68話 真っ白い着物を着た美人の幽霊
「……っ……」
驚きで声も出せないまま尊は呆然と教室に入ってきた闖入者を見ていた。真っ白い着物を着たそれは幽霊としか思えなかった。
そう思ってしまうと尊にはもう幽霊にしか見えず、目を逸らすこともできず呼吸が少しずつ荒くなる。全身に這う鳥肌が尊の恐怖感を雄弁に物語っていた。
教室内を確認するように幽霊は視線を彷徨わせ、尊の姿を捉えると視線が止まる。するとゆらりと身体を揺らし尊へと近づいてきた。
「っ!?」
声にならない悲鳴を上げ尊は身体を強張らせる。
(は?なんだ、本当に幽霊なのか……)
徐々に近づいてくる幽霊に恐怖心も膨れ上がり尊は唾を飲む。拳を握り尊は覚悟を決める。膝たちの姿勢になってすぐにでも駆け出せるように足に力を入れる。
床を踏み抜く勢いで力を入れたとき幽霊が言葉を発した。
「平野君?」
「へ?」
幽霊がしゃべったことにも驚いたがまさか自分の名前を呼ぶとは思わず尊が惚けていると幽霊が更に言葉を続ける。
「平野君ってば。……どうしたの?」
そこでようやく尊は気づく。慣れ親しんだその声に尊は安堵するように声を漏らす。
「え……。鳴海か……?」
「そうだけど。どうしたの?口開けて」
幽霊だと思っていた正体は着物を着た朱莉だった。尊は全身の力が抜けその場に腰を落とす。
「いや……。何でもないよ、うん」
尊は大きく息を吐き地面に視線を落とす。
まさか幽霊だと思い怖がっていたなんて朱莉には口が裂けても言えなかった。あまりにもかっこ悪すぎる……。
興奮で早くなった心臓の鼓動が落ち着くのを待って尊は顔を上げる。
「それで、なんだよその恰好」
幽霊と勘違いしてしまった朱莉の格好に少々眉間に皴を寄せる。
「これ?私のクラスの出し物の衣装よ。ほら、お化け屋敷やるって言ったでしょ」
朱莉は袖口持って着物姿を見せるように広げる。
「そういえば言ってたな。道理で」
その恰好なのかと尊は納得する。
だが、疑問はまだ残っており――。
「格好はわかったけどなんでここに来たんだ?出し物の方はいいのか?」
お化け屋敷の衣装を着ているということは朱莉は今仕事中だろう。それなのになぜこんなところにいるのだと尊は疑問に思う。
そんな最もな疑問に朱莉は苦笑いを作りながら頬を掻く。
「あー……、一応仕事中なんだけどね。宣伝で校内歩いてるっていうか」
「宣伝?……あー、鳴海はお化け屋敷で驚かせてるより、そっちの方が適任か」
尊はもう一度朱莉の格好に視線を向ける。真っ白な着物は朱莉の大人びた雰囲気にとてもよく合っていた。ここまで似合っているなら真っ暗のお化け屋敷の中で仕事させるのは少し勿体ないとクラスでも思ったのだろう。それならいっそ校内を歩いてもらった方がクラスの宣伝にもなり効果的だ。
だが、そうなると――。
「だったら余計にこんなとこいちゃダメだろ。宣伝なんだから」
クラスの広告塔の役目を担っているのになぜこんなところに来たのか。尊が不思議そうに朱莉を見ているとばつが悪そうに顔を逸らせる。
「別に来たかったわけじゃなくて……ちょっと鬱陶しい人たちが多くてね……」
両手の人差し指を合わせながら困ったように眉尻を下げる。
尊は朱莉が言っていることがわからず疑問符を浮かべていると廊下から何やら声が聞こえてきた。
「さっきの着物の子どこ行ったんだ?あんなかわいい子そうそういないぞ」
「見てただけでもすごい声かけられてたからな。あー、俺も声掛けとけばよかった」
声は次第に遠くなり教室から離れていく。
「………」
尊は無言で朱莉の顔を見る、それに対して朱莉は苦笑いを浮かべる。
ここまでわかれば尊も察する。要は校内を歩いてるとナンパしてくる連中が多いからここに逃げてきたと。しかも今日は文化祭だ。生徒以外にも一般客が大勢いる。こんな状況で朱莉が出歩けばどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「大変だったみたいだな」
「うん。まあ、いつものことだけどね」
「今出ていくとまた見つかりそうだからしばらく隠れてた方がいいかもな」
「そうね。ちょっとここに居させてもらう」
言うと朱莉は尊の隣へ腰を下ろす。
その行動に尊は動揺し身体を硬直させる。過剰な反応にも見て取れるがそれも無理のないことで、服が触れるくらいの距離に朱莉が座ってきたのだ。
なぜこんなに広いのに隣にとも思ったが、あからさまに離れて座るのもおかしいかと考えを改める。
(それでもこの距離は近すぎな気が……)
朱莉の顔を覗き見ても平然としているので尊も自分の考え過ぎなのだろうかと正面に視線を戻す。自分の常識が間違っているのかと悶々としたまま尊はしばらく薄暗い教室で朱莉と二人っきりになることになった。




