もハムやチーズが挟まれたサンドウィッチを食べながら答える。
朱莉と学校で会話するようになって以来昼食はだいたいいつものメンバーで取ることが多くなった。
それでも誰かの用事や他の生徒と食べるなどで昼食を共にしないこともあるがそういった場合でも特に誰も気にしない。むしろ朱莉が他の生徒と食事を取るなんてことも増え尊たちの計画がうまくいっている証拠にもなっていた。
「へー何すんの?テスト終わったのにまた勉強か?」
「流石にテスト期間でもないのに休み時間まで勉強はない」
尊が眉をしかめながら嫌そうな反応をしたので隼人はおかしそうに笑い声をあげる。
「尊でもやっぱり勉強嫌なんだな」
「別に勉強自体嫌いではないぞ。ただ今回みたいな勉強に専念した生活はしばらくいいやって思っただけ」
「確かにあれは異常だったもんな」
「異常とか言うな」
「いやいや、俺からしたら授業の合間の休みまで勉強とか考えられんから」
隼人は心からそう思っているのか両手を組んで身震いし嫌悪感をあらわにする。
「本当に嫌いだよな勉強」
「むしろ好きになる要素を教えてほしい」
「知らないことを覚えれるのって楽しくない?」
「んー、そこはなんとなくわかるけど……ダメだっ。やっぱり勉強となると楽しいとか思えんわ」
頭を両手で押さえ「あー」と呻く。もはや拒絶反応に近いかもしれない。
ここまで嫌なものなのかと尊はパックのお茶を飲みながら隼人を観察していた。
一通り喚き終わると隼人は視線を正面に戻す。
「勉強の話はもういいや。それで?結局なにすんの尊は」
「えーとな……ちょっと隼人に聞きたいことがあってな」
尊は言い淀み頬を掻く。少々言葉にするのが恥ずかしいと言った様子だ。
「俺に?」
返ってきた返事が予想外だったのか隼人は驚いたように目を丸くする。
拳を握り意を決して尊は口を開く。
「あのな……隼人って陽菜と出かけるときってどんな話してんの?」
「はい?」
またまた予想外の言葉に今度はぽかーんと大きく口を開ける。
尊にしてはらしくないことを聞くと思っているだろうがそれは尊自信が一番わかっていた。
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「なんか気になったというかな……」
「みんなと別でご飯食べるほどに?」
「………」
何も答えられず尊は黙り込む。隼人の疑問は最ものものだ。皆との食事を避けてまで聞くような内容でもない。
でも尊にはそうまでして聞く必要があった。
そんな尊の様子に隼人はにやっと口角を上げる。
「わかった。鳴海さんと出かけるんだ」
尊が表情を強張らせる。動揺したが反応としてはこの程度だったが隼人は目ざとくその変化を見逃さなかった。
「なるほどねー、それなら鳴海さんがいる場では聞きづらいよなー」
「まだ何も言ってないが」
「いや無理があるだろ。というか聞き方がストレートすぎるわ。隠す気あったのかって感じ」
散々に言われているが尊も自覚はあったので言い返せない。
そんな尊の心境を知ってか知らずか隼人の口は動き続ける。
「それで?いつなのデート」
「デートとか言うな」
「デートじゃないの?」
「ただ買い物に付き合うだけだ」
「二人で?」
「……二人で」
「デートじゃん」
甚く楽しそうに笑う隼人。
聞く相手を間違えたかと尊は後悔し始めるが仕方がない……そもそも聞ける相手が隼人しかいない。
「そうかそうかあの尊がなー」
考え深そうに両手を組んで何度も頷く隼人。その反応を見ながら尊は眉根を寄せる。
「別にお前が思っているようなことはないぞ」
「大丈夫大丈夫、別に付き合ってるとかじゃないんだろ?流石に尊にしては展開が早いしな」
