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54話 同時に食べさせ合うのは流石に無理

 商品を貰ったあと店内で食べる気にはなれず、尊たちは近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。


「それで、なんだったんださっきのは」


 早々に尊は先ほどの件について問いかける。

 朱莉も公園まで歩いて落ち着きを取り戻したのか今は頬を少し赤らめてるくらいだ。


「……別に深い意味はないんだけど」


「深い意味じゃなくても理由はあるんだろ」


「………」


 朱莉はしばらく逡巡する。

 尊がじーと視線を向けるので観念したのか朱莉が口を開く。


「本当に深い意味はないのただ……その、そっちの方がお得だったってだけで……」


「お得だったって……ああ、確かに安くはなったけど」


「学生の一人暮らしなんだよ。やっぱりお金には気にするし安いならそっちの方がいいでしょ」


 朱莉がばつが悪そうに身体を縮こませる。


「でも、あんなことになるなんて思わないでしょ。私も恥ずかしかったんだからもういいでしょ!」


 次第に朱莉の感情が暴れ出し涙目になり訴えてくる。

 確かにもう恥ずかしすぎて居たたまれなかったので気持ちは痛いほどわかる。


「まあ、理由はわかったけど。全くためらいなかったよな鳴海」


「躊躇はしてたけど平野君が注文しそうだったからつい」


「なら相談してくれればよかったのに」


「店員の前でカップルの振りしようなんて相談できないでしょ」


「……確かに」


 あの状況ではあれが最善だったのかもしれない。そう思うことにし尊はクレープを口にした。苺の甘酸っぱさと生クリームの甘みが口の中に広がり頬を緩める。


「うまいなこれ」


 流石は雑誌に取り上げられるだけある。人気の理由にも納得し夢中でクレープを頬張っていく。

 その様子を見て朱莉が微笑む。


「ふふふ。平野君こそクレープ好きなの?すごい勢いで食べてるけど」


「ん?……ゴクっ。特別好きってわけじゃないけど、ここのは本当に美味しいぞ。鳴海も食べてみればわかる」


 口いっぱいに入れていたクレープを飲み込み尊は返答する。

 尊に促され朱莉もその小さな口にクレープを運ぶ。

 すると目を大きく開き幸せそうに頬を押さえる。


「ん~っ!何これっ!すごい美味しい!」


「なあ。苺と生クリームが絶妙にマッチしてる」


「こっちはブルーベリーやキウイの酸っぱさが癖になりそう」


 続けて一口食べると朱莉は目元をとろんとさせ頬も緩み切ってしまう。

 そんな美味しそうに食べるものだから尊もつい表情を柔らかくする。心が温かくなるような感覚に浸っていると朱莉と目が合い少し考えるようなそぶりを見せる。


 そして頬を染めながらクレープを差し出してくる。


「……え?」


「そんなに見なくても欲しければ一口ぐらいあげるから」


「いや、欲しいから見てたんじゃなくて」


「違うの?ならどうして見てたの?」


「それは……」


 流石に見てた理由を言うわけにもいかず尊は戸惑う。だが、このまま固まっているわけにもいかず――。


「いや、やっぱり貰っていいか?本当はそっちの味も気になってて」


 誤魔化すために朱莉の勘違いに合わせる。少々わざとらしくもあったが朱莉が不審に思うこともなく。


「最初から素直にそう言えばいいのに。何?恥ずかしがってるの?」


 にやーと悪戯を楽しむ子供のように朱莉は相好を崩す。


「前もこうやってクレープ分けたじゃない。平野君まだ恥ずかしいんだ」


「あの時自分も恥ずかしがってたの忘れたわけじゃないよな」


 都合の悪いことを忘れていそうなので尊が指摘する。


「うっ……」


 痛いところを突かれたのか朱莉は呻き声を上げ顔を伏せる。


「ま、まあ、確かにあの時はちょっと動揺したけど食べ物分けてあげるくらいどうってことないから」


「分けてもらうことよりも食べさせてもらう点で俺は恥ずかしいんだが」


「へー、やっぱり恥ずかしかったんだ。なら、はい」


 朱莉が自分のクレープを尊の口元まで差し出す。


「ここまで聞いて食べさせようとするんだな」


「折角だし。平野君にも食べてもらいたいからね。まあ、恥ずかしくてどうしても無理だって言うのなら仕方ないけど」


 挑発的な笑みを作りこちらをにやーと見ている。一体何のスイッチが入ったのか朱莉はとても楽しそうだ。だが尊もここまで言われて黙ってはいない。


「わかった。ありがたく貰うよ」


 差し出されていたクレープに齧り付く。

 朱莉の言ってた通り程よい酸味が口の中に広がった。


「こっちもうまいな」


「でしょ?……あんまり恥ずかしそうじゃないね」


 尊の様子を窺い、朱莉はどこか不満げにしている。思っていた反応を得られなかったのだろう。むーと唇を尖らせている。


「そう何度も恥ずかしがるほど子供じゃないからな」


「何それちょっとムカつくんだけど」


 余裕ぶっている尊に朱莉は眉根を寄せるが、内心尊の心に余裕などなかった。表情には出さないようにしているが、今も大きく鼓動を続ける心臓の音が外に漏れてないか気がかりで落ちつかない。

