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66話 執事にドキドキする言葉を掛けてもらえる権利

 カップの中の液体をこぼさないように慎重にテーブルまで歩く。

 テーブルに着くと意識をカップから朱莉たちへと移した。


「お待たせしました。お嬢様。こちらチーズケーキと紅茶になります」


 注文の品を朱莉の前へと並べていく。

 一応朱莉の顔を見ないように意識しているが、朱莉から気まずい空気が漏れ出ていた。


 人数分の配膳を終わりさっさとその場を離脱しようとするが案の定、奈月が尊に声を掛ける。


「尊、尊。ちょっといい?」


「……はい。いかがなさいましたか?お嬢様」


 作った笑顔を崩さないように尊は奈月に応じる。


「メイド喫茶とかだとオムライスにお絵描きするとかあるんでしょ?そういったサービスってないの?」


「申し訳ありません。当店にはそのようなサービスはありません」


「そうかー。なら執事さん個人のサービスとかないの?食べさせてくれたりとか。何かドキドキする言葉を掛けてくれるとか」


(何を言ってんだこいつは)


 思わず演技を忘れ素が出そうになる。執事喫茶が実際どのようなサービスをするのかは知らないがこれは高校の一文化祭だ。そんな過剰なサービス実施しているはずがない。


「申し訳ありません。そういったサービスも当店では――」


「おめでとうございます!お嬢様。お嬢様は当店百人目のお客様ということで当店から特別なサービスをご用意いたしました!」


 尊の言葉を遮り隼人が話に入ってくる。いきなりの隼人の登場に尊は困惑するがそれ以上に聞き捨てならない言葉を聞いた。


「は?百人目の?お前何言ってんだ」


「まあまあそう慌てんなって。後、今接客中だぞ」


 悪い笑みを顔に貼りつけ隼人が尊の前に出る。


 これは一体どういうことだと尊は周囲を見渡す。だが、隼人の暴走とも言える言動に不信感を持っているものは誰もいない。まだ客の生徒は何かのイベントかと勘違いするのもわかるが、クラスメイトの中にまでいないのはどういうことだ。

 ちらりと井上を見てみると何やら訳知り顔で苦笑している。


(皆の動揺が全くないとなると……こいつ事前に根回しでもしてやがったな)


 尊は思い当たる可能性に隼人を睨む。


(だとしたら何のつもりだこいつ。それにその百人目って)


 尊は朱莉に視線を向ける。先ほどから隼人が朱莉に向かって説明を始めているからだ。


「お嬢様にはこのクジを引いてもらい書かれている内容を好きな執事に命令できます。それでは早速」


 隼人が何やら細く割いた紙を四枚用意し中心付近が手の中で隠れるように握る。紙の端が筒状にした手から飛び出している状態で朱莉へと差し出した。


「ではどうぞ!」


 教室中に響く声で隼人が声を上げる。


「え、えーと……」


 現状に着いて来れてない朱莉がクジを凝視して固まっていた。いきなりこんな状況になったのだ。朱莉でなくても同じような反応をするだろう。


 それでも差し出されているクジを無視することもできず朱莉は一枚の紙を抜き取った。そこに書いてある内容は――。


『執事にドキドキする言葉を掛けてもらえる権利』


 尊はクジの内容に見覚えというよりかは聞き覚えがあったので奈月へ視線を向ける。

 向けられた奈月も気づいているのか尊に可愛くウィンクを返した。


(お前もグルか!)


 尊は心の中で絶叫する。


 だがここで尊も納得した。この二人が関わっているということは朱莉を学校で普通に会話させるための計画の一つなのだろう。狙いの意図が全くわからないが。


 尊が思考している間も話はどんどん進んでおり――。


「それではお嬢様。お好きな執事を指名してください」


「え、いきなり言われても――」


「はい平野尊!ご指名入りました!」


 どこかのホストのようなのりで隼人が場を盛り上げていく。教室にいた生徒からも歓声と拍手が上がる。


(いや言ってねえだろ。というかこいつただ楽しんでるだけじゃないか)


 隼人の盛り上がり様に疑いの目を向けるが、尊は教室中から視線を感じ辺りを見渡す。皆が尊に注目している。


(一体どうし……っ!)


