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50話 初お泊りの朝

 次の日の朝、慣れないソファで寝たからかいつもよりも早く目が覚めた。少し早い気もするが色々と準備もあるだろうと朱莉を起こしに寝室へ向かう。


 寝室の扉の前でこのまま入っていいものかと考えるが、扉を強めに叩き一応声を掛けながら部屋へと入った。


「………」


 入ってから尊は一点に視線を固定し固まった。ベッドの上で布団が丸くなっていたからだ。

 普通に寝てればこんなことにはならないので、相当朱莉の寝相が悪いか、もしくはもう起きてるのかのどちらかだが、当然後者の方で――。


「鳴海。起きてるよな」


「………」


 朱莉からの返答はない。だが、丸まった布団がぴくっと跳ねたので起きてることに間違いはないようだ。ではなんで返事がないのか。訝しく思いながら尊は朱莉に近づく。


「起きてんだろ。なんで返事しないんだよ」


「………」


 それでも返事をしないので尊は布団に手を掛ける。


「返事がないなら布団引っ剥がすけどいいか?」


 するとぴくっと布団が動き強く布団を抑えるのがわかった。


「……だめ……」


 やっと聞こえた声は酷く弱々しいものだった。

 あまりにも小さかったので尊は少し心配になる。


「だめって……鳴海もしかして体調悪い?それなら無理せずちゃんと寝てた方がいいぞ」


「……体調は全然平気。むしろよく寝たからいいくらい」


「そ、そうか」


 尊のベッドでよく眠れたのだと聞いて少し照れる。だが、そうなると余計にわからない。


「なら、早く出てきてくれ。学校の準備だってあるだろ」


 急かすように布団を引っ張るがそれより強い力で引っ張り返される。


(なんだこの状況は……)


