60話 笑顔ってどうやって作ればいいんだ
来週には文化祭の本番ともなると学校の至る所に文化祭を連想させるものが置かれていた。屋台にパイプ椅子、出し物で使うのであろう小道具が中庭、廊下、教室に少し乱雑に置かれている。生徒達も浮ついているのだろう。普段よりも学校の空気が明るい。皆が文化祭の開催を楽しみにしているようだ。
それは尊も同じなのだが――。尊は今、目の前の難題に苦戦していた。
「硬いよなー表情」
隼人が尊の顔を凝視しうーんと唸る。
「なんかこう……もう少し自然笑えないか?ほら。スマイル」
「そんな適当な振りで笑えるか」
隼人が手で何かを表現するように忙しなく動かす。尊はため息をつき自分の顔を鏡で確認する。
「硬いのは自分でもわかるけど、いざ笑えって言われてもな……」
「そんな難しいか?俺は結構簡単にできるけどな」
言うと隼人はにこっと笑顔を作る。
「確かにちゃんと笑顔だな。すごいけどキモいからもういいぞ」
「ひでえな!人が折角教えてやってんのに!」
「教えてもらってるのはありがたいけど、お前の説明抽象的すぎてよくわからないんだよ」
「俺だって笑顔の作り方なんて教えたことないからしょうがないだろ」
先ほどからこんなやり取りばかりだ。
執事喫茶の接客の練習のため笑顔の練習をしていたのだが、尊だけがどうもうまく笑顔を作れなかった。笑えていないというほどでもないが不自然なほどに表情が硬いのだ。引きつった笑顔と言えばいいのか、接客業として致命的であった。
「つうかいつも笑えてるだろ。ああやって笑えばいいんだよ」
「そのいつもができないから苦労してるんだろ。そもそも俺そんなに笑うタイプでもないし」
「そうだけどこの前笑えてただろ?」
「この前っていつだよ」
「空き教室で鳴海さんと二人で」
「………」
隼人の言葉でその時の光景が脳裏に甦る。
少し喧嘩気味になっていた朱莉と和解し、どちらからともなくお互い笑っていたのは記憶に新しい。尊はその時の気持ちを思い出し少し身体が熱くなるのを感じた。
はっ、と我に返ると頭を振り今の光景を振り払う。隼人が訝し気に視線を向けるが尊が口を開く。
「確かに笑ってたが、やっぱり状況が違うしな」
「状況というと、鳴海さんがいれば笑えるとか?」
「いや、そんなことは言ってないが」
万が一朱莉がいたとしても笑えるかと言われればわからなかった。あの時だってどうして笑ったのか理由を聞かれてもわからない。ただなんとなく自然と笑みが零れただけだからだ。
今まで考えたことがない難題に尊は頭を抱える。
「試しに呼んでみれば?」
「あほか。こんなバカみたいな理由で呼べるわけないだろ」
「まあ、そうだよな。なら他にいい手は無いか」
隼人は腕を組み天井を仰ぎ見る。こんなことでも真剣に考えてくれる隼人は本当にいいやつだと思う。
「悪いな付き合わせて」
「なんだよいきなり。別に気にするなって」
歯を見せて笑う隼人につられて少し頬が緩む。
「お、笑えてるぞ」
「え?今?」
「少しだけどな。でもさっきの堅い笑顔より全然マシ」
尊は顔を掌で触る。触って何かわかるものでもないが、少しでも何かを掴もうとする。
(今って何を考えてたっけ?……隼人に対する感謝?となると感謝から来る感情……楽しい?嬉しい?)
右手を口元にやり尊は思考する。そして、頭で引っかかった単語を抜き出す。
(嬉しいか。嬉しかったことってなんだろう)
さらに考えを巡らせる。それで最初に思い浮かんだのが朱莉のことだった。朱莉が作った料理。これを初めて食べたときは自然と笑っていた気がする。
その時の感情が甦ってきたのか尊は自然の笑顔を作っていた。
いきなり友人が笑顔になったので隼人は声を出して驚く。
「おおっ、急にできたな。いきなりすぎて気味が悪かったぞ」
「うるさい。まあ、でも、おかげで何となくわかったよ。ありがとな」
「気にするなって。因みに何だったんだきっかけは?」
「………」
何気なく聞いてきた隼人の質問に尊は何と答えたものかと顔を顰める。
正直に言うわけにもいかないので、適当に誤魔化すしかなかった。
「ちょっとコツがわかったのかな。感覚的なものだから何かといわれてもわかんないな」
「あー、コツがつかめた感じか。そういうのは説明難しいわな」
共感できる部分があったのか隼人はすんなり納得した。
ここまで協力してくれた友人を欺くようで少々心苦しかったが尊は胸を撫でおろす。それとは別で尊は少し頭を悩ませる。
試しに鏡に向かって笑ってみる。本当に自然な柔らかな笑みだ。
しっかりできている自分に満足する一方複雑な気持ちになる。
(笑顔は作れるようになったけど、接客の都度鳴海の料理のこと考えないといけないのか)
笑顔の原動力が朱莉の料理だとは尊は苦笑する。
本当に朱莉の料理が好きなのだと再確認し、こんな時にも助けてくれた朱莉に気恥ずかしくはあるが感謝を送った。




