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61話 自分じゃ似合ってるのかわからない

 接客時に着る執事服が届いたということで尊のクラスは生徒たちの声で騒がしくなっていた。

 ダンボールの中を見てみると、漫画とかでよく見る少し装飾が施された執事服が人数分入っている。


「……あれ着るんだよな」


 尊は実物を見てようやく実感が湧いてきた。自分が執事服を着るのだと。


「そんな顔しても今更逃げれないからな。俺も着るんだから諦めろ」


「お前はいいよ。最終的には何でも楽しむタイプだろ。俺はそこまで図太くない」


「尊。俺だって傷つく時は傷つくぞ」


 目を細め不満を口にする隼人を余所に尊は生徒が手に持った執事服に眉根を寄せていた。

 すると後ろから声を掛けられる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ平野。みんなも初めてなんだし一緒だって」


 尊は振り向き声を掛けてきた人物を確認する。そこには尊のクラスの学級委員長――井上輝政(てるまさ)が親しみやすい笑みを向けていた。


「井上……初めてどうこうより恥ずかしいだろ。あれ」


 視線で執事服を差すと井上は首を傾げる。


「別に恥ずかしがることないだろ。平野だったら間違いなく着こなせるだろうし」


「いや、それを言うなら井上だってそうだろ」


 長身ですらっとしている井上はそのスタイルの良さと人当たりの良さから陰ながら人気が高い生徒だ。

 尊が顔を顰めるので井上がそれを見て苦笑する。


「あはは、俺はどうだろう。服に着られてるようにならなければいいけど」


「そんな心配しなくとも絶対似合うから。というか井上と隼人が似合わない想像がつかない」


「その言葉はそっくり返すけどな」


 呆れたような顔を作り隼人が尊の顔を指差す。


「未だに自覚が足りんなお前は。いい加減自分の評価を改めろ」


「指を差すな。少しずつだけど努力はしてる」


 隼人の指を払い落し、尊は小さく息を吐く。そんな二人のやり取りに井上は楽しそうに笑う。


「本当に仲がいいな二人は」


「仲がいいように見えるか?」


「いやいいだろ。少なくとも平野がここまで誰かと話すのって九条くらいだろ」


「……確かにそうだけど」


 事実だけあり否定ができず尊は口が重くなる。

 三人で適当に話を交わしていると執事服を持っていた女子生徒が声を上げる。


「接客する男子ー、執事服試着するから集まってー」


 女子生徒の声を聞き、尊はいよいよかと表情を引き締める。

 そんな尊の様子に隼人は肩を竦めていた。


「全く本当に何をそこまで恥ずかしがってるんだか」


「まあ、平野にもいろいろあるんだろ。これ以上プレッシャー掛けるのも悪いぞ」


 井上は隼人の肩に手を置き、そっとしてやれと首を振る。三人は女子生徒の周りに集まるとそれぞれ執事服を受け取った。


「それじゃあ、そこのパーテンションの陰でそれぞれ着替えてみて」


 女子生徒は教室をホールとキッチンで仕切るパーテンションを指さす。女子ならともかく男子ならこれくらいの仕切りがあれば着替えれるだろう。

 尊たちはそれぞれ着替えを始める。気慣れない服に多少苦労はしたが数分で着替えを済ませることができた。


「着たけどこれでいいのか?」


 尊は着た執事服を見下ろしたり触ったりしておかしなところがないか確認しながらパーテンションから出る。


 そんな尊の姿を見て一部の女子から黄色い声が飛ぶ。


「え。やだ。すごい似合ってる」


「かっこいい……写真撮っちゃダメかな?」


「はー。やっぱり素材がいいとこうも違うんだ」


 頬を染めた女子たちが尊にとろっとした視線を送り、一部の女子は同じ執事服を着た男子生徒と見比べてため息をついていた。