 そんな尊の必死の抵抗をつゆ知らず朱莉が再びクレープを差し出してきた。


「なんだよ今度は」


「なんかこのままは負けた様な気がしてやだから。もう一回」


 意味の分からない理由で再挑戦を申し込んできた。

 朱莉の負けず嫌いな部分が表に出る。


「負けた気がするってそもそも何が勝ちなんだ」


「そんなの恥ずかしがらせた方が勝ちでしょ」


 さも当然といった様子でクレープを突き付けてくる。一体何が朱莉をそこまで突き動かすのか。尊は朱莉の行動に少し呆れながらも口を開く。


「そういうことなら。ほら」


 尊はクレープを朱莉の口元へ差し出す。


「勝負ってことならこうしないと不公平だからな。これで恥ずかしがった方が負けということで」


 突き出されたクレープを見て朱莉は唾を飲む。平静保とうとしてはいるが顔が強張っている。

正直尊はどちらが恥ずかしがるかの勝負で朱莉に負ける気はしなかった。毎度勝手に照れて恥ずかしがっている姿をよく見ているからだ。ただそこには尊の言動も大きく関わっているのだが無意識で照れさせることが多い尊がそこまで意識しているはずもない。


「そ、うね……確かにこうしないと不公平ね……」


「ああ、それじゃあお互い食べさせるぞ」


「……うん」


 お互いの手から出されてるクレープを二人は同時に口をつけた。

 しばらく味を確かめるように口を動かし続ける。

 尊は目を瞑り味に集中しようとしたが全くできなかった。


(はっず……これはダメだろ)


 上昇してきている体温を意識しながら尊は恥ずかしさで震えていた。

 さっきは何とか顔に出さないようにできたが、今回はできそうもない。二人同時に食べさせ合うなど恋人同士がやりそうな行為に尊は食べてから気づいた。


(こんな恥ずかしいこと隼人たちでもやってるところを見たことないぞ)


 バカップルである友人二人を思い出した瞬間恥ずかしさがこみ上げてきた。隼人たちでさえやらない行為と意識してしまったがために尊の羞恥心は限界を迎え顔を赤く染める。


 せめてもの抵抗に掌で隠すが流石に誤魔化しきれない。

 こうなると尊の負けを想像するが、尊がここまでダメージを負っているのに朱莉がそれ以下のはずもなく。


「~~っ!ぅ~~っ!う~~っ!」


 恥ずかしさのあまり目を回している朱莉が何事か口から漏らしている。何を言っているのかわからないし、そもそも言葉として発しているかも不明だがとりあえず朱莉の許容範囲を超えているのがわかる。


 毎回毎回なぜ性懲りもなく尊に悪戯を仕掛けてくるのか。毎度自分が恥ずかしい思いをしているというのに。


「おい。鳴海大丈夫か?」


 しばらく様子を見ていたが回復する様子がなかったので尊は声を掛ける。


「……え?あー、うん……大丈夫……うん」


 反応が覚束無かったが一応返答はできるみたいだ。それでも高揚した身体は未だに朱莉の顔を赤く染めていた。


「それで、これはどっちの勝ちなんだ」


 もう勝敗などどっちでもよかったが一応確認してみる。


「……まあ、引き分けってことにしておく」


 朱莉は悔し気な表情を作りながら火照った顔の口元を隠す。

 両方恥ずかしがっているので引き分けも納得だが、負けを認めたくない朱莉の気持ちがありありと伝わってくる。


「引き分けねー」


「何?」


「なんでもないよ」


 少し嫌味ったらしかったか朱莉が睨んできたので誤魔化す。

 さっさと残ったクレープを片付けようと口へ運ぶと朱莉が物欲しそう尊の方を見ているのに気づく。


 ずっと見ているので訝し気な視線を返すと朱莉も気づきばつが悪そうに視線を外す。


「どうしたんだ今度は」


 まさかまだ勝負するとか言うのではないかと尊が恐々としてると朱莉が口を開く。


「えーと、ちょっと言いにくいんだけど……もうひと口だけ貰えない?さっきは味がわからなくて」


 恥ずかしそうに俯き気味に言う朱莉。混乱していたあの状況で味を確認している余裕もなかったのだろう。

 何とも可愛らしいお願いに尊は気が抜ける。


「別にそれくらいなら――」


 素直にお願いを聞こうと思ったが尊は言葉を区切り逡巡するとわざとらしく笑顔を作り――。


「はい、鳴海」


 再びクレープを鳴海の口元へ運ぶ。


「え?いや、流石に食べさせてもらうのはもう恥ずかしい――」


 それには朱莉も抵抗を見せるが尊も今回は引かなかった。


「遠慮するなって。ほら」


 ここまでされたのだから尊も揶揄ってもばちは当たらないだろう。


「うぅ……でも……でもぉ」


 恥ずかしがる朱莉は揶揄いながら残りのクレープも美味しく頂いた。

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