49話 そんな安心しきった顔で寝ないでほしい
「……ん……ん?」
尊は目をこすり身体を起こす。
「うわあ、寝ちゃってたか」
いつの間にか寝落ちしていた自分に呆れながら尊は時間を確認する。
時刻は午後の十一時を回っていた。三時間近く眠っていたことに尊は苦笑し、背伸びする。
朱莉のマッサージが効いてるのか疲れが面白いように無くなっていた。明日会ったらお礼言わないとなと考えながら立ち上がる。
「鳴海は流石に帰ったよな。マッサージしてくれてたのに悪いことし……」
頭を掻きながら独り言をつぶやいていたところ、尊の視線の端に見知った黒髪が映る。
「すー、すー」
規則正しく寝息をたてながら朱莉はソファで横になって眠っていた。
一瞬ぎょっと尊は目を見開く。
「うわっ、びっくりした……え?なんでここで寝てんの……」
どうして自分の家で寝なかったのかっと思ったがすぐに考えを改める。
「あ、鍵か……」
朱莉が尊の家を出るとなると玄関の鍵は開けっ放しとなってしまう。そんな不用心なこと朱莉がするはずもない。
「本当に悪いことしたな、これは」
マッサージの途中で寝てしまったので朱莉もどうしたらいいのか迷っただろう。自分の家にも帰れずこんな時間まで拘束してしまった。
気持ちよさそうに寝ているところ悪いが起こさないわけにもいかない。
少々躊躇ったが朱莉の肩に触れ揺する。
「鳴海。鳴海起きてくれ」
だが、朱莉に起きる様子はない。一度寝たら起きないタイプなのか少し強めに揺すっても変化はなかった。
「参ったなこれは……」
呆然と今の状況を俯瞰する。
このまま寝かせておく選択肢もあるが年頃の男子の部屋に女子を泊めるのはどうなのかと考える。もちろん尊としては無理に起こしたくもないし、何かしようという邪な考えもないが。
「………」
しばらく真剣に頭を悩ませ尊は決心する。
「とりあえずここに寝かせておくのは悪いな」
朱莉の元に近づくと膝をつき、朱莉の首と足の下に腕を通す。
「このタイミングで起きるのは止めてくれよ」
少々説明しずらい体制になっているので尊は切実に願う。
身体に力を入れ朱莉をそっと持ち上げる。
「おお、軽っ」
想像以上の軽さに意表を突かれる。勢いあまって少し後ずさったほどだ。
持ち上げたと同時に朱莉は身動ぎするがすぐに大人しくなる。彼女の匂いなのかほのかに甘い香りが鼻孔を刺激し、いやでも朱莉を意識してしまう。
「はっ!いかんいかん」
頭を振り邪念を振り払い、尊は寝室のベッドへ朱莉を寝かせた。
その間も朱莉に起きるような様子はなく相当深い眠りに入っているのだろう。
安らかな顔で眠っている朱莉を見てつい頬が緩む。
「全く、男の部屋でそんな顔して寝るなよ」
尊は朱莉の頭に手を置き優しく撫でる。こんな顔して眠れているということは尊のことを相当信頼しているからだろう。そんな信頼の表れに尊は愛おしく思いつい頭を撫でてしまった。
しばらく優しい目を向けて尊は立ち上がる。
これで尊はベッドが使えないのでリビングのソファで寝るしかない。適当に掛け布団になりそうなものを手に取り寝室を出る。
「おやすみ鳴海」
その際、小さく呟くように言葉を掛けた。
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