58話 クラスメイトの絡み方がエスカレートしている
文化祭が近づいてくると学校の授業スケジュールも調整され、少しずつ文化祭準備に割ける時間ができるようになった。
そして尊たちのクラスでも文化祭に向けての準備を行っており――。
「ちょっとメニューの料理なんだけど――」
「内装のカーテンって白?赤?どっちがいいかな?」
「誰かテーブルクロスどこにやったか知らない?」
「さっきそこのダンボールに入ってるの見たよ」
生徒の忙しそうな声が教室中を飛び交うが皆どことなく楽しそうに浮かれた表情を作っている。高校最初の文化祭だ。生徒たちの期待も大きい。
尊も例外ではない。今は隼人と一緒に内装に使う花の飾りを作っている。
「結構作ったな。ペーパーフラワーだっけ?よく店とかに飾ってあるけどこうやって作ってたんだな」
尊は自分たちが作ったペーパーフラワーを誇らしげに眺めていた。
大体二百個ほどのペーパーフラワーが教室の片隅に山を作っている。
「なんか作りすぎな気もするけど足りないよりはいいんじゃないの」
隼人は作成中だったペーパーフラワーを組み立て花の山へと放り投げる。
「よっし。これでとりあえず終了ー。尊、ジュース買いに行こうぜ」
「そうだな。少し休憩するか」
割り振られていた仕事が片付いたので身体を伸ばしながら尊は席を立つ。
隼人と一緒に教室を出ようとしたとき後ろから声を掛けられた。
「あ、平野君休憩?なら私もー」
尊が振り返ると女子生徒が近づいて来ていた。
「あーと……小野寺も休憩?」
「うん。よかったら一緒に休憩しようよ」
「俺はいいけど……」
尊は少々戸惑ったが一緒にいる隼人へ問題ないか視線を送る。
「ああ、別にいいんじゃないか。飲み物買いに行くけど来る?」
「うん!」
嬉しそうに返事をした小野寺が尊のすぐ横へ歩み寄る。
近寄ってきたからといって小野寺が何か言うわけでもなくニコニコと笑顔で尊の顔を見上げてくる。
その小動物のような愛くるしい行動に尊は苦笑いを浮かべる。
(小野寺最近妙に絡んでくるな)
小野寺はホームルーム時に尊を執事に推薦した生徒だ。文化祭の準備が始まって数日、時間があればこうして尊に話しかけてくる。
「平野君たちもう仕事終わったの?すごいね!」
「量は多かったけど単純な作業だったからな。慣れれば早かったよ」
「えー、単純作業だったら私ならすぐに飽きちゃいそう。やっぱりすごいよ!」
「あはは……、ありがとう」
大げさに小野寺が褒めてくるので、尊は反応に困り乾いた笑みで返す。
それでも小野寺は気にしている様子もなく楽しそうに会話を続ける。
「文化祭楽しいね。平野君知ってる?校門から昇降口までの道が本当のお祭りみたいに出店が並ぶんだって」
「あー、たこ焼きとか焼きそばみたいな火を使うのはそっちに出店するんだっけ」
「そうそう。私お祭りのたこ焼きとか好きだから楽しみなんだよねー」
常に笑顔で楽し気に尊に話しかけてくるものだから尊はたじろいでいた。
毎度こんな感じである。その度に隼人に助けを求め視線を向けるのだが、隼人はにやにやと面白がるように尊を眺めているだけだ。
正直どうしてこんなに尊に絡んでくるようになったかが尊にはわからなかった。小野寺とは今まで話したことなど全くなく、会話をし始めたのは夏休み明けの本当に最近のことだ。
尊はその頃の出来事を思い出す。
(夏休み終わったころとなると……やっぱりイメチェンが関係してるのかな)
思い当たる節はこれしかなかった。それ以上は心当たりもなく尊は何となく答えをまとめる。
(視線が集まるくらい注目されてたしその延長なのかもな)
夏休み後に容姿をがらりと変えた尊に興味がある。そのくらいに尊は考えていた。
そしてしばらく思考の海に潜っていた尊は左腕に触れる柔らかな感触で現実へと引き戻される。
「ねえ?平野君ってば?」
思考の海から帰ってくると小野寺が自分の腕を尊の腕へ絡めているところだった。
「っ!?ちょっと小野寺近いって!」
