64話 文化祭開催
滞りなく文化祭の準備は進み、今日は文化祭の当日を迎えていた。
学校の生徒全員が文化祭の開催の時を今か今かと待ちわびている。
尊のクラスもそれは同じで生徒たちがそわそわと落ち着かない様子で周りの友人たちと話をしながら気を紛らわしていた。
「流石に緊張してきたな」
「隼人でもそういうこと感じるんだな」
「お前俺を何だと思ってんだ。これでも繊細なんだぞ俺は」
「どの口が……普段があんなだから全然理解できん」
「あんなとか言うなよ!地味に傷つくは!」
緊張とは何なのか。全く緊張感のないやり取りを繰り広げる二人に周りにいたクラスメイトが苦笑する。その空気が伝播するように教室の空気が少し軽くなる。
空気の変化を感じ取ると井上が集まっているクラスメイトに声を掛ける。
「いい感じに緊張取れたみたいだね。ありがとう、平野、九条」
「いいってこんなこと気にすんな」
「なんでそんな自慢気なんだよ。何もしてないだろ」
隼人が鼻高々としているものだから尊は目を細めてつっこむ。
そんな二人を見て井上は笑顔を作る。
「いや、本当に助かったよ。このまま文化祭始まっても大丈夫かと心配してたから」
井上の言葉に周りの生徒も苦笑いを作る。少なからず皆も井上の言った通り不安があったのだろう。その不安もこうして解消された。
井上が再びクラスメイトへ声を掛ける。
「やれることはやったんだ。後は時と場合に任せよう」
井上の言葉にクラスの間で笑いが起こる。
「いいのか。そんないい加減な感じで」
「凝ったことは言えないからな。いいだろこんな感じで」
歯を見せて笑顔を作る井上に尊もつられて笑う。
「ちゃんと人来てくれるかな。私それだけが心配」
女子生徒が不安そうに顔を下げるが、隼人の言葉がそれを払拭する。
「大丈夫だろう。なんたってこっちには秘密兵器がいるんだから。なあ尊」
「もしかしなくても俺のこと言ってんのか?」
「他に誰がいるんだよ。俺たちの売り上げに貢献してくれるのに期待してるぞ」
「いやな期待のされ方だ。まあ、やるからには頑張るけど」
尊は首元のネクタイを気にしながら人知れず気合を入れていた。この数日、尊は積極的にクラスメイトと絡んできた。前みたいに逃げるようなことは無く正面から向き合うように。今では軽い冗談くらいは簡単に言えるほどだ。そんなクラスメイト達が尊に期待をしていると思うと尊も気合を入れざるをえない。
そうこうしていると教室のスピーカーから声が流れ出す。
『――これより文化祭を開催します』
放送が流れ終わるのを確認すると井上が声を上げた。
「よし、皆楽しんでいくぞー!」
「「「おーーー!」」」
拳を天井に向けて突き上げ、尊たちの文化祭は始まった。
文化祭開始と同時に尊たちのクラスを大量の生徒が押し寄せていた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
尊が来店した女子生徒たちに向けて微笑む。
それだけで女子生徒たちは頬を染めてしまう。
席まで案内をし注文を受け取るが、女子生徒は注文なんかそっちのけで尊をその潤んだ瞳で見続ける。
尊は表情を崩さぬようにし、テーブルを後にするとすぐ近くのテーブルで尊を見ながら注文をお願いする声が上がる。すぐにそちらのテーブルへ行き注文内容を確認する。
忙しなく働く尊を見ながらクラスの男子が呟く。
「……すごいな平野……」
「ああ……俺たち全然相手にされないんだけど……」
同じ執事服を着るクラスの男子がひっきりなしに女子生徒に声を掛けられる尊をどこか虚ろな目で見ていた。すると、お盆を持った女子生徒が男子の背中を叩く。
「ちょっと!忙しいんだからさっさと働いてよ!」
「おお!?すみませんっ!」
二人は急いで尊が対応できないテーブルへと向かう。その際、テーブルの女子生徒にあからさまに残念そうな顔をされたので男子生徒たちは瞳が濡れるのを必死に我慢した。
「尊!コーヒー五番テーブル運んだら六番の注文取って!」
「了解!なら三番テーブルの片付け任せた!」
嵐のような状態の店内を動き回る二人の働きぶりに井上が感服する。
「すごいなあの二人。ほとんど二人で店回してるよ」
普段から一緒に行動することが多い尊と隼人の息が非常によく噛み合っていた。お互いのことをフォローしながらうまく立ち回ってる。予想以上の生徒の量だったが二人の活躍もあり今のところ至って順調だ。
「ふーー」
尊は額に薄っすら浮かぶ汗を拭いながら店内を観察する。すると、テーブルを離れる女子生徒たちを確認しすぐにテーブルの片付けに入る。先ほどから尊の細かな目配りのお陰で店の回転もスムーズだ。会計を終わらせる頃には次の客を案内できる状態にできている。
それでも執事喫茶の特性上、他の店より回転率は低いだろう。執事を見に来ている生徒が大半の為、注文一つで長時間滞在何てざらである。しばらくすると見てわかるほどに店内の客の入れ替わりは無くなり、注文数も減少した。
