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47話 隣人からの教室訪問

 登校時。昨日ほどの騒ぎはなかったが、やはり尊を意識しての視線は飛んでくる。

 校内に入ればそれはさらに強く感じられた。どこに行くにも誰かの視線が飛んでくるので尊はストレスで胃がキリキリと締め付けられた。


 それでも教室に入れば多少はマシにはなる。見られるのは同じなのだが知ってる顔のクラスメイトなので幾分かはマシだ。


 教室の扉を開けるとすぐに尊を呼ぶ声が聞こえてきた。


「お。おーす尊」


「ああ、おはよう隼人」


 自分の机に荷物を置くと隼人がすぐに近づいてきた。

 いつも通りの光景に見えるが隼人はさり気なく尊と生徒との視線を遮るような位置に立つ。

 おそらく気にかけてくれているのだろう。隼人のこういったさり気ないところは本当にありがたい。


「昨日話はできたのか」


 皆の前なので抽象的な言い方だったが尊も質問の理解はできた。


「ちゃんと話したよ。一応納得もしてくれた」


「一応って部分は少し気になるけど、とりあえず目の前にあった問題の一つは解決だな」


 よかったよかった、と笑う隼人。


「それで今日は何するんだ?」


「昨日と同じ。とりあえず鳴海と行動するのを増やして目立って噂を消していく」


「最初聞いたときはうまくいくのかとも思ったが、案外効果覿面だったな。こうやって注目集めてんだから」


「そのために身だしなみまで変えたんだ。これで効果なかったら流石にへこむ」


 隼人と話して登校時に疲弊していた心がいくらか回復した。朝のホームルームが始まるまでしばらくこうして談笑でもしてようと考えてると廊下の方が少々騒がしくなる。

 次第に大きくなる声に尊と隼人は廊下に目を向ける。


 教室の扉が開いたのはほぼ同時だ。


「は?」


 尊は口を開け唖然としている。だが、尊の反応も無理はない。隣の隼人もだがクラス中の生徒も似た様な反応なのだ。

 そんなクラス中の生徒を放心状態にさせた原因は――。


「おはよう平野君」


 鳴海が満面の笑みを作り挨拶を送ってきた。ただ笑顔を作っているだけだが、その笑顔には人を引き付ける不思議な魅力があった。


 そして、そのまま教室に入ると尊の方へ近づいてくる。


(は?……は?なんで鳴海が……)


 未だに状況に頭が着いて来ず尊は混乱している。

 朱莉が尊たちの教室に来たのは初めてだ。しかもその理由が尊である。頭がパニックになるのも無理はない。


 一応朱莉の後ろに奈月と沙耶香の姿もあるのだが尊は全く気付いてない。

 尊のそばまで行くと朱莉は尊の顔を覗き込むように顔を近づけてきた。


「どうしたの平野君?さっきから固まって」


「あ、いや……気にするな。何でもない」


 近くで朱莉の顔を見て気づく、笑顔の奥に不敵に笑う朱莉がいることに。

 家で時折朱莉が見せる表情だ。悪戯が成功した子供のような顔を尊は見逃さなかった。


(鳴海が昨日言ってたのはこういうことか……)


 昨日、尊と鳴海の話し合いでお互いに納得のいくところに落ち着いたが、最後に朱莉が不安になるようなことを口にしていた。『私も好きに動かせてもらう』、一体何をしでかすつもりなのかと尊は警戒していたが、まさかこんな堂々と尊に会いに来るとは。


 今までなら絶対にありえない行動だが――。


(これ以上ない程目立ってるな)


 見れば生徒の数がさらに増えていた。廊下から教室を覗くものも出ている。


 思えば尊から朱莉に話しかける形は今までだって他の男子生徒がやってたはずだ。それでも朱莉が会話を続ける気がなかっただろうから尊ほど親しげに話す光景は他の生徒からは異様に思えただろう。


 でも今回はその逆。朱莉が尊に話しかけに来ている。朱莉が自分から男子生徒へ話に行くのは今まで一度もなかった。そうなるとこの異様な光景は生徒の記憶に強く焼き付く。


「それでどうした。何か用か?」


「ううん。別に用ってわけじゃないよ」


「そうなのか?じゃあ何しに来たんだ?」


「用がないと来ちゃいけないの?」


「………」


(なんだこの可愛い反応)