 朝から布団でできた饅頭のようなものに話しかけている。

 尊はなんだか馬鹿らしくなってきて手に持つ布団を更に引っ張った。何を言っても出てこないなら無理やり出そうとする。


 そんな力業に出た尊に朱莉は非難の声を上げる。


「ちょっ、ちょっと!待ってってば!」


「待っても出てこないだろ。いいから早く出てこい」


「だがらダメなんだってば!」


「なんでダメなのかも言わないからこうなってんだろ」


 尊は更に手に力を入れると強引に布団を引き剥がした。


「なっ!?」


 引き剥がされた布団に朱莉は短く声を上げる。

 そこでようやく尊は朱莉の顔を見ることになった。


「えーと、なんでそんなに顔真っ赤なんだ」


 一晩ぶりに見る朱莉は顔を赤くし、わなわなと口を震わせていた。

 瞳には涙を溜めており尊はやりすぎたかと少し後悔する。


「そ、そんなの……」


 上目遣いに涙目の朱莉は口籠りながらも言葉を続ける。


「男の子の部屋に泊まって寝起きの顔まで見られたら……うう、もうむりー」


 顔を両手で隠して布団の上でごろごろと身悶える朱莉は過去最大級に恥ずかしがっているのがわかる。流石に尊に配慮がなかったと後悔する。

 顔を顰め頭を掻き朱莉へ声を掛ける。


「ごめん。その辺のこと全然考えてなかった無神経なことしたな。本当にごめん」


 誠意を込めて頭を下げ謝罪する。今回ばかりは尊が悪い。考えればわかりそうなことなのに寝起きだったこともあり頭が回っていなかった。


「もうむり、これは恥ずかしすぎるよー」


 未だに身悶えながら恥ずかしいと口にする朱莉。


 その後、朱莉の精神状態が安定するまで尊はひたすら謝ることになった。




 朝の騒動をなんとか落ちつかせ、尊と朱莉は机を挟み朝食を取っていた。


 朝食を二人で取るのは初めてだが、折角だからと尊が誘った。そうでもしなければ学校で普段通りお互い話ができないと思ったからだ。


 そして、こうしてご飯を食べているのだが――。


「………」


「………」


 お互い無言の時間が流れていた。淡々と食事を続ける光景は冷え切った年配の夫婦のようでなんとも息苦しい。この空気を払拭しようと尊が口を開く。


「あの……鳴海まだ怒ってるか?」


「……怒ってませんが」


 ムスっとした顔で答える朱莉。どう見ても怒っているとしか思えない。

 一応朝の件については許してもらった。恥ずかしく拗ね気味だった朱莉にひたすら謝る形でどうにか口を利けるところまでもってきた。


 ただ、許してはくれたみたいだが怒ってはいるみたいで、現状も朱莉の機嫌の回復に努めている。


「朝の件は本当にごめん。深く考えもしないで……」


「だから朝のことはもういいって言ってるでしょ。……私が寝ちゃったのも悪かったんだし」


「それも元はと言えば俺が原因で俺が最初に寝たせいで鳴海も帰れなかったんだろうし」


「それだけマッサージが気持ち良かったんでしょ。それはそれで私は嬉しかったし別に気にしなくていいの」


 肩を竦める朱莉はそのまま食事を再開した。

 会話の感じからも怒ってはいないようだがそうなると余計に機嫌が悪い理由がわからない。


「じゃあなんでそんな不機嫌なの?」


 朱莉の箸の動きが止まる。


「別に……不機嫌とかじゃない」


「いや、絶対不機嫌だ。いつもより態度もなんか余所余所しい」


 このままでは問題の解決ができないと思い強気に行く尊。学校の時間もあるので尊には余裕がなかった。

 そんな強気に来る尊に朱莉もムキになる。


「だから不機嫌じゃないって言ってるでしょ」


 苛立ちを隠そうともしないで口調を荒げる朱莉。それでも尊は引かずに言葉を投げる。


「態度に出てるんだよ。これじゃあ鳴海と学校で話すときに困る。俺は楽しく友達の鳴海と話したいんだから」


 学校で困るというのもそうだが尊としては後者が本音だ。折角学校でも普通に朱莉が話せるようなってきたのだ。こんなところで躓くわけにはいかない。


 尊の言葉を聞いて思うところがあるのか、朱莉も気まずそうに視線を逸らす。


「そ、そんなの私だって……平野君とは普通に話したいし、こんな態度取りたくないけど……」


「ならどうしてそんな態度取ってるんだ」


 朱莉の態度が和らいできたので尊も優しい声音で問いかける。

 すると朱莉は何かを悩むように目を彷徨わせる。しばらく逡巡していた朱莉が視線は逸らしたまま語りだす。


「……だって、その可愛くなかったでしょ。寝起きの顔……」


「ん?」


 何を言い出したのかがわからずキョトンと固まっていると朱莉が眉根を寄せ頬を染めた顔を尊に向ける。


「だから!寝起きの顔なんて可愛くなかったでしょ!ああもう、なんでこんなこと言わなきゃいけないの!もう!」


 顔を両手で隠し振るえる朱莉。

 朱莉が話し終わった後も尊は口をぽかんと開けて固まっていた。朱莉の不機嫌な理由に納得したがそれと同時にわからない部分もあり。


「別に可愛くないなんて思わなかったぞ」


 尊の言葉に朱莉の震えが止まる。

 実際可愛くないなんて思わなかった。むしろ――。


「可愛いと思ったけどな。寝起きの鳴海なんか小動物的な感じで」


 思ったことを口にしていく。尊からすれば鳴海ほどの美人が寝起きだからといって可愛くないと思うようなことは無く、むしろ無防備な姿が庇護欲を刺激する。

 朱莉が気にしていた部分を否定したことで機嫌も治るかと期待したが、――目の前にいる朱莉は顔を更に赤くし上目遣いにこちらを睨んでいた。


 何か間違えたかと慌てて口を動かすがもう遅い。


「本当にっ!本当にっ!あなたはいつもっ!」


 先ほどよりも興奮した朱莉に尊は怒られる。

 結局、鳴海の説教タイムと機嫌治しに時間を使い。学校へ着いたのは始業ギリギリとなった。

 お読みくださりありがとうございます。


 少しでも楽しめていただけたなら幸いです。

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