「えー?平野君が無視するからでしょ」
ぷすーと拗ねたように頬を膨らませる小野寺。何ともあざといその行動に尊は苦笑いを浮かべる。
「わかったから。だから離れような」
「んー、別にこのままでもいいんだけど」
更に身体を密着させる小野寺に尊は身体を硬直させる。
「ちょっと流石に冗談でもやりすぎだって」
慌てる尊を気にもせず小野寺は離れようとしない。
尊も少し本気で注意しようと思った時だ。尊の背筋に悪寒が走ったのは。
「楽しそうね?平野君」
「……っ!?」
聞き慣れたその声を尊が間違えるはずはない。ほぼ確定している声の主の方へ恐る恐る視線を向ける。
時は少し戻り、朱莉たちも尊たちと同様文化祭の準備で慌ただしく働いていた。
お化け屋敷に使う小道具。朱莉たちは墓石をダンボールや紙を使って作成していた。
「うー、朱莉ーもう飽きたよー」
「奈月さんまだ初めて一時間も経ってないよ」
「それでもだよ。一体何個作るのこの墓。どうせ本番は暗いんだから適当にそれっぽいもの置いとけばいいじゃん」
「そういうわけにもいかないでしょ。ほら頑張って」
駄々をこね始めた奈月を叱る様に朱莉が作業を促す。ぶーぶー文句を言いながらも奈月は手にしたハサミで紙を切っていく。
そんな二人を見て沙耶香が周りを気にしながら声を掛ける。
「朱莉ちゃん例の計画っていつ始めるの?」
「あ、あー、わかってるんだよ。でも、どう声を掛ければいいかわからなくて」
「わからないって……尊と話す感じでいいんじゃないの?」
「そうなんだろうけど……」
朱莉は困ったように眉尻を下げる。今まで意識して男子を避けてきた朱莉にとって、いざ話しかけようとしてもどうしたらいいのかわからなかった。
(平野君に話す感じって言われても……いつもどう話してたっけ)
尊との会話を思い出す。どちらともなく自然と会話をしている光景を。
だが少しすると朱莉は軽く頭を振り諦める。
頭に思い浮かべてしばらく考えていたが、考えれば考えるほどよくわからなくなっていた。そもそも朱莉が尊と話す時はどう話しかけようなんて考えない。もちろん気を使う場面などは別だが、その他でこんなに事前に考えて話そうなんてしていない。
(本当に自然に話してるよね。なんで話せるんだろう)
そもそもどうして尊とは話ができるのか。別に朱莉はコミュニケーションが下手だというわけでもない。今は長い期間男子を避けてきた弊害が出てしまっている状態だ。それでもなぜか尊とは最初から話せていた。
(親切にしてくれたから?でも最初は鬱陶しいとまで思ってた気がするし)
雨で濡れてた日のことを思い出す。尊が親切にタオルを貸してくれた時も朱莉は突き放すような態度を取っていた。でも結局は――。
(感謝してたしな。気づいたのは後だけど)
考えても答えは出なかった。
(平野君がここに居たら何かわかるのかな)
今この場にいない尊のことを考える。
そんなぼーとしているように見える朱莉に沙耶香が首を傾げ声を掛ける。
「朱莉ちゃん?大丈夫?」
意識の外から声を掛けられ朱莉は思わず肩を跳ねさせた。
「っ!あー……ごめん考え事してて」
「本当に平気?やっぱり無理しない方がいいんじゃない?」
そんな朱莉の様子を無理をしていると思ったのか沙耶香が心配そうに表情を曇らせる。
朱莉は慌てて手を振りながら誤解を解く。
「無理してないよ。本当に少し考え事してただけで」
「本当に?それならいいんだけど」
朱莉の言葉に沙耶香はほっと胸を撫でおろす。
「まあ最初だしそんな難しく考えなくていいんじゃないの?ほら。ペンキ無くなったから貰ってきてよ」
奈月が空になったペンキの缶を朱莉に差し出し視線を少し右へと向けた。
視線の先には朱莉たちとは別の小道具を作っている男子たちがいる。要は朱莉にそこへ行きペンキを貰ってこいということだ。
「うーん、まあ、それくらいなら」
逡巡し缶を受け取ると朱莉は立ち上がり、男子たちの方へと進む。
目の前まで来て一度立ち止まると深く息を吸い朱莉は口を開く。
