28話 隣人が好き勝手し過ぎて制御できない
四人はショッピングモール内の洋服店へ足を運んでいた。
入店して早々、尊の頭を悩ませる事態が発生していた。
「ねえ、みーくんこれとかどうかな。色とかもすごい好みなんだけど」
「いいと思うけど俺よりも隼人に聞いた方がいいんじゃないか」
「はーくん陽菜なら何でも似合うよ、ってこればかりだから全然参考にならないんだもん」
手に持った服を体の前に掲げて尊に感想を求める。
「だって陽菜本当に何でも似合うからな」
横で隼人はしょうがないだろといった様子で笑っている。
(お前の彼女だろ。笑ってないでどうにかしろ)
笑っている隼人を睨んでみるが困っている尊がおかしいのか全く効果がなかった。
内心で舌打ちするが、尊が頭を悩ませているのはこれだけではない。
「平野君。こっちとこっちどっちがいいと思う?」
両手に服を持って朱莉が声を掛ける。
朱莉までもが尊に服の感想を求めてくるのだ。
余所行きの完璧な顔だが内心では面白く笑っているのだろう。
「どっちがって鳴海ならどっちでも似合いそうだけど」
「九条君みたいなこと言うね。そうじゃなくて平野君の好みを聞きたいな」
尊は下手なことを言わないように気にしながら話しているが、朱莉にそんな気はない。
むしろ聞く人からしたらいろいろ勘ぐるのではないかと思うことを口にする。
「なら、右のやつとか」
「こっち?そうか平野君こういうのが好きなんだ。へー」
尊にしか見えない角度でにやーと家で見せる悪い笑みを作る。
(こいつ本当に楽しんでやがるな)
尊は感情を表に出さないようにするので精いっぱいだった。
あまりにも分が悪すぎる。
するとそんな尊たちを見ていた隼人が声を掛けてきた。
「尊と鳴海さんって前から知り合いだったりする?」
「え……、なんでそう思うんだ」
「なんかやけに親し気だなって。話してる時も自然な感じ?慣れてる感じがするし」
隼人は変なところで感がいい。下手なことを言っても疑われてしまうだろう。
返答に困っている尊を尻目に朱莉が答える。
「そうだよ。平野君とはたまに話すから確かに慣れてるかも」
「へー、でも尊さっき鳴海さんのこと噂で知ってる程度くらいって言ってなかったか」
「そ、そうだったか?言い方がちょっと勘違いさせたみたいだな」
「えー平野君ひどいなあ。ちゃんと私のこと紹介しててよ」
「……ああ、悪いな……気を付けるよ」
(――もう無理だ!頼む謝るから助けてくれ!)
尊は内心で絶叫して助けを求めていた。
隠そうと必死なのに横から追撃されてはどうしようもない。
確実に追い込まれていく尊。
そんな尊を流石に不審に思ったのか隼人が訝し気な顔を向ける。
「なんか尊様子おかしくないか」
「……おかしくない」
「いや見るからに変だぞなんか隠してないか」
流石にもう駄目だと思ったとき、まさかの人物から助け舟が出た。
「平野君学校での私の立場を考えて周りには言わないようにしてたみたいだから。私はあまり気にしないんだけどね」
笑顔を作った朱莉が隼人に説明した。
その説明で納得したのか隼人が頷く。
「ああ、なるほどな。確かに少し気にするかも。鳴海さん学校だと有名だからね」
「だねえ。気にしてもらっちゃって申し訳ないなあって思ってるんだよ」
隼人と楽し気に話す朱莉。
「………」
二人を見て尊は思うことがあった。
(誰だこいつ)
完璧に学校での自分を演じる朱莉に違和感しかなかった。
余所行きの朱莉と話すのは尊も初めてだ。
まさかここまで普段と違うとは思わなかった。
(学校と普段の自分を一緒にしないでとは言ってたが、もう別人だぞこれ)
少し感心していると陽菜が隼人の腕を取る。
「はーくん試着するから見てよ」
「おお、了解。それじゃあまた後でお二人さん」
軽く右手を上げ試着室へ歩いていく隼人と陽菜。
残された尊と朱莉はしばらくお互い無言だったが尊が口を開く。
「お前、好き勝手にいろいろと」
「ちゃんとフォローしてあげたでしょ。あれなら多分大丈夫」
「大丈夫かもしれないがとりあえず俺と鳴海が普段から話す仲ってことになったんだが。学校じゃ一度も話したことないのに」
「それだって九条君にはわからないでしょ。それにあんなに話してたらこれくらいの理由がないと逆におかしいと思うけど」
「原因はお前だけどな」
