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52話 自己評価が低すぎる

 放課後になり尊は鞄を手に取り席を立つ。


 隼人は部活なので一人昇降口に向かって歩いていた。

 帰ってから何をしようかと普段と変わりなくそんなことを考えて昇降口に着くと後ろから声を掛けられた。


「ちょっと何先に帰ろうとしてるの」


 一瞬尊に掛けられた言葉じゃないと思ったが、聞き覚えのある声に振り向くとそこには予想通り人物が腕を組んで仁王立ちしていた。


「鳴海?なんでって学校終わったし帰るだろ」


 何を言っているのだと尊が首を傾げると朱莉が大股気味に近づいてきて尊にだけ聞こえる大きさで声を掛ける。


「教室で話したでしょ。今日は私と用事があるからって」


「え?……え?あれその場の嘘じゃないの?」


「嘘だけど一応学校なんだから振りはした方がいいでしょ」


 あー、と朱莉の言葉に尊は曖昧な反応を返す。確かに辻褄合わせのためにもやった方がいいかもしれないが。


「そんなに気にしないといけないのか?」


「どこで誰が見てるかわからないでしょ。少なくても教室にいた人は知ってるだろうから私たちが別々に帰ったら不振に思うかも」


「まあ、確かにな。余計な疑いを掛けられるよりはましか」


「そういうこと。逆にこうして二人で帰ってるところを見せれば疑いようがないでしょ」


 用心深すぎるとも思ったが、これは朱莉の経験からなる対策なのだろう。普段から見られてきた朱莉が言うのだから間違いない。


「それでどこまで一緒に行くんだ?学校出てもしばらくは一緒の方がいいよな」


「うーん、そうなんだけど……」


 一瞬言い淀み尊の顔を窺うよう視線を向ける。


「折角だから本当にどっかに行かない?」


 まさかの朱莉からのお出かけの誘いに尊はきょとんと目を瞬かせる。


「いいけど、どこか行きたいところがあるのか?」


「駅前に新しくクレープ屋ができたの。そこに行ってみたくて」


「あー、クレープ屋か」


 そういえば前に陽菜が言ってたと思い出す。ぼーとそんなことを考えていたからか朱莉が不安そうに口を開く。


「もしかしてクレープ嫌いだった?」


「え?あ、いやそんなことないぞ。むしろ甘いのは好きな方だしな」


 返事もしないで考え事をしていたので慌ててフォローを入れる。それを聞いて朱莉は安心したのか微笑む。


「なら良かった。それじゃあ行きましょう」


 尊を追い抜いて先に行く朱莉を追うように尊も歩き出した。



 学校から歩いて二十分ほどで駅前まで到着し、目的のクレープ屋はすぐにわかった。

 最近オープンしただけはありクレープ屋の前には列ができていた。


「へー、結構人気なんだな」


「この前雑誌に載ってたからそれで知った人が多いみたい」


 道理で、と尊は列を流し見ながら納得する。


「早く並ぼ。列がまた伸びちゃう」


 尊たちが話してる間も列は伸び続けており、二人は慌てて最後尾の方へと駆ける。

 そして最後尾からお店の方を見やり尊はふうと息を吐く。


(まさか並ぶことになるとは)


 ここまで人気の店とは思っておらず尊は苦笑する。

 並び出したはいいものの結構時間がかかりそうだ。

 黙りっぱなしもおかしいので当たり障りのない話題を選ぶ。


「朱莉ってクレープ好きなのか?」


「ん?好きと言えば好きだけどこうしてわざわざ食べに来るのは初めてかな」


「そうなのか?てっきりよく来るのかと思ってた」


「最近雑誌で見て記憶にあったっていうのはあるかな。食べたいとは思ってたからいい機会かなって」


 なるほど、確かに尊との嘘の辻褄合わせにはちょうどいい。


 尊もこんな機会がなければ来ることは無かったし、何よりここまで列を作る店となると自然と期待が高まる。


 朱莉と話をしながら自分たちの順番を待っていると周囲が少し騒がしいことに気づく。何かと思い少し聞くことに集中すると――。


「あれってモデルかなんかかな?」


「だよね。すっごい綺麗な顔」


 モデルがいるみたいな話をしていることがわかり。尊も周囲を見渡す。


「なんかモデルがいるみたいだぞ。全然気づかなかった」


 だが、周囲を見渡してみてもそんな一目でわかるような人は見つからなかった。一体どこにいるのだろうか尊が考えていると、隣から呆れるようなため息が飛んでくる。


「平野君本気で言ってる?」


「え?周りからそう聞こえたからいるのかと思ったけど」


「その周りの子たちの視線見てみて」


 尊は疑問に思いながらも朱莉に言われたように近くにいた女性たちをさり気ない動作で確認する。

 すると、皆が一様に尊たちの方を見ているのがわかった。


「こっち見てるな」


「そういうこと」


 なるほど、と尊も納得する。


「鳴海のこと言ってたんだな。まあ、気持ちはわかるけど」


 朱莉ほど整った顔の美人がいれば誰だって勘違いするだろう。視線を巡らせると結構いろいろなところから見られているのがわかった。


(こんなところでも鳴海は大変だな)


 学校以外でも目立ってしまう朱莉に尊は同情する。

 苦笑交じりに朱莉を見てみると、なぜかジト目で尊のことを見上げていた。


「何他人事みたいに言ってるの」


「え?いやまあ、確かに鳴海が見られてるのに他人事みたいにするのは悪いと思うけど」


「そうじゃなくて。今視線を集めてるのは私じゃなくて平野君よ」


「はい?」


 予想外の言葉に尊は素っ頓狂な声を上げる。言ってる意味が分からずしばらく固まっていると朱莉がまた呆れたものでも見るようにため息を吐く。


「あなた少しは自分が変わったことを自覚した方がいいよ。今日の教室のこともそうだけど」


「まあ、見た目は大分変ったとは思ってるけど、一応見て呉れだってよくなったと思ってるし」


 自分の服装などを確認しながら言うと、再び朱莉がため息を吐いた。


「その自己評価が低すぎるの。今の平野君は一般的に見ても大分かっこいいし周りからもこうして見られるんだから」


 確かに尊を取り巻く環境はここ数日で大きく変わった。容姿を整えただけでこんなに変化が起きるとは尊も正直驚いていた。


 それに、朱莉の今の言い方だと――。


「鳴海もかっこいいと思ってくれてたのか?」


 無意識に口が動く。朱莉から実際にかっこいいと言われたのは初めてだ。

 それに対して朱莉はわかりやすく頬を染める。


「か、かっこよくなったとは私も思ってるし……だから平野君にはもっと自覚してもらわないとって思っただけで、別に深い意味とかないから」


 早口に一気に言葉を吐き出す朱莉は俯いてしまった。

 尊も素直に嬉しいのだが、何とも言われ慣れてない単語に朱莉同様照れて俯き気味になる。


「えーと……ありがとう」


「お礼とか言わなくていい。ばか」


 甘ったるい空気を周囲にばらまきながら、しばらく二人は列が進むのを黙って待っていた。

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