82話 反省するよりやるべきことがあるだろう
昨日の夜は早めに休んでテスト当日の朝は早く起き少し勉強した。体調も万全でこれ以上ないコンディションで尊はテストに挑める。自分の席に座り机の上に裏向きで配られた答案用紙を見ながらテストの開始を今か今かと待っていた。少々手が汗ばんでいる気がするのは気のせいではないだろう。多少なりとも緊張している。今までテストでここまで緊張したことはなかった。目をつぶれば自分の心臓の音も聞こえてくるがその鼓動のテンポが今は心地いい。程よい緊張感を持てている証拠だ。
尊は深く息を吸い吐き出す。自分の集中力をより高めるように。
そしてテスト開始のチャイムが鳴りだした。
ほぼ反射的にペンを握り、答案用紙をめくる。
尊の人生で最も気合を入れて勉強した成果を出す舞台の幕開けだった。
――数日後すべてのテストが返却され学年の順位の結果も出た。尊たちの学校では順位は個人に紙で渡されるので尊も朱莉もお互いの順位は知らない。尊の部屋でお互いの順位が書かれた紙を机に裏返しで置きながら二人は向き合っていた。
「それじゃあ早速確認ってことでいいよな」
「うん、大丈夫だよ」
尊の問いに朱莉は真っ直ぐ視線を返しながら答える。その目からは自信がありありと感じ取れる。普段なら確認するまでもないと諦めるところだが、今回それで尊が気圧されることはない。自分で言うのもなんだが尊は今回いままでの勉強が遊びだったのではないかと思うほど勉強に打ち込んでいた。
本気で朱莉に勝ちにいく意気込みでいる。
「なら一緒に見せようか」
朱莉が自分の順位が書かれた紙にそっと触れる。
尊は背中にじめっと汗をかいている感触に気づく。気圧されたり怖気づいたりしているわけではないがやはり緊張はしているようだ。
いやに喉が渇く感覚もあったが、唾を飲み込むと尊もそっと紙に触れた。
「ああ、いつでもいいぞ」
「うん、それじゃあ……せーのっ」
二人は同時に紙を表にひっくり返す。そこに書かれていた順位は――。
平野尊 五位
鳴海朱莉 三位
尊は息を呑みただ紙に書かれた順位を凝視する。そして静かに肩を落とし背もたれへと体重をかける。
無駄に力が入っていた身体が一気に脱力する。
(けっこう自信があったんだけどな……かっこ悪いな……)
本気で勝ちにいっていたのでその分負けた自分が惨めになる。
そんな尊の本気の落ち込みようが見ててわかったのか朱莉が躊躇いがちに声をかける。
「えーと……大丈夫尊くん?」
「え、ああ、ごめん流石に顔に出し過ぎてたかも」
気遣われているのがわかり尊はさらに恥ずかしさが込み上げてくると共に自分に対して嫌悪の感情が湧き上がる。
朱莉と二人でいるときにとっていい態度ではないと――。
尊が頑張っていたのと一緒で朱莉だって頑張っていたのだ。それなのに負けたからといってあからさまに態度に出していた自分を恥じた。
反省何て後でいくらでもできる今やるべきことじゃないと尊は姿勢を整える。
「本当にごめん。それとおめでとう朱莉。三位なんて本当にすごいよ」
「尊君こそすごいと思う。今まで十位内にも入ったことなかったんだよね?」
「そうだな。まさかここまで順位が上がるとはな。自分でもびっくりだ」
景品に釣られたからとはいえここまでいい成績を取れるとは思っていなかった。
担任から順位が書かれた紙を貰った時は自分でもわかるくらい頬が緩んでいた。尊はもう一度紙を見る。そこに書かれた数字を確認し目を細めた。
「本当に良かったね尊君」
尊の表情の変化に気づいた朱莉が同じように目を細め微笑む。
その天使のような笑顔に尊は完璧に油断していたため朱莉の顔に釘付けになった。いったいどれほどの時間見ていただろうか。数秒とも数分とも思える時間を体感し尊は指先の紙のザラっとした感覚で我に返った。
不意に指先に力が入り紙がかさっと音を立て少し折れ目が付く。
朱莉から目線を逸らし何もない机の一角に視線を落とす。
(普通にガン見してた)
ガン見というよりも見惚れていたに近い尊の反応はそこら辺にいる男子高校生の尊としては当然と言ってもいい反応だった。
女子が自分に微笑みかけてくれば誰だって少しはその顔に見入ってしまう。それが朱莉となれば言うまでもない……。
尊はチラッと朱莉の顔を盗み見る。尊の反応に対してどう思っているのか気になった。
おそらく不振に思っているのだろうと予想はしていたが尊が思っていた反応と朱莉の反応は違っていた。
頬を紅潮させ口を固く結び、視線も忙しなく泳いでいた。
――どう見ても恥ずかしがるいつもの朱莉である。
だが尊は恥ずかしがる朱莉の理由がわからず首を傾げる。
「え?なんで照れてんの?」
いったいどこに照れる要素があったのかと尊は気づけば口が動いていた。
その言葉に朱莉はぴくっと肩を跳ねさせ戸惑うように視線を右下に向けると固く閉じていた口をゆっくり開く。
「だって……尊君、すごい真剣な目で見つめてくるから……流石にこんなの誰でも照れちゃうし」
真剣なといってもただ見惚れていただけなのだが朱莉にはそう見えたのだろう。
「いや真剣って……確かにガン見しちゃってたけどそもそも朱莉のせいというか」
「なんで私なの?」
「あんな可愛らしく微笑んできたら誰だって見ちゃうだろ」
「かわっ!?」
もともと熱を帯びていた顔がさらに熱くなる。尊は「あっ」と声を漏らす。無意識に褒めてしまう尊の癖のようなものが出てしまった。尊も朱莉とは短い付き合いながらも濃い時間をともに過ごしている。これからの展開は大方予想がつく。
「またッ!また尊君はそうやってッ!」
涙目になっている目を尊に向けながら朱莉は抗議する。今まで散々繰り返したやり取りが始まる。自分のことをそうやって照れさせないでと言う朱莉のお叱りの言葉を尊は黙って受け止める。