「ごめんね、ちょっといい?」
男子たちは誰に声を掛けられたのか分からなかったので気怠げに振り向くと表情を一変させる。
「な、鳴海さん!?えっ!?ど、どど、どうしたの!?」
朱莉に一番近かった男子が口籠りながらも何とか返答する。
「ペンキが無くなっちゃったの。よければ分けてもらえないかな」
あくまで自然に優しく笑顔を作りながら話す朱莉。
だが、その笑顔に男子たちは揃って顔を染めていた。周りも気づいたのか滅多に見ることがない光景に皆作業の手を止めている。
固まってしまった男子たちに朱莉が再び声を掛ける。
「あの……ダメだったかな?ペンキ」
首を少し傾けて不安そうな表情の朱莉を見た男子は沸騰したように顔を赤くし慌ただしくペンキを用意する。
「こ、これ、です」
「う、うん。ありがとう」
内心苦笑しながらも表情だけは崩さず朱莉はペンキを受け取り戻っていく。
朱莉が奈月たちの元へ戻ると皆の興味も散っていき徐々に作業が再開される。
周りの様子が戻ってきたことを感じ取ると朱莉は盛大にため息を吐いた。
「はーーー。こんなに疲れるものだったっけ」
全身を脱力し床にへたり込む。久々に尊以外の男子に話しかけたが想像以上に疲労が襲ってきた。
「いやー、話しかけただけでみんなの視線持ってっちゃうのは流石だね」
「あはは、お疲れ朱莉ちゃん」
奈月が感心するように頷き、沙耶香が苦笑しながら労いの言葉を掛ける。
「いきなりこんなんじゃ先が思いやられるんだけど。大丈夫なのかな……」
「わかりやすく落ち込んでるね。ちょうどいいし休憩にしようよ。なんか喉渇いたし」
「奈月さんが休憩したいだけでしょ。でも、喉は渇いたかも」
慣れないことをしたので喉がカラカラになっていた。
よしっ、と奈月が立ち上がると朱莉の手を引く。
「なら休憩ってことで、沙耶香も行くよ」
「あっ、待ってよ奈月」
沙耶香も慌てて立ち上がり二人を追いかける。
文化祭準備の喧騒に包まれる廊下を歩きながら朱莉は二人へ話しかける。
「さっきの私ってそんなにおかしかったかな」
不安そうに眉根を下げる朱莉。
「別におかしくはなかったよ。おかしかったのは男子の方で」
「うん。朱莉ちゃんは普通だったかな」
変なことは無いと奈月と沙耶香は否定する。それを聞き朱莉は表情を和らげる。
「そうか。それならいいんだけど。なら何が駄目だったんだろう」
「こればっかりは慣れなんじゃないのかな。慣れていっても朱莉じゃなく周りがね。普段と違うことしてるんだから反応はあんな感じなんじゃない?」
「うん。やっぱりいつもとの違和感は残っちゃうから……それを無くすのが今回の目的でもあるんでしょ?」
「そうだね……少しずつ頑張ってみるよ」
朱莉は両手を握り気合を入れる。皆がこうして協力してくれているのだ。絶対成功させたいし、何より自分を変えてまで朱莉のことを助けてくれた尊には応えたいと思っていた。
(平野君だって頑張ってくれたんだから私も)
落ち込んでいた気持ちを吹き飛ばす様に朱莉は真っ直ぐ前へと視線を向けた。
だが、タイミングが悪かった。朱莉の視線の先には女子とじゃれ合う尊の姿があった。
「………………はい?」
前に視線を固定したまま感情が抜け落ちたような表情で朱莉は固まる。心が急激に冷えていくようなそんな感覚に襲われていた。朱莉にとって初めての感覚だったが今はそんなことは気にならなかった。急激に冷えた心は今度は熱くなるのを感じた。
(あれは平野君よね。となりの子は確か……)
一瞬考え朱莉の記憶と顔が一致する。
(この前カラオケに誘ってた……)
誰だかわかると朱莉の心が更に熱くなった。一体何にこんなに心が乱されているのか朱莉はこの感情に戸惑いを覚えながらも思考を止める。冷えていく頭で尊たちの方へ近づいていく。
そして学校での余所行きの笑顔を顔に貼りつけ朱莉は口を開く。
「楽しそうね?平野君」
お読みくださりありがとうございます。
少しでも楽しめていただけたなら幸いです。




