78話 好きなタイプとか一番答えにくい話題
「あーあ、行っちゃったね、お二人さん」
「まあ、いつも通りいちゃついて帰ってくるだろう」
尊は隼人たちが消えていった方から視線を外し、お茶でのどを潤す。随分と長いこと話していたようだ。コップの氷は溶けお茶は随分と薄くなっていた。新しいドリンクを持って来ようと席を立とうとしたところで朱莉が話しかけてくる。
「あのさ平野君……」
「ん?どうした?」
持ち上げかけた腰を再度下ろし、尊は朱莉へ顔を向けるが――。
「………」
なぜか頬を赤く染めていた。おそらく恥ずかしがっているのだと思うが、さっきのことを引きずっているわけではないだろう。明らかに先ほどよりも赤い。そうなるとこれから口にすることに何かあるのかと尊は身構える。
尊が脳内で色々詮索していると朱莉が続きの言葉を口にする。
「あのさ……告白されても軽い気持ちでは返事しないんだよね?」
「え?あ、ああ……そうだな」
「それでも……もし、好きな人からの告白ならどうする?」
「どう、するって……」
まさか朱莉から先ほどの話を引っ張ってくるとは思わず、尊は軽くパニックになっていた。しかも内容が先ほどよりもより深く尊の深層に踏み込んでくるようなものだ。流石に答えに詰まる。
奈月と沙耶香も突然の朱莉の言葉に固唾を飲んでことの成り行きを見守っている。
「……もちろん軽い気持ちで返事はしないけど……俺がその人のことを本当に好きなら……多分、受け入れると思う」
「そ、うか……」
「………」
尊は口元を右手で隠す。
(なにこれ!?なんかすごい恥ずかしいんだけど……)
恥ずかしさのあまり誰とも顔を合わせられず少し下を向く。
「ならさ……」
少し間が開いたが話は終わっていなかったらしく、再び朱莉が口を開く。
(これ以上何があるんだよ)
尊が目だけを朱莉に向ける。先ほど以上の爆弾は止めてほしいと尊は切に願うが――。
「平野君のす、す、好きなタイプって、どんなの?」
「………」
尊は大きく息を吸う。今の朱莉の発言を脳内で再生しながら。
(ちょっと何口にしてるの朱莉さん?)
普段の朱莉からは想像のつかない言葉に困惑する。
朱莉の口にしたことは理解はできるが脳内の処理が追い付かない。何を思ってそんなことを口にしたのか。
見れば奈月と沙耶香が口元を押さえ、きゃっきゃっと盛り上がっている。何とも楽し気な二人に尊は眉根を寄せる。
一向に黙っている尊に不安になったのか朱莉が眉尻を下げながら恐る恐る口を開く。
「あ、あれ?聞こえてない?えーと……平野君のす、好きな――」
「いやいいっ!ちゃんと聞こえてるから!」
「そ、そうか、なら、よかった」
ほっと微笑む朱莉。その笑顔が赤くなった頬と相まって妙に色っぽい。
朱莉の反応にいちいちドキッとしながらも、このまま流れてくれればと少し期待もしていたがそうはいかないらしい。
(好きなタイプとか急に言われてもな……さっきより答えにくいんだが)
適当に答えるわけにもいかない。自分自身の好きなタイプなど変なことは口にできない。それに――。
「………」
朱莉が真っ直ぐと尊の顔を見つめている。何か覚悟が見えるそんな感じが尊にも伝わっていた。
(朱莉が面白半分でこんなこと聞くとは思わないけど)
只々、困惑はしていた。普段――学校でも家でも言わないようなことではないだろうか。何がきっかけでこんなことを聞いてきたのか……。
尊は一度息を吐いてからゆっくり吸い、心を落ち着かせる。
「好きなタイプとかあまり考えたことはないけど、そうだな……何気ないことでも笑い合える、一緒にいても気が休まるようなそんな人ならずっと一緒に居たいと思うかな」
「気が休まる?」
「ああ。お互い気を使ったりとかはすると思うけど、それを別に嫌だとか面倒とか思わない、むしろこの人にならやってあげたいって思えるようなそんな人」
言ってて恥ずかしくなり尊は頬を掻きながら視線を逸らすと、沙耶香が感心したように声を漏らす。