 一瞬考えたがすぐにその考えに至る。再び隼人に視線を向けるとにやにやと腹が立つ笑みを浮かべていた。

 尊はさっき隼人が上げた名前を思い出す。聞き間違えるはずがない自分の名前を。そしてクジの内容を。


「お前……本気で言ってんのか」


「仕方ないだろこういうイベントなんだから。ほらお嬢様を待たせるのは失礼だろ」


 隼人に背中を押される形で尊は朱莉の前に立った。


「………」


「………」


 前まで来たはいいがお互いに向き合ったまま黙り込む。いきなりの展開で流石に尊も脳の処理が追い付いていなかった。それでもこれからの展開だけは想像できる。


(どきどきする言葉ってなんだよそのお題……っ)


 心の中で悪態をつきながら、これから朱莉に掛ける言葉を考える。

 だがそんな言葉がすぐに出てくるはずもなく悩みながら朱莉へと視線を向ける。


 朱莉は動揺からか頬を紅潮させながら尊を真っ直ぐ見ていた。不意に合う視線に尊はドキッと心臓を高鳴らせる。それでもなぜか逸らすことができない朱莉の目を見入る。朱莉の方も一向に逸らそうともしないその瞳は何かを期待しているような潤んだ瞳をしていた。


 吸い寄せられるようなその瞳に気づけば尊は顔を近づけていた。


「え」


 徐々に近づいてくる尊の顔を朱莉は瞬きをするのも忘れ見つめる。鼻と鼻がぶつかるほど近づいたところで尊の顔が少し横に逸れる。そして、口元を朱莉の耳に添えて――。


「――――――――――」


「~~っ!?」


 尊が何事か囁くと朱莉の顔がみるみる赤に染まっていく。

 朱莉は急いで両手で顔を覆って隠す。幸いにも顔を赤くした瞬間は尊の身体で隠れ他の生徒には見えていなかったが、朱莉の行動が何よりも現在の状況を説明している。


 恥ずかしさを隠そうとしている今の朱莉を見て理解できない生徒はここにいなかった。

 静まり返る教室の中尊は口を開く。


「ドキドキさせる言葉を掛けるだったよな。御覧の通りこんな状況だけどこれでいいんだろ?」


 尊は放心状態の隼人に声を掛ける。


「あ、ああ、いいけど……お前何言ったの?」


「………」


 隼人の言葉に黙秘を貫く。朱莉に言った言葉を他に教えるつもりはないと。

 その意志を読み取ったのか隼人は肩を竦める。


「まあ、鳴海さんをここまでさせた言葉だし、皆の前で発表させるのは流石に止めるよ」


「助かるよ。……悪いな白けさせたみたいで」


「気にするなって。それに思ってるほど悪くはないみたいだぞ」


 隼人は含みのある笑みを見せると周りに視線を向ける。尊もつられて視線を向けると――。


「なにあの反応……可愛すぎるんですけど」


「鳴海さんのあんな反応初めて見た。やばい。鼻血出そう」


「………」


「お前なに固まってんだよ」


「……言葉が出ないってこういうことなんだな……」


 場を白けさせたのは尊の思い込みだった。実際には皆困惑しながらも甘酸っぱくも思えるこの空気を壊さないようにその余韻を楽しんでいた。


「わぁ、あーちゃん真っ赤っか。みーくん本当にあーちゃんのこと恥ずかしがらせるのうまいね」


「別にわざとやってるわけじゃないぞ。……今回は違うけど」


「平野さんの言葉はすごい真っ直ぐで嘘じゃないのがわかるから、朱莉ちゃんもそれがわかってて恥ずかしくしちゃうんだと思うよ。ね?朱莉ちゃん」


「沙耶香、今はそっとしてあげなって、追い打ち掛けなくていいから」


 朱莉は未だに顔を隠したままだ。しばらくはこの体勢から動けないかもしれない。


「………」


 尊はみんなから顔を逸らし右手で口元を隠す。そのままゆっくりと物音も立てずに離れようとしたところで隼人に捕まる。


「ん?尊どこ行くんだよ」


「……ちょっと外の空気吸ってくる」


「は?なんで今――。あー、なるほど。そうだよな、お前はそんな図太い心を持ってないもんな」


 尊の顔を確認すると何かを察したのか隼人がうんうんと頷きながら納得したように笑う。


「……わかってんなら黙って行かせろ」


 隼人は手を軽く振りながら「いってら~」と尊を見送る。そんな隼人に見送られながら尊は教室を出て人通りの少ない廊下の端で立ち止まる。


「……はああああ……」


 大きくため息を吐き出し尊はその場でしゃがみ込む。


「何言ってんだか俺は……はああ……」


 後悔の念に苛まれながら尊は再びため息をつく。


 朱莉に呟いた言葉は本来言うつもりはなかった。朱莉の瞳に意識が持ってかれ気づけば無意識に口から出ていたのだ。


「顔見れないな、しばらく」


 尊の顔は自分でもわかるくらい赤くなっていた。手で顔に触れれば、その熱が伝わってくるほどだ。この熱が取れるまで尊はしばらく数分前の自分自身を責めながら頭を抱えることになった。

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