76話 人は見かけによらない
放課後になって尊たちは学校近くのファミレスに集まって、机の上に問題集を広げていた。
「それじゃあ、始めるか」
尊は手元の問題集に一度視線を落としてから周りを見渡す。
「はい!よろしくお願いします先生!」
「先生言うな。というか毎回やるのかこのやり取り」
毎度毎度つっこみを入れてしまう尊も悪いのだが、陽菜がこのやり取りを気に入ってるようだ。毎回やらないと気が済まないらしい。
そんな尊たちのやり取りを見ながら奈月が声を上げる。
「あはは、じゃあせんせー私もお願いねー」
「だから先生言うな」
悪乗りしてきた奈月にもつっこみを入れ尊は一度息を吐く。
「えーと、とりあえずわからないところは俺か鳴海に聞いてくれ。その都度教えていくから」
「うん。気にせずどんどん聞いてね皆」
尊の言葉に頷き朱莉が皆に視線を送る。
「いやー、何とも頼もしい布陣だな」
「だねー、これならなんも心配なさそう」
奈月が器用にペンを回しながら歯を見せて笑っている。そんな奈月を見て陽菜も釣られたように笑う。
「うん。お互い頑張って赤点は回避しようね」
陽菜がこれから乗り越えなければならない問題に一緒に立ち向かってくれる仲間に声を掛けるが――。
「え?」
奈月から返ってきたのは何とも気が抜けた返事だった。
「……え?」
予想外の反応に陽菜も思わず奈月と同じような反応をしてしまう。
きょとんとお互い顔を見つめ合いながら固まっていると沙耶香が声を掛ける。
「あー、奈月こんなだけど成績いいんだよ。大体三十位内くらいに入るから」
「えーっ!?嘘っ!?本当にっ!?」
沙耶香の言葉に我に返った陽菜が驚愕し奈月の顔を凝視する。
「言いたいことはわかるけどひどい反応だね。あと沙耶香も――こんなってどういうこと?」
「あはは、ごめんね。つい口が滑って……」
「ついじゃないから!てか、悪いと思ってないでしょ!」
奈月は沙耶香に後ろから抱き着くとわき腹など敏感な部分を擽ろうとするので、沙耶香が必死に抵抗する、そんな二人の攻防を見守りながら尊は朱莉へと声を掛ける。
「葛城が成績いいって本当?」
「ええ、テストの結果も見せてもらったことあるけど、その時は二十位くらいだったかな」
「俺とそんな変わんないじゃん」
奈月のことを見下していたということはもちろんないが、まさかここまでの優等生だったとは……。人は見かけによらないと尊は改めて自分の考え方を見直した。
そして、驚愕の事実から立ち直れていない人間が一人――。
「そんな……ずっと仲間だと思ってたのに、まさかの裏切りだよ」
「いや、陽菜が勝手に思ってただけだし」
隼人が陽菜につっこむと陽菜は両手を上げたのち頭を抱える。
「それでもこんなのってあんまりだよ!なーちゃんに裏切られたら私一人で赤点と戦わないとじゃん」
勝手に絶望している陽菜だが、その顔は本当にこの世の終わりのように沈んでいた。勉強会開始早々ピンチである。
「……まだ勉強も始まってないのに大丈夫かこんなので」
周りの惨状に尊が頬を引きつっている。
すると、奈月の拘束から解放された沙耶香が陽菜へ優しく声を掛ける。
「そんなこと言わずに一緒にがんばろ陽菜ちゃん」
「う~、さーちゃんは赤点の心配ないからそんなこと言えるんだよ」
「え?私いつも赤点ぎりぎりだよ」
「……え?」
本日二度目の驚愕に陽菜はフリーズする。それは尊と隼人も同じできょとんと目を瞬かせている。沙耶香は奈月と全くの真逆の性格をしているといってもいい。沙耶香には悪いが大人しい見た目で知的な雰囲気が勝手に勉強はできると思い込んでいた。まさかの告白に沙耶香の言葉の内容がうまく理解できずにいると奈月が口を開く。
「沙耶香もこんなだけど勉強は全然だからねー」
「ちょっと奈月、さっきの仕返し?もう散々擽られたのだけど」
「それとこれとはまた別ですー」
口笛を吹きながら顔を逸らす奈月に沙耶香がじりじりと近づきだし――。
「うわっ!ちょっと来るなし!」
「これで御相子だよね?」
再び二人の攻防を見守ることになり、尊は顔を顰める。
「あの……早くやろうよ勉強……」
一向に話が進まない現状に、尊は何もしていないのに疲れを感じ始めていた。




