56話 文化祭の定番と言えばメイド喫茶だが
そろそろ文化祭の準備が始まると考えていたころ。尊のクラスのホームルームで文化祭の出し物について話し合いが行われていた。
「えー、では、文化祭でやる出し物について何かやりたいものがあれば意見を出してください」
教室の檀上に立つ学級委員長――井上が教室を見渡す。すると、すぐに口を開く生徒が現れた。
「ならメイド喫茶がいいと思います!」
妙な気合が入った男子生徒がそう言うと、クラスの男子の大半が賛同するように騒がしくなった。
だが、それも一瞬でまたすぐに違う声が上がる。
「えー、でも他のクラスと被りそう」
女子が男子の意見に不満を口にする。
この意見には他の女子も同じなのか、あまり好ましい印象はないみたいだ。
「別に被ってもよくないか?どうせ他のところも似た様な出し物だろうし」
「でも折角なら違うものがよくない?あからさまに比べられるのもやだし」
周りの喧騒を聞きながら尊も出し物について考えていた。
(やっぱり中学とは自由度が段違いなんだな)
一応事前に先生から去年の文化祭でどんな出し物があったのか説明はあったが、中学との違いに驚く。
特に意見を言うでもなくクラスの話し合いに耳を傾けているとスマホが振動する。
「?」
こんな時間に何かと画面を確認すると隼人からメッセージが届いていた。隼人の方へ視線を向けると尊に向かって口を動かしていたが何を言っているのかまるで分らない。とりあえずメッセージを確認する。
『何かやりたいものないの?』
急にスマホで連絡を取ってくるから何かと思えば、ただの雑談であった。
『これといってないな』
簡単にそう返すとすぐに返信が届く。
『折角なんだからもっと楽しもうぜ』
『これでも楽しみにはしてるけどな。隼人こそないのか?』
『たこ焼き 焼きそば チョコバナナ いろいろあるぞ』
なぜか食べ物に偏っているが文化祭と言えばな出し物が揃っていた。
『じゃあそれ候補として上げろよ』
『まだいろいろ出そうだし、俺の意見で他が出なくなるかもだから最後にするわ』
隼人なりに考えているみたいだ。
スマホで連絡を取り合っている最中も様々な意見が上がり、井上が黒板にどんどん書き足していく。見れば隼人の意見はすでに出ていた。
意見も出尽くし落ち着いたころ一人の女子生徒が手を上げた。
「はーい。メイド喫茶は被りそうなんだけど、執事喫茶とかはよくないかな?」
「執事喫茶?メイド喫茶の執事版ってことでいいんだよね?」
「そうそう。これならそんなにやるクラスもいないと思うんだよね。それにうちのクラス顔整ってる男子多いし絶対人気出ると思う」
女子生徒は教室を見渡す。そのとき尊と視線が重なる。気のせいかと尊は考えたがそこであることに気づく。その女子生徒は以前尊をカラオケに誘っていた生徒だと。
だが、視線が合っていたのは一瞬で女子生徒はすぐに前方に視線を戻した。
「どうかな?」
「んー、確かに目新しいかも。なかなかいいかもしれないな」
「うん。それに男子の執事姿ちょっと見てみたい」
クラスの中からも高い評価を貰い、意見を出した女子が嬉しそうに笑顔を作る。
「そうなると俺らが接客やるのか?なんか大変そうだな」
「ああ、接客とかやったことないし」
一方で男子からは難色を示す意見が飛ぶ。
男子と女子でまた意見のぶつかり合いが始まろうとしたとき、隼人が腕を組み顔を少し上げた状態で口を開く。
「でも考えようによっては女子がいっぱい来るわけで、接客だし合法的に女子と話しできるぞ」
何気ない感じで口にした隼人の一言でクラスの空気が変わった。主に男子の。
「……まあ、そうだな。他のクラスと一緒ってのも変わり映えしないし……いいかもな、執事喫茶」
「おお、折角だし変わった出し物やるのも楽しそうだな」
先ほどまで乗り気でなかった男子が考えを改める。
女子からは冷めた視線が飛んでいたが男子たちは気にしていないらしい。
「えーでは、うちのクラスの出し物は執事喫茶ってことでいいのかな」
