51話 噂を消した弊害が
噂というのは新しい噂が流れ始めれば古い噂は次第に消えていくもので、尊の目論見通り最初に流れていた尊たちの噂を学校で聞くことは無くなっていた。
だが、その弊害もあり現在尊を苦しめていた。
「ねえ、平野君どうしていきなり髪切ったの?」
「えーと、暑かったから……?」
「暑かったからだってーみんな。ねえねえ、今日の放課後カラオケ行くんだけど良かったら平野君もどうかな?」
「えーと……」
クラス内で質問攻めにあっていた。
最初こそ皆、尊の突然の変化に戸惑いを見せて話しかけるようなことは無かったが、次第に慣れてきたこともあり、今日クラスの女子数名が尊の席の周りに集まり今まで気になっていたことを吐き出していた。
尊もいずれこうなることは覚悟していたが、女子の勢いというものを侮っていた。これほど押せ押せの姿勢で来られては尊も委縮してしまう。
そんな困り果てた尊は横目でヘルプを頼む。
尊の視線の先にはこういう時になんだかんだ助けてくれる隼人がいたのだが――。
「おお、陽菜か。ちょっと俺らの教室来てくれ。――おう、面白いものが見れるからさ」
笑いのネタにしようと陽菜に連絡を取っていた。
尊は眉尻をピクピクと痙攣させる。
(よし、あいつは後で海にでも沈めよう)
心の中で友人の末路を本気で考える。
「ねえねえ、平野君ってばー」
「……ああ、ごめん聞いてなかった」
「もう、だから一緒にカラオケ行こうって」
「ああ、今日はその用事があって……」
正直行きたくない。今まで話したこともないクラスメイトと長時間カラオケなんて尊の精神が持たない。
「えー、どうしてもだめ?」
先ほどからこの女子生徒が妙に尊に迫ってくる。狙ってやっているのか上目遣いに甘えた声音で尊を誘ってくるのだ。
流石にどうしようかと頬を掻いていると後方からよく聞き慣れた声が飛んできた。
「ごめんね。平野君今日私と用事があるの」
振り向かなくても声でわかるが尊は反射的に後ろを見た。そこには余所行きの笑顔を作る朱莉が胸の前で両手を合わせて立っていた。
朱莉の登場で尊の席に集まっていた女子生徒が身構える。
「な、鳴海さん……そ、そうか鳴海さんと用事だったんだー」
「うん、だからごめんね。平野君は今日私が予約しちゃったから」
ニコニコと笑顔を向けられ女子生徒達もそれ以上食い下がることもなかった。
「そ、そうかならしょうがないねー。平野君それじゃあまた今度ねー」
尊に手を振り女子たちが散っていく。
女子たちが離れていくのを確認し尊は胸を撫でおろす。
「ありがとう鳴海。助かったよぉおっ!?」
尊を救ってくれた救世主にお礼を言おうと顔を上げるとそこには、視線だけで人を殺せるんじゃないかと思わせる冷たい目をした朱莉が尊を見据えていた。
「あの……鳴海さん?」
カラカラになる喉から絞り出す様に声を出す。朱莉はそんな尊を見ても顔色一つ変えない。
「モテモテね平野君」
やっとしゃべってくれたが声に感情が全く宿っておらず、尊は背筋に悪寒が走った。
「いや、みんな面白がってしゃべり掛けてるだけだろ」
「その割には嬉しそうだったよね?」
生徒たちが今の朱莉を見たらどう思うだろうか。全くの別人と勘違いするかもしれない。ちなみに朱莉の表情は尊にしか見えていない。
自分だけの手に負えないと思いヘルプのために再び隼人へ視線を向けるとちょうど陽菜がやってきた。
「おお、陽菜遅かったな。もう面白いこと終わっちゃったわ」
「えー、なんだー。因みに何だったの?」
「尊が女子に迫られてた」
「え、何それ詳しく教えて!」
目を輝かせる陽菜といちゃつきだしたので尊の方など気にしてもいなかった。
普段から親友とか口にしてる薄情な友人に殺意を向けていたが朱莉に問いかけられる。
「聞いてるの?平野君」
「はい!聞いてます!」
最早生きた心地がしない。事象聴取を受ける犯人とはこういう気持ちなのだろうか。尊は肩を縮こませる。
そもそもなんで怒っているのかと顔を上げ朱莉の顔を窺うが怖すぎたためすぐに視線を外した。
素直に聞いてみるかと意を決して尊は口を開く。
「鳴海……その、何を怒ってるんだ?」
「ん?怒ってないけど。平野君は私を怒らせるようなことしたのかな?」
周りの温度が氷点下まで下がったような気がした。これはダメだと両目を硬く瞑り諦めそうになった時その場の空気を壊してくれるものが現れた。
「まあまあ朱莉、そう怒ってやんなよー。尊が悪いわけじゃないんだしさー」
朱莉の後ろから奈月が肩を叩いて落ち着かせるように声を掛ける。
(てか、いたのかよ。ならもっと早く声かけてくれよ)
折角助けてくれたが尊は悪態を吐く。何となくだが奈月が面白がって声を掛けるタイミングを見定めていたのがありありと想像できたからだ。
奈月に指摘され少々ばつが悪くなったのか、朱莉の態度が軟化する。
「別に……わかってるけど。……いや、怒ってないし」
「はいはい、もー素直じゃないなー朱莉は」
やれやれと肩を竦める奈月に朱莉が拗ねたように口を尖らす。
それを見て奈月は笑っているので朱莉の扱いには慣れているのかもしれない。
これで朱莉の機嫌も少しは治ったかと安心し、顔を上げると朱莉と視線が合う。
だが、プイっとすぐに視線を逸らされ――。
「やらしい」
「……っ!」
頬を染めて呟いた朱莉の言葉が胸に刺さる。照れ隠しで言ったのであろう言葉が妙に可愛く尊はしばらく朱莉の言葉が耳から離れなかった。
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