77話 女子はどうしてこうも恋バナが好きなのか
しばらくしてやっと落ち着きを取り戻してきたテーブルで尊は声を上げる。
「もういいな?いい加減始めるからな?」
少々疲れが見える掠れた声で念押しするように尊は周りを見る。
「うん。いつでもいいよ先生!」
「あたしも準備はできてるよー」
「あの、ごめんなさい平野さん。騒がしくして」
三人それぞれ返事を返す。散々好き勝手騒いでくれたが沙耶香は本当に申し訳なさそうにしているだけマシである。他の二人はあっけらかんとしており悪いとも思っていないのかもしれない。
本日何度目かわからないため息を吐き尊は言葉を続ける。
「なら最初に言ったようにわからないところは俺か鳴海……あと葛城に聞いてくれ」
「あれ?最初と違くない?」
「葛城勉強できるんだろ?俺たちが教える必要ないだろ。教える側に回ってくれ」
「えー、しょうがないなー」
椅子に背を預け天井を見ながら文句を言うが奈月は納得する。
「それなら皆、大船に乗ったつもりであたしを頼っていいよー」
今度は自信満々に席を立って胸を張る。本当に気分で生きているような人間である。そんな奈月に対して皆、呆れや困ったような、様々な表情を作っていた。
尊は気を取り直し、一度咳をする。
「えー、じゃあ始めるか」
尊が開始の合図を出すと皆それぞれのテスト勉強を始めた。尊も問題集に向き合い勉強を始める。
しばらくペンが紙を滑る音だけが聞こえる。カサカサと普段から聞き慣れた音を聞いていると自然と集中力が増してきたころ、陽菜が手を大きく上げ口を開く。
「はいっ!ここっ!ここわかりませんっ!」
無駄に元気な陽菜がそう言うと朱莉が陽菜の手元を覗き込む。
「ああ、ここは式を覚えてないと解けないからまずはそれを覚えようか」
「はいっ!お願いしますっ!」
「……お前なんでそんなにテンション高いの?」
あまりにもあからさまに元気なので尊は訝し気に眉を顰める。
「私思ったんだよ。勉強ってジッとしてないといけないからすごい退屈なの」
「まあ……そういうもんだしな」
「だから、常に楽しい感じに勉強できれば私でも集中できると思って。そういうわけで!あーちゃん教えてくださいっ!」
「あ、うん……ここはね――」
朱莉も若干呆れ気味だが、そこは置いといて陽菜へ教える。
「うん……うん…………できたっ!すごいっ!流石あーちゃん!」
「ありがとう。次のも同じように解けば大丈夫だからやってみようか」
「はいっ!」
元気よく返事をする陽菜を横目に尊はペンでノートを突きながら考える。
普段聞き慣れてる音を聞いてると集中できると思ったが――。
(陽菜がうるさくて集中できない……)
日常的にほぼ毎日、陽菜の騒がしい声は聞いているが勉強するのにはやはりここまでうるさいと集中などできなかった。それは皆も同じなのか一様に苦笑いを浮かべている。隼人以外が――。隼人だけは気にした様子もなく勉強を続けていた。
尊は隣にいる隼人に目を向ける。彼氏なのだから何とかしてほしいと。
尊が目で訴えかけてると視線に気づいた隼人が尊を見る。しばらく何かを考える素振りをして隼人は尊へ話しかける。
「え?尊わからない問題でもあった?そんなに俺のこと見ても尊がわからないもんは俺もわからんぞ」
「違うだろ!」
尊は思わず声を上げてしまった。だが、幸いなことにうるさい陽菜たちの方には聞こえていなかったらしく勉強の邪魔にはならなかったようだ。尊は陽菜たちの方を気にするように視線を向ける。
「お前この状況でよく勉強できてたな」
「え?なんで?」
「なんでって……騒がしいだろあれ」
尊は視線で陽菜を示す。すると隼人は納得したように声を漏らす。
「あー、陽菜が元気なのはいつものことだし、特に気にならなかったけど」
いつものことだと隼人は淡々と話す。自分の彼女だからということもあるだろうが、この状況をいつものことだと言ってしまう隼人の寛容さに尊は感心する。
「……俺初めてお前のことすごいと思ったよ」
「え?何?急にどうした?」
きょとんと目を丸くする隼人に奈月が楽しそうに笑う。
「あはは、本当にぞっこんだよね、隼人って陽菜に」
「そりゃあ当たり前だろ。じゃなきゃこうやって付き合ってないって」
「おお……ナチュラルに惚気るところも感心しちゃうね」
驚いたように目を丸くすると奈月は尊へ視線を向ける。
「ところでさー。隼人と陽菜見てて尊は羨ましいとか思わないの?」
「はい?なんだよいきなり」
急に話題が変わり尊は訝し気な表情を作る。そんな尊を見ながらにやにやと奈月は続ける。
「いやさ、尊って前から隼人と陽菜のいちゃついてるとこ見てきたわけじゃん。彼女ほしいとか思わなかったのかなって」
なんとも楽しそうな顔を作る奈月。只々揶揄っているのか純粋な興味心なのか判断がつかず尊は顔を顰める。
「……どうだろうな。目の前でいちゃつかれるから居心地の悪さはあったけど」
「え?みーくんそんなこと思ってたの?気にしなくていいのに」
いつの間にか陽菜もこちらの話を聞いて入ってきた。
「気にするに決まってるだろ。というよりもお前らが気にするべきなんだけどな」
「まあ、俺は尊の気持ちわかった上でいちゃついたりしてたけどな」
「質が悪いな本当に……」
ケラケラ笑う隼人に尊はため息を吐く。実際に尊は羨ましいなんて思ったことはなかった。恋人である友人同士が仲良くしているな――これくらいにしか思ったことはない。そもそも学校では目立たないように生きてきたので彼女なんて作ろうとも考えたことがなかった。
「でも。今のみーくんだったら彼女ぐらいすぐにできそうだけどね。ねえ?告白とかされないの?」
「っ!?」
陽菜の言葉に尊はぴくッと身体が跳ねそうになるが既でのところで耐える。むしろ朱莉や奈月、沙耶香の方が大きく動揺しているように見えるのは気のせいだろうか……。
「……ないよ、そんなこと」
「えー、普通にありえそうなんだけどなー。ねえ、はーくん」
「ん、ああ……そうかもな」
隼人は少し困ったように珍しく歯切れの悪い返事を返した。小野寺との件を知っているので反応に困るのだろう。それでも尊が誤魔化したところに合わせてくれる当たり空気を呼んでくれたようだ。
「でもさ、もし告白されたら、みーくんオッケー出すの?」
「……なんだ?まだ続けるのかこの話」
「だって気になるし。それに彼女いたって今なら不思議でもないし?皆もそう思わない?」
陽菜は周囲を見渡し同意を求める。そんな陽菜の声に一部の人間が息を呑む。
「え?あー……、そうかもね?」
「……うん。おかしくはないかも?」
奈月と沙耶香も歯切れが悪く返事する。見るからに様子がおかしい二人は尊と目が合うと顔を逸らせてしまった。
(え?何その反応?)
