表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/85

83話 一緒に出掛けられるのだから嬉しいに決まってる

 朱莉からの説教も終わり落ち着いたところで尊は口を開く。


「それで朱莉のお願いって何なんだ?」


「え?」


 朱莉はきょとんと目を丸くし尊を見つめ返す。何を言っているのかといった様子だ。


「えって、そういう約束だったろ。負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くって」


「あ、あーその話ね。うん、ちゃんと覚えてるよ」


「にしては反応が薄かったな」


「さっきまで怒ってたのにいきなり言われたら誰だったってこんな反応になるでしょ」


「まあ……確かに」


 じとーっと目を向けられ尊は目を逸らす。

 流石に言葉足らずだったと反省する。


「えーと、話を戻すけど何をお願いしてくるんだ?」


 尊は朱莉に視線を向けながらいたって平静であるように装う。朱莉のことだから変な要求はしてこないと思ってはいるがそれはそれである。何を要求されるかわからない不安は尊にもあるのだ。


「あ、それはもう決めてるの」


 そんな尊の内心など知らず朱莉はさらっと口にする。


「今度の休み一緒に買い物に行ってほしいの」


「……ん?それだけ?」


「それだけだけど?」


 気が抜けた様な尊の声に朱莉が不思議そうに首を傾げる。


 身構えて聞いていたのにあまりにも普通のお願いで聞き間違いかと尊はしばらく朱莉の言葉を脳内で反復する。なにか別の意味でもあるのかとも考えたがどうもそうでもないらしい。


「あのさ、別にお願いされなくてもそれぐらい付き合うぞ?」


 買い物に行くぐらいこんな勝負ごとの景品としなくてもと尊は思う。せっかくなんでも命令できるのだから他のことにすればいいのにと。


「いいの。私がこれがいいって決めたのだから問題ないでしょ」


 朱莉はむっと唇を尖らせる。


 これは朱莉なりのこだわりらしい。何を言われても引く気はないだろう。

 尊も勝者の朱莉がいいと言っているのに難癖をつけるつもりはない。


「朱莉がいいなら俺はいいけど……」


 こんな簡単なお願いでいいのかと尊は少し申し訳なくなる。


「買い物って何買うんだ?男手が必要なもの買うのか?」


「え?そこまではまだ決めてないけど」


「え?買いたいものあるから買い物に行くんじゃないの?」


 尊は少々不安になってきた。明らかに食い違いが生じている。


「買いたいもの決まってなくても買い物くらい行くでしょ。適当にお店まわって気になるものがあればそのお店に入ってとか」


「まあ、確かにそうだけどそれって――」


 言いかけた言葉を尊は飲み込む。言ってしまえばもうあとには戻れないと。変に意識してしまわないようにと。


「それって、なに?」


「いやなんでもないよ」


 朱莉の眉がピクリと動く。


 尊の反応から何かを誤魔化しているのが感じ取れてしまった。


「何を考えてるの尊君」


「別に何も考えてないけど」


「じゃあ何を言いかけたの?」


「………」


 尊はそこで押し黙る。その反応に朱莉の頬が少し膨らむ。


「人には言えないようなことなのかな?」


「人にはというか……」


 尊は朱莉の顔を見るとすぐに視線を逸らす。誰彼構わずとは言わないが目の前の女の子には言えなかった。


「なんでこっち見ないの?」


「見てないわけじゃないけど」


「あからさまに視線逸らしたように見えたけど」


「……気のせいだよ」


 あまりにも苦しい言い訳を口から漏らす。こんな対応をするものだから朱莉の機嫌がどんどん怪しくなっていく。尊も流石に察してほしいと無茶なことは言わないがせめてこの辺で終わらせてほしいと思う。


 だがそんなことが朱莉に伝わることもなく追及は続く。


「なら私の目見て話してよ」


 そう言われてしまうと尊も目を逸らしているわけにもいかずゆっくりと視線を戻す。

 そこで尊ははっと目を見開く。


 尊はずっと朱莉が怒っているのだと思っていたがどうも様子が違う。揺れ動く瞳と机の上に置かれ時折指同士を絡める両手から怒りというよりも何か不安を感じているように見えた。


(あー、なんとなくわかったかも)


 ここまでしつこく追及してくる理由に。


 わかってしまったら尊はもう口を動かしていた。


「買い物行くのが嫌とかじゃないぞ」


「え……」


 尊の言葉に朱莉の不安を感じていた目が大きく見開く。


「買い物は別に嫌いでもないし、それに――」


 一瞬言うか迷ったがまた勘違いされても困るのではっきりと口にする。


「朱莉と出かけれるのは素直に嬉しい」


 尊は自分でも顔が赤くなっているのがわかるほど体が熱くなっていた。とっさに口元を掌で隠す。

 流石にここまで言う必要はなかったかと後悔しながら恐る恐る朱莉の様子を窺う。


 だが朱莉はなぜか微動だにせず、ぽかーんと口を少し開け固まっていた。

 いったいどういった反応なのか尊が推し量れずにいるとようやく朱莉に動きが見えた。


 瞬きと共に開いていた口が閉じるとそこで尊と目が合う。合っていたのも一瞬でサッと朱莉が顔を背けてしまった。わなわなと震えていた朱莉の口がゆっくり動き出す。


「そ、そうか、嬉しいって思ってくれてたんだ」


「あ、ああ……朱莉となら楽しいと思うし」


「そ、そうか……ありがとう?」


 なんともぎこちなくやり取りを交わす二人。


「それで……いつまでそっち向いてんの?」


 尊はいつまで経ってもこちらへ顔を向けない朱莉を不審に思う。顔を向けないどころか口元を掌で隠しているあたり尊に見られたくないように見える。


 そんな朱莉はか細いながらも声を発する。


「今は無理」


 それだけ言うとまた黙ってしまった。


 流石の尊もこの反応から察せないこともない。せっかく落ち着いてきた体温がまた上昇してきた気がする。


「まあ、とりあえず今度の休みはよろしくな」


 これ以上この話題を続けてもお互いダメージを受けるだけだと尊は判断した。話はもうおしまいと言う尊に少し視線を向けた朱莉も答える。


「……うん、よろしくね」


 口元を隠しているが耳まで真っ赤だ。短い返事だったが先ほどまでの張りつめた様な感じはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