 狙ってやっているのか男子生徒が聞いたら泣いて喜びそうな言葉を口にする朱莉。

 もちろん尊も嬉しくないわけがなく顔に出さないよう、机の下で手の甲をつねる。


「いや、そんなことないよ。俺も鳴海と話せるのは楽しいからな」


「そうか。ならよかった」


 嬉しそうに笑顔を作る朱莉。その笑顔を見て教室の男子生徒からため息が漏れる。


「よかったね朱莉。尊に会えて」


「ん?葛城どういうことだ?」


 奈月が意味深なことを言うので問いかける。

 その際、朱莉が慌てる様子が見えたが奈月の方が早く。


「もうね、朝から尊の教室に行こうとしてたみたいだけど一人で行って迷惑に思われないかって心配してたの。だからあたしと沙耶香がくるの待ってたみたいで――」


「ちょっと待って奈月さん。もうそれ以上しゃべらないで」


 素早く動いた朱莉の手が奈月の口を塞ぐ。

 しばらくふごふごと口を動かしている奈月と朱莉の攻防を観戦することとなる。


「うん。本当可愛かったんだよ。あの時の朱莉ちゃん。心細かったみたいで私たちが着たらすぐに駆け寄ってきて」


「ちょっと沙耶香さん!?」


 奈月の口を塞いだが、沙耶香にすべてバラされる。

 楽しそうに笑っている奈月と沙耶香に反して、朱莉は頬を染め恥ずかしそうに二人へ抗議の言葉を口にしていた。


「なんだ、遠慮してたのか鳴海」


「遠慮ってわけじゃないけど、その……やっぱりまだ気にはするし」


 言いずらそうにごにょごにょと口を動かす。


「今まで意識して避けてきたから学校で会話するのに慣れなくて」


「ぷっ」


 尊は噴き出した。


「ちょっと、なんでそこで笑うの」


「だって、鳴海がしおらしくしてるのがなんかおかしくて、いつもはもっと堂々としてただろ。学校では」


 学校の部分を強調すると朱莉の眉がぴくっと動く。


「そうだったかな。あまり意識してなったけど平野君にはそう見えてたのかな」


「ああ、いつも堂々としている鳴海はすごいと思ってたからな。鳴海に憧れてたやつも多いんじゃないか」


「……そんなことないと思うよ。私なんてよく失敗もするし」


「その部分も含めて魅力的だと思うが」


「……っ!」


 朱莉が顔を赤くし尊に詰め寄ると頬同士が触る位置まで顔を近づける。


「ちょっと何のつもり!」


 耳もとで尊にしか聞こえない声量で話しかける。


「家での鳴海の姿を皆に見せたら皆も親近感湧くかなって思って」


「そんな思い付きで照れさせないで恥ずかしい!」


 尊としては学校の朱莉より家の朱莉の方が好感を持てる。もちろん個人差はあるだろうが、少なくとも今までの朱莉に対する見る目は変わるだろう。


 これで少しは周りに変化があったかと周囲を見渡すとなぜか教室中がどよめいていた。

 不思議に思い首を傾げていると隼人が口を開く。


「尊、俺にはいつもいちゃつくなとか言っといて、なに見せつけてんだよ」


「はい?」


 言ってる意味が分からず素っ頓狂な声を返す。


「うわあ、朱莉大胆。なになにどうしたのそんなに急にくっ付いて」


 面白いものが見れたと楽し気に笑う奈月の言葉で尊も気づく。今の自分の現状を。

 今朱莉は座っている尊に覆いかぶさるような体制になっている。はたから見たらくっ付いていちゃついてると思われても仕方がない。


「あー、鳴海ちょっと離れようか」


 気づいたからには指摘せざる得ず朱莉に声を掛けるが、当の本人が無反応だ。


「ちょっと?鳴海聞いてるか」


 再度呼びかけても反応がないので訝しく思っていたが朱莉が小さく返答する。


「……無理」


「え?なんで?」


 まさかの拒絶に尊は困惑する。

 一体どうしたのかと少し心配になるが。


「……恥ずかしすぎて今顔上げれない」


「………」


 何とも気が抜ける理由だった。

 今の状態を意識してしまった朱莉の顔はものの見事に真っ赤になっていた。


 そこまで照れるならなんでこんなに近づいてきたと思うが、朱莉が事前にそこまで考えていたわけもなく、こうして今見事に自滅している。


 だが、この状況は尊としても困る。


(流石にこのままは不自然すぎるぞ)


 隼人や奈月が指摘しても動かない朱莉に皆、疑問符が頭に浮かんでいた。


「鳴海どうにかならない」


「待って今必死に落ち着こうとしてるから」


「いやもう一刻も早く離れてほしいんだけど」


「……平野君はそんなに私がくっつくのが嫌なの」


「なんでちょっと怒ってるの!?」


 いきなり声に棘を感じたので尊は小さく抗議する。


「あ、でも怒ったら少し落ち着いたかも……ねえ、なんか私が怒りそうなこと言って」


「は?いきなり言われたって」


「何でもいいから早く」


 初めて言われる種類の無茶ぶりに尊は頬を引きつる。


(怒らせろったってな……)


 なかなかの高難易度の依頼に尊は頭を悩ませる。


「……鳴海、俺の家の冷凍庫にアイス入れてったよな」


「え?うん。帰ったら食べようと思って」


「ごめん。あれ食べちゃった」


「は?」


 朱莉は一瞬にして真顔になり目も大きく開く。


(いやっ、ちょっ!怖い怖い怖い!)


 美人がいきなり真顔で目にも力を入れたものだから怖さが倍増である。


「待て!冗談!冗談だから!」


「あ、冗談なんだ」


「そうだよ!勝手に食わねえよ!」


 尊は本気で命の危険を感じるのは初めてだ。それくらいさっきの朱莉には迫力があった。

 本気で勝手に食べないようにしようと心に刻む。


 だが、その甲斐あってか落ち着いた朱莉が尊から体を離す。


「あはは、ごめんね。少しよろけちゃって。ありがとう平野君支えてくれて」


「あ、ああ。気にするな」


 頬を掻いて恥ずかしそうに誤魔化す朱莉に不自然さは全くない。対応の早さに感心する。


「なんだ。ドジだな朱莉は」


「その割にはなんか長かった気がするけど」


 たのしそうな奈月と不思議がる沙耶香がそれぞれ朱莉に声を掛ける。

 朱莉の誤魔化しもあり、教室中に広まったどよめきも静まった。


 女子三人の様子を見ていると隼人が口を開く。


「鳴海さんがこっちに来たのって尊がお願いしたの?」


「いや、昨日の話し合いで鳴海も鳴海なりに行動を起こすって言ってたから多分それ」


「ははは、思い切ったね鳴海さん」


「笑い事じゃねえよ。こっちにも心の準備がある」


「見た目が変わっても中身はなかなか変わんないな」


「俺もお前みたいに図太く生きてみたいよ」


 皮肉で言ったのだが隼人は笑って喜んでいる。本当に羨ましい性格だ。

 お読みくださりありがとうございます。


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