尊は二人の事情を知らないので困惑する。話がややこしくなってきたが陽菜はこんな所では止まらない――。
「えー、なんか微妙な反応。あーちゃんはどう思う?」
「えっ!?私っ!?」
話を振られた朱莉はあからさまに動揺を表に出していた。その過剰な反応に尊たちはきょとんと目を丸くするが、奈月と沙耶香は訳知り顔に頬を引きつっている。
「あーちゃん?なんでそんなに驚いてるの?」
「そ、そんなことないよ。うん。驚いてなんかない」
「え……えー……そうなの?」
「うん。なんにも驚いてないよ、陽菜さん」
朱莉はにこっと笑顔を向ける。それで誤魔化せるとでも思っているのかはわからないが、陽菜は納得したらしい。
「そうか。じゃあいいや」
陽菜の単純とも純情ともいえるこの性格は素直に褒めていいのかもしれない。
朱莉は安心したように小さく笑っていたが陽菜の追撃は終わっていなかった。
「それであーちゃんはどう思うの?」
「……えーと、あの……」
朱莉はちらっと尊の顔を見る。その顔が少し朱に染まっていたのは気のせいだろうか。
「……確かに今の平野君なら……彼女いてもおかしくない、かな……」
消え入りそうな声でそこまで言うと朱莉は顔を伏せてしまう。
(そんなに恥ずかしいことだったか?)
事情を知らない尊はただ朱莉が恥ずかしがっていると思っていた。恥ずかしさがないわけではないが、今の朱莉には気まずさの方が大きいだろう。何せ、実際に尊の告白現場を見てしまったのだから。
「そうだよね!やっぱりおかしくないよみーくん!」
「いや、おかしいかどうかは別にいいんだけど」
「それでもし告白されたらどうするの?オッケー出すの?」
「………」
妙に興奮しだした陽菜が机に手を付け立ち上がる。輝く目を見てもわかるがとても楽しんでいるようだ。下手に誤魔化しても納得しないかもしれないと尊は一度息を吸って大きく吐く。
「もし……本当に告白されたとしても簡単にオッケーなんて言わないよ」
尊は体育館裏での光景を思い出しながら落ち着いた口調で告げる。
「あ、そうなんだ」
「そうなんだって……俺そんなに軽い男に思われてたの?」
誠に心外である。尊としてはそんな軽薄な態度を取っていた覚えはない。
内心軽くショックを受けていると陽菜が軽く手を振る。
「違う違う。別にそんな風には思てないよ。みーくんならそう言うと思ってたし、普通に納得しての言葉だよ」
「ならいいんだけど……勝手に勘違いして悪かったな」
「うんうん。私はそういう素直に謝れるところはいいと思うよ」
「……俺は陽菜はもう少し素直に反省することを覚えたほうがいいと思うよ」
「なんでダメ出し!?私今褒めてあげたよね!?」
ふんがー、と尊に掴みかかろうとする陽菜を隼人が宥める。
「まあまあ陽菜、そう怒るなって尊も褒められて照れてるんだよ」
「別に照れてないが」
尊がそう言うと隼人が顔を寄せて小声で口にする。
「いいからそういうことにしとけって、またいろいろ聞かれて面倒なことになってもいやだろ?」
隼人なりの気づかいなのか、これ以上話が膨らまないようにしてくれてるようだ。確かに今の尊にとって告白どうのといった話はかなりナイーブな部分だ。
「……はーくん聞こえてるよ」
かなり声量を抑えて話していたはずだが隼人の声は陽菜に聞こえていたらしい。
「はーくんちょっとおいで」
「……はい」
にこっと笑顔を作ると陽菜のプレッシャーに気圧され、隼人は大人しくの手を引かれながらテーブルを離れていく。尊の為に気を使ってくれたのにこんなことになるとは流石に心が痛い。尊は内心で手を合わせ、せめてあまり陽菜に怒られないことを願った。