「平野君の誤魔化しかたが下手だったんじゃない」
朱莉は今完全に家モードだ。またにやーと悪い笑みを作っている。
こいつは本当に、と尊は頭を抱える。
「そういえばさっきバレてもいいって言ってたけどどういうつもり」
「どうもこうも言葉通りバレても問題ないかなって思っただけ」
「いやあるだろう。頻繁に一緒にご飯食べてるなんて普通じゃないからな」
家が隣同士とはいえ、同じ学校の男女がほぼ毎日どっちかの家でご飯を一緒に食べるのは現実的になかなかないことだ。
しかもその相手が学校でも美人で有名な鳴海朱莉だ。他にバレたとき周りがどう変化するのか想像もつかない。
「一緒にご飯の部分は言わなければバレないでしょ」
「は?じゃあなんだったらバレてもいいんだ」
「普通によくお話しする仲ってことは別におかしくないでしょ」
「………」
尊は一度黙り考え込む。
ただ仲がいいだけ。確かにそれならおかしくないが、やっぱり気になるのが鳴海朱莉の知名度。
一部の男子と仲良くしているというだけでいろいろ勘ぐってくる人間はいるだろう。
なおも難しい顔で尊が唸っていると、
「というか。平野君は私と仲がいいのが周りにバレたらそんなに嫌なわけ」
「嫌っというか、お互いに悪いことになるんじゃないかと思ってだな」
声に少々棘がある。朱莉が不機嫌になってきているのがわかる。
「悪いことって?」
「だから……その、周りから批判があるというか」
これ以上怒らせないように言葉を選びたかったがうまい言葉は出てこなかった。
一番ありきたりな言葉を尊は口籠りながら口にする。
「……確かに周りの目を気にするのはわかるよ。だからこそ私だって家と学校では自分を使い分けてるし……でも」
朱莉は訴えるように尊の顔を見つめる。
「外で平野君と話すのはそんなに変なことかな」
さっきまでの朱莉と打って変わってその言葉は弱々しい。自信なく怯えている子供のようだ。
そんな朱莉を目にして黙っていることは尊にはできなかった。
「変じゃないよ。友達がただ会話してるのがおかしいわけがない」
考えてもしょうがないと尊は思ったことを口にする。
それを朱莉は黙って少し真剣な顔になりながら聞いていた。
「俺としても鳴海とは家以外でも普通に話したいからな。それでもやっぱり周りの目は気になる。俺だけならともかく鳴海が傷つくような目には合って欲しくない」
自分の考えを素直に口にし尊は小さく息を吐く。
今言った言葉に嘘はない。言葉にして尊も頭がすっきりしていた。
本当は自分が一体どうしたいのか口にすることではっきりさせることができた。
問題は朱莉だ。これで納得してくれるか。
尊が話している間も朱莉はずっと尊の顔を見つめていた。
話し終わってもそれは続いており、
「えーと、鳴海?」
「……っ!」
呼ぶと肩をビクッと跳ねさせ、そのまま顔を逸らす。
少し頬が赤かった気がするが気のせいだろうか。
「うん、わかった。そういうことならしばらくはこの関係も秘密だね」
なぜか頬が緩み嬉しいそうにしている朱莉。
何か言い返されるのも覚悟していたが素直に聞き入れてくれた。
いつの間にか機嫌も直っているようで、正直に気持ちを伝えた結果だろうか。
「でも九条君には話しちゃった。どうしよう」
「隼人なら大丈夫だと思うぞ。秘密にしといてほしいと言えば言いふらすような奴じゃないし」
短い付き合いではあるがその点は自信を持って言えた。
「信用してるんだ」
「一応クラスでも数少ない俺の友達だからな」
頭の中で友人の顔を思い浮かべるがあまりの少なさに少し傷ついた。
まあ、友人は数ではないと自分に言い聞かせる。
「なら、九条君の前では普通にしゃべってもいいね」
「もう普段から話してるって言っちゃったしな。ここで他人行儀にすると逆に怪しまれる」
「吉沢さんは?」
「陽菜も大丈夫だろう。理由話せば」
「そうか」
柔らかく微笑む朱莉。普段大人びて見える朱莉が年相応に子供のように笑う。
「っ!」
不意打ちのその笑顔はずるい。不覚にも可愛いと思ってしまった。
身体が熱を帯び熱くなる。
「……俺たちも隼人たちのとこ行こうか」
「うん」
誤魔化す様に話を変える。おそらく顔も赤くなってしまっているので見られないように朱莉の前を歩く。
「はあ……勘弁してくれ」
尊は口元を右手隠しながら小さく呟いた。




