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67話 後々大変だから嘘はつくものじゃない

 顔の熱も収まってきた尊は教室に戻ってきていた。

 教室を開けるとちょうど隼人が立っており、目が合うと尊へ声を掛ける。


「おう。少しは顔も冷えたか?」


「……おかげさまでな。鳴海たちは?」


「もう帰ったよ。こっちはこっちで鳴海さんが落ち着くまで大変だったけど」


 笑いながら話す隼人に尊は少し申し訳なく思う。


「悪いな。そんなときに抜け出して」


「ん?気にしなくていいぞ。大変って言っても鳴海さんが落ち着くまでただ席に座っててもらっただけだから」


 尊がいなくなった後、教室はイベントの余韻を残したまま皆お茶や執事の生徒たちを見て好きなように楽しんでいた。朱莉のテーブルも隼人が担当していたので特に困ったことが起きることもなかったという。


 それを聞いて尊は胸を撫でおろす。


「そうか。ありがとう俺の代わりに対応してくれて」


「俺としては急なイベントに対応してくれたことに礼を言いたいけどな」


 苦笑しながら頬を掻く隼人に尊は思い出し詰め寄る。


「そうだった。元々はあれが原因だぞ。――何だったんだあれ」


 他の生徒には聞かれないように顔をぐっと近寄らせたので隼人がたじろぐ。


「いやー……例の鳴海さんのためのやつで……葛城さんたちと話してたんだよなー」


 ばつが悪そうに顔を逸らせる隼人を逃がさないように尊は追撃する。


「それで?俺はなんでそれを聞かされてなかったんだ」


「……単純にその方が面白いだろうという。あくまで話し合いの結果でな」


 正直この部分は隼人に聞かなくても予想がついていた。沙耶香を覗くあのメンバーなら面白さを優先して何かしら悪巧みを企てることを。話し合いだと言ってはいるが反対しそうなのが沙耶香だけなのでもう出来レースだ。


「わかってはいたけどな。まあ、別に怒ってないし、結果いい反応だったとも思うしな」


 見ていた生徒自体は少ないが朱莉の印象を変えるいい出来事だっただろう。少しでも変化を作ってくれるだけでありがたいのだから。


 尊の様子に安心したのか隼人がいつものようにおちゃらけた態度になる。


「まあ、ほぼ尊のお陰だけどな。流石は店で一番人気の執事だ」


 肩を組んで調子に乗り始めた隼人にいつものごとくわき腹へ肘打ちを入れる。隼人は呻き声を上げ尊から離れていく。


 そんな感じで尊も調子が戻ってきたので仕事に戻ることにする。


「井上。今戻った。勝手に抜け出して悪かったな」


「ん?おお、おかえり平野。いなかったのは気にしなくていいから、というよりもイベントの件は悪かったね」


 井上は途中でいなくなっていた尊に不満を言うこともなく、むしろ罪悪感を感じていたみたいだ。そんな律儀な井上に尊も責めるような気持ちがあるわけもなく。


「こっちこそ気にしなくていいよ。どうせあそこにいるバカの仕業だろ」


 尊はわき腹を押さえながら体をくねらせている隼人へ視線を送る。井上はおかしそうに笑いながら相槌を返す。


「ああ、そうだね。九条が元凶かな。だから他の子たちも責めないで上げてね」


 全ての原因を隼人になすりつけた二人はしばらくおかしそうに笑う。

 そして「さてと」と気を取り直して井上は口を開く。


「平野はもう交代していいよ。一番働いてたから疲れただろうし」


「いや、さっきまでいなかったんだから最後までやるぞ」


「ありがとう。でも、ちょうど今お客さんも少ないからこのタイミングで交代したいんだよね。だから気にしないで交代してきてよ」


 井上が店内を見まわす。確かに客の数はピーク時に比べて大分少ない。忙しいときに慌ただしく交代するよりも余裕がある今がベストだろう。


「わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらう」


「うん。後は文化祭楽しんでね」


 笑って見送る井上に軽く手を上げ応じる。そして更衣室にしている教室の一角で着替えると尊は教室を出た。


「楽しんでと言われたけどそういうわけにもいかないんだよな」


 尊は何とも難しい顔を作り思考する。


 考える原因となっているのは小野寺とのこの前の会話だ。文化祭を一緒に回ろうと誘われたときに咄嗟に嘘で誤魔化した。だからその辻褄を合わせるとなると尊が文化祭中に出歩くのはよろしくない。だからといって一人でいるところを見られるのもまずい。尊は中学の友人と文化祭を回ることになっているのだ。


 何ともバカみたいな嘘をついたものだと過去の自分を笑うと尊は歩き出す。


 しばらくしてついたのは以前朱莉たちと入った空き教室だ。ここなら誰にも見つかることはないため尊は文化祭が終わるギリギリまでここに身を隠すことにした。


 教室の壁にもたれそのまま腰を下ろす。久方ぶりの落ち着ける時間に尊は小さく息を吐く。


「ふー、流石に疲れたな今日は」


 顔を上げながら目を瞑り、ぼーっと身体の力を抜く。ここ数日慣れないことをしてきた疲れが一気に押し寄せてきたみたいだ。


 思えばいきなり執事による接客が決まり、皆と積極的に関わるように意識してきたこの数日間は今までの尊を根本から変えるものだった。今まで目立たないようにしていた尊としては胃の痛くなるような日々だ。それでも尊に後悔したような様子はない。むしろやり切った達成感が身体に満ちていた。


 心地よい疲労感に身を委ねているとスマホが振動する。身体を脱力させたままスマホの画面を確認すると一件のメッセージと朱莉の名前が表示された。


『今どこにいる?』


 簡素なその文章に尊は首を傾げる。とりあえず深くは考えず尊は自分の居場所をメッセージで送信した。


「なんだったんだ今のは」


 スマホを投げ出し手足の力を抜いて楽な姿勢になる。考えるのも面倒くさいと感じそのまま目を閉じ意識までも手放そうとしたとき、空き教室の扉が開いた。


「っ!?」


 尊は慌てて手放しかけた意識を覚醒させる。誰も来ることがないと思っていたため完璧に油断していた。


(いったい誰が入ってきたんだ)


 顔を上げ開いた扉の方を確認すると。


「ん?……え?」


 目を丸くし口も開けた間抜けさ丸出しの顔で固まる。しかしそれも無理はない。そこには真っ白な着物を着た幽霊がいたのだから。

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