「はー、なんか平野さん、考え方が大人っぽいね」
「別にそんなこともないだろう」
大人っぽいと言われてもよくわからず尊が否定すると奈月が顔を横に振る。
「いやいやいや、普通さ、好きなタイプとか聞かれると顔がいいやら性格がいいやら結構曖昧なんだよね皆。それに比べて尊は明確にこんな人ってあるのがいいよね。それに――」
にやっと奈月が揶揄う時に見せる悪い笑みを作る。
「ずっと一緒にいたいってところもポイント高いなー。それって好きになったらもう結婚まで考えてるってことでしょ?」
「けっ、結婚とまでは……」
「違うのー?でもずっと一緒ってそういうことでしょー?」
「っ!も、もう止めないかこの話は」
「えー、折角面白くなってきたのに。ねえ、朱莉?」
「……笑い合える……気が休まる……この人になら……」
朱莉は口元に握った手を当て何やらぶつぶつと呟いて自分の世界に入っていた。あまりにも真剣なその雰囲気からは話しかけるのは躊躇われたが――。
「あっかりー、おーい」
奈月はそんなことを気にせず声を掛ける。その声にやっと朱莉は反応する。
「っ!あ、ごめんね。ちょっと考え事してて、なんだった?」
「んー?だから、尊と結婚できる人は幸せだねって」
「えっ!?け、結婚っ!?」
「おい。そんなこと言ってないだろ」
「えー、あたしはそう思ったけど。朱莉はどう?幸せだと思わない?」
見るからに困惑している朱莉に奈月は追い打ちをかける。本当に心の底から楽しそうな奈月と違い朱莉の顔はもう耳まで赤く染め目を回している。
「け、結婚なんてまだ早いというか……幸せだとは思うけど……」
「いや朱莉?まだ早いってそりゃあ尊もすぐに結婚するわけじゃないし」
「っ!違う!違うからね!別に私が結婚したいとかそういうのじゃなくて出来たらしあわ――」
「いや!ちょっ、ストーーープ!」
奈月が慌てて朱莉の口元を押さえつけにかかる。朱莉もいきなり口を塞がれもがもがと抵抗するが徐々に大人しくなっていく。
「はー……まったく、何を言ってんのこの子は……」
奈月はため息をつき恐る恐る尊の方を見る。今の話を聞いてどう思ってしまったか緊張で喉が鳴るがそんな心配はなかったらしい。
「えーと……黒川これは……」
「ん?気にしないでいいよ」
沙耶香が尊の耳を両手で塞いでいた。奈月が動き出すよりも早く沙耶香は行動を起こしていた。朱莉が何か危ういことを口走ることを予見したのか、朱莉が口を開く前に尊の耳を塞いでいた。
そんな沙耶香の行動に奈月がサムズアップし笑う。
「ナイス沙耶香!本当にファインプレー!」
「あはは、こうなっちゃうと朱莉ちゃん何するかわからないもんね。でも、今回は奈月も悪いからね。ちょっと揶揄いすぎ」
「やー、そこは確かに反省かも」
沙耶香に注意され、奈月は後頭部を手で擦る。やりすぎてしまった自覚はあるらしく奈月にしては少し落ち込んでいた。
「……そろそろ放してくれないか」
沙耶香の行動の意味が分からず、ただされるがままだった尊が口を開くと沙耶香は慌てて耳から手を放した。
「ごめんね平野さん。もう大丈夫だから」
「大丈夫って……何が?」
「ううん、気にしないでこっちの話」
沙耶香が笑顔でそういうので尊も強くは聞けず、代わりに朱莉に抱き着くように近くにいる奈月へ顔を向ける。
「それで、葛城は何してんだ?」
「え?いやーなに、ちょっと朱莉を……ね?」
全く答えになっていないがこっちはこっちで何かあったらしい。不審には思ったがいろいろ聞く空気でもないので尊は大人しく引き下がる。
そんな空気を呼んでくれた尊の様子に安心し奈月は息を漏らすと胸の中で小さくなっている朱莉の頭を撫でる。
「ふー、ほら朱莉、早くいつも通りに戻って」
「……わかってるけど……流石に無理だよ……」
「前々から可愛かったけど、あたしらに心開いてくれてからは更に可愛くなったね」
「……今照れるようなこと言わないで、余計に時間掛かる」
「ひひひ、はいはい」
むすっと怒る朱莉を見ながら奈月は小さく笑った。




