79話 仲良し幼馴染
しばらくして戻ってきた隼人たちを加え勉強を再開した。
隼人は酷く疲れた様子だったのだが、原因が尊を気遣っての部分と自業自得のところもあるので何とも同情しきれなかった。
それでも勉強自体はえらく順調で――。
「尊、この問題なんだけど……」
「ああ、これなら――」
「奈月ーちょっといい?」
「んー?どしたー?」
皆集中してテスト勉強に取り組めていた。
わからない問題をわかる人が教える環境が整っているおかげでとてもスムーズに勉強が進む。
「沙耶香ここの計算間違ってる。これじゃあ何回計算しても答え合わないって」
「あっ、本当だ。全然気づかなかった流石奈月」
「ふっふん。まあ、私にかかればこれくらい当然」
自分の見落としに気づいた奈月に感心する沙耶香と得意げに胸を張る奈月。
雰囲気的に教えるのと教えられる立場が逆に思われる二人にはどうしても違和感が生まれてしまう。
「沙耶香はもう少し落ち着いて問題解いた方がいいね。いつもケアレスミス多すぎだし」
「わかってはいるけどテスト始まると焦っちゃうから、最後まで解けるかなって」
「最後まで解いても間違ってたら意味なくない?わかりそうになかったら飛ばせば?」
「解答欄に空白があるとどうしても気になっちゃって、それでまた気が散るんだよね」
「相変わらず損な性格だね」
話している内容は普通だがだからこそ二人の言葉一つ一つから仲の良さが伝わってくる。
お互い気兼ねしない間柄だからだろう。話し方も少しさっぱりしている。
「二人って本当に仲いいよな。幼馴染なんだっけ?」
「隼人勉強中だぞ」
二人の様子を見て気になった隼人が机に肘を立て呼びかける。二人の勉強の邪魔になると思い尊が注意するが奈月は笑って受け応える。
「あはは、いいって尊。そーだねーもう幼稚園からの付き合いかな」
「結構長いな」
「家が近所だったからね。そっから高校までずっと一緒」
にっと笑顔を作る奈月の横で沙耶香が懐かしそうに目を細める。
「うん。懐かしいなー。昔の奈月はもっと大人しかったよね?」
「ちょっ!止めてよ昔の話」
「えっ、何それめっちゃ気になる」
沙耶香の言葉に隼人が前のめりに机から乗り出す。
「小学生くらいまでかな、奈月は何をするにも私の後ろついてきてて本当に可愛かったから、ねえ覚えてる?奈月が給食のピーマン食べれなくて泣いちゃったときのこと」
「だから止めってってばっ!そんな昔の話忘れろっ!」
沙耶香の口封じに奈月が手を伸ばすがその手を沙耶香が鷲掴みにする。
「奈月すぐに人の口閉じさせようとするよね。昔からだからわかるよ」
「なーにさっきから余裕ぶってんの、こっちだってあんたの昔の頃知ってんだかんね」
掴まれた手に力を入れ押し込みながら奈月は悪だくみを考える子供のように、にっと口角を上げる。
「沙耶香今ではこんな大人しそうな感じだけど昔はもっとやんちゃな子供だったんだよー」
「ちょっと奈月!?」
楽しそうに語る奈月に沙耶香は赤面する。
「家で人形とかで遊ぶよりも公園で泥だらけになるまで遊ぶような子でよく服を汚して怒られてたよねー?」
「昔の話だから……別に気にしてもないし」
「あと、遊具の取り合いになって男子と喧嘩になったとき沙耶香率先して男子をぎったんぎったんに――」
「待って!待って奈月っ!」
沙耶香は大きな声を上げ席を立つと奈月を上から押さえつけに掛かる。
「お、ちょっ……沙耶香流石に暴力はおねーちゃん反対だな」
「誰がおねーちゃんなの、それにこれは暴力じゃなくてただじゃれ合ってるだけでしょ?」
「あたし気を抜けば今にも倒れちゃいそうなんだけど……」
「うん、なら頑張って」
にこっと笑顔を作る沙耶香を見て奈月は冷や汗を垂らしながら頬を引きつる。
普段目にすることのない二人の様子に尊と隼人は目を丸くする。たぶん普段二人でいるときはこんな感じのやり取りなのだろう。
幼馴染で昔からお互いのことを知っている奈月と沙耶香の素の部分が尊たちの目の前で展開されていた。
「本当に仲いいな二人は」
「ちょっと尊……この状況で今それ言う?」
「だって喧嘩って程じゃないだろ今。二人ともいうほど怒ってないし、黒川が言ってたようにじゃれ合いに含まれるかなって」
「平野さんはやっぱりその辺よく見てるよね」
「こんなに察しがいいのに全くどうして……」
「ん?」
奈月がなんだか呆れたようにため息をつくので尊は首を傾げる。
すると今まで顎に手を当て考えるような素振りを見せていた隼人が口を開く。
「と言うか二人ってさ、お互いのこと意識して今の性格になった?」
何気ない感じに隼人が口にした言葉を聞いてつかみ合ってた奈月と沙耶香の動きがぴたりと止まる。
「え?何?どうしたの隼人」
「いやなんていうか……昔の話聞いてるとお互い今の性格と全然違うなって。どっちかというと逆だったら納得できると思ったら、二人がその辺意識した結果かなって」
隼人が説明を終えると気まずげに二人は顔を背ける。その反応で尊も察した。
「確かに言われてみればそうだな」
「だろ?お互い違う性格だからその辺に憧れとかあったんじゃないかなって。ずっと仲がいいのもそういう面があるからじゃないのかな」
隼人がしゃべり終わる頃には奈月と沙耶香は大人しく席に座っており顔が少し朱に染まっていた。
おそらく隼人の見解は正しかったのだろう。こういう勘がよすぎるところは本当に恐ろしい。
「お前すごいな……素直に感心するわ」
「おっ、尊が褒めるとは珍しい」
「流石に俺にはそこまでわからなかったしな」
尊が隼人のたまに見せる才能に賛嘆していると奈月がじとーっとこちらに視線を向ける。
「何勝手に納得してんの。あたしらなにも言ってないんだけど」
「もう反応が全てを物語ってんだよなー」
「……隼人言っとくけどね、あたしはいいとして沙耶香は怒るとヤバいからね?」
「別に怒らないから。奈月勝手に変な設定つけないでよ」
そう言うと二人はまた口論するように話始める。だが傍から見てもわかる仲の良さが隠しきれずに溢れている。時折二人が見せる笑顔がいい証拠だ。
「喧嘩するほど仲がいいってこういう二人を言うのかな」
「かもな。それはそうとさっさと勉強やるぞ」
「うえー、なんか今そんな気分じゃない」
「お前の気分なんか知らん、ほらさっさとしろ」
「へーい」
隼人はぶつぶつと文句を言いながらもノートに向き合い勉強の続きを始める。尊も隼人が躓く都度、懇切丁寧に教えていく。
「あの二人もあたしたち並みに仲いいよね」
「ねえ、本人たちはわかってないかもだけど」
勉強を進める二人を見ながら奈月と沙耶香はおかしそうに笑っていた。




