25話 隣人と恋バナになるなんて
「あー、おかしい」
「笑いすぎだ」
ようやく朱莉も落ち着いてきたが、笑いすぎて目元には涙まで浮かべている。
ここまで笑われると自分がどんな表情だったのか気になってしまうが、知ったらショックも受けそうなので忘れよう。
「こんな笑ったの初めてかも。平野君人を笑わせる才能あるよ」
「できれば違う方法で笑わせたいけどな」
アルパカの変顔で笑いを取るのも少々複雑だ。
そもそも人を楽しませるタイプでもない。
友人の近くで聞き役に徹している方が尊好みである。
「えー勿体ないな。クラスでやれば一気に人気者なのに」
「笑い者な。俺は静かに高校生活を送りたいんだよ」
普段の尊がいきなり変顔などしたら笑うというよりは引かれそうな想像しかできない。
そうなれば平穏な高校生活が一瞬にして地獄へ変わってしまう。
隼人あたりは笑ってそうだが。
「そういえば私学校での平野君あまり知らないかも」
「関りがないからな。クラスも違うし。鳴海は……学校じゃ有名だからいろいろ噂聞くな」
「あー、何となくわかるけど噂の内容は気になる。ねえ、どんなの?」
自覚はあるのか朱莉は尊の言葉を否定することもなく、むしろ自分の噂は気になるようだ。
「気になるのか?」
尊は少し意外に思い聞き返してしまう。
「一応学校じゃ目立ってるとは思ってるから。噂もたくさん流れてるだろうなって。だからどんななのか気になる」
本当に興味本位で聞いているみたいだ。少しばかり目が輝いていた。
「あ、でも悪い噂だったらちょっといやかも。私も流石に傷つくというか」
頬を掻いて笑っている朱莉の表情は少し憂いを帯びていた。朱莉ほど容姿が整い文武両道なら自然に人が集まってくるだろう。だがその中には好意的な感情もあれば悪感情をぶつけられることだって今までに多少なりともあったはずだ。
「自分のこと悪く言われれば誰だって傷つくよ。でも俺が知ってる噂に鳴海を悪く言ってるのは無かったかな」
これといって気の利いた言葉が出ず、なんとも当たり障りのない言葉になってしまった。
それでも朱莉は察してくれたのか、ありがとうと柔らかい笑み作っていた。
「それで聞くのか?」
「うん。教えてよ」
「俺が知ってる噂なんて鳴海が誰に告白されたとか、その程度のものだけだぞ。結果も含めてな」
「ああ、誰が誰に告白したとか皆好きだよね。そういう噂ならすぐ広まりそう。結果も知ってるんだ」
「まあな」
尊の話を聞いても朱莉の表情に変化はない。
噂には興味を持っていたみたいだが告白関係の話は慣れているのかもしれない。
「鳴海は誰かと付き合ったりしないのか」
「え?なに急に」
「純粋な疑問だ。俺が知ってるだけでも結構告白を受けてるみたいだし誰かいい人いなかったのかって」
前々から少し気になっていたのでこの機会に聞いてみようと思う。
以前本人にも確認してみたが朱莉は今付き合っている人はいない。
学校内でもそんな噂は聞かないので本当のことなんだろう。
そうなるとなぜ付き合ったりしないのかが気になる。
「……平野君はさ全く会ったこともない知らない人から告白されたらどう思う?」
「どうって……なんでって思う?」
質問を質問で変えさえたので思ったことをそのまま口にした。
「そういうこと。急に告白されてもなんで私ってなるの。私はあなたのこと何も知らないのにって」
朱莉は口を潤すようにお茶を一口飲み込む。
「結局みんな私の外見だけで判断してるんじゃないかって疑っちゃうんだよ。そう考えちゃうと付き合うとかはやっぱりないかなって」
「なるほどな」
朱莉の意見はもっともなものだった。あったばかりの人間にいきなり告白されても受ける側は困惑してしまうだろう。疑うのも無理はない。
「友達には言われるけどね。相手のことがわからないなら一度付き合ってみたらどうだって。でも私はそんな気にはなれない。――私はちゃんとした恋がしたい」
朱莉らしい真っ直ぐな気持ちだ。
最後の言葉に強い意志を感じ尊は息を呑む。今まで朱莉が見せてこなかった部分を垣間見た気がする。力強いその瞳に気づけば見入っていた。
「平野君はどうなの?」
「……え?なにが?」
「だから、平野君は告白とかされないのって」
反応に遅れたが悟られないように会話を続ける。
「俺が告白される人間に見えるか?」
「そんな頻繁にされるとは思ってないけど……」
朱莉が尊の顔を凝視する。
先ほど自分も朱莉の顔を見てたので見るなとは言えず、せめてもの抵抗に視線だけ逸らす。
「なんだよジロジロと」
「平野君別に不細工とかじゃないよね。むしろ整ってる方だと思う」
「はあ?」
「前髪が長いからわかりにくいけど目元もしっかりしてる。睫毛も長いよね」
「いや、ちょっ、あまり見るな」
急に尊のことを褒めちぎりだしたので耐え切れなくなり両手で朱莉の視線から逃げる。
「なんなんだよ。何が目的だ」
「目的って、見たままのこと言っただけなんだけど」
普段褒められることがない分反応に困る。いつもは尊が朱莉を褒める側なのに、まさか逆転するとは思わなかった。
ここで朱莉は何かに気づいたようでにやーと表情を変える。
「なにー?平野君照れてるの?」
「別に照れてない」
「嘘だ。だって耳まで真っ赤だよ」
「ッ!?」
咄嗟に耳を隠そうとしたところで朱莉の笑みがさらに深まる。
やられたと尊は悔し気に視線を逸らす。
「やっぱり照れてたんだ」
「うるさい」
「ふふふ、いつも私が恥ずかしい思いしてるし、少しは私の気持ちもわかったんじゃないかな」
してやったと得意げに両手を腰に添え胸を張る。
朱莉がやると何とも可愛らしいのだが今はそれよりも腹が立つ。
何とか反撃しようと言葉を探し、
「鳴海こそ……なんだ、顔整ってるし……目も大きくてはっきりしてて睫毛長いし……」
先ほど自分が言われた言葉を並べる。己のレパートリー乏しさに項垂れる。
(くそ、いつもは考えなくてもすらすら出るのに)
今日は勝てそうにないと顔を上げると、
「……っ」
目の前には頬を染め口をわなわなと動かしている朱莉がいた。
「……ザコすぎだろ」
「うるさい……」
朱莉は口元を軽く握った拳で隠した。