 過剰とも思う女子たちの反応に尊は頬を引きつり、パーテンションの後ろに逃げようとするが両手を何者かにがしっと掴まれる。


「おっと、ここまで来て逃げんなって」


「平野もう見られたんだから堂々としてればいいんだよ」


 隼人と井上に連行される形でみんなの前へと進む。

 そんな三人の姿を見た女子から再び黄色い声が上がった。クラスでも顔が整っている三人が並んで執事服を着ているのだ。女子だけでなく男子も羨望の眼差しを送っている。


 いい加減疲れてきた尊はいちいち反応せず二人に身を任せる。


「三人ともサイズは大丈夫?直したいところない?」


「いや、ぴったりだからいいかな」


「俺も問題ないかな」


「うん。大丈夫そう」


 女子生徒が確認に来たので尊たちはそれぞれ返答する。

 しかし、すごい盛り上がりようだ。主に女子たちだが先ほどから隣のクラスまで聞こえるのではないかと思うほど騒いでいる。中にはスマホをかざし写真を撮っている生徒もいた。


(一応着たし鏡とかで確認したいんだけどな)


 ここまで騒がれれば尊も自分の外見が気になる。だが、尊たちの周りに集まってきている女子たちのお陰で身動きが取れない。尊は居心地悪そうにそわそわとしていると一人の生徒に話しかけられた。


「平野君すごいかっこいいよ!本当に似合ってる!」


 小野寺がテンション高く尊に近づいてくる。尊を見上げる小野寺の目はキラキラと輝いていた。

 そんな小野寺の勢いに押され尊は苦笑する。


「ありがとう。自分じゃ見れないからよくわかんないけど」


「心配しなくてもすごい似合ってるよ。あ、二人もよく似合ってるよ」


 尊の両隣にいた隼人と井上に付け足す様に褒める。


「なんだよ。俺たちはついでかよ」


「そんなことないけど。平野君が一番かっこよかったから」


「本人たち目の前にして正直だな。まあ、平野は確かに様になってるなとは思ったけど」


 苦笑いを作る井上が尊を見る。釣られる様に隼人と小野寺もこちらを向く。


「なんだよ。あまり見るな」


「照れんなって。言っとくけど本当に似合ってるからな。別に恥ずかしがる必要ないぞ」


「ここまで言われれば似合ってないとは流石に思わないけど。見られるのは別だ」


「本当に捻くれてますなー」


 揶揄うように肩を竦める隼人。尊も自分の性格は自覚してるので強くは言い返せない。

 そんなやり取りを繰り広げていると小野寺が口を開く。


「ねえ平野君。折角だからちょっと接客の練習してみてよ。私お客さんやるから」


「はい?」


 小野寺からの急な要望に尊は顔を顰める。


「いいんじゃないか。どうせやるんだし」


「お前……楽しんでるだけだろ」


 隼人が賛同したので顔を見るとにやにやと笑みを作っていた。

 そして、今の話を聞いた生徒たちが慌ただしく動き出す。


「そうなると簡単なメニューは欲しいかな。コーヒーとかってあったっけ?」


「お盆どこにやったっけ?誰か知らない?」


「ちょっとそこの机くっつけて。あとテーブルクロスも」


 逃げの口実を考えようと思っていたが、外堀が徐々に埋まっていく。クラスの団結力に尊は頬を引きつる。


「諦めろ尊。皆やる気になっちゃってるし」


 尊の首に腕を回し隼人は同情するように優しく声を掛ける。だが、その顔は今にも吹き出しそうなのを我慢しているのがバレバレだったので、尊は隼人のわき腹に肘をねじ込んだ。短い悲鳴を上げ膝から倒れる隼人を余所に尊は深くため息を吐く。


「はああ、やるよもう。まったく」


 額を手で押さえ尊は天井を仰ぎ見た。

 お読みくださりありがとうございます。


 今回初めて日間のランキングに載ることができました。


 これも日々読んでくださる読者の皆様のお陰です。


 本当にありがとうございました。

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