わかっていますといった様子で隼人はさらに大きく頷く。確かにその通りなのだが間違っていないことがまた腹が立つ。尊の眉間に更に深く皴が刻まれる。
「それで俺と陽菜のデート中の会話を知りたくなったのか。でもあんまり参考にならないかもなー」
「別にどういったことでも構わないぞ。もちろん話したくないことは話さなくていいけど」
デート中のカップルの会話なんて互いに惚気た甘い会話が交わされそうだ。隼人もそこまで赤裸々に話したくはないだろうと尊は思う。
だが隼人はそんな尊の気づかいを感じ取ったのか困ったように頬を掻く。
「いやさ、別に聞かれて困るような会話はそんなないんだけど……ほとんど変わらないんだよな」
「変わらないって……なにが?」
「いつも尊の前で話していることと」
「………」
尊はそんなことはないだろうと思ったがその考えは一瞬で改める。いつも人目をはばからずイチャイチャしている隼人と陽菜だ。そしてそんな二人のイチャイチャを間近で見てきたのは尊だ。二人で行けばいいのにと思った買い物にも付き合わされることがあった。
その時の様子を思い出しながら尊は口の形を歪める。
「そういえばお前ら所かまわずいちゃついてるもんな。あれが素だったのか」
「まあ何も誤魔化してないありのままの姿だな」
「マジかよ……」
尊は肩の力を抜き頭を掻く。いろいろ考えていたのがバカらしくなった。口からため息も漏れる。
「なんだよ、悪かったな参考にならなくて」
「いや、参考になったかどうかは別として、まあ……うん……」
「いやいや何その反応」
「いつも堂々としてるお前らって実はすごいのかなって思ってな」
正直参考にはならなかったがたぶんいつもの隼人たちの姿がカップルとしての少々過剰な見本のような姿なのだろう。どこまで表に出していいのか線引きがあやふやになってきたが人前でいちゃつかない程度が丁度いいかといつもの隼人たちの姿から尊は勝手に考える。
「というかさ。俺に聞くのも少し違う気がしないか?」
隼人は椅子に深くもたれ前の方の足を浮かしながら言葉を漏らす。
「ん?なんでだよ」
「だって付き合ってないんだろ?なら尊たちの会話はまだ友達でするような内容になるわけだし、俺たちの会話なんて参考にならんて」
隼人の言葉に尊は目を丸くする。
確かにその通りだと。
「デートだからって焦る気持ちもわかるけどさ。いつもの尊でいいと思うぞ。下手に気を回さんでも鳴海さんも普段の尊の方がいいだろうし」
尊は隼人の言葉を聞き終わると小さく息を吸い吐き出す。それで今まで悩んでいたものがすべて消えていった気がした。
「ありがとう、やっぱり隼人に相談してよかった」
素直にお礼を口にする。ここまで気が楽になるとは思っていなかった。一人で抱え込まなくてよかったと心から思う。
そんな尊の言葉に隼人はというと――。
「おー、たまに見せる尊のデレるとこ頂きました」
手を合わせ拝むように尊に頭を下げてくる。
「デレてねえだろっ!お前人が素直に礼を言ってやったのに」
「いやいや珍しいからな?いつもツンツンしている尊が素直にお礼してくるなんて」
「お礼くらい言うだろいつも」
「そうだけどさ、ここまで素直に言われるとな。やっぱり揶揄いたくもなるだろ」
「やっぱ揶揄ってたんだなお前」
自分から自白してもそれはそれで楽しいのか面白そうに笑っている。いつものことながら何を言っても意味はないだろうと尊はここで諦める。
「なんにせよ頑張れよっ」
隼人は右手を上げるとそのまま尊の肩をばんっとたたく。隼人なりの激励なのだろう。じんわりと痛いながらも温かみが身体に浸透してくるような感覚に尊は頬を緩める。
「……まあ、かっこ悪いところは見せないようにする」
早口に言葉を並べ、残ったサンドウィッチを口に放り込んだ。