なかなか入れ替わらない客に井上も難しい表情を作る。そんな状況の店内で隼人が尊に話しかける。
「なあ、このままだとお客全然入ってこれないんじゃねえの?」
「そうだろうな。まあ、お茶を楽しむより執事を見に来てるんだから仕方ないけど」
「でもなー。なんとかなんないの?」
「俺に言われても仕方ないぞ。隼人こそなんかないのか?」
「一応考えてるけどいまいちだ。尊の方が俺より何かいい案浮かびそうだし。どうよ?」
「………」
隼人の無茶ぶりに眉間に皴を寄せるが尊も状況の深刻さは理解してたので黙って思考する。そして思いついたものを口に出していく。
「単純に時間制限を付けて時間が着たら退席してもらうのがいいかな。そうなるとまた注文が殺到するから……皆慣れない接客だし、オーダー取るのと配膳を分けちゃうか……」
尊が考えを口にすると隼人がにいっと笑う。
「流石。いいんじゃないかそれ。ちょっと井上のとこ行って来いよ。こっちはいいから」
隼人は尊の背中を叩くと女子生徒からの注文を取りに行く。その後ろ姿を見送り尊は井上に今の案を提示した。
井上は少し考えるようなそぶりを見せたがすぐに顔を上げ尊の案を採用する。
そこからは井上が他の生徒へ指示を飛ばし、再び店内には慌ただしく注文が飛ぶ。店の回転率も飛躍的に向上し、列も徐々に短くなっていった。
「いい感じだね。ありがとう平野おかげで助かったよ」
「気にしなくていいぞ。皆の協力がなかったら回せなかったんだし」
「それでも打開策を出してくれたのは本当に助かった。あのままじゃ絶対集客率下がってたし」
眉尻を下げ安心したように胸を撫でおろす井上。学級委員長という立場でいろいろとプレッシャーも抱えているのだろう。尊もそんな井上の心情を察する。
「俺も協力くらいならいくらでもするからまた何かあったら頼ってくれ」
「うん。ありがとう。頼りにしてるよ」
笑ってお礼を言う井上に軽く右手を上げて尊は答える。長話もここで切り上げ仕事に戻ろうとしたとき、教室の扉が少し開いた。
完全に開かない扉にクラスの数人が気づき不審に思っていると、その隙間から列整理をしていた女子生徒が顔を覗かせる。なぜか少し硬い表情を作っている女子生徒が口を開く。
「あのー……鳴海さんが列に並んでるんだけどどうする?」
女子生徒の言葉に教室内がどよめき店員、お客関係なく目を丸くした。
その様子に尊は苦笑いを浮かべる。
(鳴海が来るってだけですごい慌てようだな)
朱莉もここの生徒なのだから尊のクラスの出し物に来ることぐらい不思議ではない。だが、皆がここまで騒ぐのはやはり朱莉の知名度の大きさだろう。学校一の美人とも言われてる朱莉の来店に生徒たちが周章するのも無理はない。
そしてここで一つ問題が発生するわけで――。
「え?誰が接客するの?俺まともに顔も見れそうにないけど」
「俺だってそうだよ。遠くから見てるだけで満足なんだから接客なんて……」
執事服を着た男子たちが慌てふためいていた。朱莉の接客という重大ミッションに皆腰が引けている。
そして、男子たちは次第に静かになり、同時に尊へ全員の視線が向けられる。
(まあ、そうなるよな)
向けられた視線の意味を理解し尊は小さく息を吐く。すると、後ろから隼人が近づいてくる。
「この中で鳴海さんの相手できるのお前しかいないんだから、そんな顔してないで行ってこい」
「なんとなくそんな気はしてたからそれはいいんだけど……」
尊は何とも煮え切らない微妙な反応を返す。そんな不審な態度の尊に隼人は気づいたことを口にする。
「何?もしかして鳴海さんに執事姿見られるの恥ずかしいの?」
本当にこういう時の隼人は察しがいい。一瞬で尊の内心を見透かす。
「鳴海にというか親しいやつらに見られるのに抵抗がある」
今更執事服姿に恥ずかしさを覚えないが見られて嫌な気持ちはある。授業参観で親に学校での姿を見られる感覚に近いか、見知った人にこの姿を晒すのは抵抗があった。
「それも今更だろ。尊も俺たちの出し物に鳴海さんが来ることぐらい考えてただろ」
「確かにそうだけど……」
「ならもう覚悟決めろって。佐藤さん、鳴海さんの番になったら尊に教えてやってくれ」
隼人は尊の肩に手を置くと列整理をしている女子生徒へ声を掛けた。
「あ、うん。わかった」
短く返答だけすると再び列整理の仕事へと戻っていく。
これで朱莉を担当するのは尊でほぼ確定だろう。隼人の手回しに尊はため息をつく。
「はああ、別にそんなことしなくても俺が接客するって」
「お?なんかいつもみたいに嫌々って感じじゃないな」
「最近逃げるのがかっこ悪いと思うことがあったからな」
なんだそれ、と隼人が首を傾げる。そんな反応を返す隼人を尻目に尊は深く息を吸う。
朱莉の順番まであとどれくらいだろうか。少し早くなっている心臓を落ち着かせながら尊は仕事へと戻った。




