36話 友人たちと昼食のはずが
教室で担任の話を聞き終わると今日はもう下校となった。
「なあ、昼にハンバーガー食べに行かないか」
昼前で学校が終わり、隼人からそんな提案を受ける。
「いいぞ。なら行くか」
特に用事もなかったので返答すると席を立つ。
「陽菜も誘ってもいいか?」
「好きにしてくれ、というか誘わなかった後が怖いから一応連絡しといてくれ」
「ははは、了解」
笑ってスマホをいじる隼人。すぐに陽菜から返事があったようで――。
「お、陽菜来るってさ」
「了解。なら陽菜の教室寄って――」
教室を出ようと扉を開けると、ちょうど通りかかった朱莉が目の前にいた。
「あ」
朱莉もこちらに気づいたのか小さく声が漏れる。
時間にして数秒だったがお互いに身体が固まる。
そんな朱莉の様子に気づいて朱莉の周囲にいた女子生徒が話しかける。
「朱莉ちゃん?どうしたの?」
「え?ああ、ごめんね。少しぼーとしてたみたい」
「えー?何、寝不足?ちゃんと寝ないとだめだよー」
友人だろうか。女子生徒二人に何でもないと笑って誤魔化す朱莉。
そのまま尊の前を通りすぎる。
尊への学校での対応としてはこれが正しいのではあるが、わかっていても少々複雑だ。
(なにちょっと傷ついてんだ俺は)
自分でもわかるくらいにショックを受けていたので内心苦笑する。
(夏休み前は何ともなかったんだけどな)
自分の変化に困惑していると廊下の奥から聞きなれた声が響いてきた。
「あーちゃーんっ!」
右手を大きく振りこちらに駆けてくる陽菜。そのまま朱莉に抱き着く。
「あーちゃん久しぶりー元気だった?」
「えーと……、陽菜さん久しぶり……ってほどじゃないけど。というかちょっと離れて――」
「あーちゃんいい匂い。私この匂い好きー」
朱莉の言葉なんて聞かず身体に顔を埋め顔をふりふりと動かす。
「ちょっと陽菜さん!どこ触って!」
くすぐったそうに身をよじり抵抗する朱莉。一瞬にして陽菜のペースに持ってかれる。
それはそうと、頬を染め恥ずかしそうにしている姿が妙に色っぽい。気づけば周囲の視線が朱莉たちに集まっている。
朱莉が学校でここまで慌てている姿は初めて見る。朱莉が有名なこともあって皆興味を引かれるらしい。
突如現れた陽菜に面食らっていた朱莉の友人たちも状況を理解してきて口を開く。
「あれ?陽菜じゃん。相変わらず元気だね」
「本当にね。それに朱莉ちゃん、陽菜ちゃんと知り合いだったんだね」
「え?あー、うん。たまに学校でも話したりしてたよ」
「それにしては妙に懐いてるね」
「夏休み遊ぶことがあって、そのとき仲良くなったかな」
抱き着く陽菜をどうにか引き剥がそうとしながら、朱莉は笑って答える。
とんでもない現場に出くわし、しばらく状況を観察していたがそろそろ助けた方がいいだろうと尊は考える。
「隼人。とっとと陽菜回収して行くぞ」
「ん?ああ、鳴海さんは……いや止めとこう」
口に出した後少し考える素振りを見せ隼人は言葉を飲み込む。この辺をしっかり気を使ってくれるので本当に助かる。
未だに抱き着いている陽菜に近づき隼人が声を掛ける。
「おーい陽菜そろそろ行くぞ?」
「あ、はーくん。ちょっと待ってもう少しであーちゃん成分補充終わるから」
「何それ初耳」
朱莉の身体にいっそ顔を埋めて陽菜は顔を離した。
「うん。お待たせ」
「よし行くぞ。尊も待ってる」
隼人が後ろにいる尊を視線で指し示し陽菜を促す。
だが、陽菜は一歩踏み出したところで思い出したように踏みとどまり――。
「そうだ。あーちゃんも一緒にハンバーガー食べに行く?」
尊と隼人は息を呑む。隼人はいろいろと察して気を使ってくれたが、陽菜にそんな考えは微塵もない。無自覚の爆弾が投下される。
ここで朱莉を誘うということがどういう意味なのか全く理解できていないだろう。
「えーと……ハンバーガー?私も一緒に?」
「うん!これからはーくんとみーくんと一緒に行くの。みーくんもいいよね!」
ここで尊に話を振られ、いよいよ冷や汗が流れ出した。
(嘘だろ、こんなタイミングで俺に振るのは止めてくれ……)
平静を装うが顔が引きつる。
周囲を見れば皆尊のことを見ている。「誰だあれ」「どこのクラスのやつだ」など尊のことを知らないものが多いことが声からもわかる。あまり目立たないように学校生活を送ってきた尊なので周囲の反応は正当なものだ。
一体何を言うべきか思考をフル回転させていたところ、朱莉の友人から声が上がった。
「え?ご飯行くの?ならあたしたちも行っていいかな?ちょうどそんな話してたし。沙耶香もいいよね」
「奈月がいいなら私はいいけど……陽菜ちゃんも大丈夫?」
「うん!全然オッケー!二人もいいよね!」
肩越しに尊と隼人へ声が飛ぶ。
「俺はいいが……」
ちらっと隼人が尊を見る。
気を使われていることがわかり尊も少し冷静さを取り戻してきた。動揺を悟られないよう短く息を吐く。
「ああ、俺も大丈夫だ」
ふり絞って出た言葉がこれだ。もう精神的にも一杯一杯なのでこれ以上話を振らないでほしい。
「なら決定!行こうか!」
元気よく声を上げると女子たちは昇降口へと向かおうとするが、ここで危惧していたことが起きた。
「え?何?鳴海さんご飯行くの?なら俺も行っていいかな?」
「みんなで飯?それなら俺たちもちょうど食いに行くとこだったし一緒に行こうよ」
朱莉たちを取り囲むように大勢の生徒が集まってきた。主に男子生徒が。
学校で朱莉を誘うとどうなるか。考えたことはあった。朱莉の知名度で周囲に人がいる中誘えば便乗してくるものが出てくるだろうと。
今回がまさに考えてた最悪の結果だ。
人もどんどん集まってきて軽いパニックとなっている。
(まずいだろこれは……)
一刻も争うような状況に尊も焦り、まともな考えがないまま朱莉たちの元へ向かうが、ここでしばらく黙っていた人物が声を上げた。
「ごめんね皆。こんな大勢で行くと店も迷惑だから今回は私たちだけにするね」
余所行きの笑顔を作り集まってきた生徒たちの申し出を断る朱莉。
「いやでも――」
「本当にごめんね」
それでもしつこく誘いに来る生徒に有無を言わせぬ朱莉。
学校でも美人で有名な朱莉にここまで言われればそれ以上絡んでくる生徒もいなくなり、人だかりも次第に無くなっていく。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように周りは静かになる。
ぼけーと事の成り行きを見ていた尊に朱莉が声を掛けた。
「ほら平野君。行くよ」
「え?あ、ああ」
学校で声を掛けられたことがなかったため一瞬誰を呼んだのかわからなかったが朱莉たちの方へと足を向ける。
途中、朱莉に名前を呼ばれたことで他の生徒から好奇の目に晒されるが、今は気にしている場合ではない。一刻も早くこの場から逃げるように歩く速度を上げた。




