46話 本当に勝手すぎる
「――以上が俺がやろうとしている計画だ」
大方の説明が終わり尊は一度大きく息を吐く。説明している間も朱莉は黙って尊の言葉に耳を傾けていたが朱莉の表情からは何も読み取れなかったので尊は説明中気が気でなかった。
朱莉は目を瞑りしばらく黙り込む。今聞いた話を頭の中で整理しているのか体感的にもとても長い時間が流れたように感じる。そんな重い空気の中黙って待っていると朱莉の口元が動き出した。
「――なにして……」
口が動いたので聞くことに集中しようとしたが朱莉の声が小さく聞き取れない。
聞き返そうか迷っていたところで再び朱莉の口が動き――。
「なにしてるのあなたはっ!」
目尻を吊り上げた朱莉が怒りを隠そうともせずに怒鳴る。
朱莉がこれほど感情を表に出すのを見るのは二度目だ。
「なんで……なんで平野君がそんなことする必要あるの!原因を作ったのは私なんだから私だけ傷つけば良かったのに!」
「自分だけ傷つけばとは言うが本当にそれで今回の件、収拾がついたと思ってるのか」
「それは……」
少し強めに言葉を選ぶ。おそらく、気を使っていては話が進まない。
「原因を作ったのは確かに鳴海かもしれないがもう俺も当事者なんだ。黙って全部鳴海に任せるわけにもいかない」
「それでも……それでも……」
朱莉は苦痛に耐えるかのように歯を食いしばる。頭の中では理解できる部分もあり、どうしたらいいのかわからなくなっている。
「これは平野君が一番やりたくない方法だったんじゃないの?」
ついに耐え切れなくなったのか頬を涙が伝う。
「ただ、目立たず平穏に学校生活を送ればいいって……そう言ってたよね」
「……確かにな。……でも、あの時と状況が変わった」
「だから!その状況を変えたのが私なんだから私が――」
「俺が鳴海を見てられなくなった」
「――え?」
朱莉は自分の不甲斐なさで心がめちゃくちゃになりかけていたが尊の言葉で一瞬冷静さを取り戻す。
この一瞬を見逃さないよう尊は言葉を続ける。
「友達とただ話したいだけ……それが許されないことだと思っている鳴海を俺は見てられなかった。会話をしたら謝罪してしまう鳴海朱莉を……俺は見てられなかったんだ」
尊が行動を起こそうと決意した動機を包み隠さず話す。
「俺は家での鳴海を知ってる。口が悪かったり、悪戯が結構好きだったり子供っぽいところも多いけど、頑張り屋で人を思いやることもできる。何より、他人のために怒ることができるそんな優しい奴だって」
そこまで言うと朱莉の顔が耳まで赤くなっていく。尊も内心恥ずかしいことを言っている自覚があるので居たたまれない気持ちだ。
「あなたが私の何を知って……」
「全部俺がしてもらったことだ」
自信をもって尊は言い切る。
そこで限界が来たのか朱莉は口元を手で隠し顔を大きく逸らす。もう尊の顔を見ていられないようだ。
「そんな鳴海が全てを我慢するような選択は間違ってる。そんなの俺が認められない。鳴海が他の選択をしないなら俺が選ぶ。これが俺が選んだ選択だ」
言いたいことは全て言った。胸に秘めてた部分も全て赤裸々に吐き出した。尊が誰かにここまで気持ちを吐露したのは初めてのことだ。それほどまでに今回は感情が揺れ動いた。
朱莉は今も顔を逸らせたままだがその小さな口が少しずつ開く。
「本当に勝手すぎる」
「勝手なのは自覚してるし、それはお互い様だ」
「多分平野君が思ってるようにはいかないよ」
「だろうな」
「自分じゃどうしたらいいかわからなくなることも出てくるよ」
「その時は誰かに助けを求めるさ」
「都合よく助けてくれる人なんて簡単に見つからないよ」
「それでも鳴海は助けてくれるだろ」
「……本当に勝手すぎる」
この問答に意味があったのかわからないが、お互いの気持ちが通じ合っていた気がする。
今までぶつけることがなかった言葉をぶつけ合い二人は確実に前に進むためのきっかけを見つけることができた。
はあ、とため息を吐き朱莉は顔を正面に戻す。未だに目も頬も赤かったがそれでも尊のことを正面から見つめる。
「わかった。もう反対なんかしない。そこまで言われたら私がこれ以上何かを言うのはただのわがままだし」
少々悔しさが混じり素直になり切れてなかったがなにか吹っ切れたような、そんな清々しい表情の朱莉は現状納得をした。
何とか話がまとまり尊はホッとする。正直うまくいくかなんてわからなかった。
だが、話も全部終わったと安心したのも束の間。ここで黙って全てを受け入れる朱莉ではない。
「それなら私も好きに動かせてもらう」
「……は?え?納得したんじゃないの?」
「納得はしたしもう文句もない。けど、これは全部平野君が私のためにやろうとしていること。なら私が大人しくしてるなんておかしいでしょ」
「お、かしいかもだけど……ちなみに何する気だ」
「別に邪魔なことはしないから安心して、どっちかといえば平野君の計画に合うように動くから」
「………」
なんとも勝手なと尊は言葉を失うが自分も似た様なものなので何も言えない。
片手で顔を覆い空を仰ぐ。
「はあ、わかったよ。元々無理に何かしてもらおうとか考えてなかったから好きにしてくれ」
「ならそうさせてもらう」
尊はため息交じりに投げやりに言葉を吐く。
そんな尊の反応に満足したのか朱莉は笑い、そして思い出したように口を開く。
「そうだ。これだけは言っておかないと」
朱莉が改まって尊に向かい合うので尊もそれに倣う。
少し躊躇するように視線が泳ぐ。
「ありがとう。私のために頑張ってくれて」
朱莉は屈託のない柔らかい笑顔を作りお礼を口にする。その表情からは今日までの不安の一切を無くした安心しきった朱莉の気持ちが溢れていた。
そんな笑顔でお礼を言われれば尊も意識してしまい身体が熱くなる。
赤くなっているかもしれない顔を掌で隠す。
「お礼を言うのは早いぞ。まだ何も終わってない」
照れ隠しに言葉が早口になってしまう。
そんな尊の反応に気づいているのかいないのか朱莉は笑う。
「うん。わかってる。それでも、こんな私を助けてくれてありがとう」
再び心からの感謝を尊に伝えた。