井上の声に反対する者もおらず、尊たちのクラスは執事喫茶をやることで決定した。
「まだ時間もあるしこのまま役割も決めれるところまで決めようか」
再び井上が口を開く。すると、クラス内はまた喧騒が埋め尽くす。
「はい!じゃあまず執事の人決めようよ!うちの顔となるわけだし!」
「なら――。執事やりたい人手を上げてくれ」
黒板に文字を書きながら井上が立候補者を募る
すると七人ほどの生徒が手を上げた。
井上が黒板に名前を書いているのを何気なく眺めているとスマホが震える。
差出人は見るまでもなく隼人で――。
『執事やらないの?』
尊の性格からしてやらないのはわかっているだろうに。
『やらんよ』
『えー、なんでだよ』
不満げな文章に返信するのも面倒臭いと思っていると、井上が首を傾げる。
「うーん。少ないかな……」
「休憩での交代も考えると全然少ないんじゃないか?」
考えている井上に隼人が助言する。
「やっぱりそうだよな。他にはいないかな?最悪俺も接客はやるけど」
そう声を掛けるがそれ以上名乗り出る者はいなかった。
だが、そこで先ほど尊と目が合った女子生徒が手を上げる。
「はい。なら推薦してもいい?」
「あー……、いいけど役割が役割だからあまり押し付けないようになら」
接客という特殊な役割に気を使ったのか井上が控えめに女子生徒に促す。
「了解。なら、私は平野君を推薦したいかな」
「え?俺?」
今まで一言も言葉を発さなかった尊の名前が出て戸惑いを見せる。そんな尊の動揺もつゆ知らず話は進んでいく。
「あー、平野君か、いいかも」
「でしょ!平野君の執事姿とか絶対似合うし」
楽し気に盛り上がる女子たちの会話になんとも断りずらい雰囲気なってきたところで井上が言葉を遮る。
「皆ちょっと待った。これじゃあ平野がやりたくなくても断れないって。とりあえず平野どうかな。接客やる?」
「………」
優しく井上が尊へ声を掛ける自然とクラスの視線も尊へと集まっていく。
(いや、やりたくないけど……どっちにしろ断りづらいな)
尊は冷や汗を流しながら逡巡する。井上の気づかいはありがたいがあまり意味がない。結局断りづらい空気になってしまった。
どう切り出すか悩んでいると隼人が口を開く。
「まあまあ、尊折角だしやってみたらどうだ。お前多分接客とか向いてるって」
「いや……何を根拠に」
「結構いろいろと気を遣うのうまいからな。そういうとこ多分接客で活きてくるんじゃないのか。――多分」
最後に余計な一言を付け加える。
尊に接客が合ってるかどうかは別として、これで余計に逃げられなくなった。隼人を見ると楽しそうに笑っているのでわざとなのだろう。
尊は眉根を寄せ隼人を睨む。
「そこまで俺のことを推すんだ、俺がやるならお前もやってもらうからな」
「ん?ああ、いいぞ」
軽い感じに返答され尊は拍子抜けする。ここで拒絶してくれれば尊としてもまだ逃げようがあったがこれで完全に逃げ道も失った。
小さくため息を吐き尊は井上を見る。
「わかった。いいよ。俺も執事やる。あと隼人も」
「おう。まかせろ」
「ありがとう二人とも。なら俺も入れて十人。何とかなるかな」
正直この数字が多いのか少ないのか見当がつかない。
黒板に名前を書いてる最中、女子たちの歓喜の声が教室中に響いていた。
教室が騒がしくなっていたので話しても問題ないと隼人は直接尊に話しかける。
「尊やっぱりやるんだな」
「お前が仕向けたんだろ」
「別に無理強いしたわけでもないし」
口笛を吹きながら明後日の方向を向く。そんな隼人の態度に尊は目を細め。
「……合法的に女子と話せるとか言ってたこと陽菜に言っとくわ」
「ちょっと待って!あれは言葉の綾と言うか本心では……そもそも俺には陽菜いるし!」
「まあ、陽菜がどう思うかだな」
「おおお!待って頼む!」
尊がスマホを取り出したので隼人が席を立ち尊の方へ走ってきた。
ホームルームとはいえ騒ぎすぎ、二人は仲良く先生に怒られることになった。




